第1話
宮廷の貴族たちは、日々の話題に事欠かない。
一人の女性がリュビ族の王子の屋敷に迎えられたという噂が流れたのは、すでに3カ月も前のことだ。始めこそ宮廷中が謎の女性のことで持ち切りになったが、それもすでに忘れられつつある。
この3カ月間、王子が彼女を公の場に連れ出すことは一度もなく、また真相について聞かれても口を開くことはなかった。
女学院出身であることと王妃公認であることが、まことしやかに囁かれているだけで、真相については、いまだ分かっていない。
それらのことは、王子がその女性を公的なパートナーとして扱う気がないということを意味していた。
王子はこれまで、どれほど親しくなった女性であっても、また、どれほど女性が懇願しても、屋敷に住まわせることはなかった。貴婦人たちはそのことを知っていただけに、はじめこそ噂の女性を意識しライバル心を燃やしていが、その必要はないのだと結論付けた。
宮廷の蝶たちは、再び王子に期待のまなざしを送るようになった。
リュビ族の社会では、力ある男性が何人も妻を持つことが当たり前。
女たちに言わせれば「仮に噂が本当だったとして、最初の妻はすでにいるかもしれないけど、それがなんなの」というところだ。むしろこれをチャンスだと捉える向きもある。
最初の妻を娶ったということは、これから本格的に王位継承の土台作りを始めるつもりなのかもしれない。これを皮切りに、何人か妻を娶り始めるのではないか。
それを裏付けるかのように、夜会で王子の同伴を務める女性は幾人も入れ替わり、新しい話題を提供し続けている。
女たちは、なんとかして王子の視界に入ろうと、そわそわしていた。
最近注目のライバルは、ここ1カ月間王子と共に行動している、エムロード族の王女だ。
細かくウェーブした緑の髪を持ち、人形のような顔立ちにどこか妖艶さが漂う美少女だ。
もともと純血にこだわらないリュビ族は、過去もたびたび他の血族から花嫁を迎えている。五大貴族同士というつり合いのとれた二人に、周囲は結婚も間近ではないかとささやき合っていた。
「つまらなそうなカオ」
ぼそりと右隣から聞こえた細く澄んだ声に、視線はまっすぐ向けたまま、ジェラールは心の中で同意した。それもそのはず。つまらなそうな顔をしているつもりはないが、事実、つまらないのだ。
視線の先の、野外に特設された舞台の上では、今宵の妖精役である、サフィール族の姫がダンスを披露している。長い手足が滑らかに翻り、清らかな水の流れのように美しい。しかし心は、景色を眺めているかのように表面を滑っていくばかりだった。
王の左右といわれるリュビ族とサフィール族。その王族ともなれば、付き合いは多い。どちらの王がより優れていて、より影響力が強いのか、本人たちが気にしないようなささいなことまで、それぞれ同族たちは大いに気にするところだ。
いくら興味がなかろうが、こうしたもてなしを無下に扱えば、サフィール族を軽んじているという話にまで発展しかねない。
つまらなそうだ、と口に出した右隣の娘を見下ろす。娘の視線は舞台に向いたままだったので、相手の頭頂部が見えるだけだ。細かく波打つ緑の髪を左右で結んでいるため、分け目の地肌が見えている。その分け目を意味なく見つめた。ドレスへと少し視線をずらすと、自然、胸元が視界に入る。しかし、いっそ潔いほどまっ平なため、すぐに彼女のつま先を見ることができる。
「お前のその服」
「ナニよ」
「どこのデザイナーが作った?」
「‥‥‥‥」
緑色の長いまつ毛はぴくりとも動かない。
「依頼したい。デザイナーは?」
「‥‥‥‥」
「もし他からの依頼を受けないというなら、お前から頼んでくれ」
ジェラールが一旦こうなると、てこでも動かないことを知っている王女は、無視をしても無駄なことを悟り、呆れた目を王子に向けた。
「アレのため?」
「俺の婚約祝いにしてくれてかまわない」
「あつかましい」
了承の言葉と取って、ジェラールは再び舞台に視線を戻した。




