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「言葉無き攻防」

 3人で馬車に乗り込むと馬車が動き出す。

 ……彼女が【奇術師】だって言うのは黙っていた方が良さそうだな。

 少女とお手玉をするセレンを眺める。あそこで夫婦を問い詰めようにもどうしてそんなことが分かったのかとオレの自信が疑われる羽目になる危険もあったしクエストを受けた以上断るのも面倒だ。しかもそれがマリーさんが直々に好意で渡してくれたものだから更に面倒なことになってしまう。それならば、何の能力かは検討が付かないけどむやみに使わないようにと(しつ)けられたのなら黙っていてクエストを完遂した方が良いと言う考えだ。特に最近は【奇術師】関連の噂が多くこの事を知ったら王が何かして来るという可能性もある以上、あくまで何も知らない戦士を装った方が得だ。


「ちゃっとシャン聞いているの? 」

「悪い、考え事をしてた」

「そう……」

「お兄ちゃんも遊んで! 」


 お手玉を手にしながらメアリーが言う。


「お手玉か」

「シャンはこういうの得意でしょう? 」

「まあ……な! 」

「上手いものね」

「わーすごーい! 」


 両手を使いながらあ5個のお手玉を空中で回すと大袈裟にメアリーが両手を叩く。

 ……まあ【奇術師】だからな、この位お手の物よ。

 とはいえ、褒められて悪い気はしない。


「ほい! 」


 調子に乗ると玉の1つを彼女に渡す。それを彼女は投げてオレの回しているお手玉に混ぜたのを確認すると適当な1個を彼女に渡す、そんな遊びをしばらくしていると……


「うおっ」

「きゃっ」


 馬車が急停車しお手玉は全部がバラバラと床に……落ちずにフワフワと宙に浮いている。

 ……おいおいウソだろ。『飛行術(フライ)』が使えるのか。

 セレンが何があったのか御者に確認をしている間に慌てて宙に浮いている玉をかき集める。よりによって一番誤魔化すのが面倒な奇術を使うとは厄介なことになりそうだ。


「ごめんなさい、ここが私の仲間フェリーヌとルミとの合流地点だと言う事を御者さんが忘れていたみたいなの」


 セレンがそう言い終わるや否や扉が開き2人が入って来る。


「お久しぶりだねシャン君、そしてこの子が」

「メアリーです」

「メアリーちゃんか可愛いねアタシはルミ、宜しくね」

「ボクはフェリーヌ、それじゃあこれお土産だよ。好きなのを食べて良いよ~」


 フェリーヌさんはそう言うとニュール、ベニエ、ダリオル、ゴーフルと言った様々な食べ物が入った袋を彼女に手渡す。


「ありがとう~じゃあこれ」

「ダリオルくれるの? ありがと~実は狙っていたんだ」

「ありがとう、ゴーフル食べたかったんだ」

「ありがとう、食べたかったの、よく分かったわね」


 セレンの言葉でハッとする。

 ……3人とも社交辞令で礼を言っていたんじゃないのか? だとしたらマズい。

 慌てて『読心術(テレパシー)』で3人を探ると確かにガッツリとダリオルを食べたい、甘いゴーフルが良い、両方を満たしたベニエが良いと心の声が告げている。

 ……もしかしてメアリーは『読心術(テレパシー)』も使えるのか?


「まあ、子供は鋭いからな~」

「ごめんねお兄ちゃんは分からなかったの」


 慌ててフォローをしたのにも関わらず意味深な謝罪をするメアリー。

 ……頼むから大人しくしていてくれ。


「そうかー、まだまだだな。お兄ちゃんはガッツリとこのニュールが食べたかったんだ。貰っても良いかな? 」

「良いよー」


 満面の笑みを浮かべる少女からニュールを受け取ると齧り付く。小麦の味が美味い。

 ……とはいえこのままじゃいつボロが出るか分からないな、いっそ眠らせるか、喰らえ!

 メアリーがこちらを見たのを見計らって『催眠術(ヒプノシス)』をかける。


「ふわあ、なんだか眠くなって来たかも」


 次の瞬間、オレの隣に座っていたルミさんが欠伸をすると眠りにつく。

 ……なんでルミさんが? まさか『奇術返し(リフレクト)』が使えるのか? そんな素振りはなかったけど、もしかして『奇術返し(リフレクト)』って長時間使えるのか? 参ったな、図らずともオレが教わってしまった。こうなったならいっそセレンとフェリーヌさんも眠らせるか? いやそれだとクエストが終わった後万が一【奇術師】絡みだと判明した時に面倒か。となるとオレはこのまま2人を相手に誤魔化し続けないといけないのか?

 思わずため息をつく。


「どうしたのシャン君」

「いえ、別に……そうだ、お手玉で遊ぼう」


 提案をすると彼女が首を横に振る。


「お姉さん眠っちゃったからそっちに移動して起こすのも悪いしそれよりももっと面白い遊び見つけちゃった」

「そっか、どんな遊び」

「秘密」


 満面の笑みを浮かべて答えるメアリー。

 ……秘密ってなんだ。そう来るならこっちは。


「あー何か眠くなってきたな……あ! 」


 何とかメアリーを昼寝に誘導しようとした所信じられないものが視界に入る。何と窓に映る木々が宙に浮いているのだ。


「どうしたのよ一体」


 セレンがオレの視線を追う。

 ……マズい、『飛行術(フライ)』ならオレはその逆で浮かばせつつも地面に押し込むのを意識し……て。

 見よう見まねで真逆の力を加え浮いているものを戻そうと試みる。


「何よ、何もないじゃない」


 間一髪、隠し通すことに成功。

 ……それにしても目が離せない子だな。これはとんでもないクエストになりそうだ。

 と覚悟を決めつつ早く引き渡し場所に着くことを願いながら無邪気に笑う彼女を見つめた。


 ~~

「いやいやありがとうございます、助かりました」

「こちらこそとても大人しく良い子で助かりました」


その後も幾度となく繰り広げられた『飛行術(フライ)』の攻防の末誤魔化し通す事に成功したオレは最後の力を振り絞り街の引き渡しの場に立っていた。奇術でも何時間も使用すると疲労が凄いというのが今回の教訓だ。

 ……それにしても大人しい子か。その割には両親にバレないようにと止められたらしい奇術を使いまくっていたな、まあ5歳なら親の言いつけを守らなくても不思議ではないのか?


「それじゃあ、メアリーちゃん元気でね」

「元気でな」

「バイバーイ」

「ほとんど眠っててごめんね」


 ……何はともあれ、これでクエストは達成。馬車でゆっくりと眠るとしよう

 と別れの挨拶を済ませ馬車へと戻ろうとした時だった。


「バイバーイ、お姉ちゃん、お兄ちゃん、遊んでくれてありがとう」


 彼女が手を振ってくれたので振り返す。

 ……遊んでくれてって、あんなに奇術をポンポン使ったのはまさか、な。

 浮かんだ疑惑を即座に振り払うと睡眠を取るべく馬車へと戻った。

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