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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第二十八章 ミタカとトライホーク
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602 子の役割

 エアは帰宅したベガを見て、気が遠くなるのを感じた。

 ベガの左腕は半分近く抉れ、折れた骨が飛び出し、今にも千切れそうな状態なのだ。

 200年の内に数多の戦場を駆け抜けたエアであるが、魔王以外に殺したことはなく、また自身も殆ど負傷した事がなかった。

 そして魔王を殺す際にも、心臓や首といった急所をピンポイントで潰したり、全身を跡形もなく消し飛ばしたりしていた。

 その為エアは、こういった怪我に対する耐性があまりないのだ。


「だだだ大丈夫!? いや、どう見ても大丈夫じゃないわ! 早く手当てを……これどう手当てすればいいの!? お、お医者さん! イサ兄ー!」

「お母さん、落ち着いて」


 ベガは戻るまでの道中で、概ね冷静さを取り戻しており、混乱状態のエアを、逆に落ち着かせている。

 エアはとりあえず、ベガの傷口を黒い穴で覆い、出血を止めた。

 どうすればいいか分からずに行った苦肉の策であるが、黒い穴で傷を覆うと、不思議と痛みが和らいだ。


「あっ……なんかこれで十分ぽいわ」

「ほ、本当? 私に気を使って強がってない?」

「してないしてない。そんな余裕ないから」

「そう……それで、ベガを傷付けたのはどこのどいつ?」

「だから落ち着いてって!」


 エアはすぐにでも仕返しに向かおうとしている表情で、ベガはそれを必死に止める。

 ベガも訳も分からずに襲われて、不満がない訳ではない。

 だがそれでも今は、もっと優先すべき事があるのだ。


「聞いて。この世界の人達は、私達魔人を傷付ける事が出来ないわ。顔を巨大な槍で突かれても、風船が当たったみたいだった」

「巨大な……槍?」

「そこはいいかあ」

「……前にプレアデスが言っていたのは、そう言う事か」

「そう、だけど例外があるの。私が言った街の、バーデニアという王様が持つ白い光の剣。あれだけは魔人の体を傷付けられるみたい」

「それがベガを傷付けた力という訳ね……」

「あの町の人達は、魔人に対して神経質なくらい警戒していたわ。それにあの対応の速さ。この世界は今でも魔人の脅威に晒されていて、その為の対策をしているわ」

「それは……プレアデスに対しても有効だと?」

「可能性はあるわ。そして現状は無理でも、魔王の存在が認知されれば、それに対して対策を打つと思うの」


 エアはボロボロになった心の支えとして、ベガを魔人にしたのだが、ベガは更にその先を見据えて、その原因である魔王を完全に殺す事が、自分の生まれた意味だと考えていた。

 その為魔王を完全に殺すのに役立ちそうな事は、どんなに些細だと見逃さない。

 街での出来事は10分にも満たなかったが、ベガにとっては財宝を見つけた気分だったのだ。


「お母さん、この世界に来たのは、きっと正解よ。だけど足りないわ。パズルのピースを見つけても、私にはそれを組み上げる事が出来ない。そしてお母さんにも」

「そうね……」


 ベガは目聡くはあるが、知能はそこまで高くはない。

 エアも200年という時を生き、記憶力も知力も徐々に低下し始めていた。

 だがその対策は既にしてあるのである。


「ここから先に進むには、アルタイルが必要になるわ」


 デネブとアルタイルには、それぞれ方向性を決め、それに合わせて成長するように調整がされていた。

 デネブには純粋な戦闘力と、魔力を結晶化させ道具として運用できる、道具生成能力を。

 アルタイルには知力と、記憶や魔力の受け渡しを行える能力を。

 その為アルタイルには、将来自分達の参謀としての役割を期待されているのだ。


「慣らしは十分よ。2人を本格的に成長させて、本格的に魔王を殺す為に動きましょう」

「けれど……それではあの子達を都合よく利用しているだけだわ」

「その通りよ。お母さんが私達の事を、本当の子の様に想ってくれているのは分かってるわ。けれど私達の本質は使い魔。お母さんの目的の為に、都合よく使っていいの」

「そんな事……」

「ぼくはいいよ」

「おれも」

「っ!」


 エアが振り向くと、隣の部屋からデネブとアルタイルがやって来た。

 2人は扉の前で、エアとベガの会話を聞いていたのである。


「ぼくもベガみたいに、かあさんのやくにたちたい」

「かあさんをくるしめるまおうは、おれたちがたおすんだ!」

「デネブ……アルタイル……」


 デネブとアルタイルの心は、とっくに決まっていた。

 それもそのはず、2人はエアからの愛情を一身に受け、ベガの背中を見て育ったのだから。


「お母さん。今の生活はそれなりに幸せなのかもしれないわ。けれど忘れないで。お母さんがここまで進み続けてきた理由を」

「……忘れるはずがないわ」


 最愛の兄であるモトキとイサオキを殺した魔王に対する復讐。

 すでにモトキとイサオキとの記憶は摩耗し、当時の怒りは記憶の奥底に沈み始めている。

 しかし沈んでいるだけで、その怒りは今でも燃え続けているのだ。


「ごめんね……ベガ、デネブ、アルタイル。私の為に力を貸して」

「おう!」

「もちろん!」

「だけど言う言葉が違うわ。私達はお母さんに謝って欲しくなんてない」

「……ありがとう、私の子供達」


 エアはデネブとアルタイルに、更なる魔力を受け渡す。

 これより2人の成長は加速し、1年後にはエアとベガの身長を追い抜き、魔人として完成された。

 そして家族4人による、魔王を完全に殺す為の計画が、本格的に始まったのだ。


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