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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第六章 四色祭
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62 いつもそこにいる

 ソフィアに連れられて、モトキはアステロセンターホール内にある個室へやって来た。

 部屋の中には、アンネリーゼがお茶とお茶菓子を用意して待っている。

 3人だけで話したいというソフィアの要望を聞き、カリン達護衛騎士には、部屋の外で待機していてもらう。


 流石にこの3人の話を、モトキに任せる訳にはいかず、椅子に座るとセラフィナが付かれた体を我慢しながら表に出た。


「まずは先ほどの試合、お見事でした。まさかセラフィナさんがあれほどまで動けるなんて思いもしませんでしたわ」

「うん、まさかカーネギア兄様に勝てるなんて。次の試合も応援してるよ」

「ええ、わたくしもセラフィナさんの方を応援しますわ。例え青の国が勝ち上がったとしても」

「ありがとう、2人とも」

『ありがとう、次も頑張るよ』


 2人の声援を受けて、モトキは再びやる気を出す。

 カーネギアとの闘いが、あまりにも熱く激しかった為、危うく燃え尽きそうだったのだ。

 それでも大切な人が期待してくれる人がいるのなら、その期待に応えずにはいられないのがモトキであった。


「それで……あの戦ってた人って、本当にセラフィナ?」

「へ? 何のこと?」


 セラフィナは内心ドキリとするが、何とか平静を装う。


『まさか……俺の事に気付いた?』

(そんなはずは……城の皆は1年以上誰も気付いてないのに)


 仮に2人が気付いたとしたら、気付く要因があるのに城の皆が気付かないことになる。

 バレないように誤魔化しているのだが、それはそれでショックだった。


「あの動きは、確かにセラフィナさんの体でも、不可能とは言い切れない動きでした。しかしセラフィナさんの運動神経では、失礼ですが不可能と言い切れてしまいますわ」

「それにさっきまで、話し方がいつもと違った。口調が砕けた感じで、声色も不自然に感じた……」

((バレテーラ))


 セラフィナは冷や汗をかく。

 こういった時に強引に誤魔化すのは、セラフィナの十八番であるが、何も言葉が出なかった。

 2人が挙げた点は、セラフィナからしても不自然に思っていたところだからだ。


(どうしよう……)

『……』


 セラフィナは、無言で顔を俯かせる。


 セラフィナがモトキの事を隠している理由。

 それは自信がないからである。


 異世界の人間であるモトキが憑いていることを信じてもらえるか。

 モトキの存在を受け入れてもらえるか。

 話すことで今の関係が壊れてしまわないか。


 そしてそれが原因で、モトキがセラフィナにとって、受け入れられない存在になることが、何よりも怖かった。


(それは駄目、モトキは私に命をくれた。守ってくれた。願いを叶えてくれた。愛してくれた。私はそんなモトキが……好きだから)


 セラフィナが否定すれば、モトキは進んで心の奥底で、死ぬまで眠り続けるだろう。

 そんなことをすれば、セラフィナは一生自分の事を許せなくなってしまう。


(だったら私は――)

「あ、あのね? 言いたくなかったら無理に言わなくてもいいの。これは研究者としての知的好奇心と言うか、セラフィナの事は何でも知りたくなっちゃうというか――」

「ただ、普段のセラフィナさんは、少し窮屈そうに感じたもので。ひょっとしたらそこにその原因があるのかと思いまして」

「あ……」


 セラフィナの目に涙が滲む。

 たった今、モトキと2人を天秤にかけ、2人を切り捨てようとしてしまったのだ。

 2人はセラフィナの事を、大事に想ってくれていると言うのに。


『……話しちゃおっか』

(モトキ!?)

『2人は俺の存在に気付いてる。俺が何者かは分からなくても、人格がもう1つあることくらいは確実に。分かった上で聞いてるんだから、2人も受け入れる準備があるんだろ』

(そんなの分からないわよ……)

『俺としては、このまま黙って2人との関係を悪くするのは、あんまり良くないな。悪くなるとも限らないけど』

(……)


 分からないのだ。

 話しても話さなくても、それからどうなるかなんて。


(だったらせめて……望む未来のある道を――)


 セラフィナは、俯いていた顔を上げる。

 ソフィアとアンネリーゼは、その時を待っていてくれた。


『大丈夫。セラフィナの友達は良い子達だ』

「ええ、知っているわ」

「セラフィナ?」

「ソフィア。アンネ。私がこれから言うことは口外禁止よ。今まで誰にも、家族にも話したことがないことよ。気付かれなかったら墓まで持って行くつもりだったことだから」


 2人は無言で頷く。

 セラフィナは2人の顔を真っすぐ見る。

 もう二度と見失わないように。


「モトキ……。2人とも何となく察しが付いているみたいだけど、私の中にはモトキと言う、もう1つの魂が宿っているの」

「モトキ……。そんな感じはしてたけど……」

「本当にもう1人いたんですわね……」

「信じてくれるの? 怖くない?」

「信じるし怖くないよ。だってセラフィナの言うことだから」

「わたくし達でこの状況を作っておいて、信じない理由も、怖がる理由もありませんわ」

「ありがとう……」


 無事に最初の問題はクリアできた。

 モトキが思った通り、セラフィナが信じた通り、2人は受け入れてくれたのだ。


 セラフィナは、モトキの事を説明していく。


 モトキが異世界で一度死んだ人の魂であること。

 神の加護により、病気に罹らない体になっていること。

 モトキが病気で死にかけていた(という設定)のところを助けてくれたこと。

 モトキが強いこと、手先が器用なこと、お菓子作りが上手なこと。


 そしてモトキが、セラフィナにとって大事な存在であることを。

 セラフィナが楽しそうに話していることもあり、それは若干惚気のようにも聞こえた。


 そして粗方説明し終えると、実際にモトキと入れ替わってみせた。


「……もう入れ替わったの?」

「ああ、たった今セラフィナが説明したミタカ モトキだ。ミタカがファミリーネームね」

「あ、ソフィア・ドレッドノートです」

「アンネリーゼ・エルブルース。アンネで結構ですわ」

「初めまして――って言うのも変な感じだな。セラフィナが2人と出会ってからの事は、俺も大体見て来たから。よろしく、ソフィアちゃん、アンネちゃん」


 モトキは和やかな表情で対応する。


「セラフィナさんの3割増しで、表情が柔らかいですわ」

『そんなに!?』

「俺はあんまり難しいことを考えてないから、そのせいだと思う」


 他人と接する機会の少なかったセラフィナと、学生生活に加え、イサオキとエアの母親代わりとして、奥様方とご近所付き合いをしていたモトキとの、コミュニケーションの経験値の差が大きかった。

 そしてモトキは、セラフィナが可愛いという自覚を持って生きていることが、表情や仕草に影響を及ぼしているのだ。


「あ、あの……前に髪を結ってくれたのって……」

「あれは俺だ。セラフィナじゃなくてごめんな」

「ううん、あの時はありがとう。また機会があったらやって欲しいなって」

「わたくしも是非」

「ああ、なら王闘が終わった後にでも」


 2人はすぐにモトキと仲良くなった。

 それはモトキも含めてセラフィナであるからである。

 2人がセラフィナと出会う前にモトキがいたのなら、2人にとってモトキもセラフィナなのだ。


「モトキさんも、わたくし達のご友人と言うことでよろしいですしょうか?」

「俺はあくまで、セラフィナのおまけみたいなものなんだけどなぁ」

「そんな風に言うものじゃないよ。セラフィナもそう思うよね?」

「ええ。いいじゃない、モトキも友達で。それとも2人に何か不満でもあるの?」

「その言い方はずるいな。友達か……うん、嬉しいよ。2人ともよろしく」


 セラフィナとモトキは、コロコロ入れ替わりながら会話をする。

 何の気遣いもなく、互いに肉体で会話しあうというのは始めての事で、2人とも妙な気分だった。

 ソフィアとアンネリーゼも、雰囲気でどちらが表に出ているのかが分かるようになってきた。


「けれど、どうして城の皆は気付かないのかしら? 2人よりずっと一緒にいる時間が長いのに」

「わたくし達は、セラフィナさんが、あまりにも急に様変わりしたので気付きましたけど?」

「城の皆は、俺が弱かった頃と、今に至るまでの過程を見てるからな。セラフィナが割とおかしいって前提もあったから、感覚がマヒしてるんじゃないか?」


 それからも4人は色々な話をした。

 モトキが元居た世界の事。

 2人で1つの体を共有するのは、どんな感じなのか。

 2人はお互いの事をどう思っているのかと。


 そんな話をしていると、アンネリーゼがふと時計を確認する。


「いけません! もう王闘の2回戦が始まりますわ。モトキさんは決勝に出るのですから、対戦相手の闘いは見なければ!」

「もうそんな時間か。少し――いや、かなり名残惜しいな」

「またお話しできるよ。だから今は王闘を見に行こう」

「ええ、そうしましょう」


 4人は足早に部屋を出て、王族の観戦席へ行くことにした。


『セラフィナ』

「ん?」

『俺はセラフィナで良かったよ』

「私もモトキで良かったわ」


 良かった。

 その一言に込められた無数の想いを理解するのに、それ以上の言葉はいらなかった。

 この日2人は、より二人で一人の存在となったのだ。


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