第1話
その日は、常と同じように過ぎて行った。
アニーがベルのところへお茶をしに来て、アニーが帰るのを見送る。ジェラールが宮廷から帰ってくるまで待ち、夕食を共にする。同じベッドで眠り、隣で目を覚ます。
ジェラールとの関係は、波風も立たず、まるで揺りかごの中にいるような安心感があった。ジェラールが無口な性格だと分かってしまえば、説明が少ないのも気にならなくなった。うまくいっているのだから、あえて言葉にする必要はない。
今日と同じ日が、次の日も訪れるのだと思っていた。
次の夜から、ジェラールが帰って来なくなるまでは。
ベルは自室で侍女たちとおしゃべりをしながら、ジェラールの帰りを待っていた。いつもなら帰ってきてもいい頃だ。
まだ、窓の外から馬車の音は聞こえてこない。
外で小さな物音がするたびにそわそわとしながら、気にしていることを侍女たちに知られないように、平然を装っていた。
ジェラールは今朝、いつも通りに出廷した。帰りが遅くなる理由に思い当たることはない。
そうこうしているうちに、窓の外はすっかり暗くなってしまった。
侍女がカーテンに手をかけた。
「あっ」
「どうかなさいましたか」
「……いいえ、なんでもないの」
窓にカーテンがおろされ、用意されるままに寝間着に着替え、ベッドに入った。
屋敷に引き取られてから、一人で眠るのは初めてだ。
きっと何か緊急の用事があったに違いないと思いながら、目を閉じた。
1日目は、そうやって過ぎて行った。
2日目は、きっとどうしても帰れないような仕事があったのだ自分を納得させた。
3日目は、このままもう帰ってこないのではないかと不安になった。
4日目になって、さり気なく侍女に切り出した。
「あの……ジェラール様は、最近帰ってきませんね」
侍女たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「ご存じありませんでしたか。旦那様は南部の視察で、お帰りは明後日になります」
当然ベルは知っているものだと思っていた様子。どうやら知らないのは自分だけだったようだ。
出発の朝のジェラールは、普段と何も変わらない様子だった。そのときになぜ言ってくれなかったのか。たった一言、それだけでいいのに。
ベルが気にしないとでも思ったのだろうか。それとも、ジェラールにとって自分はその程度の存在なのだろうか。
悲しかったが、お世話になっている身分なのだから、ジェラールにどうこう言う権利はない。
ただ、相手の都合に合わせて、従順に待っていればいいのだ。
相手が、ベルに伝えようと思ってくれるまで、自分からは言わないと決めた。
ジェラールは予定より1日早く帰ってきた。
ベルは玄関まで出迎えに行った。使用人たちの後ろに隠れていようかと思ったのに、彼らはベルを前面に押し出そうとする。
馬車から降りたジェラールはまっすぐにベルのところへとやってきた。
しかしベルは、まるでこの屋敷に連れてこられたばかりのように、ジェラールの顔を見ることができなかった。
「ベル?」
肩に手を置かれ、いぶかしそうに首を傾げられる。
うつむいたままのベルに焦れたのか、厳しい目が使用人たちに向かった。
「何かあったのか」
ベルはぶんぶんと首を横に振った。
「い、いいんです。わたしのことは、気にしないでください」
(もう、放っておいて)
こうして一気に距離を詰めてくるかと思えば、まるでベルの存在を無視しているかのように、何も言わずにいなくなってしまう。
中途半端にかまうくらいなら、最初からしっかりとラインを引いてほしい。
(でないと、わたしはまた自分勝手な思いにとらわれてしまう)




