「正義の奇術師ジャン」
マーシャを倒し皆に『催眠術』をかけ一連の騒動をセレン達のお陰とすると隠していた鎧と剣を回収し『脱出』で家へと移動する。
「戻りましたよルミさん」
家に着くなり声をかけるも彼女の姿がない。どうかしたのだろうかと思ったその時だった、玄関のドアがガチャリと開く。
「し、シャン君」
「ルミさん、どこ行っていたんですか」
「そ、それはね……」
「やっほ~シャン君」
ルミさんが答えようとした時にフェリーヌさんがひょっこりと姿を現す。
「こ、こういう事なんだ、フェリーヌが近くの美術館にいるって分かったから書置きを残して迎えに行ってたの」
「大変だったんだよ~気が付いたら美術館の中にいるし絵画泥棒だ~なんて言われるしで、ルミが絵を持って来てくれなかったら今頃騎士団に連行されていたかも」
「それは、大変でしたね」
「シャン君の方は? 」
「何とか倒せましたよ」
と戦利品の指輪をテーブルに置く。
「すっご~い、1人で倒しちゃったの? 」
「ええ、まあたまたまですよ」
「ほ、本当にシャン君がいてくれて助かるな。それでセレンの事なんだけど、メ・ロンの産地から絞り込めたんだけど候補が幾つかあって」
「それならマーシャとかいう奇術師から直接聞きましたよ」
「嘘! ? どこなの? 」
「ロン村と言うあの村からなら遠いけれどこの街からなら近いですよ」
「本当に凄いねシャン君、それなら早く迎えに行こうよ」
とフェリーヌさんが急いで玄関へと向かうのを止めるべく彼女の肩を掴む。
「それには及ばないと思いますよ」
「どうして? 」
「セレンの性格を考えると」
「あ」
「そっか、シャン君は行ったこともないし村から近いし時間は経っているしでかもね~」
もうすぐここに帰ってくるとオレが言い終えぬうちに2人がオレの言いたいことを理解する。その直後だった、ドタドタと音がして勢いよく扉が開く。
「あの女、果物に変えるなんてとんだインチキよ、目に物を見せてやるわ! 」
と物騒なことを口走りながらセレンが帰還した。
~~
「セレン様、フェリーヌ様、ルミ様、シャン様、村を救ってくださりありがとうございました」
「え、ええ」
「あ、あはは」
「良いのかなあ」
セレンにも説明をし馬車で帰らないといけないので村へと戻るとオレ達は熱烈な歓迎を受け、宴まで開いて貰った後見送られて馬車で街へと帰還する。
「はあ、やってもいないことで感謝されるのって心が痛むわね」
「す、凄い悪い事をした気がするね」
「そうだね、シャン君は凄いな~村の人全員にそう思わせるなんて」
馬車が出るなり三人がため息をつく。確かにここまで熱烈な感謝を受けたのは始めてた。それが本来自分ではないものに向けられるはずだったとなると辛いのだろう。
……まあオレは今回やられたことを何倍にも返して完勝したから凄い気分が良いけど。
温かい目で3人を見守っているとそんなオレをチラチラとセレンが見ていた。
「一応聞いておくけど、ワタシ達に『催眠術』は使っていないわよね」
「使っているわけないだろ、使ってこの状況だったら虚しいだろ」
「そう、そうよね……」
「そういえば、セレンとシャン君馬車を降りる時に何を話してたの~? 」
「こ、こらフェリーヌ。それは2人だけの……」
「ええ~ボクらがセレンと話していた時シャン君聞いてたじゃん」
フェリーヌさんが子供のように頬を膨らませて言う。あまりに可愛いので意地悪は止めて教えようと記憶の糸を辿った。
「確かあの時はセレンがオレの事を好k……ええっ? 」
「す、好き! ? セレンシャン君に告白したの? 」
ルミさんが驚いた様子で顔を近づけ尋ねる。
「え、ええまあ……」
「でもその後シャンだってワタシの事を好きって……」
「ええ? 」
ルミさんが再び驚きの声を上げる。
……恥ずかしい。そうか恥ずかしさの余り記憶が飛んでいたけれどオレは告白していたのか。でもこれはどうすれば良いんだ。オレ達2人が両思いですみたいになったら2人は気まずいだろうし。
チラリと再び2人を見る、ルミさんは慌てていたが対照的にあんなに聞きたがっていたフェリーヌさんはキョトンとしていた。
「それだけ? 」
「「え? 」」
フェリーヌさんの言葉に思わず顔を見合わせる。
「ボクだってシャン君とセレンが好きだよ」
……どうすれば良いんだ。
迷っていると観念したようにセレンが言う。
「ワタシだってフェリーヌとルミの事が好きよ」
「アタシもシャン君とセレンの事が好き」
……ルミさんも乗ってくれたのでここは便乗するしかない。
「オレだってフェリーヌさんとルミさんが好きです」
セレンに倣いそう答える。その言葉に嘘偽りはないし4人パーティーなので今はまだこれが正解だろう。
「それじゃあ今日はギルドに向かった後は4人で何か美味しい物でも食べに行きましょう」
「「「おー! 」」」
セレンの提案にオレ達は乗ることにした。
~~
夜、トーオの街に着いたオレ達は討伐報告の為に勢いよくギルドの扉を開く。瞬間、1人の戦士に肩を掴まれる。
「おい聞いたかよ、正義の奇術師によって"奇跡の会"の四天王とやらが壊滅したらしいぜ」
……なんだその事か、オレ達は今その報告も兼ねて討伐報告を……え?
「壊滅したって誰から聞いたのよ」
「なんでえセレンじゃねえか。果物にされちまったようだから知らないのも無理はねえか、まあ無事で何よりだ」
「何で貴方がそんなことを知っているのよ」
セレンが顔を真っ赤にしてオレを睨む。
……いやオレを睨まれても。
困惑しているとマリーさんが受付からこちらへと駆け寄って来るのが見えた。
「セレンさん、落ち着いて下さい。気持ちは分かりますから」
「気持ちってまさか……どういう事よ、何で私達がクエスト失敗したみたいになっているの? 『催眠術』をかけたのよね? 」
セレンがオレに小声で尋ねる。
「間違いなくかけたぞあの場にいた全員に。でも、あー……」
「あーって何よ」
「果物にされた皆の話を聞いた後、足止めを兼ねて金貨をばら撒いたんだ。あの金貨に目もくれず馬車にも頼らず走り去って村を出た人がいたのなら有り得なくもないけど……いる訳もないだろ」
断言する。
……何故ならオレが村人の立場だったら間違いなく金貨を拾うだろうから。
そんな話をオレ達がしているとは露知らず、マリーさんは目を輝かせ言う。
「でも素敵ですよねロマンさん、投げられた金貨には目もくれず、馬車もないのに村を出て恋人を迎えに行ったのですから」
「いたじゃない」
「……みたいだな」
「ていうか、何? シャンはワタシよりも金貨を取るの? 」
「そんな訳ないだろ」
「それもそうね……あの時ワタシの前まで駆けつけてくれたから……」
と顔を赤らめるセレン。誤解が解けたようで良かった。
……いや待てよ、良くないぞ。思い切り名前を名乗ったのにマズいじゃないか覚えていられちゃ、ギルド内で広がる程の噂を『催眠術』でなかったことにするのは流石に……いやそれにしてはマリーさんがオレに何も言わないな。
「その正義の奇術師の名前って何て言うのですか」
「確か、ジャン、と言う人らしいわよ」
『ジャンさん素敵! ジャンさんみたいな素敵な男性がどこかにいないかしら? 』
『読心術』込みで探りを入れてみたが、マリーさんがオレを捕えるためにとぼけているという訳ではなさそうだ。
……村人の勘違いと鎧と剣を身に着けて行かなかったことに救われたか。
とりあえずは身の安全が保障され胸を撫で下ろすとセレンがオレの肩をつついた。
「……待って、その人村に戻るのよね? 」
「ああ、そうだろうな」
「だったら今すぐにでも村に戻って『催眠術』をかけ直さないといけないんじゃない? 」
「あー……」
こうしてオレ達は豪華なレストランではなく再び村に向かうことになった。




