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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第一章 元気という名の軌跡
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9 命の使い方

 モトキはセラフィナの部屋の外に出ていた。

 キテラはセラフィナをベッド降ろすと用意していたお湯に布切れを浸し、セラフィナの着替えらしき寝巻を取り出す。

 キテラがセラフィナの服を脱がし始めると、モトキはこれから起こることを察し、子供とはいえこれは不味いと部屋から退出したのだ。


『……元気すぎるだろ』


 モトキが見る限り、セラフィナの頬はこけ、顔色は悪く、汗の量も尋常ではなく、手足には碌に力が入っておらず、呼吸は荒く、話をするたびに咳をしていた。

 そのどれもがセラフィナが病人であることの証明で、残りの命が長くても1週間という見立ても妥当なものである。

 だというのにあのテンションと情熱とペン速は健常者のそれを上回っているとさえ思えるものであった。


『俺とは全然違うタイプだったな。生きることを諦めるどころか、死ぬことを歯牙にもかけてないよ、あれ』


 モトキはあれ程どうしようもない状態でありながら生命力溢れた精神の持ち主を見たことがなかった。

 まるで軽い風邪で学校を休めたためにテンションがおかしくなっている小学生のようだ。

 しかし起き掛けに自分が生きていることを確認するような人間が、自分の死期に気付いていないはずがなく、セラフィナは自分が明日死ぬかもしれないと思いながらあれ程までに生きているのだ。


『俺もあんな風だったらイサオキとエアに何か返せたかもしれないな……』


 モトキは逃れようのない死が迫ってくる恐怖を知っていた。

 その恐怖を抱えたまま生きていくことの辛さも知っていた。

 そして生きるためにはその恐怖を手放してはいけないことも知っていた。

 知っていても手放さずにはいられなかったのだ。


『あー、失敗したな。病気にならない加護じゃなくて病気を治す加護を貰えばよかった……。そしたらワンチャンスあったのに』


 どうしようもなくセラフィナが生き残れる可能性を考えてしまう。

 本来ならこの世界は死に直すための通過点でしかなく、他人と深く関わるつもりのなかったモトキにそこまで思わせる。

 それほどまでにセラフィナの生き様はモトキにとって強烈なものだったのだ。


『セラフィナの妹になって、セラフィナの生き様を見届ける第二の生は悪くなかったかもな。でもどうしようもないな……。俺に出来るのは忘れないことだけだな。死の淵に立たされても眩しいくらいに生命力溢れたお姫様が居たってことを』


 モトキは窓から体を乗り出し城下の街を見下ろすと、既に多くの人達が活動を始めていた。

 太陽の位置からこの世界に来てからほぼ丸一日経過していることが分かる。


『残り時間は半分、一応他の転生先も探しておくか』


 昨日までは転生すること対すること自体に嫌悪感を抱いていたが、今はだいぶ心が軽い。

 モトキは窓をすり抜け城から飛び出すと、町の人混みの中に消えていった。


                    ・

                    ・

                    ・


 モトキは半日街中を探索し、幾つかの転生先候補を見つけることが出来た。

 その中でも有力な転生先候補は3つ。


 1つ目は商人の長男になり、前世の知識をそこそこ利用してそこそこ成功していこう案だ。

 あまり大々的に成功しすぎて商売敵から恨みを買わないよう注意は必要だが、異世界の記憶を持っているというアドバンテージを活かすのならここだろう。


 2つ目は貴族の家の3男となり、跡取りである長男を支えていく案。

 街中でたまたまアドヴァイス家という貴族の家の良い噂を聞き、実際に確認したところ人の良さそうな人が多くいたので候補に加えたのだ。


 3つ目は馬車を引いていた羊のような生き物を取り扱う牧場の長女となることだ。

 女性になるのは気が引けるが、それでもあの生き物のフワフワモコモコにはとてつもない魅力があった。

 ちなみにこの家には長男が既にいる。


 これにセラフィナの妹である姫になる案を加えた4つの中から選ぶ予定である。

 実際に転生するのは明日の早朝に行う予定で、今日の残りはどの転生先を選ぶかを考えることに使うことにしたのだ。

 考える場所は城内のセラフィナの部屋。

 やはりどうしても転生先よりも彼女の存在の方が気になって気になってしまうのだ。。


 モトキが城の門の前に行くと偶然馬車が通るところだったので、今度はすんなりと城内に入ることが出来た。

 すれ違いざまに停車している馬車の中を覗き込むと、昨日の医者とその助手らしき女性が乗っている。


『セラフィナのところに行くのかな? だったらご一緒させてもらいますね』


 昨日はセラフィナの部屋に辿り着くまでに城内を探索しまくり、出るときは窓から飛び出したため、部屋の正確な場所が分からなかったので都合が良かった。

 昨日と同じように中年の男性に城の奥へと案内されていく。

 しかし向かった先はセラフィナの部屋とは全く別方向にある部屋だった。


『セラフィナの診察に来たんじゃないの?』


 それなら用はないと引き返そうとしたが、ここで準備を整えてからセラフィナの元へ行く可能性に気付き、3人と一緒に部屋の中に入ることにした。

 部屋の中は誰かの、恐らくは中年男性の私室だろう。

 中年男性と医者は机を挟んで椅子に座り、助手は医者の背後に立っている。

 そのまましばらく沈黙が流れると、中年男性が徐に口を開いた。


「それで、セラフィナ様はいつ死ぬ?」

『乱暴な言い方だな、そこはいつまで生きれるか、だろ』


 中年男性の言い方にモトキは少しムッとした。

 セラフィナが死ぬのはほぼ確定事項なのは分かっているが、今でも頑張っているセラフィナに対してそんな言い方はないだろうと。


「そう焦るな、自然死に見せかけるには時間がかかるんだ」

『はい!?』


 モトキの全身に衝撃が走った。

 流れていないはずの血が一気に冷たくなるような気分だ。


『自然死に見せかけるって……あんた等セラフィナに何をしてるんだ!?』

「しかし当初の予定よりだいぶ長引いている。あの方はお前が金欲しさにわざと長引かせているのではないこと疑っているぞ」

「まさか、必要以上に長引けば毒を盛っていることがバレる可能性も高くなる。いくら金のためとはいえ、そんなリスクを負いたい訳がないだろう」

「あの小娘、元から病弱な割に中々しぶといのよねぇ」


 モトキが訪ねると親切に教えてくれた。

 要するにセラフィナを良く思ってない誰かの指示で、セラフィナが毒殺されようとしているのだ。

 先ほど氷のように冷たくなった血が、今度は沸騰するかと思うほど熱くなる気がした。


『くそっ! こいつのどこが医者だ! とんだ節穴じゃないか、俺の目は!』


 モトキは自分の見る目のなさを悔いながら部屋から飛び出し、セラフィナの元へ急いだ。


 場内からの道筋が分からないので、窓から外に出て、屋根の上を通り、今朝飛び出した窓のある場所を探すことにした。

 その結果、大幅にショートカット出来たため、数分でセラフィナの部屋に辿り着いた。


『セラフィナ! 大丈夫か!』


 セラフィナは相変わらず不健康そうな顔と呼吸でベッドの上に眠っている。

 モトキはセラフィナの腹部に手を当て意識を集中し、妊娠の有無を調べる加護を使う。

 もちろん妊娠しているはずはなく、モトキが知りたかったのはその先の健康状態だ。

 流れてきた情報は様々な病気の症状に疾患、そして毒性反応だった。


『全然大丈夫じゃない! そして本当に毒を盛られてた!』


 モトキはとても焦っていた。

 病気で死ぬなら仕方がないと諦められるが、毒殺となれば話は全く違う。

 自分が気に入った相手が殺されそうとしているなら、見過ごす訳にはいかない。


『でもどうする!? 俺に何ができる!?』


 前提として今のモトキはこの世界に一切干渉することができない。

 以前セラフィナが死んだ際に自分に出来ることを考えた結果は、セラフィナの存在を忘れないことだけである。

 しかしそれだけではセラフィナの救いにはならない。

 モトキはこの状況で更に自分に出来ることを必死になって考えた。


『今の内にあの3人がセラフィナを殺したっていう証拠を掴んで、俺が転生したらあいつ等の罪を暴いて豚箱送りにする! それでセラフィナの無念を晴らす! これだ!』


 現状何もすることが出来ないのなら、転生してから敵を討つしかない。

 それがセラフィナの為に出来る唯一の事だった。

 モトキは吸っていない息を整え、心を落ち着かせてセラフィナに向き直る。


『セラフィナ、無念だとは思うけど耐えてくれ。俺が必ず仇を取るから』


 モトキはセラフィナの頬に触れる体制を取り、敵討ちの誓いを立てる。

 そうしていると扉をノックする音が聞こえ、セラフィナは目を覚ました。


「セラフィナ様、お医者様がお見えになられました」

「どうぞ……」


 部屋の前に立っていた兵士であろう。

 男の声に応えてセラフィナはあの偽医者と助手を部屋に招き入れた。

 これから毒を盛るというのに平然な顔をしている2人をモトキは睨みつける


「こんにちは、セラフィナ様。ご加減は如何ですか?」

「はい、薬が効いたのか、以前より体調がいい気がします……」

「それは良かった」

『……』


 セラフィナは今朝とは違い大人しい声で咳をしながらそう言った。

 実際は薬ではなく毒を盛っているのだから、体調が良くなるはずはなく、それは明らかに虚勢である。

 偽医者は診察の真似事を一通り行うと、助手の持っていた鞄から薬を取り出した。

 十中八九毒である。


「この薬を飲み続ければ病気は必ず治ります。それまで頑張りましょう」

「はい……」


 セラフィナは偽医者から手渡された薬を何の疑いもなく飲み干し、ベッドに横になった。

 モトキはそんなセラフィナを黙って見守っている。

 見守ることしかできなかった。


「それではまた明日お伺いします。お大事に」

「ありがとうござ――ごふっ!」

『セラフィナ!』


 医者が立ち去ろうとするとセラフィナが吐血した。

 見るからに危険な状態である。


『大丈夫――じゃないな。毒の許容量を超えたか……』

「がはっ! ごふっ!」

「やれやれ、ようやくか」


 偽医者は他には聞こえないような小さな声でそう呟くと、立ち止まりセラフィナの方に向き直る。

 セラフィナが偽医者に向かって手を伸ばしているが、偽医者は黙って見下ろしているだけだ。


『セラフィナは死ぬ。俺には何もできない。分かっていたことだ。諦めて受け入れろ。俺にはそれしか……』


 モトキは自分にそう言い聞かせてセラフィナから目を背け、偽医者を睨みつける。

 すると睨んだ先にいる偽医者の姿がイサオキと自分を殺した魔王の姿とダブり、モトキは息を飲んだ。

 姿が似ている訳ではない。

 このどうしようもなく理不尽で、無力な状況があの時の記憶を呼び覚ますのだ。


『そっか、俺はまた見てることしか出来ないのか……』


 前世の記憶が次々とフラッシュバックしてくる。

 イサオキが殺され、エアが泣き叫び、自分が見ていることしか出来なかったあの状況が。


『……本気で助けたいなら手段がないわけじゃないだろ。それでいいのか、俺』


 それは最初にセラフィナに会いに行こうとした理由の1つ。

 セラフィナを助けることができるかもしれないという可能性。

 ただセラフィナ相手ではその手段を取ろうという決意に至れなかった。


『だけどあくまでかもしれない話だ。それに俺自身もどうなるか分からない。セラフィナはイサオキやエアじゃない。俺にそこまでする理由があるのか?』


 それはモトキにとってハイリスクであり、セラフィナを確実に助けられる確証もない方法だった。

 イサオキとエアが相手なら十分すぎる条件なのだが、セラフィナが相手では相応の理由が必要なのだ。


『理由なんてあるわけないだろ。昨日会ったばかりでたまたま気に入っただけの相手だ。しかもセラフィナからは俺の存在を知りもしない。仇を討とうとしてるだけでも相当おかしい――』

「がふっ、がっ……」


 セラフィナ血を吐きながら助けを求め続けていた。

 目は虚ろで焦点は定まっておらず、もはや何も見えていないが、それでも手を伸ばし続けている。

 自分が生き続ける未来に向かって。


『……そうだ、俺がセラフィナを助ける理由は足りない。けどこの手段で俺にデメリットなんてないじゃないか』


 モトキが決意を決めると体から金色の光が溢れだした。

 モトキは虚空に揺れるセラフィナの手を両手でしっかりと握る。

 魂であり触れることが出来ないはずだが、2人ははっきりとはしないがそれでも何かに触れているのを感じた。


(な……に? せん……せい……?)

『俺も相当どうしようもないけど、それでもあんな屑と一緒にされるのは嫌だな』

(……だ、れ?)


 モトキの声がセラフィナに届き、セラフィナの意思がモトキに聞こえた。

 それは2人の魂が繋がりだした証拠である。


『俺はモトキ。そうだな……いらない命を君に不法投棄に来た』

(……? それってどういう……)

『説明してる間に死にそうだから重要なことだけ話す。君はあの偽医者に殺されようとしてる』

(え……?)


 セラフィナの意識は朦朧としており、モトキの言葉を上手く理解することが出来なかった。

 モトキはそんなことはお構いなしに光の粒となってセラフィナの中に吸収されていく。


『あっ、そこは俺が何とかするからあとは頑張って生きてね』


 その言葉を最後にモトキは消え去り、セラフィナは力なく腕を降ろし、やがて動かなくなった。

 偽医者はセラフィナの脈や心音を調べるとどちらも止まっていた。


「死亡を確認した。報告してきてくれ」

「はい」


 セラフィナの死亡を確認すると助手は報告の為に部屋の外に出て、偽医者は後片付けを始めた。

 セラフィナに背を向け、屈んで床に置いてある鞄に医療道具を詰めている。

 すると偽医者の両肩に何かが伸し掛かった。

 偽医者は何が起こったか分からず、辺りを確認しようするが目を何かで覆われ何も見えなくなった。


「動くな」


 高く澄んだ声でそう言うと、偽医者の首に硬く尖ったものが突きつけられる。


「だ、誰だ! 何のつもりだ!」

「自分が殺した奴の声くらい覚えておけよ」


 それはセラフィナだった。

 肩車の要領で偽医者の方に飛び乗り、左手で目を覆い、右手で机に置いてあったペンを首に突きつけている。


「馬鹿な! 確かに死んでいたはずだぞ! 心臓が――」

「脳が死に始めるのは酸素が送られなくなって約3分後から。その間に死亡の原因を取り除ければ、後遺症なく蘇生出来るそうだよ。この世界でもそうかは知らないけど」


 それは医者すら持ちえぬ医療の知識、モトキの知識である。

 今セラフィナの体を操っているのはモトキだった。

 セラフィナの心臓は毒により一度止まったが、モトキの神の加護により健康な体に仇なすものである毒は無効化されたことにより再び動き出したのだ。


「これはどういうことだ!?」


 部屋の扉が開くとセラフィナの訃報を聞き飛んできた王(仮)が驚愕の声を発した。

 少し遅れてやってきたリツィアにエドブルガ、メイド服を着たキテラ、兵士に助手に中年男も同様に驚いた顔をしている。


「何事ですか!?」

「セラフィナ!」

「姉さん!」

「姫様!」

「この偽医者はセラフィナを自然死と見せかけ毒殺しようとした! そこの中年も同罪だ!」

「なんだと!? ボーミア、それは誠か!」

「そ、それは……これはですね……」


 王に問い質されるとボーミアと呼ばれた中年の男は明らかに動揺しだした。


「逃げるな! お前が無関係なはずがないだろ!」


 気付くと偽医者の助手がこっそり逃げようとしていたのだ。

 助手はモトキに呼び止められると全速力で走りだしたが、キテラが手の平から火の玉を飛ばし助手の後頭部にぶつける。

 助手は派手に転び追いかけた兵士にあっさりと取り押さえられた。


「それと――がっ!」

「どうした!? 大丈夫か、セラフィナ!」


 ボーミアに指示を出していると思われる黒幕について言及しようとしたとき、モトキの中で何かが砕ける音が聞こえた。

 思い出すのは神から教えられた転生の注意点。

 既に魂が入っている体に入ると2つの魂が1つに融合してしまうか、どちらかが消滅してしまうということである。


(そりゃ生まれる前の胎児の魂相手でその2択なら、既に成長してるセラフィナの魂じゃこうなる、よな……。分かってたさ……。バンさん……ごめん……)


 モトキは偽医者の上からずり落ち仰向けに倒れると、モトキの人格は消え、体の主導権はセラフィナに戻された。


「も、とき……」


 セラフィナはそう呟くと意識を失いまるで死んだように眠りに付いた。



第一章はこれで終わりとなります

モトキの軌跡は奇跡を起こすことで幕を閉じます

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