83 悪癖
フラマリオの開始の合図を受けて、2人はじりじりと間合いを見極める。
「そう言えばエドブルガとの模擬戦は久しぶりだな」
『そうね。もう1年以上、剣を交えていないと思うわ』
互いに忙しくなり、時間が合うことが少なくなったこと。
2人の戦闘スタイルが、大きく分かれたこと。
魔術の研究で、剣の修練にかける時間が減ったこと。
ララージュと一緒にいる時間が増えたこと。
そう言った理由が折り重なり、2人がこうして剣を交えることがなかったのだ。
『稽古でのあの動き……。私の素人目でも分かるわ。エドブルガは更に強くなっている』
「俺との実力差は開く一方だな。だけど――」
モトキは態勢を低くして、強く地面を蹴る。
最高速は並だが、軽い体を活かした初速は、白の国でも随一だ。
静と動の切り替えの早さは、モトキの速さを相手に誤認させる。
(お姉ちゃんとして、カッコ悪い姿は見せたくないな!)
モトキは一瞬で、エドブルガとの距離を詰めた。
右から切りかかると見せ掛け、直前で体を逆方向に回し、左から切る。
速攻とフェイントによる虚と、回転による加速を合わせた一撃。
この動きに対応できる相手は、早々いるものではない。
「見えてるよ」
「やっぱりな」
エドブルガは難なく受け止めた。
モトキの戦闘スタイルは、多彩な技術で相手を翻弄し、隙を作り、虚を突くことである。
しかしその多くは初見殺しのものが多い為、幾度となく戦ったエドブルガには、殆ど通用しない。
更にエドブルガの戦闘スタイルは、隙が少なく安定した質実剛健なものだ。
その相性は最悪と言ってもいい。
迂闊に攻撃を仕掛けたら返り討ちに会う。
(けれど手札が分かっているのはお互い様だ。対策は考えている!)
モトキは威力を捨て、手数でエドブルガを攻め立てる。
エドブルガはその全てを、正確に丁寧に防ぐ。
(そして俺が一瞬でも隙を見せたら返り討ち。昔からよくあるパターンだ。故にエドブルガの脳に染み付いている!)
モトキは、エドブルガの剣の側面を狙って、肘を打ち付ける。
しかしエドブルガには、一切の衝撃がなかった。
(ディレイソードの応用か。だけど来ると分かっていれば脅威じゃない)
(これは来ると分かっていても防げない一撃だ!)
モトキは肘を打ち付けた箇所に、素早く剣の柄頭を当てる。
それにも衝撃が発生しない。
そして更に同じ個所を、刃で切りかかる。
(1動作による3連撃! その衝撃をディレイソードで遅らせ、最後の一撃と同時に叩き込む!)
それは腕力の弱いセラフィナの体でも、十分な威力を発揮することが出来る技。
モトキが6年の間に完成させた姫剣の1つ。
まだエドブルガには見せていない、とっておきだ。
「姫剣! 連なり星!」
3倍の衝撃が、エドブルガの剣を襲う。
はずだった。
『……んん? 今、音が3回聞こえなかった?』
(やばっ! タイミングズレた!)
ディレイソードで遅らせる時間調整を失敗したのだ。
その為、3倍の威力になるはずの一撃は、タイミングのズレた3連撃になってしまった。
ディレイソードを警戒していたエドブルガには、殆ど効果がなく、受け切られてしまう。
連なり星は振りが大きい為、外した際の隙が大きい。
エドブルガはその隙を見逃さず、容赦なく剣を振り下ろす。
(っ! これは――)
モトキはそのまま体を振りぬき、体を回転させる。
腰から背後に伸びた剣の鞘で、エドブルガの剣を弾く。
そこから生まれた一瞬の隙に、モトキは距離を取り、体勢を立て直す。
「今のは少し本気だったね」
「そっちこそ……」
モトキは冷や汗をかく。
先程のエドブルガの一撃は、本当に切られると感じるものだったのだ。
あのエドブルガが、セラフィナを。
モトキは動揺して動けなくなる。
『モトキ、どうしたの?』
「ああ……次の一手を決めかねてて……」
セラフィナは気付いていない。
モトキもセラフィナに話す気はなかった。
ただエドブルガの事を、真っ直ぐに見つめることしかできない。
「姉さん、最初に言ったよね? 全力で戦ってほしいって」
「俺は、ちゃんと本気だ」
「だけど全力じゃない」
親しい相手には全力が出せない。
それは6年前から周知の事実である、モトキの悪癖だ。
エドブルガはそれが分かった上で、全力を出せと言っている。
「さっきのは挑発か……」
「僕は絶対に姉さんより強い!」
「知ってるよ。わざわざ口に出さなくても……」
「と断言できる程、実力に差はないと思ってる!」
モトキはそんなこと、夢にも思っていなかった。
6年前の時点でも、エドブルガには殆ど勝ったことがなく、今はそれ以上に実力差は開いている。
それは冷静に戦力分析をした結果なのだ。
「だけど今の姉さんと戦って、絶対に負けないとは断言できる! 僕はどうしても、姉さんの全力を知りたいんだ!」
(勝てないのは実力の問題じゃない……)
エドブルガの意図を知り、体の動揺が解けた。
「10秒くれ」
「いいよ」
モトキは目を瞑り、大きく深呼吸する。
エドブルガの期待に応える為に、全力を出す為に、精神を整えた。
それからキッカリ10秒後。
モトキは再びエドブルガに接近して切りかかる。
その動きは、先程よりも早く、鋭いものだった。
「ほら、姉さんは強い。3年前の王闘の時もそうだった」
「3年前の?」
「姉さんは、周りとの実力差が広がったと思ってるけど、それは違う。姉さんにとって、親しい人が増えただけだ」
『アルステーデ達と仲良くなったから、王闘でも全力が出せなかった……。チョロいわね、モトキ』
(身持ちは固いつもりなんだけどなぁ……)
イサオキの為、エアの為、そしてセラフィナの為。
大事な者の為に生きてきたモトキは、他者と一定の距離を置いていた。
しかし自分が大切なセラフィナになったことで、距離の測り方が曖昧になっているのが今のモトキだ。
「姉さんの姫剣は、針の穴に糸を通すような繊細な技だ。それを9割以上の確率で成功させる姉さんの技術は、まさに達人だ」
生前のモトキの経験と、セラフィナになってからの経験。
加えて体が貧弱なことを補おうと、徹底的に磨いた技術。
そして心の中の部屋を用いた、常人では不可能な努力の時間と密度。
その集大成である姫剣は、モトキだけの神技なのだ。
「けどそれを10割に出来ないのが、姉さんの甘さだ!」
「くっ、衛り星!」
エドブルガが振り下ろす剣に、モトキは自分の剣を合わせる。
しかし何とか全力を出している状態では、とても限界の力を発揮することは出来ない。
技自体は形になっていたが、速さが足りなかった為、エドブルガに対応され弾かれる。
「あっ……」
「姉さんのその甘さも、優しさも……、僕は好きだよ」
剣を弾かれ無防備になったモトキの首に、エドブルガは剣を向ける。
先程と違って寸止めだ。
「そこまで! エドブルガ様の勝利!」
フラマリオの宣言を受けると、2人は剣を収めて礼をする。
「だけどこのままだと、きっと大事なものを取りこぼすことになる」
「それは魔人の事を言ってるのか?」
エドブルガは顔を近づけ、他の誰にも聞こえないように囁く。
「僕も魔人と会った」
「なっ!」
「魔人と!?」
「静かにして。周りに聞こえる」
驚きのあまり、思わずセラフィナが表に出る。
現在確認されている魔人は、6年前に現れたアルタイルのみ。
それから今まで1度たりとも現れたという情報はなかった。
「3年前の四色祭。白黒入り混じった髪に、背中には鳥の様な羽があった。アンネ達から聞いた特徴と合致することから、恐らくは同一個体」
「……どうして今まで黙っていたの?」
「すでに対策は進んでるんだ。話したって混乱を招くだけだよ」
「どうして私にだけ話したの?」
「姉さんが一番危なっかしいからだよ」
そう言ってエドブルガは振り返り、その場から立ち立ち去る。
「たまには全力を出さないと、いざという時にも出せなくなるよ」
『……』
セラフィナとモトキは、黙ってエドブルガを見送る。
魔人の事を、その胸に抱えたまま。




