17 コンタクト
セラフィナは夕食の時間にキテラが起こしてくれるまでグッスリだった。
「いろいろ試した結果、私の魔力の回復速度がおかしいことになっているわ。使った端からどんどん生成されるから魔術使い放題よ。使った分だけお腹がすくけど」
『夕食食べ終わったばかりなのにやっちゃったね』
セラフィナは実験の際に調子に乗って無駄にファイヤーショット連発し、使った分の魔力を生成する為にカロリーを消費しすぎてしまった。
そのため食後だというのに既にお腹が鳴っている。
「けれど私が貯めておける魔力の容量が増えたわけじゃないから、元から使えなかった魔術は使えないまま。どうせならそこもサービスしてほしかったわ、神の加護」
『元々健康で元気でいるための加護だからね。むしろ何で魔力の回復速度が上がってるんだろう?』
そもそも神の加護がどうやってセラフィナの体を健康にしているのか、その仕組みが全く分かっていないのだ。
予想外の魔力関連の効果など考察のしようがなかった。
「私の勝手な予想だけど、モトキに魔術の知識が一切なかったから、魔力が健康に必要なものって判断された、ってところじゃないかしら」
『バンさんのサービスって可能性が捨てきれないんだよなぁ。あの人、割と人が良かったから』
「まあ、これはこれで使い道があるから有難く使わせてもらうわ。目の色を変える魔術にも役立つかもしれないし」
しかし現状良いアイディアは浮かんでいなかった。
そこでモトキは地球での知識に役立つものはないかと知恵を回す。
そして眼の色を変える方法に1つ心当たりがあった。
「この世界にカラコンってないのかな?」
「カラコン?」
『知らない? コンタクトレンズって言う目が悪い人の視力を補正する道具のことなんだけど』
「眼鏡じゃなくて?」
『眼鏡は顔にかけるもので、コンタクトは目に直接くっつけて使うんだ』
「怖っ! そんなことしたら痛いでしょ!」
『俺も付けたことないから詳しく分からないけど平気らしいよ』
モトキは遠くからでもイサオキとエアをすぐに見つけられるようにと鍛えていた為、生前の視力は最大で3.5。
眼鏡ともコンタクトレンズとも無縁な生活を送っていた。
『それでそのコンタクトに色が付いてるのがカラーコンタクトレンズ、略してカラコンってこと』
「恐ろしいことをしているのね、モトキの世界の人達……」
この世界にはコンタクトレンズは存在していなかった。
眼は人体の中でもかなりデリケートな器官の為、そこに異物を入れるという行為はかなり異常な発想なのだ。
モトキにはコンタクトレンズの知識はあるが、だからと言ってその仕組みや、作る方法が分かっているわけではない。
しかしその情報はセラフィナの脳に十分な刺激を与えた。
「でも発想は面白いわ。色を変える範囲を虹彩ピンポイントに絞れれば消費魔力量は抑えられそうだし。けどどうやって固定しようかしら。こういうのは水属性の領分だし。でも光の吸収率を変化させれば……。だけど眼に直接魔術を使うのは怖いわね」
恐れはあった。
しかしそれでも思いついたからには試したくなるのが研究者の性である。
セラフィナは思いついた方法を次々に紙に記していき、考察し、改善し、却下していく。
一度アイディアが出始めたらセラフィナは止まらない。
そのまま夜はどんどん更けていき、モトキが「そろそろ寝た方がいいんじゃないか」と止めても、セラフィナは「あとちょっと」と言うだけで一向に止めようとしない。
気付けば徹夜してしまい、起こしに来たキテラにこっ酷く叱られてしまうのだった。
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「眠い……」
『寝てないからね。子供のうちから徹夜なんてしたら体壊すぞ』
「神の加護があるから大丈夫よ」
『脳の成長も妨げるけど?』
「うっ……それは嫌だわ。次からは私の体を乗っ取ってでも眠らせて」
自分でも気を付けるつもりだが、それでも乗りに乗ってるときは、やらかしてしまうのが目に見えていた。
「でもそのおかげで眼の色を変える魔術の目処はついたわ。これが完成すればあとは城を抜け出すだけよ」
『そっちの計画は出来てるのか?』
「ええ、前に本で読んだことがあるわ。まず布を縛って長いロープを作って窓から――」
『セラフィナの身体能力で?』
「そうだった……」
城を抜け出す方法には他にもいくつか案があった。
その中には現実的な案も多くあったが、肝心のセラフィナにはそれを実行する身体能力が絶望的に足りないのだ。
『体を鍛えるしかないね。それに今のセラフィナじゃ、エド君と剣の稽古をしても、大半が休憩時間になりそうだし』
「運動は嫌……だけどモトキとの約束もシグネとの約束も守るわよ。だから少しは協力してね」
『少し? 全面的に協力するつもりなんだけど』
「本当? ならよろしく頼むわ」
「ああ、一緒に頑張ろう」
セラフィナの言う協力は、たまには入れ替わってほしいという意味だ。
しかしモトキはもっと効率の良い方法を考えていた。
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「ふぎーっ!」
「はい、まだいけるよー」
セラフィナはモトキの組んだ筋トレメニューを実行していた。
まずモトキがセラフィナの体の限界を確かめ、それをギリギリ超えないであろうレベルを調べるのだ。
実際に自分の体として使用したので正確である。
そして筋トレの内容は、以前モトキがイサオキとエアを守れるようにと鍛えていたときの方法を流用している。
モトキが、イサオキとエアの為、である。
2人の為になら平気で無茶をするモトキのそれは、当然ハードなものであり、セラフィナでなくてもキツイものばかりだ。
「し、死んじゃう……」
『大丈夫。神の加護のおかげでセラフィナの体はいつだって元気だから』
この神の加護だが、筋トレの際に更なる効果が発見された。
怪我の治りが少し早まるのだ。
そして筋肉痛とは筋線維の損傷、つまり怪我である。
なのでセラフィナの筋肉痛は翌朝にはすっかりと良くなってしまうので、それを理由に休むことは出来なかった。
それから1週間。
大変な日々ではあったが、セラフィナは泣き言を言いながらも逃げ出さずにメニューを熟し、その甲斐もあって身体能力は上昇した。
『頑張ったね、セラフィナ』
「でもモトキの想定よりは効果が出てないわよね? やっぱり私って筋肉が付きづらい体質なのよ……」
『でもこれでエド君と一緒に素振りをするくらいは出来ると思うよ』
「喜んでいいのか微妙だけど……。でもその前にやることをやりましょう」
モトキとの約束である羊モフモフ計画。
その要である魔術がようやく完成したのだ。
「この魔術はモトキのものよ。だから魔術名はモトキが決めて」
『え? 俺何もしてないけど』
「これはモトキのコンタクトレンズの情報があれば誰でも作れるレベルのものよ。今まで誰もこの発想を閃かなかっただけ。これを自分で作ったものとしてカウントしたら、私の魔術研究者としての成長は止まるわ」
セラフィナの言い分は分かった。
しかしだからと言ってモトキの作ったものと言われるのも納得のいかない話である。
コンタクトレンズはモトキ知識であって、知恵ではないのだから。
『じゃあそのまま「カラコン」でいいかな。俺が作ったものじゃなくて地球にあったものが形を変えてこの世界に来ただけって感じで』
「モトキがそれでいいなら構わないわよ。これで準備は全て整ったわ」
部屋から脱出する為にロープではなく縄梯子を用意した。
これなら今のセラフィナの身体能力でも部屋の外まで降りることが出来る。
そしてカラコンの魔術は、発動中常に魔力を消費する為、カロリー摂取の為に飲み物と弁当を用意している。
キテラには、「今日は一日中、魔術の研究に費やす」と言ったため、昼から夜までの間は来ないはずだ。
その間に羊に会いに行き、戻ってくれば怒られなくて済むという計画だ。
「もしキテラや他の誰かが来て誘拐だと間違われたら困るし、念のため置手紙も用意しておいたわ。隙のない完璧な計画ね。それじゃ行きましょう」
「おーう」
セラフィナは部屋から窓から縄梯子を下ろして、城の庭へと降りる。
1週間前のセラフィナでは、ただ縄梯子を降りるだけでも一苦労であったことから、筋トレの効果はあったと言えるだろう。
後は誰にも見つからないことを祈るのみである。
「よし、それじゃあ次は――」
「姉さん?」
「お前、何やってるんだ?」
『あっ』
速攻でシグネとエドブルガに見つかった。
「なんで2人がここに!? リシス叔母様と稽古の時間じゃ!?」
「叔母様は騎士団の仕事でいないから、僕と兄さんだけで稽古をしていたんだ」
「で、どうせなら気分を変えるためにいつもと違う場所でな。それで何やってるんだ?」
「うぅ……」
どうやっても誤魔化せない状況に、セラフィナは計画を話してしまう。
「城を出て羊に会いに行く!? そんなことしたら母上に怒られちゃうよ!」
「だからバレないようにこっそりと……」
「眼の色はどうするんだ? 金眼がいたら大騒ぎになるだろ」
「眼の色を変えられる魔術を作ったのでそれで……」
「え? マジで?」
それを聞き、シグネは何かを閃いたかのように笑う。
「よし、今回のことは黙っててやる。だから代わりに俺達も連れてけ」
「え?」
「何言っているんだよ、兄さん! そんなことしたら母上に――」
「その時はその時だ。エドブルガだってたまには外に出たいだろ?」
「それは……」
エドブルガはセラフィナのように、生まれてからずっと城に籠っていた訳ではない。
しかしそれでも馬車に乗って街中を移動した程度で、自分の足で歩いたことはなかった。
その為、城下の街がどうなっているかは、とても興味があったのだ。
「眼の色を変える魔術ってエドブルガも使えるんだろ?」
「ええ、無属性魔術だから、術式さえ刻めばすぐに」
「リシストラタもいないし、抜け出すには絶好の日だ。行こうぜ、エドブルガ」
「……うん、僕も行きたい! 一緒に!」
「決まりだ、セラフィナもいいよな?」
「代わりにこれ持ってくれるならいいわよ」
そう言ってセラフィナは水筒と弁当の入った鞄を手渡した。
思った以上に重く、これを持って歩き回るのは辛いと思っていたので、最初は戸惑ったが、よく考えれば2人の存在は渡りに船だったのだ。
『兄弟揃って仲良くお出かけか……いいねー』
そんな光景を見てモトキは和んでいる。
またセラフィナが1人で街に出るのも不安だったので、2人の存在は心底有難かった。
王族が揃って城を抜け出すことについては、気にしないようにして。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
「「おー!」」




