50 異世界クッキング
ホワイトデー。
それは白の国特有のイベント。
普段お世話になっている人や、好意を寄せている人に、白い贈り物を送る日である。
ホワイトデーと言う名前だが、やることは日本で言うバレンタインデーの要素も含まれている。
「ソフィアに白い贈り物を送っても、意味が通じないわよね?」
『赤の国にはないのか? レッドデー的なイベント』
「戦いのお祭りで、ステージを血で赤く染めるイベントの事を言うらしいわ。レッドデー」
『物騒だな!?』
セラフィナが帰国してから4ヶ月余り。
ソフィアと何度か手紙のやり取りを行い、次はセラフィナが送る番となった。
セラフィナは自室で、手紙の内容を考えている最中だ。
「ソフィアから誕生日のお祝いを貰ったから、私もお返しに何か送りたいのだけど……難しいわね」
『個人的な意見だけど、友達同士の手紙のやり取りって、もっと軽いものだと思うぞ? 内容的にも、重量的にも』
「重量は大事よね……」
セラフィナは先日誕生日を迎え、10歳となっていた。
ソフィアの贈り物は、羊の置物だ。
以前、羊が好きだと手紙に書いてことからのチョイスであろう。
10センチ程度の机の上に置くのにちょうどいい大きさだったが、赤の国でのみ採掘される希少な金属で作られていた。
それは見た目以上に重く、セラフィナの腕力では持ち上げられない品だったのだ。
『誕生日のプレゼントなんだし、お返しはソフィアの誕生日にするとして、今回は普通の手紙でいいんじゃないか?』
「そうね……でも、もう少し考えてから――」
「姫様、キテラです」
「どうぞ」
セラフィナが悩んでいると、部屋にノックの音が響き、キテラがやって来た。
「姫様が頼まれましたものが届いています。全て第3厨房に贈ればよろしいですか?」
「それで構わないわ。第3厨房は空いている?」
「はい。本日の使用予定はありません」
「分かったわ。ありがとう」
セラフィナは、小綺麗で動きやすい格好に着替えると、第3厨房に向かった。
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第3厨房。
文字通り、場内にある3つ目の厨房だ。
王族の食事を作るメイン厨房、兵士や使用人の食事を作る第2厨房、そして祭事の時などに使用する第3厨房。
普段は使われていない為、セラフィナは偶にこの場所を使わせてもらっているのだ。
もっとも実際に何かをするのは、モトキの方だ。
「ふむ……よし、頼んだ物は全部届いてるな。それじゃあ去年のリベンジの予行練習といくか」
『去年も別に失敗って訳じゃないと思うけど』
昨年のホワイトデー。
モトキが目覚めてから半年が経ち、それまでに多くの人の世話になってきた。
それに対して、セラフィナとしてではなく、モトキとしてお礼が出来ないかと考えた結果、ホワイトデーに菓子を送ろうと考えたのだ。
「どうせなら地球の料理を再現しようと思ったけど、あの頃は全然上手く出来なかったんだよなぁ……」
『城の国の料理は、すぐに覚えられたのにね』
モトキは、イサオキとエアに美味しいものを食べさせるためにと、20ヵ国の料理を習得していた。
もちろん味も栄養バランスも完璧である。
その為、たとえ別の星だろうと、新しい料理や調理法を覚えることは簡単であった。
しかし地球の料理を再現しようとすると、今までの経験と常識が全く通用しなくなったのだ。
「食材や調味料の名前が同じだからと言って、見た目だけで、味が全然違うんだもんなぁ……。味が近かったとしても、含まれてる成分が違ったりで……詐欺だよ、あれは」
『でもモトキが作ったロールケーキは、美味しかったわよ』
「あれは、こっちにあるケーキの形を変えただけだから。この世界の既存の料理なら、城の料理人に作ってもらっても同じだ。それじゃあ俺の感謝の気持ちを伝えきれない。だからリベンジなんだ」
モトキは燃えていた。
昨年のホワイトデーから1年かけて、この世界の食材と人の味覚への理解を深めた。
今の自分なら地球の料理を再現できるという自信を得たのだ。
料理はイサオキとエアの為に身に着けた技術である。
それが別の世界に来た程度で否定されるのは我慢できないのだ。
『それで今年は何を作るの? 白いお菓子と言えばアイス?』
「あれは氷がないと作れない」
「暑い時期にこそ食べたいのに……ままならないわね」
『氷の魔術が普及してくれれば今の時期でも作れたんだけどな』
「あの術式は、複雑で煩雑すぎて、今の私には手に負えないわ……」
アイスは牛乳や卵といった、動物から採れる材料が殆どな為、さほど苦労せずに再現することが出来たのだ。
白の国は、寒い時期には雪が降るので、それを利用したのだ。
それを皆に振舞ったところ大好評だった。
しかし今は、地球で言うところの秋頃なので、作ることが出来ないのだ。
「この世界にない白い菓子。前回失敗した杏仁豆腐を作る。それをフルーツポンチにして食べるんだ」
『おー。よく分からないけど味見は任せて』
「ああ、1番に食べさせてあげるとも」
モトキは食材を取り出すと、テキパキと調理を始めた。
以前は右腕を失ってから、あまり間がなかったこともあり、かなり危なっかしかったが、今ではプロ顔負けの動きである。
しかし妙なことに、モトキは同じものを2つ別の鍋で作っていた。
『料理の事は分からないけど、それって両方同じよね?』
「この世界で杏仁豆腐を美味しく作るには、ある隠し味を加える必要があるんだ。俺の経験から、それを2つに絞ったんだけど、やっぱり実際に作って食べ比べるのが確実だからね」
そう言ってモトキが取り出した2つの隠し味。
大根おろしとホワイトピーマンのペーストである。
「……自分で選んだ食材なのに拒否感が凄い。なんで俺は杏仁豆腐に大根とピーマンを入れようとしてるんだ……」
モトキは未だに慣れない世界観のギャップに目を瞑り、2つの鍋にそれぞれの隠し味を入れる。
出来たものを冷水で冷やすと、後は完成を待つだけだ。
後片付けを済ませ、セラフィナが本を読みながら時間を潰していると、2人の来客があった
「いらっしゃい。美味しそうな気配に釣られてきたのかしら?」
「はい、味見役が必要かと思ったのです!」
「こらこら、違うだろうに……」
来たのはフラマリオとカリンの兄妹だった。
モトキの料理が目当てのカリンと違って、フラマリオは何やら悩みを抱えてそうな顔をしている。
「とりあえず試食はして行って。2種類作ったから味比べしてほしいのよ」
「そういうことでしたら……」
「是非に!」
モトキが2種類のフルーツポンチを出すと、セラフィナを合わせて3人に試食をしてもらう。
杏仁豆腐の新触感がとても好評だ。
「いやはや、良いものをご馳走になりました」
「お粗末様。それで、どっちの方が美味しかった?」
「どちらも美味しいですけど、あえて優劣を付けるとしたら、こっちですね」
「私もカリンと同意見ですな」
『私もね。これってどっちを入れた方だっけ?』
「ホワイトピーマンのペーストの方だな」
「ピっ!」
先ほどまで笑顔だったカリンが固まる。
カリンはピーマンが苦手なのだ。
「まったく気付かなかったです……。美味しかったことに変わりはないのですけど、こう……上手く言葉に出来ないです……」
「こら、カリン! 申し訳ありません、セラフィナ様」
「苦手な食べ物があるのは仕方がないさ。それをどう美味しく食べさせるかも料理人の仕事だからな」
『いつから料理人に……』
試作品の杏仁豆腐を完食すると、カリンがせめてものお礼にと、器を洗うこととなった。
セラフィナは表に出ると、フラマリオの方へと向き直る。
「それでフラマリオ。私に何か話があるのよね?」
「はい、このフラマリオ、セラフィナ様に相談したいことがありまして。よろしいでしょうか?」
「よろしいわよ。けど私に相談って……魔術関連?」
「いえ、実は……れ、恋愛相談に乗って欲しく!」
「キテラの?」
「何故それを!?」
気付いていないのは、キテラ本人だけである。
こうしてセラフィナの恋愛相談が始まった。




