「自我のない騎士」
辿り着いた洞窟は前回の洞窟とは異なり普通の洞窟だった。しかし、奥へ進んでいき異常に気が付く。更に奥、100メートル程先の曲がり角から光が漏れているのだ。
「あれ、シャン君何もしてないよね」
「はい、オレは何もしていません」
「ということは、あの先にいるのは……」
「間違いなくビッグファザーね」
セレンが口にした直後に深呼吸をする。恐らく"エクラ"の、スジャータさんの敵討ちをしたいと言う気持ちと焦ったら敵のペースになってしまうという冷静な思考が戦っているのだろう。オレがそうだった。『奇術返し』を全員にかけたから万全の状態で革命の最終段階であるビッグファザー討伐が目の前で心臓は早鐘を打っている。
……落ち着け、ボリヴィエさんとは以前のように『召喚』後、即剣振って貰うように頼んである。後はビッグファザーの背後に『脱出』をして呼び出したボリヴィエさんに逃げる暇なく斬って貰うだけだ。でもヘマをしてここでまた逃げられたら面倒だ。落ち着け。
自分に何度も言い聞かせながら一歩一歩光を目指して進む。ふと手が柔らかい感触に包まれる。
「3人共怖い顔してる、リラックスリラックス」
フェリーヌさんだった。彼女がオレ達の手を順に握ってくれていた。
「終わったら皆で何か美味しい物食べに行こう、スジャータも一緒に」
「フェリーヌ、貴方……そうね。そうよね。楽しい事を考えた方が良いわよね」
「うん、今大切なのはリラックスして全力で挑むこと」
「ですね。ありがとうございますフェリーヌさん」
「そんな事ないよ、それじゃあ行こう! 」
フェリーヌさんのお陰で気が楽になったオレ達は曲がり角を曲がる、すると大きなコロシアムのような
広場が視界に入る。その中心にビッグファザーはいた。
「ごきげんよう皆さん、前回はよもやシャンさんが奇術師だとは思わず不覚を取りましたが今回はそうは行きませんよ」
「オレから逃げてこんな場所でコソコソと『召喚』の勉強でもしていたのか? 」
「いえいえ、そのような事は。何故なら私は……」
……未だ、『脱出』。
ビッグファザーの話なんて毛頭聞くつもりのないオレは彼の背後に『脱出』をする。
「な……」
「ボリヴィエさん! 」
驚く彼の目の前でボリヴィエさんを呼び出すと彼は打ち合わせ通り彼目掛けて剣を振った。
……勝った。
勝利を確認したその直後、キィンという金属音が鳴り響く。
驚く事にボリヴィエの一撃はビッグファザーの間にいた剣士により防がれていた。
「な、シャンさん、撤退を」
訳がわからないけどボリヴィエがそう言うのだから間違いは無いだろう。『脱出』でセレン達の元へと戻る。ビッグファザーからの追撃はない。
「今のは一体、『すり替え』対策で周囲の障害物は取り除いておいたはずですが……」
どうやら彼はオレの『脱出』に興味がある様だ。とは言え正直に教えて習得でもされたら面倒になるだけなので悟られる訳には行かない。
「さあどうかな、それよりオレはビッグファザーに力を貸す変わり者の剣士について知りたいかな」
「ポーラン、何故貴方が彼に手を貸すのです」
話を変えようとした直後、ボリヴィエが尋ねる、言われて見ると確かにビッグファザーの後ろにいる剣士はポーランだった。
ボリヴィエの問いかけに彼は答えない。代わりにビッグファザーがクックッと笑い出す。
「という訳ですよシャンさん私も正義の奇術師ジャン、いえ貴方が広める前から『召喚』を使用出来たのですよ……貴方以上の力でね」
「オレ以上だって? 」
「ええ、貴方の『召喚』では自我があるためそうやって意思疎通をする必要がある。命懸けです、ですが私のものは違う、この様に呼び出した者の力だけを使う事が出来るのです」
「何て事を……」
ボリヴィエが剣を握る手に力を込める。
「この戦い、ますます負ける訳にはいかなくなりました」
「それは私も同じですよボリヴィエ公、貴方達を打ち倒し圧倒的な力を見せつければシャンも私に先程の奇術を教え命乞いをするようになる事でしょう。さあ、行きなさいポーラン! 」
彼の言葉を合図にポーランさんが動き出した。




