87 会敵
上空に空いた黒い穴からは、絶えず魔獣が降り続けている。
城内に侵入されると、探し出す手間が増える為、なるべく降りた瞬間を倒すことが求められた。
その為、中庭にはかなりの戦力が必要となる。
「はぁあああああ!」
「とりゃー!」
魔術騎士が、空飛ぶ魔獣を撃ち落とし、兵士達が止めを刺していく。
そして地上を進む魔獣は、4人の護衛騎士達が相手をしている。
白の国の騎士の中でも、王族を護る精鋭達の前では、魔獣など敵ではなかった。
「強くはないけど切りがないですね。早くお姫様のお手伝いに行きたいですのに……」
「ここで魔獣を食い止めていれば、次第に城内の魔獣の数も減っていく。そうすればセラフィナ様の負担を減らすことに繋がるだろう」
カリンはすぐにでも、セラフィナの下へ駆けつけたかった。
フラマリオもララージュとセラフィナの事が心配で溜まらない。
護衛騎士の役目は、王族を護ることである。
しかし魔人と戦う時は、その限りではない。
王の役目は魔人を倒すことであり、他の王族も魔人から民を護る。
一方的に護ってもらう立場と状況ではなくなるのだ。
「なーに、この程度の魔獣、セラフィナ姫様なら余裕だって。それはお前が一番分かってるだろ、カリン」
「ええ、リツィア様とララージュ様が一緒なら、セラフィナ様も危険に首を突っ込むような真似はしないでしょう」
シグネの護衛騎士レギンヒルトと、エドブルガの護衛騎士アトッサ。
最近護衛対象の王子達が強くなってきた為、いつ追い抜かれるかとひやひやしている2人だ。
それでもまだ王子達よりは強い、白の国の最強騎士達である。
「でも王様がいない状況で魔人と遭遇したら、絶対に無茶するですよ……」
「いや……その心配は無用の様だ」
屋根の上から戦いを眺めている男がいた。
男は魔獣が一方的にやられている戦況を見ると、カリン達の前に飛び降りる。
落下の衝撃で、周囲の者達は跳ね上がった。
「強いな、アステリアの戦士」
「こいつは……まさか!」
現れたのは3メートル近い人間離れした体躯の大男。
赤褐色の肌に、額から延びる長い角。
そして結膜は闇のように黒い。
「話に聞いていたのより、だいぶ大きいのですが!?」
「アルタイルってのとは、別の魔人か!?」
「我が名は魔人:オーガのハダル! アステリアの戦士達よ! その力を我に示すがいい!」
ハダルは背中に背負った棍棒を手に取る。
それはハダルの身長に合わせて巨大であり、まるでその辺の木を引っこ抜いてきたような大きさだ。
「誰か王に知らせるのだ!」
「この国の魔人殺しか。望むところだ。しかしそれまで、ただ待っているつもりはないぞ」
ハダルが棍棒を振るう。
腕の長さも合わさって、驚異的なリーチを誇り、かなりの人数を巻き込む攻撃だ。
「させん!」
フラマリオがハダルの攻撃を受けた。
フラマリオは2メートルを超える巨体で、白の国最強の怪力を誇っている。
ハダルの攻撃を受けて大きく後退することになったが、吹き飛ばされることなく、他の兵士達を守り切った。
「お兄さま!」
「むぅ……一撃受けただけで両腕が痺れるとは……」
「ほう、今の一撃を受け切るか。それでこそ戦う甲斐があるというもの」
レギンヒルトとアトッサが前に出る。
2人はお互いにカバーしながらハダルに切りかかる。
ハダルは棍棒から手を離し、2人の攻撃を腕に付けた鉄甲で防いだ。
そして再び棍棒を握る。
「防御? 魔人は人間の攻撃では、傷付けられないのでは?」
「そんな種族に甘えた戦い方はせぬ! 我が首に一太刀でも入れることが出来たのならば、魔獣共々引き上げ、二度とこの国に現れぬと約束しよう!」
「んなっ!?」
破格の条件だった。
ハダルの言葉が真実だとしたら、イオランダ抜きでも撃退することが可能という事だ。
「魔人は我々が相手をする! 他のものは引き続き魔獣を討伐せよ!」
「いいぜ。その首、俺がもらい受ける!」
「とても信じられませんが、どちらにしても時間稼ぎの為に戦う必要がありますね」
「こいつさえ押さえておけば、お姫様は安全! やってやるです!」
4人の護衛騎士が、ハダルに刃を向ける。
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「もう大丈夫だ、早く玉座の間に!」
「ありがとうございます、セラフィナ様」
モトキは、リツィアとララージュを送り届けた後、他の兵士達と玉座の間を護っていた。
非戦闘員が逃げてきた際に、魔獣を連れてきてしまうことが多いのだ。
ララージュは逃げて来た者達を隠し通路に誘導し、リツィアは城下の憲兵に状況を説明しに行った。
モトキ達が突破されてしまえば、2人や非戦闘員達、そして隠し通路の先の城下の街をも危険に晒してしまう。
その為、モトキ達は一匹たりとも打ち漏らすことは許されなかった。
もっとも兵士の人数と、通路の狭さを考えれば、それはまず起こりえない状況だ。
『ねえモトキ。この状況は流石に妙じゃない?』
「そうか? どの辺が?」
『直接城の中に攻め込んできたことがよ。確かに当初は混乱していたけど、訓練を積んだ兵士と指揮系統が存在する場所に、その効果は長く続かないわ』
イオランダの一括で早期に解決できたが、そうでなくても立て直すのに、そこまで時間はかからないのだ。
『結界の存在で、実質奴等は袋の鼠。魔獣の数や機動力を考えても、広さの限られた城内で戦うメリットがないわ』
「確かに……。アンネちゃんの話では、魔人には人並みの知能が確認されてる。魔人達には何か目的が……。そもそも魔人は何で人間を襲うんだ?」
根本的な疑問である。
魔人は人類の天敵だと散々言われてきたが、敵対する理由が不明なのである。
『確かなことは不明よ。ただ人間と魔人は、本能的に反目し合うように出来ているという説があるわ』
何千年と続く、人間と魔人の闘いの歴史。
その最中に、お互いの遺伝子に敵の存在が刻まれてしまったのかもしれない。
「そんな理由で殺されたら堪ったもんじゃない。さっさと終わらせて、1人でも多く助けないと」
『ええ』
とは言っても、ララージュを置いてこの場を離れる訳にはいかないし、魔人を倒せる訳でもない。
自分に出来ることをしながら、イオランダの勝利を祈るしかないのだ。
それしかないはずだった。
「……」
『モトキ!?』
「セラフィナ様!」
モトキが急に廊下の向こうを凝視して動かなくなる。
その隙に魔獣が襲い掛かろうとしたが、兵士の1人が蹴散らしたおかげで、事なきを得た。
『モトキ! どうしたの!? しっかりして!』
「大丈夫ですか!? お気を確かに!」
「お姉さまに何かありましたか!?」
兵士がセラフィナを呼ぶ声を聞き、ララージュが飛んできた。
セラフィナは、動かないモトキと入れ替わろうとしたが、モトキの強い意志により拒否されてしまう。
「みんなごめん。この場は任せる」
「お姉さま!」
モトキは一目散に走りだした。
廊下の向こうの、まだ見ぬ何かを凝視しながら。
『どうしたのモトキ!』
「俺にも分からない! ただこの先に気配を感じる! たぶん魔人化したアラビスよりヤバい奴が!」
『それって魔人アルタイル!?』
「だとしたら、あそこで戦うのは危険すぎる! 玉座の間と距離がある内に足止めしないと!」
モトキが廊下を曲がると、そこには1人の女性がゆっくりと歩いていた。
足も元に届きそうなほど長い黒髪の女性。
闇のように黒い結膜の瞳はどこか虚ろで、何もない虚空を見つめている。
『アラビスと同じ瞳……魔人!』
「え?」
モトキの足元でカランと何かが落ちた音が聞こえる。
見るとモトキが握っていたはずの剣が落ちていた。
攻撃されたわけではなく、モトキの腕が震えて力が入らなくなり、剣を手放してしまったのだ。
モトキがすぐに剣を拾おうとすると、床に透明な液体が落ちる。
涙だ。
(嘘だろ!? 恐怖で体が震えて涙が出るって……。まだ視界に入っただけだぞ!?)
『モトキ! どうしたのよ! しっかりして!』
モトキは剣を握るが、持ち上げることが出来ない。
足が震えて、立ち上がることすら出来ない。
そんなモトキを、魔人はようやく認識した。
モトキが魔人を見上げると、2人の目が合う。
「……金色の瞳か」
(1度死んだくせに、なんでこんなにビビってるんだ! 動け! 戦えないならせめて逃げろ!)
魔人がモトキの顔に向かって、掌を向ける。
掌にはエネルギーが集まっていき、明らかに攻撃する体勢だ。
「くぁ……」
『動けないなら変わって! 私が――』
「お姉さま!」
背後から聞きなれた声が聞こえ、振り向くとララージュが走って来ていた。
モトキの只ならぬ様子に居ても立っても居られず、追いかけてきてしまったのだ。
『ララージュ!?』
「何でここに!」
「お姉さまを殺させたりはしません!」
ララージュは剣を抜き、魔人に切りかかる。
魔人はモトキに向けていた腕を、ララージュの方に伸ばす。
「やめろぉおおおおおお!」
モトキの中の記憶が蘇る。
魔王によって愛するものを奪われる瞬間を。
体が動いた。
モトキは限界を超えた力で、魔人の足元の床を切る。
魔人はバランスを崩し、掌のエネルギーを握り潰してしまう。
「お姉さま!」
『モトキ! 大丈夫なの!?』
「ああ、ララージュのおかげで色々吹き飛んだ! ありがとう、もう大丈夫だ!」
モトキは魔人を睨みつける。
胸の中には、まだ妙なものを感じるが、それでも体は動く。
そしてやることは決まっている。
「今度こそ……護ってみせる!」




