610 未知なる式
「ふむ、そうだな……」
セラフィナの質問に、コスモは少し考える。
コスモはエアが魔王の魂を封印する現場を見ておらず、アルタイルの話も聞いていない。
セラフィナとアステリアは、可能な限り事細かく情報を伝えるが、それでも確かな回答をするには足りなかった。
「一度、アルタイルと話をしましょうか?」
「いや、そちらは問題ない。気になるのは魔王を封印した際に、エアの体に浮かび上がったという紋様だな。私の封印を下地にしたらしいが、どう改良したのかは、実際に見ない事には――」
「私、覚えていますよ?」
「……なんだって?」
「テティス――」
「絶対嫌っす!」
テティスはセラフィナの意図にすぐさま気付き、有無も言わさずに拒否した。
これから起こる事は、テティスに取ってちょっとしたトラウマなのである。
「あー、あれか……。確かにあれは嫌だろうね」
「嫌がるテティスに強要させたくないし、俺が代わりにやるよ」
「モトキだと、エアと体格が違いすぎるわ。そうなると――」
「……え?」
全員の視線が、一斉にアステリアの方に向けられる。
アステリアはまだセラフィナが行おうとしている事を察していないが、嫌な予感だけは止めどなく溢れていた。
「アーさん、さっき残る全てを、私達の為に使ってくれると言いましたよね。ありがたく使わせてもらいます」
「え? え?」
「武士の情けっす。男どもは私と向こうに行くっすよ」
「「はーい」」
「待って! これから私はどうなるのですか!?」
セラフィナは笑顔でアステリアを物陰に引きずり込む。
欠片でしかないアステリアの魂は、セラフィナの魂に抗うだけの力はなく、されるがままだ。
そしてすぐにアステリアの悲鳴が響き渡り、残った3人は、遠い目をしながら耳を塞いだ。
それから20分後。
薄着で放心した表情のアステリアと共に、セラフィナは戻ってきた。
そしてセラフィナがアステリアの背中に手を当て、魔力を流し込むと、その体にエアのものと同じ紋様が浮かび上がる。
「うわっ……予想通りっす……」
「これがエアの体に浮かび上がった紋様です」
「ふむ……これは正確なものなのか?」
「多少のズレはありますけど、線の数、位置、長さ、角度に大きな差はないはずです」
「なるほど……」
「あの……あまりじろじろ見ないでください……」
「そうもいかないさ」
コスモはアステリアの前に座ると、顔をまじまじと近付け、体に浮かび上がっている紋様を観察する。
アステリアは恥ずかしがっているが、コスモにそういった感情は一切なかった。
「術式……に似てるけど、何だか印象が違うな。それにしても、よくあの数秒で覚えられたな」
「確かに私でも一瞬で覚えきれる情報量ではないわ。けれどベースが分かっているのなら別よ」
「ベース? けどセラフィナはあの魔導書を見てないだろ?」
「前に夢で見たのよ。あれはおそらく、モトキの記憶を再現したもの。気になって一時期研究していたのよ。魔人との戦いで、それどころではなくなってしまったから、意味は理解できていないのだけれどね」
それはアルタイルが数百年かけて解き明かし、再構築したものだ。
セラフィナが優秀だと言っても、1ヶ月足らずで解き明かすのは無理があった。
「なるほど……いや確かにこれは正確な写しのようだ。意味を理解していないというのに、式として成り立っている」
「そこから分かる事は?」
「ふむ……どうやらセラさんの期待には応えられそうにない。この封印は、器になった者の魂と深く結びついている」
「つまり……魔王の魂を壊せば、エアの魂も諸共……という訳か」
「その逆もしかり。元々それが狙いだったんだろう」
エアが自分の魂を破壊する事で、不滅の魔王の魂を道連れにする。
この2つの魂の繋がりは強固なもので、神器をどう使ったとしても、片方だけを破壊すると言った事は出来ないものだった。
「そんな……」
「どうやらどうしようもないみたいだな。俺がエアを殺して、魔王の魂も破壊する。エアだって……死を望んでいるんだ。だったら介錯くらいはしてやらないと」
「……」
希望は潰えた。
ならば進むと決めた道を、是が非でも突き進むしかないのだ。
「……コスモ、本当にもう希望はないのですか? プレアの……私達の罪を、彼等に押し付けるしかないと……」
「現状の手札ではどうにもならないな。もっとも、何があれば打開できるかも、今の所見当が付かないが」
「気にしないでください。魔王の封印に関しては、俺だって罪ある身です。背負う覚悟ならとっくに出来ています」
「……気にしてはいるが、別に気に病んでいる訳ではないよ」
コスモは意を決したように立ち上がると、モトキの下に歩み寄った。
「魔王の事で罪の意識も抱いてはいない。悪いのは全てあいつだからな。だが……負けたままでいるのは癪に障る」
「負け?」
「奴を殺せず、封印しか出来なかった事だよ。私もセラさんと同じだ。魔王のみを殺したい」
「コスモ……」
「けど具体的な方法はないんですよね?」
「だが今一度考えてみよう。君がエアを殺しに行くときは、必ずテティスも同行させてほしい。私が可能な限り協力すると約束しよう」
「それは……」
「ありがとうございます!」
返答に困っていたモトキを余所に、セラフィナはコスモに感謝の意を伝える。
こうなってしまえば、モトキの意志など関係ない。
「ぶっちゃけ、話は半分くらいしか分からなかったっすけど。セラさんとモトさんの為なら、私が力になるっすよ」
「もちろん私も引き続き……ええ、あのくらいで心が折れたりはしませんよ……」
「テティス、アーさん……頼りにしているわ!」
「ならば問題は、どうやってエアに接触するかだ。モトさん、エアを殺すと言い張っているのだから、その方法に当てがあるのだろう?」
「まあ……一応……」
モトキは自分と意思とは無関係に、力を合わせる方向で話が進んでいく。
そしてモトキは、こうして協力を求められれば、首を横に振ることは出来なかった。
「……エアが魔王の魂を破壊するには、神器の力が必要だ。当初の予定ではエドブルガを使うつもりだったんだろうけど、今は俺達の監視下にある。ならばエアは嫌でもこちらと接触する必要がある」
「それが最初で最後のチャンスですね……それがいつになるかは分かりませんが、あちらも時間をかけたくはないでしょう」
「神器と所持者を一ヶ所に集めて、エアを待ち構える!」
「それまでにテティスを回復させよう」
「ちゃんと間に合わせるっすよ!」
希望は見いだせていないが、今後の方針は決まった。
セラフィナはテティスの夢を後にし、エアを待ち構える準備をする事にした。




