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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第二章 白の国の姫
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 セラフィナが目覚めてから1ヶ月が経とうとしていた。

 途中何度も挫けそうにもなったが、キテラが言葉巧みにセラフィナを誘導し続け、ようやく毒によって床に伏せていた頃より前の身体能力を取り戻すことができた。

 セラフィナはこれでようやく魔術研究に集中できると喜ぶのも束の間――。


「姫様は元の体力は底辺なのですから、これを気にもう少し鍛えましょう」


 などと悪魔の宣告を受け、筋力トレーニングを継続することとなった。

 現在は軽いストレッチに加え、両手両足に重りを着けながら、城内を日に何周もしている。


「うぅ……。このままじゃ私、フラマリオみたいに筋骨隆々になってしまうわ……」

「大丈夫です。姫様にそんな伸びしろはありませんので」

「分からないじゃない……」


 実際、セラフィナは頑張ってはいるが、1ヶ月頑張った割に成果は今一つであった。

 元々筋肉の付きづらい体質なのだろう。


「ですが姫様、最近は病気に掛かっていませんね。身体が丈夫になって来たのではないでしょうか」

「そうかな? ……そうかも」


 以前までのセラフィナは体調を崩さない週が珍しいほど頻繁に病気に掛かっていた。

 運動などすればものの数分で倒れてしまうのが常であったのだ。

 ところがここ一ヶ月は、どういう訳かそう言ったことが一切ない。

 セラフィナの体は以前と比べて何かが違っていた。


「一度死に掛けたら健康になるというのも変な話ね。後遺症の1つでも残って不思議じゃないのに」

「姫様は奇跡的に蘇りましたから、他に不思議なことが起こっても不思議ではありません」

「また解き明かせない謎が増えたわね。もやもやするわ……」


 胸に突っかかりを覚えながらも、いい加減慣れてきたのでそのまま散歩を続行する。

 城内は無駄に広いため、セラフィナは毎回コースを少しずつ変えながら城内を探索するように進んでいく。

 すると産まれてからずっと住んでいたはずの家だというのに、セラフィナの知らない場所がかなりの数ある事に気付いた。

 セラフィナは身近なところにあった新たな発見に少しばかり心を震わせ、以前は嫌々だった散歩が少し好きになっていたのだった。


 その日見つけたのは城の外れにある裏庭。

 そこではシグネが1人で隠れて剣の稽古をしていたのだ。


「シグネ、こんな所に居たんだ」

「セラフィナ!? 何でこんな所に!?」


 シグネはそこに存在するはずのないセラフィナの出現にかなり驚いた。

 そこは兵士もメイドも滅多に近づかないような場所で、ましてや出不精のセラフィナは絶対に来るはずのないような場所なのだ。


「最近、散歩の範囲を広げたのよ。それより何でこんな場所で剣の稽古をしているの? エドブルガと一緒にやればいいじゃない。寂しがっていたわよ」

「俺には俺の考えってもんがあるんだよ。いいか、俺のことは誰にも言うんじゃねぇぞ!」

「まあ知られたくないなら黙っているけど……。キテラ、ちょっと休憩にしましょう。ここで」

「分かりました」

「なんでだよ!?」

「ついでにシグネの稽古を見学しようかって思って」


 シグネは隠れて稽古がしたかったというのに、これでは台無しだ。

 そう言いたげな目でセラフィナを見ていると、隠れて稽古をしている理由を知りたいと言いたげ目で見返す。

 研究者とは好奇心旺盛な生き物なのだ。

 これは黙っていては口外されるかもしれないと思いシグネは諦めた。


「……はぁ、本当に誰にも言うなよ?」

「研究者は秘匿すべき情報を簡単に公開したりはしないわ」

「キテラもだぞ!」

「私はそもそも兄王子様のすることに興味がありませんので」

「俺以外の王族が聞いたら首が飛ぶぞ!?」


 キテラは他のメイドや兵士とは違い色々な意味でセラフィナの専属なのだ。

 セラフィナのこと以外に関心の薄いキテラに呆れつつ、シグネは隠れて稽古をしている理由を話し出した。


「俺はエドブルガより強くならなくちゃいけない。分かるだろ? 王位を継ぐあいつはそこそこ強くなればいいけど、俺はあいつを守れるくらい強くなる必要があるんだ」

「分かるけど、それなら尚のこと1人で稽古するより、エドブルガと一緒にリシス叔母様の指導を受けた方がいいんじゃないの?」

「リシストラタが凄い騎士なのは分かってるけど。あの人の稽古は基礎中心で堅苦しくてモチベーション上がらねぇんだよ」

「それは辛いわね……」


 剣でも魔術でも同じだがモチベーションは物事の上達に重要な要素だ。

 やる気のない修練は中々身に付かず、持続させることも難しい。

 しかし目指す目標の為には、時に好きでもないことでも無理やりモチベーションを上げなければならないこともある。

 セラフィナの運動もそれだ。


 セラフィナもシグネも理解はしているが、それで割り切れるほど大人ではない。

 それこそ嫌がるセラフィナの尻を叩くキテラのような存在が必要なのだ。

 むしろ1人でも稽古に励んでいるシグネは立派な方である。


「けど確かに一緒に稽古ができる相手がいたほうが捗るんだよなぁ……。そうだ、ちょっと付き合ってくれよ」

「誰が? キテラが?」

「セラフィナが」

「嫌よ! 無理!」


 セラフィナは両手で大きな×を作り、首を左右に振りまくって全力で拒否した。


「最初は木剣構えて立ってるだけでいいからさ。それに体力作りに剣の稽古は悪くないと思うぞ」

「リシス叔母様と同じこと言わないでよ! 私に剣なんて無理よ! 死んじゃう!」

「けど剣の修練は白の国の王族の義務だろ? 最近だいぶ元気になってきたし、少しくらいやっておいた方がいいんじゃねぇか?」

「なるほど、一理ありますね」

「キテラ!?」


 まさかのキテラの追撃によりセラフィナは逃げ場を失う。

 そして例えそれが一理とはいえ確かな理があるのならセラフィナは強く断れない。

 セラフィナが剣を嫌がる理由は運動が嫌だという、ただの我侭なのだから。


「本格的なもんじゃないし、遊びみたいなもんだと思ってさ」

「うぅ……。ちょっとだけだからね」

「おう、最初はそれで構わねぇよ」


 セラフィナはこんなことなら変な好奇心を出さずに、さっさと立ち去ればよかったと激しく後悔する。

 そして最終的にはどこまで構われてしまうのか不安を抱きながら渋々了承した。

 逆にシグネはウキウキで予備の木剣を取り出し、セラフィナに構え方を教える。


「お、重い……」

「嘘だろ、流石に貧弱すぎるぞ……」


 セラフィナは手足の重りを外しているが、それでも木剣を持つ手はプルプル震えている。

 実際の重量は木剣より重りの方があるのだが、重心が偏っている分、木剣の方が重く感じるのだ。


「とりあえず俺は剣を構ってジッとしてるから、さっき教えてやり方で俺の剣に向かって打ち込んで来い」

「う、うん」


 セラフィナは頭上に木剣を構えると、シグネに向かって思いっきり振り下ろす。

 しかし剣の重さでバランスを崩し、握力も弱いため剣が手からすっぽ抜け飛んでいき、シグネの顔の横を掠め、城の窓から10センチ隣の壁に激突した。


「危ねっ! もうちょっとで窓割って怒られるところだった」

「だから言ったじゃない! 私に剣なんて無理よ!」

「んー、予想以上にヘッポコだったな。 よし次だ!」

「まだやるの!?」


 今度はセラフィナが構えて、シグネが打ち込むこととなった。

 セラフィナは今度こそ絶対に離さないようにと木剣を強く握り構える。


「いくぞー!」

「う、うん!」


 シグネの打ち込みをセラフィナが受けると、まるで叩かれた鐘のようにセラフィナの体に振動が響く。

 それでも何とか耐え、続く二撃目も同様に受けようとした。

 しかし一撃目の衝撃と、強く握っていたためあっという間に力尽きた握力により、受ける瞬間に木剣を落としてしまう。

 あまりに唐突に木剣を落としたため、シグネもキテラも止めることができずそのまま打ち込んでしまった。


「やばっ!」

「姫様!」

「っ……!」


 シグネの木剣がセラフィナの頭に当たる直前、セラフィナは両手で木剣を挟み込みこむことで受け止める。

 俗に言う白刃取りの態勢であるがそれだけでは終わらなかった。

 セラフィナはそのまま木剣の柄を蹴り上げ、シグネから木剣を奪い取ったのだ。


「なっ!」

「あ、やべっ」


 シグネはセラフィナの思いもよらぬ洗礼された反撃に呆気にとられた。

 セラフィナは一瞬気まずそうな顔をすると、体を一瞬ビクンと震わせ、まるで一瞬寝落ちしていたかのようなわけの分からない感覚に襲われた。


「えーと……今の何!?」

「こっちが聞きてぇよ! 何だ今の技!」

「姫様、大丈夫ですか!?」


 まさかの事態に3人とも大混乱である。

 その原因であるセラフィナでさえも何が起こったか理解できなかった。


                    ・

                    ・

                    ・


「疲れた……。いつも疲れているけど今日は輪をかけて疲れたわ」


 夜になりセラフィナは自分の部屋に戻るが、魔術の研究もせずベッドの上でぐったりとしている。

 今日は肉体的疲労に加え精神的にも疲れていたのだ。


 あの後、シグネから「今の技は何だ」「どこで覚えたんだ」「もう一回やってくれ」と散々追求されたのだ。

 それに対してセラフィナは分からないの一点張りで何とか切り抜けようとしたが、受け止めたときに「あ、やべっ」と言い、気まずそうな顔をしたので、どう見ても確信犯だったため信じてもらえなかった。


 実際セラフィナには何も分からなかった。

 しかし誰にも言っていないがシグネの一撃を受け止めたあの一瞬、まるで自分以外の誰かが体を動かしたような奇妙な感覚があったのだ。


 理解できない不思議な現象。

 それは最近自分の身に起きていることと同じではないか考え、そしてその現象の原因にも1つだけ心当たりがあったのだ。

 そう思い何かを決意すると、窓から空に向かって人差し指と中指を突き立てる。


「ファイヤーショット!」


 そう唱えるとセラフィナの指先から魔術による火球が飛び出し、夜空に霧散する。

 セラフィナは魔力の枯渇により、襲い来る眠気に従い眠りに付いた。


                    ・

                    ・

                    ・


 セラフィナは夢を見ていた。

 真っ白で果てが見えないほどどこまでも広い空間。

 その空間にポツンと1つだけある横長の四角い物体。

 それは1ヶ月前に目覚めてから偶に見る夢。


 夢から覚めるごとに忘れてしまっていたが、何度も同じ夢を見ているうちに、モトキの存在は少しずつセラフィナの記憶に留まっていったのだ。

 そして今日は予め明確な意思を持って話しかけた。


「昼間のあれ、あなたがやったのではないの?」


 セラフィナの問いにモトキは何も答えない。

 それはミタカ モトキの魂であったもの残骸であり、それ以上の意味を持たなかった。

 いつものことだ。


 セラフィナはそんなモトキの死装束の裾をめくり上げ、下半身を露出させようとする。


「ちょっ! 何すんの!?」

「なんだ、喋れるじゃない」


 モトキは服の裾を押さえて起き上がる。

 砕けてバラバラだったはずの体は、よくみると僅かに繋がりだしていた。

 つまりモトキは死んだフリをしていたのだ。


「色々言いたいことはあるけどまずは――」


 セラフィナは両手でモトキの右手を包み込むように掴み、目を瞑り、額を近づける。


「私の名前はセラフィナ・ホワイトボード。私の命を救ってくれてありがとう」


 こうして2人は本当の意味で出会ったのだった。


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