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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第六章 四色祭
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65 権利と血筋

 決勝戦の1本目が終わり、モトキはインターバルに入る。

 介添人のキテラがいない為、1人でお茶と軽食を食べていた。


「……さっきのって本当に力業? 魔術じゃなくて?」

『術式は発動してなかったわよ』

「だよな。リシストラタさんは、真空波を飛ばす技を使えるから、不可能じゃないのは分かる。けどステージの中央から外まで吹き飛ばすって、どんなパワーだ……」


 今のは吹き飛ばされたから良かったのだ。

 もしも今の力を直接受けたら、セラフィナの体は木っ端微塵に消し飛んでしまうだろう。


「巨大武器は動きが鈍くなるのが欠点だけど、アルス君のパワーなら、そんなの関係ないみたいだな。さて、どうしようかな」


 セラフィナの疲弊した足では、カーネギアとの闘いで使った、姫剣(きけん)「衛り星」を使用すると、また足が使い物にならなくなってしまう。

 3本目を残した現状で、使う訳にはいかない。


 モトキの姫剣は、他にも4つあったが、どれも未完成である。

 実践では使い物にならないのではなく、技として成り立ってない段階だ。


「まともに戦ってもいないのに終わらせたくはないな。だからと言って、2本目で燃え尽きるのは失礼だ。けど手札を残したまま負けるのも以ての外。どうしたもんか……」

『……お悩み中のところ申し訳ないんだけど、竜種の気配はどうなっているの?』

「微妙に近付いている気がする。微妙すぎて本当に近付いているか怪しいけど。でも居ることは確かだ」


 モトキが王族の観戦席を見ると、白の国は慌ただしく動いている。

 赤の国も少し騒がしい様子だ。

 青と黒の国には、これといった動きは見られない。


「赤の国も信じてくれたのか」

『モトキ、エルザ女王に気に入られたみたいだからね』

「ありがたいことだ」

「両選手、ステージへ!」

『モトキ。あなたがいい試合をすれば、心配が杞憂に終わったときに、少しは留飲が下がってくれる』

「本当?」

『だったらいいわね。とにかくボロ負けして、試合を有耶無耶にする為に、竜が出たなんて虚言を吐いたとだけは思われちゃ駄目よ。白の国の名誉に関わるわ』

「んー、なら多少のリスクは我慢するか」


 いい考えが思い浮かばないまま、モトキはステージに向かう。

 アルステーデは、インターバルの間も、ずっとステージの上で立っていた。

 青の国には、介添人がステージの外にいるのにだ。


(まあ1本目は俺の惨敗だったし、必要ないっちゃ必要ないよな)

「君は何で笑っているの?」

「え? (わたし)、笑ってた?」


 モトキはずっと、アルステーデに勝つ方法を考えていた。

 それでも何も思いつかなかった現状は、大ピンチと言っていいだろう。

 加えて、近くに迫っている竜種の事も気がかりである。

 それでもモトキは、無意識の内に笑っていたのだ。


「……そうだよな。負けてても楽しいことに変わりないもんな」

「楽しい? なんでだ? 負けているのに」

「負けるくらい君が強いから楽しいんだよ」


 もちろん勝つことが出来れば、それはそれで嬉しい。

 しかしモトキは、何の責任もなく、気兼ねなく、全力を出すことに快感を覚えていた。

 その為、相手が弱いと全力が出せなくて逆に困るのだ。


「分からない……」

「それが普通だと思うよ。(わたし)は結構変な奴だから」

「それでは試合開始!」


 2人は同時に駆け出し、アルステーデは武器を抜く。

 アルステーデの一撃を、モトキは剣の上に乗ることで回避する。

 それは先程と同じ展開だ。


 先程と同じように、アルステーデは剣を跳ね上げる。

 その瞬間、モトキは剣に足先を引っかけ、飛び上がるのを防ぐ。

 揺れる剣の上で、片足立ちだが、モトキは持ち前のバランス感覚で踏ん張る。


 しかしアルステーデの対応は早かった。

 大剣を縦横無尽に振り回し、モトキを振り落とそうとする。


 まるで通常サイズの木剣でも振るっているかのような素早い剣速。

 すぐに剣からモトキの気配は消え、振り落としたのだと思い込む。

 しかし周囲にモトキの姿は見当たらない。


 気配を消しただけで、モトキは剣に引っ付いたままだったのだ。


(この技は、実際に体感しないと理解できない! アルステーデにとって既知だが未知の技だ!)


 それはモトキにとって、賭けだった。

 セラフィナのバランス感覚と、モトキの動きを読む洞察力があれば、剣に取り憑き続けることは、難しいが不可能ではないと判断した。

 しかしアルステーデが、剣で地面を切ったり、叩きつけたりすれば無事では済まない。


(これだけの質量の武器を持ちながら、一度も刃を地面に付けなかった! 武器を大事にしてる証拠! 無駄に切ったりはしない!)


 あまりに楽観的で、アルステーデの腕力を考えれば、危険極まりない行動である。

 それでもモトキは、賭けに勝った。


 モトキは気配も、音も、振動もなく、アルステーデの剣を伝って接近する。

 アルステーデがモトキの存在に気付いたときは、既に目と鼻の先に居た。


「貰った――なっ!」


 アルステーデは、指でモトキの剣を摘まんで止めた。

 摘ままれた剣は、モトキの腕力ではピクリとも動かない。


「終わりだよ」

「まだだ!」


 モトキは両足を、アルステーデの剣と、剣を持つ右腕に絡める。

 重さは無視できても、アルステーデの剣が巨大で、取り回しが悪いことに変わりはない。

 2人はお互いに手が出せない、硬直状態となった。


『これからどうする気!?』

(どうしよう……)

「……」


 何も考えていなかった。

 完全にその場凌ぎの行動である。

 そしてこの状態を維持することは、モトキも観客も楽しくない。

 モトキは、早々にこの状態から脱したかった。


「……アルステーデ王子。一旦仕切り直しませんか? お互い相手の武器を話して、10秒間手出し無用という事で」

「……」

「この状態でも勝ち筋があるというなら別ですけど、アルステーデ王子も手詰まりの様ですし――」

「王子じゃない」

「へ?」

「俺は王子じゃない」


 そう言うとアルステーデは、モトキの剣を離す。

 モトキもアルステーデから離れると、そのまま距離を取った。


「王子じゃないって……。年齢以外の王位継承権を満たしてるのが、王闘の参加条件だよな?」

『王位継承権を持つことと、王子であることはイコールではない。と言う事じゃないかしら』


 王位継承の条件は、金色の瞳、髪の色、武術の習得、余剰魔力を有する、そして15歳以上の5つである。

 それさえ満たしていれば、血筋も国籍も関係ないのだ。


『思えばアンネも、アルステーデに他人行儀だったわ』

「なんか違和感を感じると思ったらそれか」


 そう思うと、今まであまり気にしていなかったことが、明確な違和感となっていく。

 リシストラタを倒す為の秘密兵器と称されること。

 アンネリーゼが知っている握手を知らないこと。

 インターバルの時間でも、ステージに残り続けること。


「どう思う?」

『具体的な情報が何もないわ。迂闊なことは言えない』

「そうだな……」


 実際、それで何か問題がある訳ではない。

 しかしそう言った前提があると、アルステーデの事を、ただの不思議な少年ではなく、何か闇を抱えているように見ててしまうのだ。


 モトキは、アルステーデの顔を見る。

 既に10秒を過ぎているが、動こうとしない。

 武器を構え、無表情な顔で、モトキを真っすぐ見ている。


「俺が今すべきことは、アルス君と剣で向き合うことだな」


 モトキが駆け出す。

 先程とは違い、アルステーデとの距離は詰めず、太陽から逆光になる位置に移動する。

 そこからモトキは、アルステーデの頭上に剣を投げた。

 アルステーデは、太陽の光と重なる剣を直視できなかった為、凡その落下位置を予測すると横に移動する。


 モトキは、アルステーデに向かって駆けだす。

 アルステーデは、モトキを迎撃しようと剣を振るう。

 しかし剣すらも捨て、更に身軽になったモトキは、その全てを回避し、少しずつ距離を詰めていく。


 そんな最中、先程投げた剣がアルステーデの右後方から飛んできた。

 モトキは、イサオキとエアといつでも楽しめる為にと、様々な遊びを習得している。

 その1つに、程よい大きさの平たい物なら、なんでもブーメランに見立てることが出来ると言うものがあったのだ。


 アルステーデは、剣が風を切る音でそれを予測し回避した。

 その隙にモトキは一気に接近し、剣を掴むとそのまま切りかかる。


 アルステーデは、半歩後ろに下がることで避ける。

 しかし大剣の間合いの内側に入られたことで、反撃をすることが出来ない。

 今度は剣を掴まれるようなことがないよう注意を払っている。


「今の武器の使い方……好きじゃないな」

「自分でも感心できないよ!」


 この試合で明確なモトキの攻勢。

 モトキの連撃を、アルステーデは全て避けていくが、少しずつ追い詰められていく。


「……駄目だ。俺は負けちゃ――」

「?」

「……ごめん」


 アルステーデは剣から手を離し、モトキの左肩に殴りかかる。

 モトキは、回転しながら空中に投げ出され、ステージで1回跳ねると、城外まで吹き飛ばされた。


「無効! 仕切り直し!」


 武器によって倒した訳ではない為、2本目は無効試合となった。

 そのままインターバルに入る。


『モトキ、大丈夫!?』

「折れてはいない……」


 しかし体を強く打ち付けた為、上手く動けない。

 するとアルステーデがステージから下り、モトキの下に駆け寄ってきた。

 痛い思いをしているモトキより、よっぽど辛そうな顔をしている。


「ごめん……」

「何を謝ることがあるんだ。武器以外の攻撃は有効じゃないだけで、反則じゃない。(わたし)だって綺麗な剣技だけで戦ってるわけじゃないだろ?」


 剣を投げるなど、邪道もいいところだろう。

 しかしルールで禁止されていなければ、そこに文句を言うのはお門違いだ。

 出来ることを全てやってこその全力なのだから。


「俺は……負けられないんだ」

「さっきも言ってたね。理由を聞いても?」

「……」

「言いたくないならいいよ。どっちにしろ(わたし)は、勝つ為に全力を尽くすだけだ。だけど――」


 モトキは今までの情報から、アルステーデの置かれてる状況を何となく察した。


 モトキは立ち上がり、体を伸ばす。

 体全体が痛いが、決して悟られないよう、平静を装いながら。


「辛くなったら信頼できる人に相談しなよ。何なら(わたし)でも構わない。少なくとも無下にはしないよ」


 そう言ってモトキはステージに上がった。

 少ししてアルステーデもステージに上がり、モトキと向かい合う。

 何も解決していないが、少なくとも辛そうな顔はしていない。


「……セラフィナ姫」

「ん?」

「ありがとう」

「それでは試合開始!」


 モトキの体は限界に近かった。

 もはや次のことなど考えている状況ではない。

 姫剣(きけん)で一気に勝負を決めようと、両足の力を限界まで引き出そうとする。


「キィイイイイイ!!!」


 突如会場を――いや、無色の大陸全体に、甲高い鳴き声が響き渡る。

 その鳴き声で空気が振動し、全身を不快感が襲う。


「報告します! 北の海より海竜が出現しました!」


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