68 世界の闇
「カリスト! ちゃんと青い砂を見えてる!?」
「大丈夫だ! ちゃんと追ってる!」
アンネリーゼ救出に向かう一行。
先頭を走るのはカリスト。
カリストの足は速く、抱えられているソフィアが、ちゃんと目印を把握できているか心配になるほどだ。
カリストにやや遅れて、カリンとアルステーデが追走している。
(相変わらず早いですね。ソフィア姫より、こっちのお姫様の方が絶対に軽いのに……)
セラフィナはソフィアより身長が低く、右腕もない為、よっぽどのことがない限り、ソフィアより重いはずがない。
それでもカリストより遅いのは、それだけ身体能力に差があるという事だ。
(同じ護衛騎士として負ける訳には――)
カリンが必死になっていると、背負っているセラフィナを、アルステーデがヒョイと持ち上げた。
「へ?」
「……軽いな」
「な、何するんですか! お姫様を運ぶのは、私の役目ですよ!」
「俺の方が速い」
そう言うとアルステーデは、カリンを追い抜いて、カリストたちとの距離を縮めた。
明らかに超重量である大剣を背負っているのにである。
「やるな! だったら俺も本気を出すぜ!」
「分かった」
「なっ!」
カリストとアルステーデは、更にスピードを上げる。
カリンは身軽になったというのに、そんな2人に付いて行くのがやっとだった。
(なんで……こんなに……)
カリンは、自分の不甲斐なさに涙が出そうだったが、堪えて必死に走った。
「……可哀そうなんだけど」
『だからと言って私達が慰めたら、騎士としての沽券に関わるわ。触れないであげるのが主としての優しさよ』
「すまない。君に話を聞いてほしかったんだ」
「相談? そりゃ聞くって言ったけど、今? 走りながらとか辛くない?」
「平気だ」
アルステーデは、モトキによるフィジカルランキングの1位になった。
モトキが知る、この世界で1番強い人間であるリシストラタ。
そのリシストラタに対する秘密兵器と称される、アルステーデの評価は妥当だと判断したのだ。
「分かった。なに?」
「ああ。俺は12歳の頃まで、王都とは別の街に住んでいた」
アルステーデは、自分の過去を掻い摘んで話し出した。
今から2年前、アルステーデは、街の鍛冶師である父と2人暮らをしていた。
しかしアルステーデは、父とあまり似ていなかったのだ。
髪色も違い、母親似なのかと言われれば、それも違う。
その家には、母親は居なかった。
家を出た訳でもなく、亡くなった訳でもなく、最初からいないのだ。
「当時は疑問に思わなかった。けれど今思うと、俺は父の子ではなかったんだと思う」
「誰かから引き取ったか」
『もしくは捨て子だったか』
「今では確かめることは出来ない。ただ当時の俺は、外に出ることを禁止されていた」
「王族でなくても、金色の目は狙われるそうだからな」
「そう、俺は金色の瞳だ。街の連中は、俺を祭り上げて、クーデターを計画していたんだ」
街では独自の軍が作られており、ある日、青の国の王族に戦争を仕掛けた。
戦争と言っても、実際は局地的なテロリズムだ。
真の王アルステーデの名の下に、各地に出向いていた王族を殺していった。
「俺は訳も分からず、各地に連れまわされた。流れる血と国の燃える匂いは今でも覚えている」
「……だけど、そんなの現実的じゃない」
「ああ、2ヶ月もしない内に、革命軍は全滅した。俺の父も殺された」
「それは……この世界の王位継承の闇だな」
『分かってはいたけど、実体験として聞かされると……』
歴史も紐解けば、どこの国でも経験のあることだ。
歴代の王達も分かっていながら、何千年も変えずに続けてきた、王位継承のルール。
もはや誰が、どういった意図で決めたかも分からないというのにだ。
「だがアンキセス王は、俺だけは殺さなかった。「お前を国を守る騎士にする」と言われて、様々な訓練を受けてきた。それは厳しいものだったけど、待遇は悪くないと思う。父と暮らしていたころより、ずっといい生活をしている」
「だけどそこに大切な人はいない」
「ああ、悪いのは父と街の人達だ。血も繋がっていなかったはずだ。それでも俺にとっては唯一の家族だ」
「分かるよ。家族って言うのは血の繋がりだけじゃない」
『そうね……』
セラフィナも、リツィアとは血の繋がりがない。
それでもセラフィナにとっては、間違いなく母親なのだ。
「青の国は、俺にとって父の仇なんだ。けど復讐をしたい訳じゃない。だからといって、守りたい存在でもないんだ」
「そっか……。無理強いさせちゃったな、ごめん」
「構わない。不幸になって欲しい訳でもないから」
アルステーデが国に抱いている想いは複雑だ。
それは本人は勿論、モトキとセラフィナにも理解しきれないものだ。
「話は聞いてほしいだけか? 俺に何か求めてるんじゃないのか? 生憎とそこまで察しがいい方じゃないんだ」
「……俺はどうするのが正しいんだろうか」
「人生経験をたくさん詰むことだな。自分にとっての正しい答えは、経験と共に変わっていく。変化するんだから、1つのものを応えることは出来ないんだ」
「経験と共に変わる……」
「もし青の国が嫌になったら、白の国に来るといい。そしたら少しは力になれると思うから」
『他国の騎士に引き抜きの話をするとか、問題になるわよ』
「問題になったら困るから、来るときはコッソリな」
「分かった」
「おい! あれを見ろ!」
カリストが青い砂の向こう側を指さす。
そこには今にも離陸しようとしている飛行船があったのだ。
「あれって、青の国で開発された空飛ぶ船だよ!」
「まさか飛んで逃げる気か!?」
「空に逃げられたら、追いかけようがないですよ!」
そんなことを言っている内に、飛行船は離陸を始めた。
一行はそれでも必死に走ったが、近付いた頃には、既にかなりの高さまで飛んでいた。
「推定高度10メートル弱! 俺の体重は30キロもない! いけるか!」
「問題ない」
アルステーデが剣を抜き、その上にモトキが乗る。
頭の上で剣を回転させ、勢いを付けると、飛行船に向かって投げつけた。
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「本当に空を飛ぶんだな」
「それに逃げちまえば誰も追ってこれませんね、アニキ!」
「これで大金が貰えるなんて、チョロい話ですね」
「うぉりゃぁあああああ!」
飛行船の出入り口の傍には、3人の男達がいた。
飛行船が無事に飛び、誰も追ってくることが出来ないと思っていると、アルステーデの大剣が出入り口を突き破り、モトキが侵入した。
『だと思ったわよ!』
「やっぱりお前等か!」
「げっ! 白の国の姫!」
3人の男は、セラフィナとモトキの予想通りの人物。
セラフィナを誘拐しようとし、エドブルガを誘拐し、ソフィアを誘拐した、誘拐の常習犯。
セラフィナが、アゴ・ハコ・ハゲと命名した3人組だった。
アゴとハコの髪は、少しだけ伸びてきたが、ハゲだけは相変わらずだ。
「何が「げっ」だ! 俺の乗ってる馬車を襲っておいて、追いかけてこないとでも思ったか!」
「聞いてねぇよ!」
「お前に関わると碌なことにならないって分かってんのに、わざわざ襲うか!」
「あんたがいるって知ってたら断ってたわ!」
自業自得なのに、散々な言い分だ。
「とにかくアンネちゃんを誘拐したのはお前等だな! 空の上なら逃げ場はない! 覚悟――って、えぇ!?」
男達は、迷うことなく飛行船から飛び降りた。
モトキは慌てて確認すると、大きな凧のようなものと、ハゲの風属性魔術で、滑空しているのが見える。
「どんだけ逃げ慣れてるんだよ!」
『この距離じゃファイヤーショットで撃ち落とせないわね……。仕方がないわ、切り替えましょう』
セラフィナ達の第1目的はアンネリーゼの救出である。
口惜しくはあるが、3人の男達は見逃すことにした。
『あいつ等にアラビスをどうこう出来るとは思えないわ。断るというセリフから、他にも協力者がいるはずよ』
「まずはみんなと合流しないとな。えーと……あった!」
モトキは運よく、長いロープを見つけた。
ロープを柱に結び付け、外に落とす。
飛行船は既に20メートル近く飛んでいたが、ギリギリ地面に届く長さだ。
飛行船を追いかけていたカリン達は、ロープを伝って登りだした。
『もう数秒遅れていたら間に合わなかったわね』
「あとはみんなが付くまで、バレないことを祈るだけだな。流石にこの状態で1人で戦うのは――」
「気を付けて」
「っ!」
突如背後から声を掛けられて振り返る。
そこには金色の髪と瞳の女性が立っていた。
その女性は、薄っすらと光っており、今までに感じたことの無い、不思議な空気を纏っている。
『さっきまで居なかったわよ!?』
「ドアが開いた気配もなかった。いつの間に……」
「この先に彼の力を感じるわ」
それは魂に響くような声で、2人は不思議と聞き入ってしまう。
「だから……気を付けて、兄さん」
『兄さん?』
「君は――」
2人は近付こうと1歩踏み出すと、女性は光の粒になって消えてしまった。
「今のは……」
『なんなの……』




