59 王闘
「さあ、いよいよ始まります! 四色祭を締めくくる最後の競技、王闘! 各国の王子・王女が今回も素晴らしい戦いで、我々を魅せてくれるでしょう!」
四色祭最終種目「王闘」。
四色祭で最も人気の高い競技の為、試合が行われるアステロセンターホールは満席だ。
その盛り上がりは、魔術コンテストの比ではなかった。
「モトキ、準備はいい?」
『ああ、万全だ』
四色祭の間、殆ど心の中の部屋の、更に奥の部屋に引きこもっていたモトキが姿を現す。
セラフィナと記憶の齟齬が出来ないよう、会話を聞くだけで、話には一切関わってこなかったのだ。
「ほぼ1週間籠っていたけど、調子はどうなの?」
『悪くはない。やることもやった。あとは頑張るだけだ』
「でも、なんでそこまで?」
肉体的に成長の余地がないセラフィナの体で、より強くなるには技術面を鍛えるしかない。
それだけなら表に出ている必要はないと、ほぼ1日中、精神修行をしていたのだ。
魂を人の形として、自由に動ける状態での精神修行を。
だがセラフィナには、モトキが何故そこまでするのか分からなかった。
普段通りにしていれば、一緒に四色祭を楽しめたのだから。
『確かにセラフィナと一緒に四色祭を見たかったけど、それじゃあ失礼だからな?』
「誰に?」
『王闘で戦う相手に。相手はこの日に備えて準備して、勝つために全力を尽くしてくる。だったら俺も全力を出せる状態でいないと』
今回戦うのは、敵でなく他国の王族。
セラフィナの剣ではなくセラフィナ・ホワイトボードとして戦う場である。
ただ戦うだけではなく、礼を尽くさねばならないと考えたのだ。
「抽選による、試合順が決まりました! 1回戦は、赤の国のカーネギア選手対白の国のセラフィナ選手!」
『いきなりか』
「ソフィア達のお兄さんね。啖呵を切っておいてボロ負けしたらカッコ悪いわよ」
『そうだな。せめて1本は取らないと』
「2回戦は、黒の国のムロト選手対青の国のアルステーデ選手! 3回戦は、1回戦と2回戦の敗者による3位決定戦! 4回戦は、勝者による決勝戦となります!」
その後、実況者から王闘の細かいルールが説明されていく。
大雑把に説明すると、選手は国で定められた武器を使用して戦う。
白の国なら、剣がそれに該当する。
相手に有効打を与えるか、有効打と見なされる寸止め、または血を流した時点で1本。
2本先取した方が勝者となる。
「それではこれより1回戦を開始します! 選手入場です!」
先に出たて来たのは、赤の国の王子カーネギア。
ソフィア達と同じように赤髪に褐色の肌、そして金色の瞳を持った青年だ。
腰には少し短めの、2本の剣が携えられている。
カーネギアの姿を確認すると、会場から歓声が沸きる。
当然ながら、歓声は赤の国からのものが多く、更に女性からのものが多かった。
「カーネギア選手は、各地で暴れまわる凶悪な魔獣を、次々と退治してきた勇士! その勇猛さと甘いマスクから、赤獅子の貴公子と呼ばれています!」
実況の説明が終わると、カーネギアは握った右手を高く掲げる。
それはカーネギアのお決まりのポーズであり、観客による黄色い声援は更に大きくなった。
「凄いわね。登場前から完全にアウェイよ」
『セラフィナは王闘初出場で、国での知名度も低いからな。仕方ないさ』
カーネギアの登場演出が終わり、続いてセラフィナが出る。
するとカーネギアの時と比べると小規模だが、それでも大きな歓声が沸いた。
それは魔術関連の人達だ。
「セラフィナ選手は、今年の魔術コンテストにて、初出場、若干9歳ながら、9位入賞と素晴らしい成果を見せてくれました!」
「あっ、あの司会の人、魔術コンテストでも司会をしていた人よ」
『セラフィナの事を覚えていたんだ』
セラフィナの魔術コンテストでの成果は、フリージアの偉業によって、一般にはあまり知られていなかった。
それでも魔術に熱心な一部の人達の中では、セラフィナの存在が確かに根付いていたのだ。
「そっか……私って魔術研究者として、ちゃんと名を遺せていたのね」
『ああ、分かる人には、ちゃんと理解してもらえる。実際セラフィナは凄いんだから』
セラフィナは感動して、少し涙ぐむ。
「しかし彼女は魔術だけの人間ではない! なんと白の国に現れた、地竜の首を切り、止めを刺した戦士でもあるのです! 人は彼女をこう呼びます! 血炎の首切り姫と!」
「初耳よ!?」
『姫以外、物騒な単語しか付いてない……』
会場は、セラフィナの偉業を聞くと、更に沸き上がった。
一方、セラフィナは、感動の涙が引っ込んだ。
地竜の件は、城下の街に噂が流れた程度の事である。
しかし司会者の男は、それが事実だと確信して話していた。
つまり王族の誰かが、地竜の件を司会者に伝えたのだ
セラフィナは、王族が集まっている席に目を向ける。
それに気付くと、リシストラタが得意げな顔で親指を立てた。
『リシスさんが犯人だ』
「余計なことを……。何よ首切り姫って……」
セラフィナのテンションが一気に下がり、心の中に引っ込むことにした。
表に出たモトキは、カーネギアが先に立っている、ステージの中央に向かう。
「アデリンダから聞いたぞ、マルムーラが悪かったな」
「え? いや、こちらこそ。挑発的な言い方をしてしまってすみません」
向かい合うなり、カーネギアは謝罪してきた。
マルムーラの事は、家族の皆が問題に思っていることなのだ。
「最初に君を見た時は、俺も正直場違いだと思った。しかし、こうやって直接向き合ってみると、君からは戦士としてのオーラを感じる。地竜の首を切ったと言うのも事実なんだろ?」
「俺だけの成果じゃありませんけど事実です」
「君に言われた通り、全力で相手をさせてもらう。よろしく」
「こちらこそ。あっ、握手は左でお願いします」
カーネギアは、握手をしようと右手を差し出した。
しかしモトキに言われ、改めて左手を差し出し握手を交わす。
カーネギアは、その行為を疑問に思ったが、モトキが右腕の義手を外し、ステージの外で待機していたキテラに渡すと、その疑問は晴れた。
それと同時に驚愕した。
(隻腕!? まさかそれで戦うつもりなのか!?)
赤の国の王族の武器は「双」。
両手で対となる武器を使用するのが習わしである。
その為、赤の国の王族にとっての隻腕は、他の国より致命的に思われるものだった。
「あれだけでも、やっぱり外すと体が軽くなるな」
『これで準備万端ね。あっちも本気で戦ってくれるみたいだし』
「そうだ……な?」
モトキがカーネギアの方を見ると、明らかに先ほどと目が違った。
それは哀れみか、それとも軽視か。
どちらにしても本気で戦う者の目ではなかった。
会場の観客達も、明らかにセラフィナを軽く見るようになっている。
「……」
『モトキ?』
モトキは無言で開始位置に立つ。
お互いに武器を構え、開始の合図を待った。
「それでは試合開始!」
「よし、来――っ!」
モトキは、試合開始と同時に、カーネギアに向かって剣を投げつけた。
カーネギアはとっさに剣を避けるが、あまりに予想外の行動に、モトキから目を離してしまう。
カーネギアは、すぐさまモトキの方に目を向けるが、どこにも見当たらなかった。
モトキの気配も感じず、移動する足音も聞こえず、カーネギアは戸惑う。
(消えた!? どこに――ぐあっ!)
モトキは態勢を低くし、カーネギアの懐まで接近すると、腹に剣の鞘を思いっきり突き刺す。
モトキの一撃は、正確に急所を撃ち抜き、カーネギアは溜まらず蹲る。
モトキは先程投げた剣を拾うと、カーネギアの首元に当てた。
「そこまで! セラフィナ選手の勝ち!」
あまりにあっさりと1本取ったことに、会場は一瞬静まり返るが、程なくして歓声が上がった。
「この腕は、セラフィナにとっての、愛の象徴だ! 軽んじるな!」
モトキは、カーネギアに向かって。
そして会場の全ての人達に向かって宣言した。




