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「欲しい物」

 目を覚めるとそこは懐かしい宿ではなくよく分からない部屋の天井だった。

 ……ここは一体。

 身体を起こし周囲を見渡す。洒落(しゃれ)た棚に綺麗に整頓(せいとん)された本の数々、寝心地の良いフカフカのベッド、(ちり)一つない部屋。

 ……部屋! ? これは部屋なのか?

 普段の安宿の部屋とは比べ物にならない程の広さの空間に思わず(まばた)きを繰り返す。しかし何度しても目の前の光景は変わらなかった。信じられないことにこの世界にはこのような部屋というのも存在したようだ。


「あら気が付いたようね」


 ボーっとしていると遠くにあった洒落たドアが開いてセレンが現れる。


「セレン、ここは一体どこなんだ」

「ワタシの家よ」

「はい? 」


 忘れていたがセレンはAランクの戦士だった。分け前で受け取った袋一杯の金貨を毎日貰っていたとなればこうなるのも不思議ではない。


「そうか、戦士ってのは凄いな」

「貴方も今は戦士じゃない。そのうち住めるようになるわよ、勲章を見せれば疑う人もいないでしょうから」

「それもそうか」


 ……とはいえ、いざ住んでいいよと言われると安宿の方が落ち着くな。


「それで、どうしてオレはここに? 」

「覚えていないの? 貴方ギルドで急に倒れたのよ。どこにも異常はなかったみたいだけれど、疲れが溜まっていたのでしょうね」


 彼女の発言できっかけで記憶が蘇る。

 ……そうだ、オレは新しい力を試そうとした結果知恵熱が出てギルドで倒れたのだった。


「心配かけて悪かった、クエストは? 」

「今日はお休みってことになったわ」

「悪いことしたな」

「別に構わないわよ、四人でパーティーなのだから。ワタシの方こそごめんなさい。急に謝ったりして」

「ああ……もう過ぎたことだから良いよ」


 制度はともかく以前の事を気にしていたなら楽にしなくてはと口にする。この生活は気に入っているし憎むべきは王なのだから……。

 ……とはいえ、これでまた雑に扱われたりしたら別だけど。

 等と考えていたら再び扉がバンと開く。


「おお、シャン君目が覚めたみたいだね、お見舞いに来たよ~」

「ほ、本当に良かった」


 何やら紙袋を抱えたフェリーヌさんとルミさんが姿を現す。


「二人共、悪いわね」

「いや~シャン君が倒れた時、鍵をかけないなんてセレンはよっぽど慌てていたんだね~シャン君には悪いけどセレンを見て一周回って正気に戻っちゃったもん」

「は、はい。私もビックリしましたけれどセレンは……はい」

「ちょっと二人共」


 セレンが焦る。この機会を逃すまいと本来ならからかいたい所だけれど今回はオレが原因なのでそんなことは出来ないどころか申し訳なさでいっぱいになる。


「それじゃあ、お昼にしましょうか」

「わーい、久しぶりのセレンの料理だ」

「そ、それじゃあアタシは、念のために薬草をすり潰して飲ませて上げたいけど、色々と借りても良いかなセレン」

「構わないわ」


 とセレンとルミさんが遠くのキッチンへと向かう。図らずともフェリーヌさんと二人きりの状況になった。思わず心臓の鼓動が高鳴る。


「ごめんねシャン君、ボク料理もお薬とかも全然ダメで」

「いえ、構いませんよ。フェリーヌさんが側にいてくれるだけで幸せですから」

「ありがとう、シャン君は優しいね~」

「フェリーヌさんはお休みの日には何をされていますか? 」

「ボク? ボクはその……食べ歩きとか」

「食べ歩きですか、美味しいお店ありますか? 宜しければ今度ご一緒させてもらっても? 」

「アハハ、勿論だよ~でも一番はセレンの料理な気がするけどね」

「あら、随分仲良くなったのね」

「そ、そうですね」


 首尾よくデートの約束を取り付けた所に二人が戻ってくる。


「出来たわよ、冷めないうちに食べましょ。お口に合うと良いのだけれど」

「わ、私も飲み物タイプの薬草に出来たから後で飲んでね、料理の横に置かせてもらったから」


 ……セレンの手料理か、フェリーヌさんは高評価のようだけれど妙に緊張するな。

 奇妙な感情を抑えながらキッチンの手前にあるテーブルへと移動し椅子に腰かける。


「「「いただきます」」」

「はい召し上がれ」


 スプーンを手にセレンのパスタ料理を口に含む。

 ……こ、これは。


「前、食べたことあるぞ」

「気のせいよ、きっと」

「間違いない、ソースこそ異なるけれどパスタ本体へのこの味付けは食べたことがある。そう、以前オレが寝込んでいる時に持ってきてくれた」

「……どうして分かったのよ」


 セレンが観念する。


「やはりそうか、セレンは買……」

「ええ、ズルいよシャン君。毎日セレンの料理食べていたなんて~」


 フェリーヌさんが被せて言うとオレの頭をブンブンと振る。

 ……待てよ、そうか。考えてみれば買ってきたのだとしたら四食分も同じソースのパスタを保存しておいたことになる。そんなことちょっとでも多く買うことで安くしてもらおうとするオレならともかくずっと金持ちだったセレンがするはずがない。するとしてもソースは異なるはずだ、つまりこのパスタはセレンの手作りだということになる。ということはあの毎食さも買って来たかのように出してくれた料理もセレンがわざわざ家で作って来たということになる。


「フェリーヌがそんなに気に入ってくれているだなんて知らなかったわ。フェリーヌにも今度届けるわよ。希望があればルミにも……それでシャン、か……何よ」


 セレンがオレに視線を向ける。


「か……帰って作ってくれたなんて申し訳ないなって本当世話かけて悪かった。本当にごめん」


 ……流石に気付いた今買って来ただろなんて言えない、というか申し訳ないので咄嗟に誤魔化しながらも疑ったこともこっそりと詫びる。


「別にいいわよ、私の分のつ、ついでだから」

「アハハ、それにしても二人共今日は謝ってばかりだね~」

「そ、そうですね。セレンさんも突然謝ってましたし」

「それは……悪いと思ったからで……そういえば、結局聞きそびれてしまったけれどシャンは何か欲しい物はあるの? 」

「欲しい物か……あるよ」

「何? 」

「き、気になります」


 丁度今三人を見て浮かんだ物を口にする。


「Sランクの戦士の勲章だよ」

「そう来たか~」

「……本当に? 気を遣っているとかではなくて? 」

「本当だよ、Sランクの勲章を持って更にこの国になくてはならない程のパーティーのメンバーに【奇術師】がなったとなれば流石に王も【奇術師】への待遇も考えないといけないかなと思ってさ」


 とオレではなく以前であったマクベスが口にしたことをそのまま伝える。


「……なるほど」

「い、良いですね」

「皆で頑張ろ~」

「そうね、AランクのクエストをこなしてSランクを目指しましょう」

「は、はい! 」

「それじゃあ皆で乾杯! 」


 横にあったコップを手にすると一気に飲み干す。しかしよく見ると誰一人続くものがいないどころか三人の食器の近くにはコップすらない。

 ……あれ、もしかしてオレが飲んだのって。

 途端に強烈な苦味に襲われる。

 ……やっぱり薬だったか。

 苦味に耐え前を向くと突然食後にと言われた薬を飲みだしたオレに対して苦笑いをしている三人の姿が目に入った。


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