65 権利と血筋
決勝戦の1本目が終わり、モトキはインターバルに入る。
介添人のキテラがいない為、1人でお茶と軽食を食べていた。
「……さっきのって本当に力業? 魔術じゃなくて?」
『術式は発動してなかったわよ』
「だよな。リシストラタさんは、真空波を飛ばす技を使えるから、不可能じゃないのは分かる。けどステージの中央から外まで吹き飛ばすって、どんなパワーだ……」
今のは吹き飛ばされたから良かったのだ。
もしも今の力を直接受けたら、セラフィナの体は木っ端微塵に消し飛んでしまうだろう。
「巨大武器は動きが鈍くなるのが欠点だけど、アルス君のパワーなら、そんなの関係ないみたいだな。さて、どうしようかな」
セラフィナの疲弊した足では、カーネギアとの闘いで使った、姫剣「衛り星」を使用すると、また足が使い物にならなくなってしまう。
3本目を残した現状で、使う訳にはいかない。
モトキの姫剣は、他にも4つあったが、どれも未完成である。
実践では使い物にならないのではなく、技として成り立ってない段階だ。
「まともに戦ってもいないのに終わらせたくはないな。だからと言って、2本目で燃え尽きるのは失礼だ。けど手札を残したまま負けるのも以ての外。どうしたもんか……」
『……お悩み中のところ申し訳ないんだけど、竜種の気配はどうなっているの?』
「微妙に近付いている気がする。微妙すぎて本当に近付いているか怪しいけど。でも居ることは確かだ」
モトキが王族の観戦席を見ると、白の国は慌ただしく動いている。
赤の国も少し騒がしい様子だ。
青と黒の国には、これといった動きは見られない。
「赤の国も信じてくれたのか」
『モトキ、エルザ女王に気に入られたみたいだからね』
「ありがたいことだ」
「両選手、ステージへ!」
『モトキ。あなたがいい試合をすれば、心配が杞憂に終わったときに、少しは留飲が下がってくれる』
「本当?」
『だったらいいわね。とにかくボロ負けして、試合を有耶無耶にする為に、竜が出たなんて虚言を吐いたとだけは思われちゃ駄目よ。白の国の名誉に関わるわ』
「んー、なら多少のリスクは我慢するか」
いい考えが思い浮かばないまま、モトキはステージに向かう。
アルステーデは、インターバルの間も、ずっとステージの上で立っていた。
青の国には、介添人がステージの外にいるのにだ。
(まあ1本目は俺の惨敗だったし、必要ないっちゃ必要ないよな)
「君は何で笑っているの?」
「え? 俺、笑ってた?」
モトキはずっと、アルステーデに勝つ方法を考えていた。
それでも何も思いつかなかった現状は、大ピンチと言っていいだろう。
加えて、近くに迫っている竜種の事も気がかりである。
それでもモトキは、無意識の内に笑っていたのだ。
「……そうだよな。負けてても楽しいことに変わりないもんな」
「楽しい? なんでだ? 負けているのに」
「負けるくらい君が強いから楽しいんだよ」
もちろん勝つことが出来れば、それはそれで嬉しい。
しかしモトキは、何の責任もなく、気兼ねなく、全力を出すことに快感を覚えていた。
その為、相手が弱いと全力が出せなくて逆に困るのだ。
「分からない……」
「それが普通だと思うよ。俺は結構変な奴だから」
「それでは試合開始!」
2人は同時に駆け出し、アルステーデは武器を抜く。
アルステーデの一撃を、モトキは剣の上に乗ることで回避する。
それは先程と同じ展開だ。
先程と同じように、アルステーデは剣を跳ね上げる。
その瞬間、モトキは剣に足先を引っかけ、飛び上がるのを防ぐ。
揺れる剣の上で、片足立ちだが、モトキは持ち前のバランス感覚で踏ん張る。
しかしアルステーデの対応は早かった。
大剣を縦横無尽に振り回し、モトキを振り落とそうとする。
まるで通常サイズの木剣でも振るっているかのような素早い剣速。
すぐに剣からモトキの気配は消え、振り落としたのだと思い込む。
しかし周囲にモトキの姿は見当たらない。
気配を消しただけで、モトキは剣に引っ付いたままだったのだ。
(この技は、実際に体感しないと理解できない! アルステーデにとって既知だが未知の技だ!)
それはモトキにとって、賭けだった。
セラフィナのバランス感覚と、モトキの動きを読む洞察力があれば、剣に取り憑き続けることは、難しいが不可能ではないと判断した。
しかしアルステーデが、剣で地面を切ったり、叩きつけたりすれば無事では済まない。
(これだけの質量の武器を持ちながら、一度も刃を地面に付けなかった! 武器を大事にしてる証拠! 無駄に切ったりはしない!)
あまりに楽観的で、アルステーデの腕力を考えれば、危険極まりない行動である。
それでもモトキは、賭けに勝った。
モトキは気配も、音も、振動もなく、アルステーデの剣を伝って接近する。
アルステーデがモトキの存在に気付いたときは、既に目と鼻の先に居た。
「貰った――なっ!」
アルステーデは、指でモトキの剣を摘まんで止めた。
摘ままれた剣は、モトキの腕力ではピクリとも動かない。
「終わりだよ」
「まだだ!」
モトキは両足を、アルステーデの剣と、剣を持つ右腕に絡める。
重さは無視できても、アルステーデの剣が巨大で、取り回しが悪いことに変わりはない。
2人はお互いに手が出せない、硬直状態となった。
『これからどうする気!?』
(どうしよう……)
「……」
何も考えていなかった。
完全にその場凌ぎの行動である。
そしてこの状態を維持することは、モトキも観客も楽しくない。
モトキは、早々にこの状態から脱したかった。
「……アルステーデ王子。一旦仕切り直しませんか? お互い相手の武器を話して、10秒間手出し無用という事で」
「……」
「この状態でも勝ち筋があるというなら別ですけど、アルステーデ王子も手詰まりの様ですし――」
「王子じゃない」
「へ?」
「俺は王子じゃない」
そう言うとアルステーデは、モトキの剣を離す。
モトキもアルステーデから離れると、そのまま距離を取った。
「王子じゃないって……。年齢以外の王位継承権を満たしてるのが、王闘の参加条件だよな?」
『王位継承権を持つことと、王子であることはイコールではない。と言う事じゃないかしら』
王位継承の条件は、金色の瞳、髪の色、武術の習得、余剰魔力を有する、そして15歳以上の5つである。
それさえ満たしていれば、血筋も国籍も関係ないのだ。
『思えばアンネも、アルステーデに他人行儀だったわ』
「なんか違和感を感じると思ったらそれか」
そう思うと、今まであまり気にしていなかったことが、明確な違和感となっていく。
リシストラタを倒す為の秘密兵器と称されること。
アンネリーゼが知っている握手を知らないこと。
インターバルの時間でも、ステージに残り続けること。
「どう思う?」
『具体的な情報が何もないわ。迂闊なことは言えない』
「そうだな……」
実際、それで何か問題がある訳ではない。
しかしそう言った前提があると、アルステーデの事を、ただの不思議な少年ではなく、何か闇を抱えているように見ててしまうのだ。
モトキは、アルステーデの顔を見る。
既に10秒を過ぎているが、動こうとしない。
武器を構え、無表情な顔で、モトキを真っすぐ見ている。
「俺が今すべきことは、アルス君と剣で向き合うことだな」
モトキが駆け出す。
先程とは違い、アルステーデとの距離は詰めず、太陽から逆光になる位置に移動する。
そこからモトキは、アルステーデの頭上に剣を投げた。
アルステーデは、太陽の光と重なる剣を直視できなかった為、凡その落下位置を予測すると横に移動する。
モトキは、アルステーデに向かって駆けだす。
アルステーデは、モトキを迎撃しようと剣を振るう。
しかし剣すらも捨て、更に身軽になったモトキは、その全てを回避し、少しずつ距離を詰めていく。
そんな最中、先程投げた剣がアルステーデの右後方から飛んできた。
モトキは、イサオキとエアといつでも楽しめる為にと、様々な遊びを習得している。
その1つに、程よい大きさの平たい物なら、なんでもブーメランに見立てることが出来ると言うものがあったのだ。
アルステーデは、剣が風を切る音でそれを予測し回避した。
その隙にモトキは一気に接近し、剣を掴むとそのまま切りかかる。
アルステーデは、半歩後ろに下がることで避ける。
しかし大剣の間合いの内側に入られたことで、反撃をすることが出来ない。
今度は剣を掴まれるようなことがないよう注意を払っている。
「今の武器の使い方……好きじゃないな」
「自分でも感心できないよ!」
この試合で明確なモトキの攻勢。
モトキの連撃を、アルステーデは全て避けていくが、少しずつ追い詰められていく。
「……駄目だ。俺は負けちゃ――」
「?」
「……ごめん」
アルステーデは剣から手を離し、モトキの左肩に殴りかかる。
モトキは、回転しながら空中に投げ出され、ステージで1回跳ねると、城外まで吹き飛ばされた。
「無効! 仕切り直し!」
武器によって倒した訳ではない為、2本目は無効試合となった。
そのままインターバルに入る。
『モトキ、大丈夫!?』
「折れてはいない……」
しかし体を強く打ち付けた為、上手く動けない。
するとアルステーデがステージから下り、モトキの下に駆け寄ってきた。
痛い思いをしているモトキより、よっぽど辛そうな顔をしている。
「ごめん……」
「何を謝ることがあるんだ。武器以外の攻撃は有効じゃないだけで、反則じゃない。俺だって綺麗な剣技だけで戦ってるわけじゃないだろ?」
剣を投げるなど、邪道もいいところだろう。
しかしルールで禁止されていなければ、そこに文句を言うのはお門違いだ。
出来ることを全てやってこその全力なのだから。
「俺は……負けられないんだ」
「さっきも言ってたね。理由を聞いても?」
「……」
「言いたくないならいいよ。どっちにしろ俺は、勝つ為に全力を尽くすだけだ。だけど――」
モトキは今までの情報から、アルステーデの置かれてる状況を何となく察した。
モトキは立ち上がり、体を伸ばす。
体全体が痛いが、決して悟られないよう、平静を装いながら。
「辛くなったら信頼できる人に相談しなよ。何なら俺でも構わない。少なくとも無下にはしないよ」
そう言ってモトキはステージに上がった。
少ししてアルステーデもステージに上がり、モトキと向かい合う。
何も解決していないが、少なくとも辛そうな顔はしていない。
「……セラフィナ姫」
「ん?」
「ありがとう」
「それでは試合開始!」
モトキの体は限界に近かった。
もはや次のことなど考えている状況ではない。
姫剣で一気に勝負を決めようと、両足の力を限界まで引き出そうとする。
「キィイイイイイ!!!」
突如会場を――いや、無色の大陸全体に、甲高い鳴き声が響き渡る。
その鳴き声で空気が振動し、全身を不快感が襲う。
「報告します! 北の海より海竜が出現しました!」




