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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第七章 異常な普通の日常
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79 魔導書

「駄目! イサオキ、待って! 気持ち良すぎて死んじゃう!」

「この程度で死ぬほど、人間の体は柔に出来てない。兄さんの体は特にだ」

「ふひゃぁあああああ……」


 イサオキは、うつ伏せに倒れたセラフィナの上に跨り。マッサージをしていた。

 イサオキ曰く、精神ストレスに聞くツボを押しているらしい。

 仕事の合間に習得したようだ。


「こんなものか」

「ありがとう、イサオキ。何だか体が軽くなった」

「まったく、患うなら体の病気にしてくれ。体の事は大抵分かるが、精神なんて見えないものは、理解する気すら起きない」


 イサオキの専門は外科医だが、人を治すことに関わる資格は大抵持っていた。

 常識的に考えれば、現在16歳であるイサオキに、そんなことは物理的に不可能に思える。

 それをなんやかんやで可能にするのが、イサオキが天才と呼ばれる所以であろう。


 そんなイサオキでも、人の精神に関する治療だけは専門外であった。

 向き不向きもあるだろうが、それ以前にモトキとエアにとって、イサオキの存在こそが、最も精神を安定させる薬になるからだ。

 実際にモトキの体は、マッサージを受けたという事実のみで、肉体も精神も全快していた。


(両足の限界を引き出したはずなのに、一切ダルさを感じないわ。凄いわね、地球の医療)


 セラフィナの中で、地球の凄さと、ミタカ兄弟の凄さが、ドンドン混ざっていく。


 それからセラフィナが、テレビに釘付けになりながらリビングで寛いでいると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。

 しかしその香りは、セラフィナにとって初見のものではない。


「モト兄、イサ兄。ご飯よそってー」

「これは……カレー!」


 それは様々な食材を、複数のスパイスで煮込んだ料理。

 アステリアにも似た料理はあるが、厳密には地球のそれと同じ料理ではない。

 それでも神の加護で同じカレーと翻訳されているという事は、かなり近い料理という事だ。

 未知なる料理を期待していたセラフィナは、肩透かしを食らってしまう。


「これがカレー!? 何でこんなに美味しいの!?」


 セラフィナは驚愕した。

 地球で品種改良が繰り返された食材、日本で魔改造をされたカレーの概念、圧倒的な種類を誇る調味料とスパイス、研究し尽くされてなお上を目指し続けるレシピ、エアのブラコン、愛。

 それらが混然となったカレーは、見た目こそ似ているが、その旨さの差は月とすっぽんだった。


「好評みたいでよかった」

「ああ、これなら兄さんを追い抜くのも時間の問題だな」

(モトキはこれより上なの!?)


 アステリアでのモトキは、菓子類以外はあまり作っていなかった。

 地球との食材の違いに苦戦し、食文化の理解が十分でないからだ。

 そもそも食事系を本気でやっても、流石に城に勤めているプロの料理人には勝てない。


(これを食べてしまうと、モトキからレシピを引っ張り出したくなるわね。文化侵略になるって嫌がりそうだから聞かないけど)


 その後セラフィナは、カレーを2杯もおかわりした。

 神の加護の影響で、エネルギー消費が速いこともあるが食べすぎだ。


(……大丈夫。ここは夢の中のはずだから、太ったりしないわ)


 セラフィナは自分に言い聞かせる。

 食べた分が身長に影響するならいいが、どうにも伸びが悪いのだ。


 食事を終えると、セラフィナは金色の女性の言葉を思い出す。


(私なら読める……。つまり私以外、恐らくモトキには読めないという事。アステリアでなら分かるけど、地球でその前提が成り立つことはおかしいわ)


 この夢がモトキの記憶の追体験だと仮定した場合、セラフィナが読めるものがあるはずがない。

 それでも金色の女性の言葉を信じるとするなら、アステリアの書物が地球に存在するという事だ。


(2000年以上前のアステリアの人間が、何らかの理由で記憶を持ったまま地球に転生。その後、アステリア語で本を書いたとすれば辻褄が合う)


 突拍子もない話ではあるが、モトキと言う前例があるのなら、不可能ではないのだ。


 そしてモトキは、生前それを見たことがある事になる。

 人は1度見たものを忘れたりしない。

 思い出せないだけで、脳の何処かに残っているのだ。


(金色の女性の目的は、モトキの記憶のサルベージ。だとしたら、この夢を見ている自体にも、あの女性は関わっている。どうやって? 目的は?)


 やることを推測することは出来ても、その結果は謎のままだ。


(この夢の世界に金色の女性が関わっていた場合、件の書物を見つけるまで、目覚めることが出来ない可能性があるわね。既にかなり長い時間、夢を見ている気がするけど、現実では何時間経ったの?)


 ここで希望的観測をする訳にはいかなかった。

 危機の可能性と、解決の可能性が見つかったのなら、それを解決しない訳にはいかない。


(モトキの部屋の本は全て確認したけど、読める本は1冊もなかった。ここは――)


 セラフィナは、イサオキとエアを集めた。


「モト兄、どうした?」

「何やら真剣そうな顔だが」

「うん、実は探しているものがあって。見たこともない言語で書かれた本を知らない?」

「見たこともないか……。僕は100ヶ国語以上話せるし読めるから、その質問は逆に難しいな」


 イサオキにとって、地球の言語の大半は、見たことがある言語に当たるのだ。

 しかしそんなイサオキでも読めないとしたら、それは間違いなく件の書物であろう。

 当然地球の言語ではないアステリア語も、それに該当する。


「そんなイサオキでも読めない本を探しているの。心当たりはないか?」

「……それってモト兄にとって大切なことなの?」

「え?」


 あまりに予想外の質問だった。

 2人はモトキの頼みなら、快く協力してくれると思っていたのだ。

 しかしエアの言い方は、モトキが書物を探すことに抵抗を覚えているように聞こえる。


「……たぶん大事な事なのだと思う。(おれ)にも確かなことは分からないけど、そんな気がする」

「そっか……ちょっと待ってて」


 エアは席を立つと、自分の部屋に向かった。

 そしてすぐに戻ってくると、一冊の古い本を抱えていた。

 ボロボロだが作りはしっかりしており、表紙には見たことのない文字でタイトルらしきものが書いてあり、確かにいかにも魔導書といった感じの本だ。

 イサオキはそれを胡散臭いものを見る目で見ている。


「何だこの本は?」

「魔導書。この間、古本屋で見つけたの」


 イサオキは訝しんだ顔で本を見る。

 パラパラと本の中身を見るが、一文字たりとも理解できなかった。


「確かに僕が見たこともない言語が書かれている」

「うん、モト兄が探していた本ってこれ?」

「ちょっと見せて」


 セラフィナは、本を手に取る。

 表紙に書かれた文字は、セラフィナにも読めない。

 しかし本を開いて中を確認すると、セラフィナは愕然とした。


「白紙?」

「何を言っている? 文字や奇妙な図形が書かれているだろ」


 イサオキは指を指すが、セラフィナには何も見えなかった。

 しかし表紙と本の存在は確認できる。

 つまりモトキは、この本の存在を知ってはいるが、中身を見たことがないという事だ。

 とあるページを除いて。


「あっ、このページだけ見えるわ。これって――」


 それはエアが、魔王の封印を解いた際に見せたページだ。


 モトキは、生前の事で1つだけ、絶対に話さないと決めているものがあった。

 それが魔王の封印の解き方に関する情報である。

 魔王は前触れなく突然現れ、モトキ達はそこに偶然出くわしたという事になっていた。

 その為セラフィナは、そのページが何を意味するかは知らないのだ。


(やっぱり読めない。けどここに書かれているのは、術式によく似ている……)


 そこに書かれた魔法陣は、現代の精錬されたものとは違い、かなり古い作りではあったが、術式と同じパターンで作られていた。


(これが術式だとしたら、確かに……読める!)

「エア、お前は何故これが魔導書だと?」

「2人はここに書かれてることが読めないでしょ? 私も読めないけど、書いてる内容は理解できるの」

「それは不思議な……」

「うん、こんなこと言ったら、2人に気味悪がられると思って、あんまり見せたくなかったの……」

「「ありえない」」


 セラフィナとイサオキは即答した。

 セラフィナの中のモトキは、その程度の事でエアを拒絶したりはしない。

 考えるまでもなく確信できることだ。


「エアが嘘を付いていないことも断言しよう。エアは産まれてこの方、僕等に嘘を言ったことはないからな」

「だからこれは本当に魔導書。疑ったりしないよ」

「うん……。ありがとう、モト兄、イサ兄」

「それで、ここにはなんて書いてあるんだ?」

「うん、ちょっと長くなるけどよく聞いてね」


 一切の淀みなく、魔導書を読んでいくエア。


 古めかしい言い回しで小難しいことを長々と読んでいるが要約すると「こことは違う世界で昔、凄い力を持った魔王が魔人と魔獣を手下にして世界征服を目論んだが、それを快く思わなかった2人の神様にやられて封印された」ということのことだった。

 この本にはその魔王の軌跡と、封印を解く方法、そして封印を解いた者には人知を超えた力が与えられると記されていたのだ。


「これはまた随分と……」

「魔人に魔獣……」


 それはセラフィナにとって無視できない単語だった。

 金色の女性の目的が、セラフィナにこの本を読ませることだとしたら、まず間違いなくアステリアの人類の天敵を示していることになる。


「魔人を従える魔王……」


 セラフィナは、再び魔導書に手を伸ばす。

 すると魔導書から黒いオーラが発せられた。


「きゃあ!」

「な、なんだ!?」

(これって、アラビスが魔人化した時の――)


 その時のオーラによく似ていた。

 オーラは一か所に集まると、人の形に変化していく。


 モトキとイサオキを殺した、魔王の姿に。


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