63 万に一つ
「そこまで! アルステーデ選手の勝ち! よって第2回戦は、青の国の勝利となります!」
「え、もう終わり?」
セラフィナ達が試合の開始より少し遅れて、王族の観戦席へ行くと、既に試合は終わっていた。
「お前達やっと来たのか。見ての通り、2回戦は終わっちまったぞ」
「え……まだ始まったばっかりだよね?」
「シグネ、エドブルガ、何があったの?」
「何がと言うか……何もなかった結果だね」
エドブルガの説明によると、青の国のアルステーデが、黒の国のムロトを瞬殺したという事だ。
あまりに早く決着が付いた為、アルステーデが強かったのか、ムロトが弱かったのか、それすらも分からない。
「幸か不幸か、見れたとしても、特に決勝の参考にはならない戦いだったね」
「けれどアルステーデには、モトキの手札を全て見られていることに変わりはないわ」
「そうだな。ただでさえセラフィナの技は、初見殺しが多いから、こっちが圧倒的に不利だな」
『おまけに向こうは余力が有り余っているのに、俺は両足の筋肉が悲鳴を上げていると。まいったね、こりゃ』
セラフィナ達は、アンネリーゼの方をチラリと見る。
「セラフィナさん、わたくしはあなたを応援すると言いましたが、立場上助言をすることは出来ませんわ」
「そうよね、ごめんなさい」
「応援だけでも力が湧いてくるってもんだ」
「ただ先程も言いましたがアルステーデは、リシストラタさんを倒す為の秘密兵器と噂される方。決して弱いはずはないはずですわ」
「……?」
モトキは、アンネリーゼの言い方に違和感を覚える。
しかし皆の前でそれを聞いてはいけない気がした為、それを言及することは控えた。
ソフィアとアンネリーゼが、自国の席に戻ると、次の試合が始まった。
「それではこれより3回戦を開始します! 選手入場です!」
3回戦目は、初戦と2回戦の敗者による3位決定戦である。
カーネギアとムロトがステージに上がると、今までより少し控えめな歓声が上がる。
観客も、今の内に休憩だと言わんばかりに疎らであった。
『カーネさん頑張れー!』
モトキは、カーネギアを応援する。
結婚の話は置いておいて、熱い戦いを繰り広げた好敵手には頑張ってほしいのだ。
『黒の国の武器は……刀?』
「知っているの? 珍しい形をしているわよね」
遠目の為、はっきりとは分からないが、ムロトの持つ武器は、日本刀のように見えた。
黒い髪と着物のような服装も合わさって、まるで時代劇や歴史ドラマの登場人物の様だ。
ムロトやツルギサンと言う名前も、どこか日本を思わせる名前である。
『まさかイサオキ……文化侵略とかしてないよな?』
モトキはこの世界、アステリア自体にも、ある程度愛着を持ち始めていた。
その為、アステリアの文化や歴史を尊重したく、地球のそれで塗り潰すことを憚る様になっていたのだ。
菓子を人に振舞うことはあっても、そのレシピは誰にも教えていない。
「王族の使う武器は、四色王国が誕生してから変わってないはずよ。正確な年数は分からないけど、新暦になってから既に847年。300年前の彼は、関わりようがないわ」
『そっか。まあ、あくまで俺個人の意見だから。イサオキが何をしても否定する気はないけど』
「それでは試合開始!」
1戦目は先程と同様、すぐに決着が付いた。
切りかかって来たムロトの刀を、カーネギアの右の剣で払いのけ、左の剣を喉元に突き付ける。
カーネギアの圧勝だ。
「弱い……」
「ええ、私は四色祭で毎回王闘を見ていますが、ムロトが勝ったところは、見たことがありません」
「そんなに頻繁に出ている人なの?」
「私が知る限り、毎回です」
リシストラタの年齢は、現在30と少しである。
覚えていないであろう幼少期を除いても、10回は参加して、全て最下位ということだ。
『そりゃ観客も少なくなるわけだ。試合に見所ないもん』
「何で黒の国は、そんな人を参加させているのよ……」
「他に参加資格を持つ者がいないからです。黒の国の王族で、金色の瞳を持つのはツルギサン王とムロト王子の他には、まだ3歳のリョウマ王子しかいないそうです」
「んん? その子は、ムロト王子の子?」
「いいえ、ツルギサン王の子です」
「元気ね、ツルギサン王……」
ムロトが最低でも10回は王闘に参加しているとすると、初出場が10歳だとしても、現在37歳ということになる。
ツルギサン王は、かなりの高齢に見えるが、最低でも37歳の子供がいる年齢だ。
それが3,4年前まで子供を作っていたというのである。
『セラフィナ』
「あら、品がなかったかしら?」
『黒の国の王子と話がしたいんだけどいいかな?』
「今から行ったらインターバルが終わるわよ?」
『直線距離なら間に合う』
「なるほどね。カリン、私を抱いて黒の国側の入場口まで飛んで」
モトキが具体的に何をするかは、セラフィナにとって重要ではなかった。
「また何かやらかす気ですか?」
「これから決勝戦があるのに、失格になるようなことはしないわよ」
「……了解したです」
カリンは、セラフィナに言われるがまま、ホールの下層まで飛んだ。
突然の事にイオランダは驚愕し、話を聞いていたリシストラタは笑っている。
他の皆は、慣れた様子で、別段驚いてはいない。
黒の国側の入場口に辿り着くと、モトキが表に出て、大声で叫ぶ。
「ムロト王子! ちょっといいですか!」
ムロトはモトキの方に振り向くと、少し考えてから近付いてきた?
「白の国のセラフィナ姫だね? 僕に何か用かな?」
近くで見たムロトは、40歳以上の中年男性だった。
自身なげな目と、弱気そうな声のせいで、余計に老けて見える。
セラフィナと同じ金色の瞳のはずなのに、その輝きは酷く濁って見えた。
「先に失礼なことを言うことを謝罪します。申し訳ありません。時間がないので言いたいことを一方的に言わせてもらいます」
「は?」
「あなたではカーネギアには、万に一つも勝ち目はありません」
「……知ってるよ」
ムロトは視線を下げた。
自分の弱さを自覚し、何かを諦めた目をしている。
「ですがもし、俺があなたに取り憑き、その体を自由に動かせることが出来たとしたら、それが初めてだとしても、万に一つは勝ち目があります」
「それは君がカーネギア君に勝ったから――」
「慣れない体を動かすのは大変なんです。そんな俺でも万に一つがあるなら、慣れてるあなたには、それ以上の勝ち目があります」
ムロトは何かに反応すると、下げていた視線を、モトキの顔まで上げた。
「毎回王闘で負け続けたせいか、それとも他に何があるのかは知りません。でも戦う前から諦めてたら絶対に勝てませんよ」
モトキは一度、自分の生を諦めたことがある。
しかし決して諦めないセラフィナに影響され、モトキも諦めが悪くなっていた。
「……君に何が分かる」
「この場にムロトさんの勝利を信じてる人が何人いるでしょうか? みんなムロトさんが瞬殺されると思って、碌に試合を見ていません。そこでムロトさんが活躍したら、見てなかった人達はどう思うでしょうか? 俺に分かるのは、その程度ですよ」
「どう思うか……」
「両選手、ステージへ!」
インターバルの終わりが告げられると、再びカリンはモトキを抱き上げた。
「応援の言葉は贈りませんよ。俺も他の観客と同じ気持ちで観戦しますから」
「……」
言いたいことを言ったモトキは、城の国の観戦席に戻って行った。
「ムロト選手! ステージへ!」
「は、はい!」
実況に囃し立てられ、ムロトは急ぎ足でステージに向かった。
ステージにはすでにカーネギアが立っている。
「セラフィナはなんだって?」
「発破をかけられました……」
「俺もあなたと同じですよ」
「そうですか……。真っ直ぐな子ですね」
「それでは試合開始!」
結果的にムロトは敗北した。
カーネギアに一矢報いることも出来ない、一方的な試合だった。
しかし長年鍛え続けてきた技は、決して容易いものではなく、カーネギアの剣を3分もの間凌いだ。
「あぁ、これはいい気分だ……」
終わった頃には、3回戦が始まった頃とは、比べ物にならないほど、大きな歓声と拍手が送られた。




