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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第六章 四色祭
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66 災害再び

「海竜……って、竜種!?」

「竜種が無色の大陸に!?」

「ねぇ、逃げた方がいいんじゃない?」

「逃げるったって何処に……」


 アステロセンターホールに集まった観客達から、どよめきの声が聞こえる。

 竜種を実際に見たことのあるものは僅かだが、先程のとてつもなく大きく、甲高い鳴き声から、その脅威の程は知れた。


「キィイイイイイ!!!」


 再び海竜の鳴き声が響き渡る。

 そのたびに空気が震え、まるで地震でも起きているかのように揺れる。

 それが海竜のものであると知った人々は、恐怖のあまりに混乱した。


「きゃぁあああああ!」

「どうすりゃいいんだよ!」

「南だ! とにかく海竜と逆の南に行くんだ!」

「狼狽えるな!」


 混乱を切り裂くような声が響く。

 アステロセンターホールの大型モニターには、四色王国の4人の王が映し出された。

 それはアステロセンターホールだけではなく、放送により無色の大陸全体に向けられた声だった。 


「私は白の国の王、イオランダ・W・ホワイトボード! 各国の軍は、既に海竜討伐の為に動いている! そしてここには、魔人殺しの秘術を持った4人の王が一堂に会している! 何も恐れることは無い!」


 少し間を置いてから、無色の大陸は歓声に溢れかえる。

 竜種よりも強いとされる魔人。

 その魔人を殺すことの出来る唯一の存在である各国の王が、全員集合しているのだ。

 それは既に、オーバーキル確定の戦力だった。


『お父様が普段の5割増しでカッコよく見えるわ』

「イオさんは、やる時はやる人だと思ってたよ」

『私は確信していたわよ』


 モトキは、ステージの上でへたり込んでいた。

 カーネギアとアルステーデとの闘いは、どちらも今までで1番の激戦だった。

 足の限界は引き出さなかったが、全身の疲労とダメージは、既に限界近い。

 その為、モトキの表に出ていられる時間は縮まり、強い眠気に襲われていた。


『入れ替わる?』

「駄目。体中が痛い。これは俺が引き受けるべき痛みだ」


 モトキは、ずっと表に出ていられるわけではない。

 それでも少しでも長い間、その痛みを自分で受け止めたかった。


「海竜が現れたアステロ北部には、既に避難用の馬車が用意してある! 海竜が本土に上陸するまで、まだ十分に時間はある! 兵士の指示に従い、落ち着いて、素早く避難するのだ!」


 会場内でも、兵士による避難誘導が始まった。

 イオランダの言葉と姿で、人々は落ち着きを取り戻した為、避難はスムーズに行われている。


 モトキが海竜の気配を事前に感じ取っていた為、海竜の対策は完璧だった。

 竜種には、他の魔獣を先導する能力があったが、既に近海の魔獣の大半は討伐済みだ。

 後は孤立した海竜を、王達が迎え撃てば終わりである。


 心配事が亡くなりホッとしていると、アルステーデが歩いてきた。


「どうやら王闘は中止の様だ。決着は付けられなかったな」

「ははっ、(わたし)に3本目で戦える余力がないから、あのまま続けてたら負けてたよ」

「それでも君と最後まで戦いたかった」

「うん、俺も最後まで楽しみたかったよ」

「楽しい……。なるほど、君が笑っていた理由が少し分かった気がする」

「それは何よりだ」


 アルステーデは、相変わらず無表情だが、その声は若干和らいで聞こえた。


「姫様! 大丈夫ですか!」

「燃え尽きたよ……」

「大丈夫そうですね」


 キテラとカリンに、ソフィアとアンネリーゼ、そしてその護衛騎士のカリストとアラビスがやって来た。


モトキ(セラフィナ)……だよね? 大丈夫? 凄く痛そうだけど」

(わたし)は、結構鈍感だから大丈夫」


 アルステーデに殴り飛ばされ、地面に叩きつけられた際に出来た、打撲と擦り傷が痛々しい。

 荒事と縁の薄いソフィアとアンネリーゼは、余計にそう感じた。

 アンネリーゼは、アルステーデを睨みつけ、詰め寄る。


「あなたがアルステーデね? いくら試合だからってこんな――」

「すま――」

「ストップだアンネ。(わたし)は、全力で戦ってくれたアルステーデに感謝してる。だから水を差さないでくれ。アルステーデも絶対に謝ったりしないで」

「分かった」

「むぅ……。あなたにそう言われては、わたくしは何も言えませんわ……」


アルステーデは王族ではない。

 その為、アンネリーゼがその気になれば、如何様にも罰することが出来る。

 そのことも含めて、釘を刺したのだ。


『今回の怪我は、モトキが未熟だったのが原因。それで文句を言えるのは、私だけの特権よ。あとで覚悟しておいてね』

(うひゃぁ……)


 もっともセラフィナは、モトキに文句を言う気など微塵もない。

 こうでも言っておかないと、怪我をしたことを勝手に後悔して、いつまでも抱え込むのだ。


「姫様。我々も避難しましょう。王族と関係者は、迎賓館に集まる手筈になっています」

「シグネは女王様と一緒に先に行ってるですよ」

「エドブルガは?」

「陛下が見せたいものがあるって、連れて行ったです」


 イオランダがエドブルガだけに見せたいもの。

 それは十中八九、魔人殺しの秘術であろう。

 いずれは王位と共に、エドブルガが継承することになる力だ。


 その力は強大な為、こんな時でなければ、その全力を見せることが出来ないのだ。


『正直、私も見たいわ。王位継承に余剰魔力の有無があるなら、魔人殺しの秘術にも魔力が用いられるはずだし』

「それは流石に……」

『言ってみただけよ。行きましょう』


 モトキは何とか自力で立ち上がるが、あまりにも危なっかしく歩く為、カリンに背負ってもらうことにした。


「アルステーデ。トイトニアお兄様は?」

「避難すると言って、走って言った」

「なんで置き去りにしているのですか……」


 アルステーデの介添人を務めていた、アガメムノン王子は、早々に避難していた為、既にいなくなっていた。


「あなたも一応関係者ですわよ。一緒に来なさい」

「分かった」


 セラフィナ達は、用意された馬車に乗り込むと迎賓館へ向かった。


 アステロセンターホールの外は、予想以上に混乱していた。

 中では大型モニターに、4人の王達の姿が映し出されたが、外で伝わったのは声の放送のみだ。

 それだけでは不安を拭えなかった者、放送が流れるより先に避難を始めた者、衝撃のあまり放送を聞いていなかった者と、様々な理由で混乱していた。


「海竜の被害より、この混乱で怪我をしないかが心配だな……」

「邪魔ですね」

「キテラさん、安全運転でお願いするですよ」


 羊馬車の手綱を引くキテラは、中々先に進めないことに苛立つ。

 セラフィナの怪我の手当ては、応急処置程度のものなので、早く迎賓館へ行き、本格的な手当てをしたかったのだ。


「それにしてもすげぇな、白の姫!  まさかその細腕であそこまで戦えるなんてな! あんたの闘いは燃えたぞ!」

「ありがと」


 カリストは、興奮した様子でモトキに話しかける。

 ソフィアを救出した際は、てっきり魔術で戦ったと思っていたのだ。


「カリスト殿、他国の王族にその様な口の利き方は、感心しませんよ」

「いいんだよ。ここには他の王族はいないんだから。な?」

(わたし)は、気にしないよ」

「そんなことだから、この猿が付け上がるのです」

「誰が猿だ! ロリコン野郎!」

「2人ともやめるですよ! お姫様達の前なんですから!」


 四色祭の間は、セラフィナとソフィアとアンネリーゼが、一緒に行動することが多かった。

 そうなると必然的に、その護衛騎士であるカリンとカリストとアラビスも、行動を共にすることになる。

 しかし3人の姫達が仲良しになっていくのとは裏腹に、護衛騎士達の仲は芳しくなかった。


 カリストは、他の王族の前では大人しくしているようにと、きつく釘を刺されていた。

 その為この1週間、失言をしないようにと、他の王族の前では殆ど喋らなかったのだ。

 その反動で、護衛騎士相手には喋りまくった。

 アラビスは、そんなカリストを鬱陶しく思い、邪険に扱っているのだ。


 カリンも元々カリストに対して、あまり良い感情を抱いていない。

 そしてアラビスは、頻繁にアンネリーゼに熱い視線を送っていたので、ロリコン判定を下して軽蔑していた。


 対してカリストとアラビスは、カリンに悪感情を抱いていない為、仲裁に入ると大人しく従った。


「うちのカリストがごめんなさい……」

「こちらこそ。アラビスの主として恥ずかしいですわ……」

(わたし)は、気にしないけどな。喧嘩するほど仲が言うし」

『少しは緊張感を持った方がいいとは思うけどね』


 海竜が迫っているというのに、馬車の中には緊張感がなかった。

 対策が十分にされていることと、混乱したごった返した人々がいなくなったからだ。

 迎賓館の近くには、一般人は近付かない為、道が開けているのだ。


 キテラは、馬車の速度を上げて、一気に迎賓館を目指す。

 すると馬車の右側の車輪2つが、突如爆発した!


「うわぁ!?」

「な、なんなの!?」


 速度が出ていた為、馬車は横転して激しく横転し、慣性で進み続ける。

 激しく揺れる馬車の中、護衛騎士達は自分の主を守る様に抱き抱えた。


『爆発音!? 明らかに人為的な物よ!』

「みんな気を付けろ! まだ何かあるぞ!」


 今度は床下が爆発する。

 威力は先程よりかなり小さいものだったが、そこから大量の煙が噴き出した。

 馬車の中は、たちまち煙で見えなくなる。


『これって!』

「覚えのある匂い! 睡眠ガスだ! 息を止めろ!」


 モトキの声に従い全員が息を止める。

 息を止めたまま、ソフィアは術式を発動し、両手を頭上に掲げる。


(クリアミスト!)


 ソフィアの手から霧が発生し、周囲は更に見え辛くなる。

 しかし程なくして、霧はガスを吸収して四散した。

 それは空気を綺麗にする魔術だ。


 馬車の揺れが収まると、セラフィナ達は皆の無事を確認する。

 1番心配だった、外にいたキテラを真っ先に確認すると、馬車から投げ出されたが、上手い具合に羊の背中に落ちて無事だった。

 しかし――。


「アンネがいない!」

「アラビスもだ!」


 2人が姿を消していた。


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