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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第八章 明日もきっと笑ってる
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87 会敵

 上空に空いた黒い穴からは、絶えず魔獣が降り続けている。

 城内に侵入されると、探し出す手間が増える為、なるべく降りた瞬間を倒すことが求められた。

 その為、中庭にはかなりの戦力が必要となる。


「はぁあああああ!」

「とりゃー!」


 魔術騎士が、空飛ぶ魔獣を撃ち落とし、兵士達が止めを刺していく。

 そして地上を進む魔獣は、4人の護衛騎士達が相手をしている。

 白の国の騎士の中でも、王族を護る精鋭達の前では、魔獣など敵ではなかった。


「強くはないけど切りがないですね。早くお姫様のお手伝いに行きたいですのに……」

「ここで魔獣を食い止めていれば、次第に城内の魔獣の数も減っていく。そうすればセラフィナ様の負担を減らすことに繋がるだろう」


 カリンはすぐにでも、セラフィナの下へ駆けつけたかった。

 フラマリオもララージュとセラフィナの事が心配で溜まらない。


 護衛騎士の役目は、王族を護ることである。

 しかし魔人と戦う時は、その限りではない。

 王の役目は魔人を倒すことであり、他の王族も魔人から民を護る。

 一方的に護ってもらう立場と状況ではなくなるのだ。


「なーに、この程度の魔獣、セラフィナ姫様なら余裕だって。それはお前が一番分かってるだろ、カリン」

「ええ、リツィア様とララージュ様が一緒なら、セラフィナ様も危険に首を突っ込むような真似はしないでしょう」


 シグネの護衛騎士レギンヒルトと、エドブルガの護衛騎士アトッサ。

 最近護衛対象の王子達が強くなってきた為、いつ追い抜かれるかとひやひやしている2人だ。

 それでもまだ王子達よりは強い、白の国の最強騎士達である。


「でも王様がいない状況で魔人と遭遇したら、絶対に無茶するですよ……」

「いや……その心配は無用の様だ」


 屋根の上から戦いを眺めている男がいた。

 男は魔獣が一方的にやられている戦況を見ると、カリン達の前に飛び降りる。

 落下の衝撃で、周囲の者達は跳ね上がった。


「強いな、アステリアの戦士」

「こいつは……まさか!」


 現れたのは3メートル近い人間離れした体躯の大男。

 赤褐色の肌に、額から延びる長い角。

 そして結膜は闇のように黒い。


「話に聞いていたのより、だいぶ大きいのですが!?」

「アルタイルってのとは、別の魔人か!?」

「我が名は魔人:オーガのハダル! アステリアの戦士達よ! その力を我に示すがいい!」


 ハダルは背中に背負った棍棒を手に取る。

 それはハダルの身長に合わせて巨大であり、まるでその辺の木を引っこ抜いてきたような大きさだ。


「誰か王に知らせるのだ!」

「この国の魔人殺しか。望むところだ。しかしそれまで、ただ待っているつもりはないぞ」


 ハダルが棍棒を振るう。

 腕の長さも合わさって、驚異的なリーチを誇り、かなりの人数を巻き込む攻撃だ。


「させん!」


 フラマリオがハダルの攻撃を受けた。

 フラマリオは2メートルを超える巨体で、白の国最強の怪力を誇っている。

 ハダルの攻撃を受けて大きく後退することになったが、吹き飛ばされることなく、他の兵士達を守り切った。


「お兄さま!」

「むぅ……一撃受けただけで両腕が痺れるとは……」

「ほう、今の一撃を受け切るか。それでこそ戦う甲斐があるというもの」


 レギンヒルトとアトッサが前に出る。

 2人はお互いにカバーしながらハダルに切りかかる。

 ハダルは棍棒から手を離し、2人の攻撃を腕に付けた鉄甲で防いだ。

 そして再び棍棒を握る。


「防御? 魔人は人間の攻撃では、傷付けられないのでは?」

「そんな種族に甘えた戦い方はせぬ! 我が首に一太刀でも入れることが出来たのならば、魔獣共々引き上げ、二度とこの国に現れぬと約束しよう!」

「んなっ!?」


 破格の条件だった。

 ハダルの言葉が真実だとしたら、イオランダ抜きでも撃退することが可能という事だ。


「魔人は我々が相手をする! 他のものは引き続き魔獣を討伐せよ!」

「いいぜ。その首、俺がもらい受ける!」

「とても信じられませんが、どちらにしても時間稼ぎの為に戦う必要がありますね」

「こいつさえ押さえておけば、お姫様は安全! やってやるです!」


 4人の護衛騎士が、ハダルに刃を向ける。


                    ・

                    ・

                    ・


「もう大丈夫だ、早く玉座の間に!」

「ありがとうございます、セラフィナ様」


 モトキは、リツィアとララージュを送り届けた後、他の兵士達と玉座の間を護っていた。

 非戦闘員が逃げてきた際に、魔獣を連れてきてしまうことが多いのだ。


 ララージュは逃げて来た者達を隠し通路に誘導し、リツィアは城下の憲兵に状況を説明しに行った。

 モトキ達が突破されてしまえば、2人や非戦闘員達、そして隠し通路の先の城下の街をも危険に晒してしまう。

 その為、モトキ達は一匹たりとも打ち漏らすことは許されなかった。

 もっとも兵士の人数と、通路の狭さを考えれば、それはまず起こりえない状況だ。


『ねえモトキ。この状況は流石に妙じゃない?』

「そうか? どの辺が?」

『直接城の中に攻め込んできたことがよ。確かに当初は混乱していたけど、訓練を積んだ兵士と指揮系統が存在する場所に、その効果は長く続かないわ』


 イオランダの一括で早期に解決できたが、そうでなくても立て直すのに、そこまで時間はかからないのだ。


『結界の存在で、実質奴等は袋の鼠。魔獣の数や機動力を考えても、広さの限られた城内で戦うメリットがないわ』

「確かに……。アンネちゃんの話では、魔人には人並みの知能が確認されてる。魔人達には何か目的が……。そもそも魔人は何で人間を襲うんだ?」


 根本的な疑問である。

 魔人は人類の天敵だと散々言われてきたが、敵対する理由が不明なのである。


『確かなことは不明よ。ただ人間と魔人は、本能的に反目し合うように出来ているという説があるわ』


 何千年と続く、人間と魔人の闘いの歴史。

 その最中に、お互いの遺伝子に敵の存在が刻まれてしまったのかもしれない。


「そんな理由で殺されたら堪ったもんじゃない。さっさと終わらせて、1人でも多く助けないと」

『ええ』


 とは言っても、ララージュを置いてこの場を離れる訳にはいかないし、魔人を倒せる訳でもない。

 自分に出来ることをしながら、イオランダの勝利を祈るしかないのだ。

 それしかないはずだった。


「……」

『モトキ!?』

「セラフィナ様!」


 モトキが急に廊下の向こうを凝視して動かなくなる。

 その隙に魔獣が襲い掛かろうとしたが、兵士の1人が蹴散らしたおかげで、事なきを得た。


『モトキ! どうしたの!? しっかりして!』

「大丈夫ですか!? お気を確かに!」

「お姉さまに何かありましたか!?」


 兵士がセラフィナを呼ぶ声を聞き、ララージュが飛んできた。

 セラフィナは、動かないモトキと入れ替わろうとしたが、モトキの強い意志により拒否されてしまう。


「みんなごめん。この場は任せる」

「お姉さま!」


 モトキは一目散に走りだした。

 廊下の向こうの、まだ見ぬ何かを凝視しながら。


『どうしたのモトキ!』

「俺にも分からない! ただこの先に気配を感じる! たぶん魔人化したアラビスよりヤバい奴が!」

『それって魔人アルタイル!?』

「だとしたら、あそこで戦うのは危険すぎる! 玉座の間と距離がある内に足止めしないと!」


 モトキが廊下を曲がると、そこには1人の女性がゆっくりと歩いていた。

 足も元に届きそうなほど長い黒髪の女性。

 闇のように黒い結膜の瞳はどこか虚ろで、何もない虚空を見つめている。


『アラビスと同じ瞳……魔人!』

「え?」


 モトキの足元でカランと何かが落ちた音が聞こえる。

 見るとモトキが握っていたはずの剣が落ちていた。

 攻撃されたわけではなく、モトキの腕が震えて力が入らなくなり、剣を手放してしまったのだ。

 モトキがすぐに剣を拾おうとすると、床に透明な液体が落ちる。

 涙だ。


(嘘だろ!? 恐怖で体が震えて涙が出るって……。まだ視界に入っただけだぞ!?)

『モトキ! どうしたのよ! しっかりして!』


 モトキは剣を握るが、持ち上げることが出来ない。

 足が震えて、立ち上がることすら出来ない。

 そんなモトキを、魔人はようやく認識した。

 モトキが魔人を見上げると、2人の目が合う。


「……金色の瞳か」

(1度死んだくせに、なんでこんなにビビってるんだ! 動け! 戦えないならせめて逃げろ!)


 魔人がモトキの顔に向かって、掌を向ける。

 掌にはエネルギーが集まっていき、明らかに攻撃する体勢だ。


「くぁ……」

『動けないなら変わって! 私が――』

「お姉さま!」


 背後から聞きなれた声が聞こえ、振り向くとララージュが走って来ていた。

 モトキの只ならぬ様子に居ても立っても居られず、追いかけてきてしまったのだ。


『ララージュ!?』

「何でここに!」

「お姉さまを殺させたりはしません!」


 ララージュは剣を抜き、魔人に切りかかる。

 魔人はモトキに向けていた腕を、ララージュの方に伸ばす。


「やめろぉおおおおおお!」


 モトキの中の記憶が蘇る。

 魔王によって愛するものを奪われる瞬間を。


 体が動いた。

 モトキは限界を超えた力で、魔人の足元の床を切る。

 魔人はバランスを崩し、掌のエネルギーを握り潰してしまう。


「お姉さま!」

『モトキ! 大丈夫なの!?』

「ああ、ララージュのおかげで色々吹き飛んだ! ありがとう、もう大丈夫だ!」


 モトキは魔人を睨みつける。

 胸の中には、まだ妙なものを感じるが、それでも体は動く。

 そしてやることは決まっている。


「今度こそ……護ってみせる!」


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