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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第四章 魔術の祭典
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44 大事な人の為ならば

 濾過の魔術「アクアフィルター」。

 汚れた水から不純物を取り除き、綺麗な純水に変える、水属性の魔術だ。

 100年ほど前に開発されたこの魔術のおかげで、世界中の水問題の多くが解決することとなる。


 しかしこの魔術は全ての不純物を取り除いているわけではない。

 それが決して悪いわけではなく、人間が飲む水には少なからず不純物が溶け込んでいる。

 それは不純物を一切含まない理論純水は、他のものを溶かす強い融解性を持つ為だ。


 ソフィアが研究しているのは、この濾過の魔術で理論純水を生み出すことだった。

 その融解性は硫酸より強力なもので、縄を溶かし、箱を壊し、船底に穴を開けることすら容易かった。


 船に浸水した海水すらも理論純水と変え、船を沈めていく。

誘拐犯を刺し違えてでも葬る為に。

それがソフィアに出来る唯一の抵抗だった。


(これで終わりか……。ボク、結局何も出来なかったなぁ……。母様にも認められないまま……)


 ソフィアは水に沈んでいく。

 体だけでなく、その意識と心までも。


「ソフィアぁあああああ!」


 理論純水に沈むソフィアを、セラフィナはなけなしの筋力を振り絞って引っ張り上げる。


「セラ、フィナ……?」

「良かった……ごめんなさい、来るのが遅れて。まさかこんな事になっているなんて思わなくて。さっきの揺れの原因はこれね……」


 セラフィナがハゲの頬を引っ叩く要因になった揺れ。

 その要因を作ったのがソフィアならば、間接的にだが一矢報いたことになる。


「セラフィナ……セラフィナー!」


 ソフィアは自分が助けられたことに気付くと、心のタガが外れ、大泣きしてしまった。

 セラフィナの名前を何度も呼びながら、力いっぱい抱き着く。


 セラフィナは露骨にひびが入っている為、抱き着かれて激痛が走った。

 それでもソフィアを労わる為に、涙目になりながら我慢し、ソフィアを優しく抱きしめる。


「大丈夫……もう大丈夫だから。悪い奴はもう誰もいないから」

「うん……ありがとう……」

「……ん? 何なのこの水? 冷たいけれど熱くて……と言うか痛い!」

「わわわ! ア、アクアボール!」


 セラフィナはソフィアが作り出した理論純水で溶け始めていた。

 ソフィア慌てて頭上に水の塊を作り、それをセラフィナに落とす。

 理論純水は不純物を含んだことで、その融解性を失った。

 対処が速かった為、大事に至らずに済んだ。。


「だ、大丈夫!?」

「ありがとうソフィア。あー、何か服が解けているわね。ソフィアなんて殆ど裸じゃない」


 心の中のモトキは目を瞑っている。

 ソフィアの魔術で作り出した理論純水は、ソフィア自身には影響を及ばさないが、身に着けている衣服は別だった。


「ごめんなさい……ボクのせいで……」

「ん? この水、ソフィアの魔術だったの? 別に服の1着くらい気にしないわよ」

「それもだけど……ボクのせいでこんなに……右腕は!?」


 ソフィアはセラフィナの体中にある傷を痛ましく思っていると、右腕がないことに気付いた。


「ボロボロになって邪魔だったから捨てたわ」

「捨てた!? 右腕を!?」

「え? ……ああ、違う違う。あれは義手。肩に引っ掛けているだけの飾りなのよ」

「右腕が不自由ってそういう意味……」


 ソフィアは自分のせいでセラフィナの右腕を奪ってしまったと思ったが、勘違いと分かるとホッと胸を撫で下ろした。

 そして何も安心していい状況じゃないことを思い出した。


「それでもその傷……ボクを助ける為に……」

「キテラに怒られるわね。カリンにも何を言われるか……」

「そうじゃなくて――」

「セラフィナちゃーん、そろそろ船が沈んじゃうわよぉ」


 ソフィアの話を遮って、ハッチの外から薄紫の女性が呼んできた。

 危機的状況のはずだが、そのゆったりした声のせいで、とてもそうは思えなくなってしまう。


「……あの人はどちら様?」

「薄紫さん」

「え?」

「本名を教えてくれないから、勝手にそう呼んでいるだけよ。私をここまで運んでくれたの。さあ急ぎましょう」


 セラフィナがソフィアの手を引き甲板に出ると、船は傾き、前半分は既に海に浸かっている。

 それでもだいぶ進んでしまった為、遠方に見える無色の大陸は小さくなってしまっていた。


「そんな……ここからどうやって――きゃー!」


 ソフィアが悲鳴を上げる。

 セラフィナがアゴとハコから衣類をひん剥いていたのだ。


「ななな何をしてるの!?」

「私達の服、溶けてボロボロだから代わりに貰おうと思って。ソフィアもこんな奴等の服は嫌だと思うけど、我慢して」

「そうじゃなくて――いやぁー!」


 セラフィナは、特に必要ないが男達から下着をはぎ取り燃やした。

 ついでとばかりに、頭と股間の毛も焼き払った。


「今は捕まえられないし、かといって殺すわけにはいかないから。せめてもの罰よ」

『本当にそれだけ? 趣味入ってない?』

「私の事をなんだと思っているのよ……」


 ひん剥かれ第1号のモトキの心の傷は深かった。


 2人が着替え終わる頃には、船は殆ど沈んでしまった。

 流されたアゴとハコは、炎が沈下したハゲによって救助されている。

 遠めだと全員髪がない為、見分けが付かない。


「今回は見逃すけど許した訳じゃないわよ! 次会ったら絶対に独房に叩き込んでやるから!」


 ハゲは一瞬セラフィナの方を向くと、無言でどこかへ去って行った。


「ところで薄紫さん、ここから2人担いで飛んで帰れますか?」

「んー、大変ねぇ。だけどセラフィナちゃん頑張ったのに、おねーさんの私が頑張らない訳にはいかないわぁ」


 そう言って薄紫の女性は、2人を抱きかかえた。

 持ち上げること自体には問題はなかったが、ここまでの片道で魔力を消耗したこともあり、風による飛行はかなり不安定だった。

 それでもソフィアは、初めて体験する飛行魔術に、興奮を抑えきれなかった。


「す、すごい……。既存の魔術の中でも最高何度の飛行を……。あなたは一体……」

「んー、ここでバラしたら面白くないから秘密。きっと後で分かるわぁ」

「そうですか……あ、あの、遅くなりましたが助けて頂いてありがとうございます。セラフィナも」

「魔術研究者の先輩として、将来有望な後輩を見捨てたり出来ないわぁ。コンテストでどんな魔術を見せてくれるか楽しみだわぁ」

「私もコンテストでソフィアと競って、強敵と書いて友と読む関係になりたいしね」

「魔術コンテスト……もう始まってるよね……」


 時計がない為正確な時間は分からないが、既にコンテストの受付時間が過ぎているのは確実だろう。

 それを思うとソフィアは泣き出してしまった。


「ごめん、なさい……。ボクのせいでコンテストに出られなくなって……。セラフィナにもいっぱい怪我させて……」


 セラフィナも残念に思っていた。

 このコンテストに出る為に、何年も魔術の研究を続けてきたのだから当然だろう。

 しかし怒りや悲しみの感情はなく、セラフィナはとても穏やかな気分だった。


「ソフィア、あんまり謝らないで。実はあの誘拐犯達、悪人だって分かっていたのに見逃したことがあるの。だから私は自業自得。それどころかソフィアを巻き込んで、私の方こそ申し訳ないわ」

「そんなの……セラフィナが悪いんじゃないよ……。全部あいつ等が――」

「だったら誘拐されたソフィアだって悪くないでしょ? だから謝るのはこれでおしまいにしましょう。ね?」

「……うん」


 ソフィアは涙を拭う。

 全てに納得がいった訳ではないが、それでも心が少し軽くなった。


                    ・

                    ・

                    ・


 海の上を飛ぶこと30分。

 薄紫の女性の魔力が足りるかが懸念されていたが、何とか無色の大陸に辿り着くことが出来た。

 そこではキテラが馬車で迎えに来ていた。


「あ、キテラ」

「姫様! ご無事で……とは言い難いですね。それでも赤の国の姫を救出できたようで何よりです」

「あの……この度はご迷惑をお掛けして……」

「話は後です。とりあえず馬車に乗ってください」


 キテラはセラフィナ達を馬車に乗せると、猛スピードで走らせだした。


「こちらは馬車の運転で手が離せません。そこに救急セットがありますので、姫様の手当てをお願いします。着替えはそちらの鞄に」

「そんなに急いでどこへ行くの?」

「魔術コンテストの会場です」


 コンテストの受付は既に終了している。

 たどり着いても参加することは出来ず、観客として観戦することとなるだろう。


(参加出来ないのは残念だけど、コンテストを見ることが出来るだけでも、来た甲斐はあるわね。来年また頑張りましょう)


 セラフィナは、ソフィアと薄紫の女性に怪我の手当てをしてもらう。

 消毒や薬は何とかなったが、包帯は2人とも巻き方を知らなく、グチャグチャにしてしまった為、モトキが自分で巻くこととなった。

 手当てを終え、着替えようと鞄を開けると、中にはコンテストの為の服だけで、普段着が入っていない。


「キテラ、これって……」

「まだコンテストに参加できる可能性はありますよ」


 セラフィナ達は、驚きと喜びが入り混じった表情をする。

 自体が呑み込めず困惑しているが、それでも微かに見えた希望に、胸を高鳴らせていた。


 辿り着いたアステロセンターホールの前は騒然としていた。

 それは魔術コンテストによる盛り上がりではない。

 仮面を被った2人の男女が壮絶な激闘を繰り広げていたのだ。

 1人は金髪の少女で、もう1人は赤髪の青年だ。


「あれってカリンと……」

「カリストだね……」

「わぁ、2人とも凄いわねぇ」


 セラフィナ達が唖然としていると、2人の戦いを眺めているオルキスが、セラフィナ達の存在に気付き駆け寄ってきた


「おお、間に合ったな、姫さん」

「オルキス、これは一体どういうこと?」

「見ての通りよ。謎の仮面の2人組が会場前でドンパチやってるせいで、受付が出来なくなってるんだ。こりゃコンテストは延期かな?」

「何を人様の迷惑になることを……こらー!」


 セラフィナは仮面の2人を咎めるように叫ぶ。

 仮面の2人はセラフィナに気付くと、その場から素早く立ち去って行った。


 それから暫くして、騒動が落ち着くと受付が再開され、本来の予定から遅れてコンテストが開催されることとなった。


                    ・

                    ・

                    ・


 カリンとカリストは、高い建物の屋根の上から、アステロセンタードームの様子を窺っていた。


「よし、これで無事に魔術コンテストに参加出来るな」

「うぅ……絶対後でお姫様に怒られるです……。帰ったらお兄様にも怒られるのですよ……」

「主の為に手を汚すなら、護衛騎士として本望ってもんだろ」

「そりゃ、お姫様がコンテストに参加できないより、ずっとマシですけど……」


 この事件の発案はカリストのものであり、カリンもセラフィナの為ならばと同意した。

 それでも人として、騎士として、人様に迷惑をかける行為は心が痛い。

 カリンは酷い自己嫌悪に陥っていた。

 対してカリストは晴れ晴れとしている。


「しかしお前、まだ子供のくせにやるじゃないか。途中から本気だったのに押し切れなかったぞ」

「やっぱり本気でしたか……」

「衝撃が遅れてくる攻撃も面白かったしな。またやろうぜ」

「絶対に嫌です……」

「そう言うなよ。カリストとカリンで名前も似てるし、仲良くやろうぜ」

「意味が分からないですよ……。あなたがお姫様に舐めたことを言った件、忘れてないですからね」


 呆れるカリンと、そんなことは気にしないカリスト。

 騒ぎを起こした直後の為、2人はコンテスト会場に入ることを控えることにしていた。

 2人は心の中でセラフィナ達の応援をしながら、アステロセンターホールを眺め続けていた。


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