「ウサの村」
夜の道を馬車は南へと向けて駆けて行く。
「こう遅いとウサの村で泊まるしかなさそうだな」
「そうするしかないわね。正確な場所を記したクエストの依頼書が無い以上、依頼を出した人に伺うしかないわ」
実質的な遠回りの提案を隣に座っているセレンが拳を握り締めながらも同意を示す。依頼書はテランさんが持っていたため紛失、御者は4人がウサの村から洞窟まで徒歩で向かったため正確な場所は分からないとオレ達が何の手掛かりも無いという状況に置かれているという事を見失わない程には冷静なようだ。セレンの腕に手を重ねる。
「とりあえず今日は宿で寝て明日の為にゆっくりと力を蓄えよう。向こうはオレ達に会いたがってこんな事をしたんだ。逃げはしない」
「そうね」
彼女は冷静にそう言ったかと思うと次の瞬間、オレに抱き着いた。セレンにしては珍しい反応だったけど、フェリーヌさんもルミさんも何も言わない。
「少しだけ、こうさせて」
「分かった」
そうとだけ答えるとセレンの頭に手を回した。
~~
翌朝、朝日によりベッドの上で目を覚ます。
「そういえば、飯食ってなかったな」
昨日はチェックインをするとすぐに寝てしまったのだ。3人を見ると彼女達はまだ眠っていた。二度寝をする気にはなれず外へ出る。目的地は窓から見える砂浜だ。
ウサ村は海に面していたため白い砂浜の先には青い海が広がっている。暑いため時間によっては水遊び目的で人が殺到するらしい。
「ふう」
ザクザクと白い砂浜で音を鳴らしては青い海へと向かいあと少しと言う所で尻餅を付く。テランさん達の仇討ちを兼ねたビッグファザーとの決戦が迫っているのに何と呑気な事を、と思いながらも潮風を浴びどこまでも続く青い空と海を眺め束の間の平和を楽しむ、10分程そうしていると誰かに肩を叩かれた。
「早いね」
ルミさんだった。
「さっき起きたんですけどもう眠れなくて」
「実はアタシも、風にあたろうと窓を見たら砂浜にシャン君がいたからびっくりしちゃった」
「セレンだったら今頃大騒ぎだったかもしれませんね」
「かもね、『ビッグファザーに狙われたらどうするの』って。ああ見えてアタシと同じ位心配性だから」
「そうですね、時に大胆なんですけどね」
「そうなんだよね、初めて出会った時も……『ワタシは1人でもクエストに行くの』ってマリーさんに止められたのに聞かなくて」
「そんな事があったんですか」
「うん、アタシが戦士になってギルドに入って初めて見た光景がそれ。2人以上じゃないとダメだからね。それでアタシも1人だったから、それなら『アタシで良ければ』って」
「ルミさんが誘ったんですか? 」
意外な話だった、てっきりオレはセレンが2人を誘ったと考えていたからだ。
「うん、そしたらそこに『ボクも入るー』ってフェリーヌが」
「それは……フェリーヌさんらしいですね」
「そうだね」
知りたかった思い出話を聞いているとふと青い水平線に黒い何かが浮かんでいるのが視界に入る。
「あれ、何でしょう」
「分からない、何だろう」
じっくりと目を凝らしその正体に気付く。それは大きな人力の船だった、恐らく漁に出ていたのだろう。ガタイの良い男達が船を漕ぎこちらに向かってきているのだった。
「やはり今日は大漁だ、海の調子も良いからな」
砂場に到着すると男が得意気に話しながら船を押す、その船には大量の魚が積み上げられていた。そんな彼等に老人が歩み寄る。
「これは凄い、これでしばらくは我が村も安泰じゃな」
「これはこれは村長、ええ。ここの所不作でしたからね、今日はツイてますよ」
漁師の言葉にルミさんと目を合わせる。
「まさかこんな所で村長と出会えるなんてね」
「2人に良い土産が出来ました、漁師さんの話が終わったら行きましょう」
そうしてしばらく2人とで漁師と海を交互に眺めていると船から降りた1人の子供がこちらに駆け寄ってきた。
「さっきから船を見てるけど、やんねーぞ」
「そりゃ残念だ」
別に狙っていたわけではないけど、笑顔で答える。それに気付いたらしいルミさんがふふっと笑った。
「君も漁師なのかい? 」
「ああそうさ、今日は俺の勘で海に出たからな。俺の天職は漁師に決まっている」
天職漁師は海や天候への勘が研ぎ澄まされるらしい。とはいえ、その勘で魚をあれだけ捕まえて無事に帰って来たのだからかなりのものらしい。
「それは良かったな」
「へへ、俺は父ちゃんを超える漁師になるんだ」
「そうか、それは楽しみだ」
オレが答えると子供はへへっと笑う。その隅で村長が踵を返して砂浜から上がろうとするのが見えた。
「それじゃあ、未来の漁師さん。またな」
「おう」
彼と手を振り別れると駆け足で村長の元へと向かう。
「村長さん」
「おやおや、どうされましたか? 」
言われて身分を示すSランクの勲章を部屋に忘れてきた事に気が付き慌てるとルミさんがさっと勲章を出す。
「戦士の者です、先程のクエストについてお伺いしたことがございます」
「料金が足りませんでしたかな」
クエストを受注した戦士とは別のSランク戦士の登場に汗を浮かべる村長、恐らくクレームが来たと考えているのだろう。安心させるべく口を開く。
「いえ、そうではなくて。討伐対象がいる場所を知りたいのです」
「場所ですか? 」
「ええ、実は……依頼を受けた"エクラ"の人が討伐対象は倒したと言うのですがその後……アクシデントがありまして、我々で確認をと」
ビッグファザーがいるなんてなると大騒ぎになると思い咄嗟に嘘を口にする。
「なるほど、それでしたら」
村長は持参しているらしい紙とペンでさらさらと地図を描く。
「こちらです」
「ありがとうございます」
紙を受け取ろうと手を伸ばした時、ぐう~と腹が鳴った。
「失礼、昨日から何も食べていなかったもので」
「そうでしたか、それは大変ですなあ」
村長が気まずそうに答えた時、不意に腕に冷たく柔らかい感触が広がる、何だろうと振り向くとそこには2匹の大きな魚を突き出した先程の少年の姿があった。
「あげるよ、腹減っているんだろ? 」
「良いのか? 」
「俺達の家の取り分だからな。その味、俺が漁師になるまで覚えておいてくれよな」
彼はそう言うとそそくさと父らしき男性のもとへと向かう。
「ありがとうな~」
彼の背中に向かって叫んだ。




