73 海竜の脅威
無色の大陸、北部の海岸。
そこでは四色王国の連合軍が戦いを繰り広げていた。
敵は人類の脅威である竜種の1つ、海竜。
そして海竜に付き従う、海の魔獣達。
竜種には、ある程度だが魔獣を先導する力を備えているのだ。
連合軍の兵士達は、本土に上陸する魔獣を、次々に蹴散らしていく。
各国の精鋭達に、通常の魔獣如きでは、掠り傷すら負わせることが出来ない。
警戒すべきは、海竜のみである。
「まさか本当に現れるとはな。気配を感じたと言っておったが、どれだけ感覚が鋭いんだ、お前の娘は」
「私の自慢の娘ですから」
「セラフィナ……やはり我が国の嫁に欲しいな」
「あげません」
「お主等、緊張感が足りておらぬぞ」
各国の王は、船で海竜の下へ近づいていた。
同乗しているのは、船を動かす人員と、各国の跡継ぎ達である。
白の国の王子エドブルガ、赤の国の王子カーネギア、青の国の王子イムヒルデ。
黒の国の王子で、金色の瞳を持つムロトは乗っていない。
「やはり黒の国の跡継ぎは、リョウマ王子か」
「左様だ。リョウマはまだ幼い故、国に残しておる」
「それは残念。魔人殺しの秘術、4つの神器を同時に開放することなど、次は何百年後になるか分からぬからな」
「未来を背負う子供達に、その重さを知ってもらういい機会だ。きっと今後の成長に繋がる」
「ふん……」
船が海竜に近付く。
海竜は巨大な海蛇のような細長い体をしている。
その大半は、海中に隠れている為、正確な大きさは分からない。
「エドブルガ王子は、セラフィナ姫と共に地竜と戦ったと聞く。それを踏まえて海竜をどう思う」
「比べ物にならない程の巨体です。恐らく数百年単位で生きてきた個体でしょう」
エドブルガ達が戦ったベストラと呼ばれる地竜は、話に伝わる竜種より小さかった。
セラフィナはそれを、産まれたばかりの子供ではないかと仮説付けた。
しかし眼前の海竜は、会場に出ている範囲だけでも、地竜より遥かに巨大だ。
全長ともなれば、その大きさは計り知れない。
「いくら巨大でも所詮は竜種。魔人を殺す父上達の敵ではないでしょう」
イムヒルデは、そう言い切った。
決して竜種を侮っているわけではない。
それくらいでなかれば、人類を魔人の脅威から護ることなど出来ないからだ。
そしてそれは、将来の自分達にも向けられた言葉だった。
「そうですね、父上は勝ちます」
「そして俺達も」
「ええ、当然です」
子供達の期待を背負い、王は海竜と対峙する。
王は、それぞれの国の名と同じ色の宝石の付いた装飾品を身に着けていた。
それを握ると光が溢れ、光はそれぞれの国の武器へと形を変える
白の国のイオランダのペンダントは、白い光の剣に。
赤の国のエルザの耳飾りは、赤い光の双剣に。
青の国のアンキセスの指輪は、青い光の大剣に。
黒の国のツルギサンの髪飾りは、黒い光の刀に。
4人が武器を振るうと、放たれた巨大な光が海竜を飲み込む。
その眩しさに目が眩みながらも、エドブルガ達はその光景を、目と心に焼き付けた。
それが魔人すら殺し、人々を護る、王の光なのだと。
海竜との闘いは、幕を下ろした。
海上に出ていた半身は、跡形もなく消滅し、海竜は絶命した。
事前の準備と対処の速さ、そして各国の王と精鋭達の活躍により、この戦いで人間の死者は、1人たりとも出なかった。
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「終わってみれば呆気ないものだな。この私が出るまでもなかったのではないか」
「そうだな。そうすれば海竜ももっと原形を留めていただろうし、素材の取り分も増える。余計なことをしてくれたな、アンキセス王」
「冗談に決まっているだろうが。この状況で私だけ控えでは、国の威信に関わる」
(あー、言われてみればそうだ)
「イオランダ王。お主まさか、今までその考えに至らなかったのか?」
「え? まさかまさか。もちろん分かっていましたとも」
海竜を倒し凱旋する王達。
その雄姿と、王の見せた圧倒的な守護の力に、人々は喝采を送った。
そんな最中、青の国の兵士の1人が、アンキセスの下に駆け寄る
「ご報告いたします! 青の国のアンネリーゼ姫が、何者かに誘拐されたとのことです!」
「なんだと!?」
海竜を倒し、人々の喝采を浴び、いい気分になっていたアンキセスに知らされる、突然の凶報。
一切予想していなかった事態に、アンキセスは目を丸くして驚いた。
「それでアンネリーゼは!?」
「白の国のセラフィナ姫に赤の国のソフィア姫とその護衛騎士、青の国のアルステーデが救出に向かったとのことですが、現在消息不明です」
「セラフィナが!?」
「ほう、あのソフィアが」
セラフィナが危険なことに関わっていると聞き動揺するイオランダ。
一方エルザは、ソフィアの行動力に感心している。
「アンネリーゼが!? アラビスは何をしているのですか!」
「姉さんがまた……」
「セラフィナ姫が心配なのか? 彼女の剣の腕は確かだぞ?」
「その点は僕も疑っていません。ですが姉さんは大事な人の為なら、平気で無茶をするので。以前もボクを守る為に右腕を……」
「なるほど……愛の象徴とはそういう意味か」
混迷を極める状況で、アンネリーゼの救出と捜索の隊が編成される。
そして東の港から飛び立つ、飛行船の情報が入った。
「おのれ、我が国の飛行船を利用するとは! 可能な限りの船を回せ! 虱潰しに探し出すのだ!」
無色の大陸に飛行船は、青の国からやって来た一台しかない。
その為、捜索は海上から行うしかなかった。
その上スピードは、飛行船の方が速い。
つまり真っ直ぐ飛ばれると、絶対に追い付くことが出来ないのだ。
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「あの船……ひょっとして俺達を探しに来たのか?」
あっさり見つかった。
カリストの操縦する飛行船は、無色の大陸とはズレた方向に飛んでいた。
しかし捜索の為の船を見つけたことで、無事に無色の大陸へ戻ることが出来たのだ。
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「死んじゃう……」
セラフィナが目覚めたのは翌日の事だった。
外傷はそれほどではないが、筋肉痛が過去最高記録を更新するほど酷いものだ。
その為、セラフィナは一切身動きが取れなくなっている。
「筋肉痛で死ぬとか聞いたことないぞ」
「私って虚弱で貧弱な繊細ガールだから……」
付き添っていたシグネとエドブルガに笑われた。
カリンは笑ってこそいないが、明らかに堪えている。
モトキが宿ってから1年半。
セラフィナのそういったイメージは、すっかり払拭されていた。
(この体で無茶が出来るモトキが異常なだけで、私が虚弱で貧弱なのは変わらないのに……)
大きく改善されたのは病弱だけである。
繊細だったかどうかは、多少疑問が残るが。
「セラフィナ! 大丈夫か!?」
キテラからセラフィナが目覚めたという知らせを受けて、イオランダとリツィアがやって来た。
イオランダは、セラフィナの無事を確認すると、力いっぱい抱きしめた。
「良かった! 本当に良かった!」
「お、お父様! 苦しいです!」
今までに比べれば遥かに軽症であり、セラフィナ自身も元気である。
しかし筋肉痛のせいで、全身に激痛が走るのだ。
一方リツィアは、険しい顔でセラフィナを見ていた。
「セラフィナ、話は聞いています。あなたが居なければアンネリーゼ姫の救出は叶わなかったと」
「はい……」
「しかしそれは結果論です。あなたは危険を冒していい立場ではないのです」
「分かっています。これは私が無理を通したのであって、キテラとカリンに罪はありません。罰は私が受けます」
「そういうことを言っているのではないのですが……」
王族であるセラフィナが、危険な状況に身を投じたこと自体が問題なのである。
セラフィナ自身も、自分の立場と価値は、十分に理解していた。
それでも自分身寄りも、大事に想ってしまう人たちがいるのだ。
「あまり辛く当たらんでほしい。セラフィナ姫に感謝している者もいるのだ」
部屋にやって来たのは、アンキセスとアンネリーゼだ。
「セラフィナ姫。此度は我が娘の救出に尽力してくれたことに礼を言う。ありがとう。君は娘の恩人だ」
「セラフィナさん、この度は助けて頂き、本当にありがとうございますわ」
「あっ、いえ……」
2人はセラフィナに向かって、深く頭を下げる。
流石のセラフィナも、他国の王に頭を下げられることには、戸惑ってしまった。
(どう返すのが正しいの!? 一国の姫を助けておいて謙遜するのは駄目よね。えーと……)
「加えて、我が国の騎士であるアラビスが、君に危害を加えて事を謝罪する。申し訳ない」
セラフィナの返事を待たず、アンキセスは再び頭を下げる。
アンネリーゼは、顔では平静を装っているが、アラビスの事に言及することはなかった。
「アラビスは本当に自分の意思で事件を起こしたのでしょうか? 私には納得がいかなくて……」
「確かなのは、実際に起こった事実だけだ。例え魔人が関わっていたとしても、アラビスのしたことは許されることではない」
「魔人が……関わっていた?」
「セラフィナが眠っている間に、事態は大きく動いたのだ。そのことで各国の王が緊急会議を開いている」
「私達はもう戻らなくてはいけないわ。詳しい話は、シグネ達に聞いて」
そう言って、イオランダとリツィアとアンキセスは部屋を後にした。
入れ替わりに、ソフィアとカリストとアルステーデ、そして報告を終えたキテラが入ってくる。
「大丈夫、セラフィナ」
「ええ、筋肉痛が酷いだけよ。ソフィアは?」
「ボクはちょっと火傷した程度だよ。すぐ直るって」
「他の皆は?」
「全員軽症だ」
「ああ、問題ない」
「私も全然平気ですよ」
セラフィナは、全員無事だったことに、ホッと胸を撫で下ろす。
「それで、私が眠っている間に何があったの?」
「わたくしから説明しますわ。まず……魔人が現れました」




