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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第四章 魔術の祭典
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42 激昂

「ここは……」


 ソフィアは気が付くと何も見えない真っ暗な場所にいた。

 体は縄で縛られて、小さな箱の中に入れられている為、身動き1つ取れない。

 助けを呼ぶ声を張り上げても、近くから聞こえるけたたましい機械音でかき消されてしまう。


「何でこんなことに……。ボク、これからどうなるんだろう……」


 覚えているのは、セラフィナだと思い付いて行った相手が、まったく見知らぬ男だったこと。

 背後に何かが落下し、そちらに気を取られている間に、何かを嗅がされて、強烈な眠気に襲われたことだ。

 そこから導き出されるのは、自分が誘拐されたという現実。

 そして金色の瞳を持つ者が、どういった扱いを受けるかである。


「いやぁ……。助けて、カリスト……」


 絶望的な状況と、そこから連想される恐怖により、ソフィアは涙を流す。

 涙と共に、ソフィアの心の中から大事なものが、どんどん流れ出ていく。


「……やっぱりボクなんか、が城の外から出たのが間違っていたんだ。どうせ死んじゃうなら……」


 全てに絶望したソフィアは、体中の術式を発動させ、体から無色透明な水を流し始めた。


                    ・

                    ・

                    ・


 薄紫の女性と共に空を飛ぶセラフィナは、海上を走る1隻の小舟を発見する。

 甲板に見えるのは男が2人だけで、ソフィアの姿は見えない。

 恐らく船室にいるのだろうと、セラフィナが睨むと、モトキと入れ替わった。


「こっちにはまだ気付いていない……。あの船の上から落としてください」

「ここ、結構高いわよぉ。それに上手く船の上に落とせる自信がないわぁ」

「自力で何とか出来ます」

「分かったわぁ」


 薄紫の女性は船の上空まで行くと、抱えていたモトキを落とす。

 モトキは以前に地竜の首を切ったとき、危うく落下死しそうになった反省を踏まえて、落下の衝撃を無効化する技術を習得していた。

 それはモトキが初めてイサオキとエア以外の人、セラフィナの為に習得した、新たなる狂気の産物である。


 小柄な上、筋量が少なく、右腕まで失ったセラフィナの体重はかなり軽い。

 落下による加速には限界があり、それは体重が軽いほど遅くなる。

 気圧の高いところを上手く体で受け止めて減速する。

 後はセラフィナの天性のバランス感覚で、空気抵抗を良い感じに利用すれば、安全に落下できるのだ。


 セラフィナは、モトキのやることを物理法則に当て嵌めても無駄なことを知っている為、深くは考えないようにしていた。

 出来るものは出来るのだから仕方がない。

 現にモトキは、まるで羽でも落ちたかのように、音も衝撃もなく、小舟の上に着地したのだ。


「どうやら追ってくる奴はいないみたいだな」

「これで大金が貰えるなんて、チョロい話だな」


 甲板にいた男2人は、未だにモトキの侵入に気付いていない。

 モトキは気配を消し、音もなく男達の背後に近付き、手刀により意識を奪った。

 相手が認識すら出来ないまま仕留めるその姿は、一流のアサシンの様だ。


「……8割ってとこかな?」


 モトキは左腕の動きに満足できていなかった。

 普段の生活では問題はないが、戦闘での一瞬の動きは、右腕と比べて精度が落ちる。

 今も一撃で終わらせるつもりが、1人には二度手刀を叩き込んで気絶させたのだ。


「まだまだ修行が足りないな。さてソフィアちゃんは……やっぱりいないな。船室に誰かいる気配あるし、そっちにいればいいけど」

『っ! モトキ、こいつ等……』

「……またか」


 今しがたモトキが気絶させた男達。

 それは以前セラフィナを襲い、エドブルガを誘拐した連中。

 男AとBこと、アゴとハコであった。


「なら船室にいるのはハゲか……」


 セラフィナは頭が痛くなってきた。

 無色の大陸へ向かう途中の船で会ったハゲは、魔術コンテストに向けて闘志を燃やしていた。

 それがコンテストをスルーして、三度金色の瞳を襲っているのだ。


『……十中八九そうだろうけど、船室にいるのがハゲだったら私が戦う』

「下手をすると、ソフィアちゃんを人質に取られる可能性があるぞ?」

『そうね、これは私の我儘……。けれど私は今まで3度こいつ等を見逃している。ちゃんと捕まえていればソフィアはこんな目に遭わなかった……』

「気持ちは分かるけど……」

『ごめん……それでもこれは、私の手で終わらせないといけない』


 セラフィナの意思は固かった。

 モトキは、気を付けるように念を押して、セラフィナと入れ替わる。


甲板の敵が倒れ、安全なことを確認すると、薄紫の女性が下りてきた。


「わぁ、セラフィナちゃん、本当に強いのねぇ」

「あの中にまだいると思います。危ないのでここで待っていてください」

「えぇ、頑張ってねぇ」


 セラフィナは、船室のドアノブに手を掛けると、手が震えて上手く開けられなかった。

大きく深呼吸し、気持ちを整えようとするが効果はない。


(……また私は自分勝手な考えで周りの人を危険な目に遭わせた。エドブルガの時に散々後悔したのに、何も変わっていない。そしてまた自分だけで解決しようとしている……。どうしようもないわね、私……)


 後悔と不安がセラフィナの体から自由を奪う。

 セラフィナは自分の駄目なところを重々理解していた。

 それでも直すことが出来ないのは、セラフィナの心がまだ子供だからだ。


『セラフィナ、忘れるな。たとえ鞘に納めたままでも、その心にはいつだって俺という剣がある。そしていつだって抜くことが出来るってことを』

「モトキ……」


 そんなセラフィナを導くのが大人であるモトキの役目だ。

 モトキの言葉でセラフィナの震えが止まる。


「情けないわね。いざとなればモトキが助けてくれるって思ったら、恐怖が和らいだわ」

『頼りっぱなしだと困るけど、心の拠り所くらいに思ってくれてもいいだろ?』

「拠り所どころか城くらい頼もしいわ。……行くわよ、モトキ」

『ああ』


 セラフィナは意を決すると、扉を勢い良く開けて船室の中に飛び込む。


「なんだ!?」

「ソフィア!」


 そこにソフィアは見当たらない。

 しかし床にはエンジン室へ繋がるハッチがあり、そこからも人の気配を感じた。


『ソフィアちゃんは、たぶんあの下だ』

「そう、どうやら人質に取られる心配はなさそうね、良かったわ。良くないのは……」


 セラフィナは船室にいた男を睨みつける。

 思った通りの相手、しかし居て欲しくなかった相手だ。


「またあんたか! 白の国の姫!」

「それはこっちの台詞よ、ハゲ! 何でこんな所にいるのよ! 魔術コンテストに出るのでしょう!」


 セラフィナは感情的に怒鳴りつける。

 同じ魔術研究者であり、同じ夢に燃える同志だと思っていた。

 その想いは、裏切られたのだ。


「出る……つもりだったさ。けどよ、気が変わったんだ」

「あなたは、この日の為に努力をしたのでしょう! その為に汚い仕事も引き受けた! 声を変える魔術はその成果なのでしょ! 素晴らしい魔術じゃない!」

「ああ、あれは俺の自信作だ。だが所詮は三流のお遊びだったんだよ」

「何があったのよ……」


「……アステロセンターホール。魔術コンテストの会場だ。知ってるだろ?」

「ええ」

「偶にいるらしいんだよ。あれを目の前にして自信を失う奴が。俺もその口だ……」

(あぁ、改めて考えるとモトキに頼るのが癖になっているわね。本当に拠り所どころじゃないわ……)


 セラフィナもアステロセンターホールの存在感に押し潰されそうになった。

 立ち直れたのは、モトキが鼓舞してくれたおかげである。

 セラフィナの目の前にいるのは、そのまま折れた自分自身だった。


「そんな時に都合よく表れたのが、金色の瞳のソフィアってこと?」

「そういうことだ」


 ハゲは心が折れ、弱っているところに、ソフィアという極上の宝が現れた為、そちらに釣られてしまったのだ。

 叶う望みのない夢より、手の届く場所にある宝に。


「あなたは頑張ってきた。 頑張ってきたが故に心が折れた……。その気持ちは私にも分かるわ。だから残念とは思うけど、そのことを責めたりはしない」

「……」

「だけど頑張ってきたのはあなただけじゃない! 国の未来を案じて、魔術研究者として頑張ってきた、ソフィアの邪魔をしないでよ!」


 セラフィナは今までないほど感情を爆発させる。

 ソフィアの国の事を想う気持ちも、魔術が好きな気持ちも、コンテストに燃える気持ちも、その全てがセラフィナと同じだった。

 それを踏み躙られることが、どれだけ辛いかを考えると眩暈がする。

 故にセラフィナはまるで自分の事のように激昂した。


「覚悟しなさい、魔術研究者もどき! 私達の怒りの炎で、あなたの魔道を焼き払ってやるわ!」


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