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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第三章 強い剣を目指して
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32 隠れ家

「あの洞窟?」

「ええ、中は結構広いらしいわ」


 セラフィナとシグネは、誘拐犯達のいる洞窟の前まで来ていた。

 少し離れた茂みから、洞窟の中を窺っているが、見張りなどは見当たらない。


「エドブルガは奥の方か? 無事だといいけど……」

「そうね……。あ、入る前にこれお願いね」


 セラフィナはスカートを脱いでシグネに渡した。

現在はパレードの時の正装そのままの為、セラフィナはロングスカートのドレスを着ている。

 中では戦闘になる可能性が高いと考え、動きやすい長さに切ることにしたのだ。


「こんな感じか?」

「ありがとう」

『……短くない?』


 モトキはスカートを穿くことに対して、最初の頃は戸惑っていたが、現在は慣れて剣の稽古の時も着用することがある。

 しかしその長さは、最低でも膝が隠れる程度までである。


 このスカートはセラフィナの動きやすくというリクエストの通り、シグネがかなり短めに切った為、完全に膝が露出する長さである。

 飛んだり回ったりを多用するモトキの戦闘スタイルでは、下着が見えてしまうことは必至だ。


「エドブルガと羞恥心、どっちが大事?」

『エド君が大事です、はい』


 改めて聞かれるまでもないことである。

 観念してスカートを穿き、モトキが表に出ると、何かの気配を感じ取る。


「……なんだ? あの洞窟の中から何か感じる」

「エドブルガの気配とかか?」

「違う。もっと大きな何かだ。人間の物じゃない」

『魔獣かしら?』 


 嫌な予感がした。

 この先に存在するであろう何かと対峙することは、危険だという予感が。

 しかしここで引き返すという選択肢はない。


「……十分に注意するしかないな。見つかったらエドブルガに何をされるか分かったものじゃないから、なるべく迅速にこっそり進もう」

「他に作戦はあるか?」

「洞窟の構造も、誘拐犯の数も分からないなら、作戦の立てようがない……」

『柔軟的に、臨機応変に対応するしかないわね』


 要するに行き当たりばったりである。

 モトキは羊に、ここで待っているように言い聞かせ、シグネと共に洞窟の中に入っていった。


                    ・

                    ・

                    ・


「何やってんだ! 攫って来るのは姫って言っただろうが! お前はこいつが女に見えるのか!?」

「……ギリ見えます!」

「そういうこと言ってるんじゃねぇよ!」


 森の奥の岩山に隠された洞窟。

 その最奥は四方を岩山で囲まれた、開けた草原があった。

 そこには何件かの簡易的な家が存在し、草原の中央にある他より大き目の家では怒号が響いていた。


 そこではエドブルガを攫った誘拐犯の女と、そのリーダーである男が言い争っていたのだ。

 言い争いの理由は当然、間違って攫ってきたエドブルガに付いてである。


「姫を始末したら金を全額払うって約束なんだよ! 他の王子に怪我させたら騎士団を嗾けるって釘を刺された上でな! お前にもそう説明したよな!? 何で怪我してんだよ!?」

「睡眠薬で眠らないんだから、殴って気絶させるしかないでしょ! 馬鹿なんですか!?」

「だからこいつは姫じゃないって言ってんだよ! どうすんだ!」

「戦えよ! 男でしょ!」

「戦えるか! 騎士団だぞ!」


 不毛な争いが続く。


「こうなったら仕方がねぇ。いい拠点だったがここは捨てて逃げるぞ。幸い金眼の方の王子だったからな。本来の報酬より少ねぇが、代わりにこいつを貰っていくぞ」

「いくら美形だからってこんな幼い男の子にそんな! あなた最低の外道ですね!」

「お前の頭の中よりマシだ!」

「リーダー、大変だ! 侵入者だ!」


 家の中に1人の男が焦りながら飛び込んできた。


「なに!? 騎士団がもう来たのか!?」

「いや、子供が2人だけだ」

「子供? ……そいつらの特徴は?」

「身なりのいい白髪の男と女だ。女の方は眼が金色だった」

「残りの王子と姫じゃねぇか! こいつはいい!」


 リーダーは歓喜した。

 今更セラフィナを誘拐しても本来の目的は果たせないが、金色の瞳がもう1人、しかも女となれば、それだけでかなりの利益を出せる。

 そして王族を危険に晒していることから、騎士団の罠である可能性も低い。

 まさに鴨が葱を背負って来ている状況だ。


「よし! そのガキを捕まえろ! 逃げる準備も並行して――」

「いや、それが――」

「エドブルガ―!」

「どこだー!」


 セラフィナとシグネが家のドアを突き破って入ってきた。

 報告に来た男はドアと2人に押しつぶされてしまう。


 リーダーは驚愕する。

 てっきり2人は洞窟の入り口辺りにいると思っていたからだ。

 2人はあまりにも早すぎた。


 まず走ってエドブルガを担いできた誘拐犯の女に対し、セラフィナ達は羊に乗って、真っ直ぐ洞窟まで来た為、この時点で10分程度の差しかなかったのだ。

 洞窟内には他の誘拐犯がおり、戦闘をすることになったが、騎士並みの実力を持つシグネに、何の訓練もしていない誘拐犯達が太刀打ちできるはずがない。

 そしてシグネに気を取られている、遠巻きから見ている者を、モトキが背後から音もなく仕留めるのだ。

 これにより最速且つ、報告も碌にさせないまま、ここまでたどり着けたのだった。


「いた! あそこにいるぞ!」

『顔に殴られた跡があるけど、それ以外は無事よ!』

「エドブルガ! 助けに来たぞ!」


「こいつ等、無茶苦茶強いんだよ!」

「面白い! 私を他の連中と同じと思わないでもらいましょう!」


 誘拐犯の女が剣を構えると、シグネが一瞬で叩き折った。

 そしてシグネに気を取られている隙に、モトキが背後に回り込み、首を思いっきり蹴り飛ばし気絶させる。

 他の連中と同じであった。


「残りはお前だけだ!」

「殺す気はない、投降しろ。抵抗するなら痛い思いをすることになる」

「くそーっ!」


 リーダーはエドブルガを人質にしようと右手を伸ばす。

 しかし突如床から岩が生え、リーダーの右腕をへし折る。


「ぐわーっ!」

『今のはロックウォール!』

「エドブルガの魔術か!」


 すると倒れていたエドブルガがゆっくりと起き上がった。

 入れ替わったセラフィナとシグネがエドブルガの下へ駆け寄る。


「ごめん…‥寝坊した」

「ああ、遅いぞ」

「大丈夫? どこも何ともない?」

「うん、心配かけてごめん」


 どこにも異常のないエドブルガを見て、2人は心底ホッとした。

 しかしモトキは気が気ではなかった。

 洞窟の外でも感じた大きな気配を近くで感じるのだ。

 しかしそれらしい存在はどこにも見当たらなかった。


「くそっ! 何でこんなことに――」

「観念しろ! お前はもう詰んでるんだよ!」

「テメェ等のせいで大損だ! 来い、ベストラ!」


 リーダーが誰かを呼ぶと、突如地響きが鳴り響く。

 嫌な予感がしたセラフィナ達は、急いで家から脱出する。

 それから数秒後、地面が盛り上がり、床を突き破り、家を破壊し、巨大な顔が突き出した。


 現れたのは緑の鱗に覆われた巨大なトカゲ。

 ティラノサウルスのような恐竜だった。


『デカい! こいつが妙な気配の正体か!』

「まさか……地竜!?」

「嘘だろ!? 何でこんなところに竜種が!」

「でもこんな大きい魔獣、竜種以外にないよ!」


 巨大なトカゲ、地竜は地面から出ると大きく咆哮した。

 その声のあまりの大きさにセラフィナ達の体は衝撃を受ける。


「はったりだと思ったか! こいつは正真正銘の竜種! 地竜のベストラだ!」


 崩れる家から何とか出てきたリーダーは息巻いている。


「街で狼のような魔獣を手懐けていたから不思議だったけど、まさか地竜がいるなんて……」

『見るからに強そうだけど、やっぱりすごい存在なのか?』

「魔獣の中でも最強とされる種族が竜種。人類の脅威。世界に天竜・海竜・地竜の3体しか存在しないけど、逆に3体を下回ることはなく、討伐してもいずれ世界のどこかで生まれ変わるらしいわ」

『そもそも魔獣が何か知らないけど……。人類の天敵、魔人とはまた違うんだな?』

「世界で魔人の次に強い生物とされていて、過去には魔人を殺した竜種もいたそうよ」

「ご丁寧に説明どうも! つまりガキ3人がどうしたって勝てる存在じゃないってことだ!」


 竜種とは、突発的に人の世に表れては、町や村を破壊する災害のような存在である。

 実際の災害との違いは、人の手で撃退が可能なことだが、本来国の騎士団が総力を持って撃退するものだ。

 間違っても数人の子供が挑む相手ではない。


「だったら逃がしてくれるのか? 違うよな? だったら戦って勝つしかないだろ」

「あ?」


 シグネは剣を構える。

 最初は驚いていたが、目の前の脅威があまりにもスケールが違う為、一周回って冷静になった。

 冷静に考えた上で戦うしかないと判断したのだ。

 それはセラフィナとエドブルガ、そしてモトキも同じだった。


「何言ってやがる! テメェ等ごときが竜種に勝てるわけが――」

「竜種は人間にも打倒可能な存在。そしてあの地竜は明らかに小さい」


 もちろんセラフィナは本物の竜を見たのはこれが初めてだ。

 しかし記録として残っている竜種は、例外なく10メートルを超える巨体である。

 だが目の前の地竜は、どう大きく見積もっても5メートルそこそこといったところだ。


「仮説だけど、あの地竜は産まれたばかりの子供。本来なら体が大きくなってから人前に出るものだけど、あの男は偶然にも産まれたばかり地竜と出会い、手懐けたのよ」

「刷り込みってこと? 初めて見た対象を親だと思うって」

『鳥と同じようにか……』


 モトキは意識を集中させ、翻訳の加護で地竜の声を聴く。

 地竜はリーダーの方を向いてグルグルと喉を鳴らしている。


『確かにあのドラゴンからは、あの男に対して親愛のようなものを感じる』

「まだ親離れも出来ない成長前の竜種……。もしかしたら勝ち目があるかもね」


 セラフィナは木剣を、エドブルガはドアに押しつぶされ男から剣を奪い構える。


「私達に倒せると思う?」

「倒さないと家に帰れねぇよ」

「だったらやるしかないね」

『だね』

「はっ! 恐怖で頭がおかしくなったか!? 上等だ! ベストラ、こいつ等を喰い殺せ」


 地竜は再び大きく咆哮する。

 しかしセラフィナ達はもう怯んだりしない。

 リーダーの言うように恐怖で頭がおかしくなっているからだ。


「舐めるなよ地竜! 僕達は未来の王と!」

「未来の騎士団長と!」

「えーと……未来の魔術会のトップ!」

『ついでに2000年前の兄代表!』

「「「「我等が竜を討つ!」」」」


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