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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第八章 明日もきっと笑ってる
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86 魔人襲来

「始まったか……」


 廊下の窓からセラフィナ達は空を見上げる。

 空には黒い穴が開いていた。

 時刻は既に夜だと言うのに、空の穴ははっきりと視認できる。

 そこからゆっくりと、無数の魔獣が降り注いでいたのだ。


 黒い体に羽が生えた悪魔の様な生き物。

 凶悪な牙と爪を持つ、見たこともないような姿をした四足獣。

 2メートル近い大きさの、石で出来た動く人形。


 それらが次々に、城の中庭に降り立っていくのだ。


「あれってアンネあの時の……」

『ああ、大きさは全く違うけど……』


 アンネリーゼが魔人アルタイルと対峙した際、アルタイルは黒い穴から物を出し入れしたり、中に入って姿を消したりしていた。

 セラフィナ達は、アラビスが取り込んだ黒い結晶が、黒い穴から出てきた手に持って行かれるのを見ていたのだ。


「だとしたらあの穴は、その魔人が作ったものってことか!」

「恐らくは……。だけどあんな大きさ想定外だわ」


 魔人が魔獣を連れているのは想定内の事だ。

 それは過去の歴史からも例のある事なのだ。

 しかし数百と言う数が同時に、しかも城の中に現れることは想定していなかった。


 更に城の地下には魔力を貯め込む施設があり、それにより城の周りには結解が張り巡らされているのだ。

 上空も含めて、門や窓以外からは出入りができない。

 それは霊体だった頃のモトキが、すり抜けられない程度には協力だ。


「結解の内側からの転送……。それが魔人の力……」

『セラフィナ? おい、大丈夫か!?』


 城の中庭に降りた魔獣は、次々と城の中に侵入していく。

 兵士は突然の事態に対応が遅れ、メイドは必死に逃げ惑っている。

 そして殺されている者達もいた。


 セラフィナは、自分の考えの甘さに怒りを覚えると同時に、激しく動揺していた。 


「動揺してる暇はないよ」

「エドブルガ!」


 いつの間にか居なくなっていたエドブルガが、剣を携えてやってきた。

 自分の分だけでなく、セラフィナとシグネの分もだ。

 エドブルガはそれを2人に渡す。


「エドブルガ。お前、魔人が来るのが分かってたのか?」

「まさか。嫌な予感がしただけだよ。それより父上」

「ああ。今こそ王族の務めを果たす時だ! シグネ! エドブルガ! ついて来なさい!」

「おう!」

「うん」


 イオランダ達は、窓から中庭に飛び降り、それにシグネとエドブルガが続く。

 イオランダは着地すると同時に、首から下げたペンダントを握ると、白い光で出来た剣を作り出した。

 剣を振るうと、刀身から白い斬撃が飛び出し、一撃で10を超える魔獣を屠る。

 イオランダは剣を高らかに掲げ、大きな声で叫ぶ。


「狼狽えるな、我が国の民よ! 我々はこの日の為に備えてきたはずだ! 冷静に対処すれば、さしたる脅威ではない!」


 王の登場に、混乱していた人々が冷静さを取り戻し始める。


「そして魔人は、この私が討ち取る! 続け! 勇敢なる白の国の兵士達よ!」

「「「おぉおおおおお!」」」


 兵士達が沸き立つ。

 王自らが先陣を切ることで、皆の士気が一気に高まった。

 兵士達は次々に魔獣を打ち倒し、戦えないものを助け出していく。

 そして姿の見えない、魔人を探し出した。


「シグネ、エドブルガ。2人は戦えない者を玉座の間まで誘導してくれ」

「隠し通路を使うんだな」

「ああ、結界のおかげで、魔獣は城の外には出れないようだ。外は安全のはずだ」


 魔人や魔獣が場内に出現したことは、悪いことだけではなかった。

 ここには準備した戦力の大半が揃っており、非戦闘員も割合で考えれば少ない。

 何より魔人殺しである王が居るのだ。

 魔人を倒すことを考えれば、むしろかなりの好条件だろう。


「私は魔人を探す為、別行動となるが、2人と十分に気を付けるんだぞ」

「分かった」

「父上!」

「どうした?」

「あ、いや……」


 口籠るエドブルガ。

 しばし無言で俯くと、イオランダの手を強く握った。


「父上も……気を付けて」

「ああ、もちろんだ」


 シグネとイオランダは、それぞれ分かれて、非戦闘員や負傷者を誘導していく。

 イオランダは、先程飛び降りた窓の方を向き、セラフィナに呼びかける。


「セラフィナ! お前はリツィアとララージュと共に玉座の間に向かえ! 2人の事を護るのだ!」

「お父様……はい!」


 イオランダに任された。

 以前は、セラフィナが病弱だったこともあり、危険なことから遠ざけようとしてきた。

 しかし7年かけて、セラフィナの病弱で虚弱なイメージは払拭されていた。

 一人前と認められたのだ。


『セラフィナ、俺はお前の剣だ。自由に振るえ』

(ありがとう、モトキ)

「お父さまー!」

「あなた、気を付けて!」

「ああ!」


 イオランダは、魔人を探しに駆け出した。

 イオランダの姿が見えなくなると、モトキが表に出る。


(わたし)も行きましょう。2人の事は必ず護ります」

「ええ、頼みましたよ、セラフィナ」

「お姉さま、無茶はしないでくださいね」


 ララージュは、心配そうな目でモトキを見つめる。

 セラフィナが戦えることは知っているが、あまり強いというイメージがないのだ。

 3年前の四色祭では惨敗し、先月もエドブルガに、手も足も出なかったのだから仕方がない。


「いざとなったらララージュも戦いますから」


 ララージュは、シグネから送られた剣を強く握る。

 しかしかなり緊張しているようで、体がガチガチに硬くなっていた。

 モトキは、そんなララージュの頭をポンポンと叩く。


「頼もしいけど、ここはお姉ちゃんに任せてくれ。好きな人の前ではカッコ付けたい年頃なんだ」

「……はい」


 ララージュを落ち着かせて、一行は玉座の間に向かった。


                    ・

                    ・

                    ・


「はぁあああああ!」

「ファイヤーランス!」

「エアーショット!」


 城の正門前の広間。

 中に波から離れた場所にあるここにも、既に大量の魔獣が蔓延っていた。

 しかしリシストラタとキテラを含めた数名の魔術騎士団員が、それを瞬く間に蹴散らせていく。


「ここを破られれば、城下に魔獣が進行してしまいます! 正門は何としてでも死守です!」


 リシストラタは、即座に正門の重要性に気付き、一目散に駆け付けたのだ。

 その途中で、セラフィナを探して右往左往していたキテラと合流したのである。

 そしてもう1人。


「リシストラタ!」

「シグネ、無事でしたか」

「兄王子様! 姫様は!」

「あー、何するかは聞いてない。まあセラフィナなら大丈夫だろ」

「大丈夫でも、大丈夫じゃない状況に首を突っ込むのが姫様です!」

「母さんとララージュが一緒だろうし、そこまで無茶はしないだろ」


 2人の為なら無茶をするが、2人を置いて無茶はしないという判断だ。

 つまり危険と遭遇することはあっても、自ら危険に飛び込むような真似はしないはずである。


「たぶん2人を玉座の間まで連れて行ってるんだと思う。俺はそこに、今は非戦闘員の誘導をしてるんだ。こっちにはいないか?」

「それでしたら」


 リシストラタ達がここまで来る途中に合流したメイドが何人かいた。

 一緒にいた方が安全と判断し、行動を共にしていたのだ。


「外に逃がしてやれれば安全らしいんだけど、正門は開けられないのか?」

「難しいですね。正門の開閉には人手が必要です。加えて時間が掛かりますから、その間に魔獣に襲われると拙い」

「なら玉座の間から逃がすしかないか。みんな、俺に付いて来い! 安全な場所まで行くぞ!」

「は――ひぃ!?」


 メイド達が返事をしようとすると、途中で途切れて悲鳴に代わる。

 シグネが振り返ると、メイド達の体のあちこちが石となっていた。


「は?」

「なんだ!? どうなってるんだ!?」

「わ、分かりません! 急に体が動かなくなって――」

「嫌……嫌ぁあああああ!」


 石となった部位はどんどん広がっていく。

 魔術騎士団の1人である魔術研究者が、何とか食い止めようとするが、まったく理解できなかった。


「みんな! 階段です!」


 リシストラタが階段を下りてくる人影を見つける。

 否、それは人ではなかった。

 しかし魔獣でもない。


 側頭部に2本の角を生やした長身の男。

 右目は髪で隠れていて見えないが、左目の結膜は闇のように黒い。


「魔人……!」

「ご明察だレディ。魔人:カトブレパス。名はアルデバランだ」


 軽い口調で名乗るアルデバラン。

 そこからは敵意や殺意を一切感じなかった。


(6年前に現れたアルタイルと別の魔人だと!? 同年代に魔人が2体とかふざけんな!)

(国王様に知らせなければ!)


 魔術騎士団の1人が術式を起動させる為に左腕を伸ばす。

 風属性魔術「ブザーアラート」。

 周囲に大きな音を鳴らして、自身の危険を知らせる魔術だ。

 魔人を発見した際には、これを伝播することで、イオランダに知らせることになっている。


「ブザーアラート!」

「煩いな」


 音が鳴ってから2秒と言ったところだろう。

 アルデバランは一瞬のうちに、リシストラタ達の後ろにいた魔術騎士の下に辿り着き、顔を殴り飛ばす。

 魔術騎士の頭は体から離れ、壁に叩き付けられて瞑れた。


「悪いな。男はコレクションにいらないんだ」

「貴様!」

「テメェ!」


 シグネとリシストラタが同時に切りかかる。

 アルデバランはそれを素手で受け止めた。


「服は止めてくれよ。俺の一張羅だ」


 アルデバランは2人の剣を握り潰す。

 剣はいとも簡単に砕け散ったが、アルデバランの手からは血が流れていた。


「どっちも竜素材とか、嫌がらせかよ」

「殺す気だよ!」


 シグネとリシストラタは、バックステップでアルデバランから距離を取る。

 そこに事前に準備をしていたキテラが魔術を放つ。


「スパイラルバースト!」


 それはキテラが最初に覚えた魔術。

 オルキスが、キテラの魔力量を最大限生かせるように刻んだ強力なものだ。

 何本もの炎が、蛇のように伸び、螺旋を描きながらアルデバランを襲う。


「だから服はやめてくれって」


 アルデバランは、服に火が燃え移らないように、大きく飛んで回避する。

 しかしキテラの魔術は、まだ終わっていなかった。


「術式起動! キースペル、セラフィナ2式バージョン6.0!」


 それはセラフィナが2番目に作り出したオリジナルの魔術。

 幼き頃のセラフィナが、後先考えないで作ったロマンの塊。


「フレアバースト!」


 全身の魔力を残さず熱線に変えて、対象を焼き尽くす荒業。

 魔力枯渇で倒れることを前提としている為、コントロールは一切できない。

 しかし相手が現れると分かっていると分かっているのなら、そこを狙うことくらいは出来た。


 高出力の熱線がアルデバランを飲み込む。

 そして真っ黒な消し炭が地に落ちた。

 キテラも魔力枯渇により、その場に気絶してしまう。


「やったぜ! 流石はキテラとセラフィナの魔術!」

「この程度で倒せれば、人類の天敵などと呼ばれていません!」


 あくまで魔人を倒すのは、王であるイオランダの役目である。

 それ以外の者の役目は、魔人を見つけ、イオランダが来るまでの時間稼ぎでだ。

 しかしイオランダに知らせるすべはなく、正門を無防備にして逃げる訳にはいかない。

 キテラの魔術による爆音で、誰かが気付くのを祈るばかりだ。


「あーあ、お気に入りだったんだけど……」


 アルデバランは、服が燃えて半裸になってはいるが、体には火傷1つなかった。


「責任取ってもらうぜ」

「くっ!」

「またかよ!」


 アルデバランは、一瞬で倒れているキテラの下に移動した。

 そして髪を掻き上げて、隠していた右目で来て鰓を見る。

 すると先程のメイド同様、キテラの体が石になり始めた。


「うんうん。中々の美人だ。俺のコレクションにすることで、服の件はチャラにするとしよう」

「ふざけんじゃねぇ!」

「だから男はいらないって」


 折れた剣で切りかかるシグネ。

 アルデバランは、それをカウンターで殴り飛ばす。

 シグネは正門を突き破り、外に放り出された。


「シグネ!」

「君も美人だけど――」


 アルデバランは、リシストラタに接近して顔を覗き込む。

 するとガッカリしたような顔で大きく溜め息を付いた。


「金の瞳は皆殺しって言われてるんだ。悪いな」

「がはっ!」


 アルデバランの手は、リシストラタの心臓を貫く。

 リシストラタは血を吐き、床に無造作に投げ飛ばされ、絶命した。



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