66 災害再び
「海竜……って、竜種!?」
「竜種が無色の大陸に!?」
「ねぇ、逃げた方がいいんじゃない?」
「逃げるったって何処に……」
アステロセンターホールに集まった観客達から、どよめきの声が聞こえる。
竜種を実際に見たことのあるものは僅かだが、先程のとてつもなく大きく、甲高い鳴き声から、その脅威の程は知れた。
「キィイイイイイ!!!」
再び海竜の鳴き声が響き渡る。
そのたびに空気が震え、まるで地震でも起きているかのように揺れる。
それが海竜のものであると知った人々は、恐怖のあまりに混乱した。
「きゃぁあああああ!」
「どうすりゃいいんだよ!」
「南だ! とにかく海竜と逆の南に行くんだ!」
「狼狽えるな!」
混乱を切り裂くような声が響く。
アステロセンターホールの大型モニターには、四色王国の4人の王が映し出された。
それはアステロセンターホールだけではなく、放送により無色の大陸全体に向けられた声だった。
「私は白の国の王、イオランダ・W・ホワイトボード! 各国の軍は、既に海竜討伐の為に動いている! そしてここには、魔人殺しの秘術を持った4人の王が一堂に会している! 何も恐れることは無い!」
少し間を置いてから、無色の大陸は歓声に溢れかえる。
竜種よりも強いとされる魔人。
その魔人を殺すことの出来る唯一の存在である各国の王が、全員集合しているのだ。
それは既に、オーバーキル確定の戦力だった。
『お父様が普段の5割増しでカッコよく見えるわ』
「イオさんは、やる時はやる人だと思ってたよ」
『私は確信していたわよ』
モトキは、ステージの上でへたり込んでいた。
カーネギアとアルステーデとの闘いは、どちらも今までで1番の激戦だった。
足の限界は引き出さなかったが、全身の疲労とダメージは、既に限界近い。
その為、モトキの表に出ていられる時間は縮まり、強い眠気に襲われていた。
『入れ替わる?』
「駄目。体中が痛い。これは俺が引き受けるべき痛みだ」
モトキは、ずっと表に出ていられるわけではない。
それでも少しでも長い間、その痛みを自分で受け止めたかった。
「海竜が現れたアステロ北部には、既に避難用の馬車が用意してある! 海竜が本土に上陸するまで、まだ十分に時間はある! 兵士の指示に従い、落ち着いて、素早く避難するのだ!」
会場内でも、兵士による避難誘導が始まった。
イオランダの言葉と姿で、人々は落ち着きを取り戻した為、避難はスムーズに行われている。
モトキが海竜の気配を事前に感じ取っていた為、海竜の対策は完璧だった。
竜種には、他の魔獣を先導する能力があったが、既に近海の魔獣の大半は討伐済みだ。
後は孤立した海竜を、王達が迎え撃てば終わりである。
心配事が亡くなりホッとしていると、アルステーデが歩いてきた。
「どうやら王闘は中止の様だ。決着は付けられなかったな」
「ははっ、俺に3本目で戦える余力がないから、あのまま続けてたら負けてたよ」
「それでも君と最後まで戦いたかった」
「うん、俺も最後まで楽しみたかったよ」
「楽しい……。なるほど、君が笑っていた理由が少し分かった気がする」
「それは何よりだ」
アルステーデは、相変わらず無表情だが、その声は若干和らいで聞こえた。
「姫様! 大丈夫ですか!」
「燃え尽きたよ……」
「大丈夫そうですね」
キテラとカリンに、ソフィアとアンネリーゼ、そしてその護衛騎士のカリストとアラビスがやって来た。
「モトキ……だよね? 大丈夫? 凄く痛そうだけど」
「俺は、結構鈍感だから大丈夫」
アルステーデに殴り飛ばされ、地面に叩きつけられた際に出来た、打撲と擦り傷が痛々しい。
荒事と縁の薄いソフィアとアンネリーゼは、余計にそう感じた。
アンネリーゼは、アルステーデを睨みつけ、詰め寄る。
「あなたがアルステーデね? いくら試合だからってこんな――」
「すま――」
「ストップだアンネ。俺は、全力で戦ってくれたアルステーデに感謝してる。だから水を差さないでくれ。アルステーデも絶対に謝ったりしないで」
「分かった」
「むぅ……。あなたにそう言われては、わたくしは何も言えませんわ……」
アルステーデは王族ではない。
その為、アンネリーゼがその気になれば、如何様にも罰することが出来る。
そのことも含めて、釘を刺したのだ。
『今回の怪我は、モトキが未熟だったのが原因。それで文句を言えるのは、私だけの特権よ。あとで覚悟しておいてね』
(うひゃぁ……)
もっともセラフィナは、モトキに文句を言う気など微塵もない。
こうでも言っておかないと、怪我をしたことを勝手に後悔して、いつまでも抱え込むのだ。
「姫様。我々も避難しましょう。王族と関係者は、迎賓館に集まる手筈になっています」
「シグネは女王様と一緒に先に行ってるですよ」
「エドブルガは?」
「陛下が見せたいものがあるって、連れて行ったです」
イオランダがエドブルガだけに見せたいもの。
それは十中八九、魔人殺しの秘術であろう。
いずれは王位と共に、エドブルガが継承することになる力だ。
その力は強大な為、こんな時でなければ、その全力を見せることが出来ないのだ。
『正直、私も見たいわ。王位継承に余剰魔力の有無があるなら、魔人殺しの秘術にも魔力が用いられるはずだし』
「それは流石に……」
『言ってみただけよ。行きましょう』
モトキは何とか自力で立ち上がるが、あまりにも危なっかしく歩く為、カリンに背負ってもらうことにした。
「アルステーデ。トイトニアお兄様は?」
「避難すると言って、走って言った」
「なんで置き去りにしているのですか……」
アルステーデの介添人を務めていた、アガメムノン王子は、早々に避難していた為、既にいなくなっていた。
「あなたも一応関係者ですわよ。一緒に来なさい」
「分かった」
セラフィナ達は、用意された馬車に乗り込むと迎賓館へ向かった。
アステロセンターホールの外は、予想以上に混乱していた。
中では大型モニターに、4人の王達の姿が映し出されたが、外で伝わったのは声の放送のみだ。
それだけでは不安を拭えなかった者、放送が流れるより先に避難を始めた者、衝撃のあまり放送を聞いていなかった者と、様々な理由で混乱していた。
「海竜の被害より、この混乱で怪我をしないかが心配だな……」
「邪魔ですね」
「キテラさん、安全運転でお願いするですよ」
羊馬車の手綱を引くキテラは、中々先に進めないことに苛立つ。
セラフィナの怪我の手当ては、応急処置程度のものなので、早く迎賓館へ行き、本格的な手当てをしたかったのだ。
「それにしてもすげぇな、白の姫! まさかその細腕であそこまで戦えるなんてな! あんたの闘いは燃えたぞ!」
「ありがと」
カリストは、興奮した様子でモトキに話しかける。
ソフィアを救出した際は、てっきり魔術で戦ったと思っていたのだ。
「カリスト殿、他国の王族にその様な口の利き方は、感心しませんよ」
「いいんだよ。ここには他の王族はいないんだから。な?」
「俺は、気にしないよ」
「そんなことだから、この猿が付け上がるのです」
「誰が猿だ! ロリコン野郎!」
「2人ともやめるですよ! お姫様達の前なんですから!」
四色祭の間は、セラフィナとソフィアとアンネリーゼが、一緒に行動することが多かった。
そうなると必然的に、その護衛騎士であるカリンとカリストとアラビスも、行動を共にすることになる。
しかし3人の姫達が仲良しになっていくのとは裏腹に、護衛騎士達の仲は芳しくなかった。
カリストは、他の王族の前では大人しくしているようにと、きつく釘を刺されていた。
その為この1週間、失言をしないようにと、他の王族の前では殆ど喋らなかったのだ。
その反動で、護衛騎士相手には喋りまくった。
アラビスは、そんなカリストを鬱陶しく思い、邪険に扱っているのだ。
カリンも元々カリストに対して、あまり良い感情を抱いていない。
そしてアラビスは、頻繁にアンネリーゼに熱い視線を送っていたので、ロリコン判定を下して軽蔑していた。
対してカリストとアラビスは、カリンに悪感情を抱いていない為、仲裁に入ると大人しく従った。
「うちのカリストがごめんなさい……」
「こちらこそ。アラビスの主として恥ずかしいですわ……」
「俺は、気にしないけどな。喧嘩するほど仲が言うし」
『少しは緊張感を持った方がいいとは思うけどね』
海竜が迫っているというのに、馬車の中には緊張感がなかった。
対策が十分にされていることと、混乱したごった返した人々がいなくなったからだ。
迎賓館の近くには、一般人は近付かない為、道が開けているのだ。
キテラは、馬車の速度を上げて、一気に迎賓館を目指す。
すると馬車の右側の車輪2つが、突如爆発した!
「うわぁ!?」
「な、なんなの!?」
速度が出ていた為、馬車は横転して激しく横転し、慣性で進み続ける。
激しく揺れる馬車の中、護衛騎士達は自分の主を守る様に抱き抱えた。
『爆発音!? 明らかに人為的な物よ!』
「みんな気を付けろ! まだ何かあるぞ!」
今度は床下が爆発する。
威力は先程よりかなり小さいものだったが、そこから大量の煙が噴き出した。
馬車の中は、たちまち煙で見えなくなる。
『これって!』
「覚えのある匂い! 睡眠ガスだ! 息を止めろ!」
モトキの声に従い全員が息を止める。
息を止めたまま、ソフィアは術式を発動し、両手を頭上に掲げる。
(クリアミスト!)
ソフィアの手から霧が発生し、周囲は更に見え辛くなる。
しかし程なくして、霧はガスを吸収して四散した。
それは空気を綺麗にする魔術だ。
馬車の揺れが収まると、セラフィナ達は皆の無事を確認する。
1番心配だった、外にいたキテラを真っ先に確認すると、馬車から投げ出されたが、上手い具合に羊の背中に落ちて無事だった。
しかし――。
「アンネがいない!」
「アラビスもだ!」
2人が姿を消していた。




