74 理不尽な力
セラフィナは、夢の中の世界に来ていた。
心の中の部屋にはモトキの姿は見当たらず、セラフィナは奥の部屋の扉を開く。
そこでモトキは剣を振っていた。
「モトキ、大変なことになったわ」
「ああ、聞いてた。アラビスを裏から操っていた魔人が居たって」
「操っていた……とは少し違うけど」
アンネリーゼ達が遭遇した魔人、アルタイル・トライホーク。
アルタイルの話では、アラビスの行動は全て、本人の意思によるものだと言う話だ。
「アラビスは歪んでいた! けれどその愛を俺は否定しない」
愛する者の意思を無視し、自分の想いを一方的に押し付ける行為。
それはモトキが良しとする愛の形とは違うものだ。
それでもアラビスは、アンネリーゼの事を愛していた。
「アラビスが悪いのは分かってる! 魔人化した結果、アンネちゃんへの愛を忘れると知っていたら、アラビスは絶対にあの結晶を使わなかった!」
「そうね……それだけは確かだわ」
「だからアンネちゃんを傷付けようとしたのはアラビスじゃない! きっと無念に思ってる! だから全部がアラビスの意思だったなんて、俺は認めない!」
モトキは剣を振りぬくと、鞘に納めた。
「その魔人の事がムカつく。だけど俺には力がない。疑似的な魔人であるアラビスにすら、手も足も出なかった……」
「人の力は魔人に傷1つ付けることは出来ない……。分かってはいたけど、あそこまで理不尽な存在だったなんて……」
それはまるで、ゲームの絶対に倒せない敵のように、いくらレベルを上げても、決して届くことの無い存在。
世界より上位の存在に、そう設定されているかのような理不尽さ。
いくら剣を振っても、魔人との闘いの役に立たないという現実が、モトキの心に影を落としていた。
「アラビス勝てたのは運が良かっただけだ。そして本当の魔人には、運が良くても勝てない……」
「魔人殺しの秘術……まさか特定の道具が必要だなんてね」
エドブルガより聞いた、魔人殺しの秘術の実態。
秘術が、王にしか継承されない理由。
それは秘術を使う為の道具が、一国に1つしかないからだ。
「お父様や各国の王に任せるしかないわ」
「俺には何もできない……」
もしセラフィナ達が、アルタイルと対峙することがあったとしても、アラビスの無念を晴らすことは出来ないのだ。
「そもそもモトキが気負う必要がないのよ。私達とアラビスに、直接的な関係はないのだから。それに私が倒すなんて言ったら、また皆に心配をかけることになるわ」
「……ご尤もだ。ちょっと熱くなりすぎたな」
大切の人の為や、いつもの誘拐犯トリオを捕まえる為なら、多少の危険は受け入れられる。
しかしそれ以外で、皆に心配をかけてまで、セラフィナが危険に目に遭う訳にはいかない。
他でもないモトキが、そう言う前提で戦っているのだ。
アラビスの事は、魔人と戦う要因の1つでしかない。
(戦う気がなくても、魔人と戦わざるを得ない状況になる可能性はある。その時セラフィナを護れませんでしたじゃ――)
「ていっ」
「あたっ」
セラフィナがモトキにデコピンをくらわす。
決して痛い訳ではないが、モトキは反射的にそう反応してしまう。
「なんで……」
「モトキの考えていることなんてお見通しなのよ。そうね……「戦う気がなくても、魔人と戦わざる負えない状況になる可能性はある。その時セラフィナを護れませんでしたじゃ、俺は俺を許せない」ってところかしら」
「なんで!?」
一語一句違わない予想に、モトキは驚愕する。
流石のモトキでも、イサオキとエアの考えていることを、ここまで正確に予測することは出来なかった。
「モトキは私の剣でしょ? その役目は未来を切り開くこと。護ることじゃないわ」
「あ、あぁ」
「私がモトキに頼まれた約束は長生きすること。だったら私の命を護るのは、私の役目じゃないかしら?」
「……死んだら未来はないから、俺の役目じゃないかな?」
「だとしてもモトキ1人で抱え込むことじゃないわ」
モトキは今まで、自分が頑張れば何とかなると、努力で物事を解決してきた。
そうやってイサオキとエアを繋ぎ留め、守り続けてきたのだ。
それはモトキの狂気であり、一度狂ったものは簡単には治らない。
大切な人の為に努力し、護ろうとするのは、モトキの根幹にあるものなのだ。
そして今のモトキにとって、その最大の対象はセラフィナである。
それは決して悪いものではない。
しかし魔人と言う、努力でどうしようもない存在は、モトキの根幹を揺るがす存在だった。
セラフィナはそれを、逸早くそれを見抜いていた。
「それでも俺はセラフィナを――」
セラフィナは、モトキを抱きしめる。
モトキが人にするように、優しく撫でながら。
「私達は肉体を共有しているのよ。だから私はモトキから離れたりしない」
イサオキとエアのように、頑張らなくても離れ離れになることはない。
「私達の命は2人のもの。だからモトキ1人で護る必要はない」
セラフィナは、モトキが一方的に護る存在ではない。
「1人で頑張る必要なんてないわ。あなたがセラフィナなら、私もモトキなのだから」
今のモトキには、前でも横でも後でもない、同じ場所で一緒に歩く人がいるのだ。
モトキは目を瞑ると、セラフィナに体を預ける。
「あんまり甘やかすなよ……。駄目になる……」
「モトキが自分の事に鈍感なのが悪いのよ。これくらいはっきり言葉にしないと伝わらないでしょ?」
「一緒にか……」
「それでも足りないけどね。そもそも魔人は人類全体の問題よ。だから各国の王が会議を開いている。モトキ1人が頑張ってどうにかなるなら、人類の天敵などと呼ばれないわ」
「……みんなで力を合わせれば、誰も死なないで済むかな?」
「難しいでしょうね。だけど不可能とは言わないわ。可能性を解き明かすのが研究者だもの」
「そうだな……」
モトキは、セラフィナの腕の中で眠りについた。
夢の中の世界で、モトキがセラフィナより先に眠るのは初めての事だ。
「モトキのやっていたことを真似ただけなのに……。私にこんな才能があったのね」
以前モトキがカリンに使った、母の愛を忠実に再現したもの。
それを更に再現したものだ。
技術的には遠く及ばないものだったが、戦いが終わっても気を張り詰め続け、精神が疲労していたモトキには効果が抜群だった。
セラフィナは、モトキを抱えたまま倒れ込むと目を瞑り、そのまま眠った。
(一緒に護ろう……。私も……。私達の大切な人達も……)
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セラフィナが眠っている間にも、王達は魔人の対策を練っていた。
ほぼ丸2日、最低限の休憩のみを挟んで行われた会議。
そしてようやく1つの決議が下りた。
「我が青の国では、以前より計画されていたことだが、これを四色王国全体で行う。各王も相違ないな」
「うむ、問題ない」
「同じく」
「仕方があるまい。我も同意しよう」
それは300年前に、魔人により壊滅的被害を受けた、青の国の案だ。
僅かとはいえ、魔人に有効だと証明された魔術。
その魔術の力を用いた、魔人に対抗する為の新たな組織。
「各国に、魔術騎士団を設立する!」




