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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第六章 四色祭
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64 不思議な人

「姫様、足の調子はどうですか?』

「少し怠いけど、(モトキなら)無視できる範囲よ。問題なく全力を出せるわ」


 決勝戦の始まる時間が迫り、モトキとキテラは、入場口に向かっている。

 その途中でセラフィナを待っているように立つ、人影があるのに気付いた。

 まだ距離があり、逆光の為、セラフィナにはそれが誰かを判断できない。


『ムロトさんだ』

(同じ視界のはずなのに、何で分かるのよ)


 モトキの言う通り、そこにはムロトがいた。

 モトキが表に出ると、ムロトの下に駆け寄る。


「セラフィナ姫」

「ムロト王子。先程は素晴らしい試合を見せてもらいました」

「結局は1勝も出来なかったけどね。発破を掛けられたのに情けない話だ」

「どんな気分でしたか?」


 ムロトは、試合が終わった時の事を思い出す。

 またムロトが瞬殺されると思いながら観戦する観客達。

 しかしムロトがカーネギアの剣を凌ぎ続けると、次第に大きくなる困惑の騒めき。

 試合を終えると会場を包む、歓声と拍手。

 そして会場の盛り上がりに困惑する、試合を見ていなかった者達。


「あぁ、いい気分だったよ。我ながら器が小さいことだ」

「人に迷惑を掛けなければ、器の大きさなんてどうでもいいじゃないですか。(わたし)の器なんて、人によって大きさの変わるんですから」


 通路に2人の笑い声が響く。


「しかし何故僕にあのようなことを? 君にとって僕は、気にかけるような存在じゃないだろう?」

『それは私も気になっていたわ』

「……」


 モトキの行動原理は、基本的に大切な誰かの為という前提が付く。

 しかしムロトは、モトキにとっても、セラフィナにとっても、見ず知らずの他人である。

 しかも助けを求められたわけでもないのに、自分からお節介を焼きだした。

 それは普段のモトキからは、ズレた行動だ。


「理由は幾つかあります。いい試合が見たいから。試合が長引けば休める時間が増えるから。そして黒の国に興味があるから」

「黒の国に?」

「はい。行く機会があったら、よろしくお願いします。これはその時の為のコネ作りだと思ってください。っと、そろそろ時間何で行きますね」

「ああ、頑張ってくれ」


 モトキとキテラは、ムロトに見送られながら、再び入場口に向かった。


『黒の国ね……。モトキの住んでいたところに似ているらしいけど、偶然じゃないの? 年代的にイサオキとの関連性は薄いわよ?』

「俺も偶然だと思う。白の国だってイギリスのロンドンの街並みに近いし」


 そもそも刀と着物以外は、日本と似ていない可能性もある。

 それでもモトキは、妙な引っ掛かりを感じていたのだ。


「まっ、他国の王族とのコネは、あって困るものじゃ――っ!」


 モトキは急に足を止め、辺りを見回す。

 体中から汗が吹き出し、心臓の鼓動が速くなっている。


『モトキ?』

「姫様、いかがなされましたか?」

「……大きな気配を感じる。地竜より大きな――そう、地竜に似た気配だ」

「本当ですか!?」


 エドブルガが誘拐された際に、セラフィナが事前に地竜の存在に気付いたと、シグネより伝えられていた。

 モトキの気配を読む力は、白の皆が知るところだ。


「他の竜種――天竜か海竜が、無色の大陸に近付いているという事でしょうか?」

「確証はないけど……」

『念の為に、お父様に伝えておきましょう。各国の王にも。信じてくれなくても、国のトップが気に留めてくれるだけで、混乱は大きく抑えられるはずよ』

「そうだな。キテラ、お父様に伝えてくれ」

「王闘は?」

「中止にするかどうかは、(わたし)が決めることじゃない。何も起きない可能性もあるし。無駄な混乱を招かないように、このまま参加する」

「分かりました。ご武運を」


 キテラはモトキに一礼すると、王族の観戦席に引き返して行った。


「それではこれより決勝戦を開始します! 選手入場です!」


 司会の呼びかけに応じ、モトキは入場口から駆け出す。

 決勝戦だけあって、会場は問答無用の盛り上がりを見せている。


「1回戦では、カーネギア選手との激闘を繰り広げたセラフィナ選手! その流麗な剣技は、とても10歳とは思えない! 此度もその剣技で、我々を魅せてくれるのか!」


 モトキはなるべく平静を装いながら、愛想笑いをしながら会場全体に手を振る。


『よりにもよって四色祭で人が集まっている時期に……。途中で進路変更をしてくれることを祈るわ』

「不安を煽るようなことを言うけど妙だ。さっきまで感じなかった気配を、急に感じるようになったんだ。近付いてきたというより、テレポートでもしてきたかの様に……」

『竜種は、予兆なく突然現れたという記述が多くあるわ。案外その通りかもしれないわよ』

「厄介すぎるだろ……」


 続いて現れる、青の国のアルステーデ。

 年齢は中学生程の少年だ。

 その背には、アルステーデの身の丈以上の長さの大剣が携えられている。

 セラフィナの腕力では、絶対に持つことの出来ない武器だ。


青の国の王族の武器は「巨」。

 明確に何センチ以上と定められていないが、他の国が使用している武器より大きければ良いという、何ともいい加減な尺度で決められていた。


(赤が「双」、黒が「刀」、青が「巨」か……。白の国の武器って「並」?)


 事前には「剣」と聞いていたが、結局全ての国が刀剣を使っていた。

 黒の国の刀にしても、他の国にはない意匠が感じられる。

 だが白の国の剣には、これといった特徴が見られない。


「2回戦では、圧倒的な力でムロト選手を下したアルステーデ選手! 今回が初出場という事もあり、その実力は未知数! 歴代の青の国の選手と同様に、巨大な剣を持つことから、その膂力は伺えますが如何に!」


 2人がステージの中央に付くと、モトキはアルステーデに左手を伸ばす。


「左手で失礼。セラフィナ・ホワイトボードです。共に全力を尽くしましょう」


 アルステーデは、モトキの握手の為に差し出した手をジッと見る。

 しかし何時まで経っても握り返そうとはしなかった。

 ややしばらくするとアルステーデは顔を上げ、セラフィナの顔を見る。


「これ……どうすればいいんだ?」

「え? 握手知らない?」

「知らない」


 モトキは、ここが地球ではないことを思い出した。

 地球での握手は、万国共通の作法だが、異世界でそれが通じるとは限らないのだ。

 しかし同じ青の国のアンネリーゼには、通じたことも思い出した。


「まあいいか。握手は互いの手を握り合うことで好意を伝える挨拶。(わたし)は、「これから正々堂々、全力で戦いましょう」って意味合いで使ってる」

「……君が赤の国の王子とやってたやつ?」

「そうそう。だから君ともやりたいんだ」


 アルステーデは、いまいち理解出来てない様子で、ゆっくりと左手を差し出す。

 モトキはその手を掴むと、上下に振った。


「共に全力を尽くしましょう」

「……」


 握手を終えると、2人は開始位置に付く。

 そこでアルステーデは、自分の掌を不思議そうに見ている。


『変わった人ね。本当に王族?』

「青髪で金色の瞳なんだから王族だろ?」

『そうなんだけど……』

「気になることは、後で聞けばいいさ」

「それでは試合開始!」


 2人は同時に駆け出し、アルステーデは武器を抜く。

 モトキの倍近いリーチの差から繰り出される一撃を、モトキは剣の上に乗ることで回避する。

 そのまま剣の上を駆け抜け、アルステーデの首に刃を向ける。


 アルステーデが剣を跳ね上げると、モトキは宙を舞った。

 空中戦は、モトキの得意とするところであったが、虚空を蹴るのはカーネギアとの闘いで既に見せた技の為、追撃はせず距離を取ろうとする。

 しかしモトキが着地をする前に、アルステーデは剣の側面を団扇のように振り、突風を巻き起こす。


 モトキは風に巻き込まれると、そのまま場外に落とされてしまった。

 モトキは一瞬何が起きたかを理解できず、茫然としている。


「そこまで! アルステーデ選手の勝ち!」


 会場を歓声が包み込んだ。


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