85 誕生日
第2王女ララージュの誕生日当日を迎え、白の国は浮足立っていた。
城の国では、王族が成人になる15歳まで誕生日に、城でパーティーが開かれる。
参加するのは、城の人間と、白の国の貴族だ。
一般人は参加できるわけではないが、それでも城下はお祭りムードである。
セラフィナとモトキは、城の窓からそんな城下街を眺めていた。
『こうやって見ると毎年思うよ』
「うん」
『セラフィナの誕生日と、他の3人の誕生日で、城下の盛り上がりの差が酷い』
「だねー」
セラフィナは8歳まで病弱で、大勢の前に出ることが出来なかった故に、パーティーは身内だけで行われていたのだ。
貴族や一般人も、セラフィナが地竜を討ち取るまで、その存在を忘れていたので、当然城下は盛り上がらない。
そして王族の誕生日は、生まれた翌日に行われるパレードによって覚えられる為、大半の国民はセラフィナの誕生日を知らないのだ。
知っているのは、招待状の贈られる貴族くらいのものだろう。
それから7年間。
結局セラフィナの誕生日は浸透することなく、15歳になってしまったのだった。
「別にいいのだけどね。城の皆は、毎年祝ってくれたのだから」
『まあ大事なのはそっちだけど、いまいち納得いかないんだよなぁ』
セラフィナ自身も蔑ろにされている気分になる。
あくまで気分の問題だ。
『例えば俺がセラフィナの兄だとして、誕生日が完全スルーされたらどう思う? 俺自身は何も思わない』
「納得いかないわね。そもそも「地球と暦が違うから」とか言って、モトキの誕生日を祝えないのだけどね、私」
『いや……20過ぎたら、もういいかなって。いくない?』
「いくない」
地球とアステリアでは、1年の長さが違う。
1年は12ヶ月で数えられるのは同じだが、日数はアステリアの方が少し長い。
しかしモトキの体感では、1日は地球の方が少し長く感じられていた。
累計1年でどちらが長いかは、流石のモトキでも分からないが、そこまで大差があるものではないだろう。
そしてセラフィナに転生してから7年と少し。
そろそろ自分の年齢をまじめにカウントしたくなくなる年頃である。
『今重要なのはララージュの誕生日だ! プレゼント、喜んでくれるかなー』
「誤魔化して……。心配しなくても、ララージュの好みを完璧に考慮した一品よ」
2人が用意したプレゼントはロケットペンダント。
開いて中に写真を2枚入れるタイプのものだ。
セラフィナがデザインを考え、モトキが作り、2人の愛を込めた合作である。
「読書好きのララージュの為のブック型。中には両面のスペースをギリギリまで使った、家族6人の写真。完璧よ」
『完璧だな』
ララージュの誕生日に浮かれているのは、2人も同じだった。
今日だけは、いろいろな悩みや憂いを忘れて、ララージュだけに全力だ。
「さーて、そろそろララージュのところに行きましょうか」
『パーティー用に髪を結ってあげる約束だからな』
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昼になり、ララージュの誕生日を祝うパーティーが開かれる。
綺麗に装飾された広間に集まる人々。
お祝いの巨大ケーキに、並べられたご馳走。
貴族の家から送られるプレゼントの数々。
そしてモトキが結った髪と綺麗なドレスを身に纏ったララージュ。
「お誕生日おめでとうございます、ララージュ様」
「ありがとう、ブランケット卿」
「また一段と美しくなられましたな」
「ありがとう、モンテビアンコ卿」
「うちのフラマリオはどうでしょうか?」
「父上!」
「護衛騎士としての務めを、立派に果たしてくれていますよ、アドヴァイス卿」
誕生日パーティーと言う名目だが、実際は社交界のような側面が強い。
独身の息子を持つ貴族の家は、ララージュにその存在をアピールしている。
ここに居る誰かが、将来ララージュの婿になる可能性があるのだ。
「アドヴァイス家の3男は、ララージュと同い年なのに、何で毎回フラマリオを進めるのかしら……」
「1番強いお兄様を紹介した方が喜ぶと本気で思ってるのですよ。うちのお父様は……」
ちなみにセラフィナの誕生日には、こういった事態にはならない。
王位を継ぐのはエドブルガだと散々言っているが、それでもセラフィナが継承権1位なことに変わりはない。
王族と結婚することと、王と結婚することとでは、まったく意味が違ってくるのだ。
相変わらず難しい立場にいる事には変わりなかった。
『権力じゃなくて、ララージュ自身を愛してくれる人と結婚してほしいな』
(王族にそれは難しい注文よ)
王族として産まれたものに、まともな恋愛などありえない。
それでもより良い相手を見つける為に、こういった社交界があるのだ。
夜になると、ララージュの誕生日パーティーは終わりを告げた。
集まった貴族達は、1人ずつララージュに挨拶をしてか、城を後にしていく。
「ふぅ……。相変わらず肩が凝りますね」
「お疲れ様、ララージュ」
「りっぱな姫っぷりだったぞ」
多くの貴族と接することで、ララージュは疲弊していた。
そんなララージュを労う家族。
「そんな頑張ったララージュにご褒美をあげないとな」
姫としてのパーティーは終わったが、娘として、妹としてのパーティーは終わってない。
家族からのプレゼントタイムだ。
イオランダとリツィアからは、パーティーで来ているドレスを贈っている。
「俺からは新しい剣だ。ララージュの体に合わせて、俺が打ったんだ」
「ありがとうございます、シグネお兄さま」
「僕からはお守りだ。僕達がいない時に役立つはずだ」
「? ありがとうございます、エドブルガお兄さま」
エドブルガの言い回しに、違和感を覚えるララージュ。
ララージュが受け取ったお守りは、綺麗だが何の変哲もないアミュレットだった。
「あら、ペンダント系で被ってしまったわね。私達からはロケットペンダントよ。中に皆の写真が入っているわ」
『両方付けても似合うと思うよ』
「ありがとうございます、お姉さま! ララージュは感動しました! 一生の宝にしますね!」
「俺達の時と反応違いすぎないか!?」
「冗談です。お兄さま達の剣とお守りも、とっても嬉しいですよ」
本当だ。
セラフィナからのプレゼントも、シグネからのプレゼントも、もちろん両親からのプレゼントも、全てララージュの宝物になった。
セラフィナとシグネのプレゼントは、貴族から送られた物と比べたら、金銭的価値で劣る。
それでもララージュにとって価値があるものは、家族から送られたものだ
「……あれ? エドブルガお兄さまは?」
「え? さっきまでそこに居たわよね?」
『いつの間に? 移動した気配が全然しなかったのに……』
部屋を見渡しても、廊下を覗いても、エドブルガの姿はどこにもいなかった。
「ったく、あいつは……」
「プレゼントを渡して即退散なんて……。もうちょっと構ってくれても良いのでは?」
落ち込むララージュの頭を、リツィアは優しく撫でる。
「エドブルガは難しい年頃なのよ」
「お姉さまと同い年では?」
「そこは男と女の違いね。決してララージュの事が嫌いなわけではないわ」
「そうね。その証拠にこのお守り、ただのお守りではないわ。少しだけど魔力を感じるわ。本当に身を護る効果があるのかも」
しかしそれは、セラフィナでも解析できない一品だった。
手のひらに収まる大きさのお守りに、魔術の効果を付与する技術など、アステリアには存在しないのだ。
(エドブルガ……どうやってこれを――っ!)
突如巨大な爆発音と、衝撃による振動が、城全体を襲う。
セラフィナはとっさにララージュを護る様に抱きしめる。
少しすると、1人の兵士が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「何事だ!?」
「報告します! 城内中庭の上空に黒い亀裂が発生! そこから大量の魔獣が現れました!」
「なんだと!?」
「それとまだはっきりとは確認できていませんが、魔人と思われる存在も!」
「魔人!?」
楽しかった時間は、人類の天敵により終わりを告げた。




