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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第八章 明日もきっと笑ってる
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83 悪癖

 フラマリオの開始の合図を受けて、2人はじりじりと間合いを見極める。


「そう言えばエドブルガとの模擬戦は久しぶりだな」

『そうね。もう1年以上、剣を交えていないと思うわ』


 互いに忙しくなり、時間が合うことが少なくなったこと。

 2人の戦闘スタイルが、大きく分かれたこと。

 魔術の研究で、剣の修練にかける時間が減ったこと。

 ララージュと一緒にいる時間が増えたこと。


 そう言った理由が折り重なり、2人がこうして剣を交えることがなかったのだ。


『稽古でのあの動き……。私の素人目でも分かるわ。エドブルガは更に強くなっている』

「俺との実力差は開く一方だな。だけど――」


 モトキは態勢を低くして、強く地面を蹴る。

 最高速は並だが、軽い体を活かした初速は、白の国でも随一だ。

 静と動の切り替えの早さは、モトキの速さを相手に誤認させる。


(お姉ちゃんとして、カッコ悪い姿は見せたくないな!)


 モトキは一瞬で、エドブルガとの距離を詰めた。

 右から切りかかると見せ掛け、直前で体を逆方向に回し、左から切る。

 速攻とフェイントによる虚と、回転による加速を合わせた一撃。

 この動きに対応できる相手は、早々いるものではない。


「見えてるよ」

「やっぱりな」


 エドブルガは難なく受け止めた。

 モトキの戦闘スタイルは、多彩な技術で相手を翻弄し、隙を作り、虚を突くことである。

 しかしその多くは初見殺しのものが多い為、幾度となく戦ったエドブルガには、殆ど通用しない。

 更にエドブルガの戦闘スタイルは、隙が少なく安定した質実剛健なものだ。

 その相性は最悪と言ってもいい。

 迂闊に攻撃を仕掛けたら返り討ちに会う。


(けれど手札が分かっているのはお互い様だ。対策は考えている!)


 モトキは威力を捨て、手数でエドブルガを攻め立てる。

 エドブルガはその全てを、正確に丁寧に防ぐ。


(そして俺が一瞬でも隙を見せたら返り討ち。昔からよくあるパターンだ。故にエドブルガの脳に染み付いている!)


 モトキは、エドブルガの剣の側面を狙って、肘を打ち付ける。

 しかしエドブルガには、一切の衝撃がなかった。


(ディレイソードの応用か。だけど来ると分かっていれば脅威じゃない)

(これは来ると分かっていても防げない一撃だ!)


 モトキは肘を打ち付けた箇所に、素早く剣の柄頭を当てる。

 それにも衝撃が発生しない。

 そして更に同じ個所を、刃で切りかかる。


(1動作による3連撃! その衝撃をディレイソードで遅らせ、最後の一撃と同時に叩き込む!)


 それは腕力の弱いセラフィナの体でも、十分な威力を発揮することが出来る技。

 モトキが6年の間に完成させた姫剣の1つ。

 まだエドブルガには見せていない、とっておきだ。


「姫剣! 連なり星!」


 3倍の衝撃が、エドブルガの剣を襲う。

 はずだった。


『……んん? 今、音が3回聞こえなかった?』

(やばっ! タイミングズレた!)


 ディレイソードで遅らせる時間調整を失敗したのだ。

 その為、3倍の威力になるはずの一撃は、タイミングのズレた3連撃になってしまった。

 ディレイソードを警戒していたエドブルガには、殆ど効果がなく、受け切られてしまう。


 連なり星は振りが大きい為、外した際の隙が大きい。

 エドブルガはその隙を見逃さず、容赦なく剣を振り下ろす。


(っ! これは――)


 モトキはそのまま体を振りぬき、体を回転させる。

 腰から背後に伸びた剣の鞘で、エドブルガの剣を弾く。

 そこから生まれた一瞬の隙に、モトキは距離を取り、体勢を立て直す。


「今のは少し本気だったね」

「そっちこそ……」


 モトキは冷や汗をかく。

 先程のエドブルガの一撃は、本当に切られると感じるものだったのだ。

 あのエドブルガが、セラフィナを。

 モトキは動揺して動けなくなる。


『モトキ、どうしたの?』

「ああ……次の一手を決めかねてて……」


 セラフィナは気付いていない。

 モトキもセラフィナに話す気はなかった。

 ただエドブルガの事を、真っ直ぐに見つめることしかできない。


「姉さん、最初に言ったよね? 全力で戦ってほしいって」

(わたし)は、ちゃんと本気だ」

「だけど全力じゃない」


 親しい相手には全力が出せない。

 それは6年前から周知の事実である、モトキの悪癖だ。

 エドブルガはそれが分かった上で、全力を出せと言っている。


「さっきのは挑発か……」

「僕は絶対に姉さんより強い!」

「知ってるよ。わざわざ口に出さなくても……」

「と断言できる程、実力に差はないと思ってる!」


 モトキはそんなこと、夢にも思っていなかった。

 6年前の時点でも、エドブルガには殆ど勝ったことがなく、今はそれ以上に実力差は開いている。

 それは冷静に戦力分析をした結果なのだ。


「だけど今の姉さんと戦って、絶対に負けないとは断言できる! 僕はどうしても、姉さんの全力を知りたいんだ!」

(勝てないのは実力の問題じゃない……)


 エドブルガの意図を知り、体の動揺が解けた。


「10秒くれ」

「いいよ」


 モトキは目を瞑り、大きく深呼吸する。

 エドブルガの期待に応える為に、全力を出す為に、精神を整えた。


 それからキッカリ10秒後。

 モトキは再びエドブルガに接近して切りかかる。

 その動きは、先程よりも早く、鋭いものだった。


「ほら、姉さんは強い。3年前の王闘の時もそうだった」

「3年前の?」

「姉さんは、周りとの実力差が広がったと思ってるけど、それは違う。姉さんにとって、親しい人が増えただけだ」

『アルステーデ達と仲良くなったから、王闘でも全力が出せなかった……。チョロいわね、モトキ』

(身持ちは固いつもりなんだけどなぁ……)


 イサオキの為、エアの為、そしてセラフィナの為。

 大事な者の為に生きてきたモトキは、他者と一定の距離を置いていた。

 しかし自分が大切なセラフィナになったことで、距離の測り方が曖昧になっているのが今のモトキだ。


「姉さんの姫剣は、針の穴に糸を通すような繊細な技だ。それを9割以上の確率で成功させる姉さんの技術は、まさに達人だ」


 生前のモトキの経験と、セラフィナになってからの経験。

 加えて体が貧弱なことを補おうと、徹底的に磨いた技術。

 そして心の中の部屋を用いた、常人では不可能な努力の時間と密度。

 その集大成である姫剣は、モトキだけの神技なのだ。


「けどそれを10割に出来ないのが、姉さんの甘さだ!」

「くっ、衛り星!」


 エドブルガが振り下ろす剣に、モトキは自分の剣を合わせる。

 しかし何とか全力を出している状態では、とても限界の力を発揮することは出来ない。

 技自体は形になっていたが、速さが足りなかった為、エドブルガに対応され弾かれる。


「あっ……」

「姉さんのその甘さも、優しさも……、僕は好きだよ」


 剣を弾かれ無防備になったモトキの首に、エドブルガは剣を向ける。

 先程と違って寸止めだ。


「そこまで! エドブルガ様の勝利!」


 フラマリオの宣言を受けると、2人は剣を収めて礼をする。


「だけどこのままだと、きっと大事なものを取りこぼすことになる」

「それは魔人の事を言ってるのか?」


 エドブルガは顔を近づけ、他の誰にも聞こえないように囁く。


「僕も魔人と会った」

「なっ!」

「魔人と!?」

「静かにして。周りに聞こえる」


 驚きのあまり、思わずセラフィナが表に出る。

 現在確認されている魔人は、6年前に現れたアルタイルのみ。

 それから今まで1度たりとも現れたという情報はなかった。


「3年前の四色祭。白黒入り混じった髪に、背中には鳥の様な羽があった。アンネ達から聞いた特徴と合致することから、恐らくは同一個体」

「……どうして今まで黙っていたの?」

「すでに対策は進んでるんだ。話したって混乱を招くだけだよ」

「どうして私にだけ話したの?」

「姉さんが一番危なっかしいからだよ」


 そう言ってエドブルガは振り返り、その場から立ち立ち去る。


「たまには全力を出さないと、いざという時にも出せなくなるよ」

『……』


 セラフィナとモトキは、黙ってエドブルガを見送る。

 魔人の事を、その胸に抱えたまま。


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