52 愛の相談
『……え? 先にフラマリオの気持ちを伝えるの?』
「あの……プレゼントは?」
「そんなのゴミでもなければ何でもいい。重要なのは何を貰ったかよりも、誰に貰ったかだ」
断言した。
モトキは自分が死ぬ間際、イサオキとエアに祝ってもらった、自分の誕生日を思い出す。
イサオキから貰ったプレゼントは、包みから開ける前の時点で、至高の喜びに包まれた。
モトキはかなり極端な例ではあるが、同じ物を貰ったとしても、くれる人によって、そのプレゼントの価値が変化することは確かだ。
「フラマリオの最終目標は何だ?」
「それは……キテラさんとお付き合いして、ゆくゆくは結婚したい――」
「それをキテラに直接言おう。可能ならこの後すぐ」
「正気ですか!?」
「愛とは狂うものなんだよ」
モトキは自分が狂っている自覚はあったが、その在り方自体を異常だと思ったことは1度もなかった。
程度の差こそあれ、愛は人を狂わせるものなのだ、
「1番いいのは、最初の告白でいい返事を貰うこと。だけどそう上手く行くとは限らない。フラマリオは1度振られたら諦めるか?」
「いいえ、その程度の事では諦めたりはしません!」
「ちょっと酷いことを言うけど、最初の告白で上手くいくのは、プレゼントの有無に関係なく上手くいく。だからホワイトデーは、失敗した時の為に取っておくんだ」
「振られたのに贈り物をするんですか?」
「たとえ失敗したとしても、告白したという事実は残る。仲のいい同僚と、自分に告白してくれた相手とでは、プレゼントに対する印象が大きく変わる。そして愛とは育むものだ」
フラマリオは、ホワイトデーで1発勝負を仕掛けるつもりであった。
しかしモトキは、もっと長い期間を掛けて、キテラを攻略していくつもりなのだ。
モトキは、イサオキとエアの事を、生まれた時より愛していた。
そして両親の死により、その愛に狂う人生を選んだ。
しかしイサオキとエアが、モトキの事を狂うほど愛してくれるまでには、紆余曲折あった。
フラマリオに伝えているのは、モトキの実体験を参考にしていたのだ。
「プレゼントは、嫌がられるものでなければ何でもいい。ただし自分で悩んで選び、誠意と愛を込めて渡すんだ。それで駄目なら次へ。また次へと繰り返していくんだ」
「な、なるほど!」
かなりモトキ独自の考えが含まれていたが、モトキがあまりにも自信満々に熱く語る為、フラマリオはすっかり感化されていた。
「だけど最初の告白で完全拒否された場合は、時間と距離を置いた方がいいと思う。そこからのリカバリー方法は、ちょっと経験がない」
「え!? ここまでのお話って、お姫様の経験談だったんですか!?」
「……魔術の研究の際に知った知識だ。経験はない」
「凄いですね、魔術!」
セラフィナの万能ワード「魔術」。
かなり雑に使っても誤魔化せるのは、それだけセラフィナが魔術に狂っていると思われている証拠である。
「……セラフィナ様! このフラマリオ、自分の考えの甘さを痛感しました! ここまで奥深い駆け引きがあるとは!」
「うん、愛は無限に広がる宇宙だから」
『……』
セラフィナは途中から、話に付いていけなくなっていた。
言っているモトキが、半分勢いに任せているので、当然ではあるが。
愛には勢いも大事なのだ。
「それではさっそく、キテラさんにこの想いを伝えてきます!」
「応援してるけど、駄目だったらまた相談に乗るよ」
「お兄様、頑張ってくださいです!」
『よく分からないけど、幸運を祈っているわ』
「はい! ありがとうございます!」
セラフィナに感謝しながら、フラマリオは部屋から飛び出していった。
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「キ、キテラさん!」
「フラマリオ?」
部屋を飛び出してから小1時間。
フラマリオは、城中を走り回り、ようやくキテラと会うことが出来た。
「あなたが城内を爆走していると聞きましたが、何をしているのですか」
「キテラさんを探しておりました次第です、はい!」
「私に? 姫様の事で何かありましたか?」
「いいえ! 私の個人的な用事でございますです!」
フラマリオは緊張で話し方がおかしくなっている。
基本的にフラマリオが、キテラに話しかけるときは、このようになる為、キテラは特に違和感を覚えていない。
フラマリオはこういう喋り方だと認識しているのだ。
「キテラさん!」
「なんですか?」
「このフラマリオ! キテラさんとお付き合いし、ゆくゆくは結婚したい所存です!」
フラマリオは背筋を伸ばし、声の限りその想いを告白した。
周囲には他に誰もいなかったが、あまりに大きな声の為、確実に城内の誰かには聞こえただろう。
「……それを私に伝える為に、場内を駆け回っていたのですね?」
「は、はい!」
「働きなさい。今は勤務時間のはずです、働きなさい」
「は、はい……」
キテラは目を細めて、フラマリオを一蹴した。
セラフィナに相談していた時点では、休憩時間中であった。
しかし城内を走り回っているうちに、とっくに終わってしまっていたのだ。
フラマリオは、その場で正座をさせられ、キテラの説教を受けることになった。
「何でこんなことに……」
『この結果は想定してなかった……』
「お兄様……」
セラフィナとカリンは、フラマリオの告白が聞こえ為、様子を見に来たのだ。
城の柱の陰に隠れて、様子を窺っている。
「あなたは姫様の護衛騎士にも選ばれ、今では妹姫様の護衛騎士です。それに恥じることのないように努めてください」
「はい……」
「今回の事は私の心の中に留めておきます。2度とこのような事がないようにしてください。それでは」
そう言ってキテラは、その場から立ち去って行った。
セラフィナ達は、キテラの姿が見えなくなったことを確認すると、フラマリオの基に駆け寄る。
「フラマリオ、大丈夫?」
「何をやってるのですか……」
「セラフィナ様、カリン……。申し訳ない、このフラマリオ、目先の事に囚われて、騎士として、人として基本的なことが見えなくなっていたようです……」
「いや……すぐに行くように言ったのはモトキだし……」
『そうだな……俺も冷静じゃなかったみたいだ、ごめんなさい』
「キテラさんに軽蔑されちゃったですかね……」
「ぬぉおおおおお!」
全員、心が沈んでいた。
少なくとも悪い結果にはならないだろうと思っていたのだ。
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告白失敗から数日後。
未だに傷心のまま、フラマリオは書類仕事をこなしていた。
集中力が落ちて、仕事に身が入り辛いが、キテラに怒られたばかりの為、何とか自信を奮い立たせている。
休憩時間になり、フラマリオがその場で体を伸ばすと、仕事場の扉が叩かれた。
フラマリオが返事をすると、ヘアに入ってきたのはキテラであった。
「しっかりと働いているようですね」
「キ、キテラさん! は、はい! このフラマリオ、2度とあのような失態は――」
「当然です。それはそうとこれを」
キテラは小さな子袋を差し出す。
フラマリオが袋を開くと、中には真っ白なクッキーが入っていた。
「これは?」
「書類仕事は糖分を摂取すると捗ります。それを食べて引き続き仕事を頑張ってください」
「は、はい! ありがとうございます」
渡すものを渡すと、キテラは早々に立ち去って行った。
フラマリオが思わぬ贈り物に喜んでいると、次はセラフィナがやって来た。
「フラマリオいる? 悲しい時には甘いものがいいらしいわ。これを食べて――って、元気そうね?」
「これはセラフィナ様。お気遣いありがとうございます。実はキテラさんからクッキーを頂きまして」
セラフィナは、机の上にある、真っ白なクッキーに目をやる。
するとにやけ顔でフラマリオを見ると、背中を思いっきり叩いた。
全く痛くない。
「そういうことね」
『なるほどなるほど』
「セラフィナ様?」
「モトキのフルーツポンチも温くなる前に食べてね。それじゃあ」
そう言ってセラフィナは立ち去って行った。
「一体何を……あっ!」
セラフィナが持ってきた真っ白な杏仁豆腐を見て、フラマリオは今日が何の日かを思い出した。
今日が普段お世話になっている人や、好意を寄せている人に、白い贈り物を送る日であることを。




