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#7:とまどい。

家族と鮎美は、今の真結花を暖かく受け入れてくれたものの、

今の真結花にとって、次なる障害は学校生活だった…

 楽しみにしてた退院祝いの夕食メニュー、それは、すき焼きだった。

入院してから慣れない生活、緊張状態が続いた俺にとって、皆でお鍋を囲んでワイワイ言いながら食事をしてると、ほんわかした気分になれた。

 ほんの少しだけ、お母さんと妹、鮎美ちゃんとの距離が縮まったような気がしたんだ。


 うん、やっぱ、家族団らんっていうのは、暖かくていいな。

そう、こうゆうのは、一人じゃあ味わえない気分だし。

入院中、病院食を一人で食べてたら、ただ、ひたすら空腹を満たすだけの、食事という名の作業を淡々と行っていただけのような気がしていたし、なんか凄く侘しい気分だった。

 夕食後のデザートは、鮎美ちゃんがお見舞いで持って来てくれたケーキだった。

お母さんに紅茶を入れてもらい、皆でケーキ食べながら談笑していた。


 すると、

「真結花? 明日から学校だけど、体は大丈夫そうだし、どうするの?」

 突然、お母さんが切り出した。

今まで楽しかった気分が、瞬く間に一気に吹き飛び、ずっしりとした、重たい気分が俺に圧し掛かった。


「う~ん、どうしよっかなぁー。実はその事、入院中からずーっと考えてたんだけど、未だに不安だし、まだ迷っているの」


「かといって、いつまでもダラダラと休んでいたら、勉強も遅れるし、益々学校に行き辛くなるわよ。ママの希望としては、明日からでも学校へ行って欲しいところだけど、真結花がどうしても学校へ行く気分になれないのなら、無理せずに、二、三日ぐらい休んでもいいのよ。でも、本音を言うと、余り休んで欲しくないのが正直なところなの。休みが長引くと、真結花が登校拒否になって、うつや、引きこもりになったりしないかと、凄く心配してるの」


「そうだよ、おねぇちゃん。どうせ早かれ遅かれ学校に行かなくちゃいけないんだから、休んで先延ばしにしたって一緒だよ。夏休みの宿題と同じでさぁ、後で絶対やらなきゃいけないのに最後までほっといて、今だけラクしようとしてる事と同じゃない? どうせ、後でスゴくしんどくなるんだから、休まずに学校へ行った方が、精神的にも随分楽だと思うんだけど。だからさぁ、今、覚悟を決めて、明日から学校へ行った方がいいんじゃないの? ねぇ? おねぇちゃん」


「そっ! 同感だわ。私もお母さんと、麻弥ちゃんの言うように、学校を休んだとしても、ネガティブな事ばかり考えて、精神的に閉じこもっちゃうかもしれないし、休みが長引くと、ほんと、後から大変な事になっちゃうと思う。学校、休んだところで、良い事なんて何も無いんじゃない? ここは、皆の気持ちをくんで、明日から学校に行こうよ! ねっ、真結花」


 しっかし、非の打ちどころがない、見事なまでの三位一体の連携プレー。

正に、窮地に追い込まれたヒロインって感じ?

どう考えても、この包囲網を突破するのは容易じゃないね。

ちぇっ、少しぐらい休んだっていいじゃないか。

学校行くにしたって、心の準備ってものもあるだろうに、人の気も知らないでさぁ、もう、ケチ!

 ひとり、心の中でスネてみたところで、虚しく、

結局、俺には反論出来るだけの正当な理由が見つからないわけで、

すごすごと、白旗を上げるしかないのであった。


「わっ、わかったわよ! 明日から行けばいいんでしょ? 学校に!」

半分、やけっぱちに言った。


「あっ! なぁーんか、イヤイヤなオーラ、出てるわよ~。ま・ゆ・か・さん?」

 鮎美ちゃんが、俺の顔を覗き込むように悪戯っぽく言った。


 さすがに、あんな言い方したのはマズかった。

「そっ、そんなことないよ、もう決心したから」

 すかさず、フォローを入れた。

「ホントにぃ~?」

「ホントよ!」

「まっ、いっか。本人がそう言ってんのなら。ところでさぁ~」

「なに? 鮎美ちゃん」

「あのさぁー、やっぱり、友田君の事も何も覚えてないわけ?」

「へっ? とっ、友田君がどうかしたの?」

“友田君”という言葉に過剰反応し、明らかに動揺しているような声で答えてしまった。


「あぁ、かわいそうな友田君。成仏してくれたまへ。合掌」

 そう言って、鮎美ちゃんは冗談ぽく両手を合わせた。


 すると、すかさずお母さんが反応し、

「鮎美ちゃん? いつの間に真結花に彼氏が出来たの? ママは初耳だけど」


「あぁー、それぇー、麻弥も詳しく聞きたぁ~い。彼氏って、イケメンなの?」

 あぁ、妹までも… 興味深々、ってな顔して。


「う~ん。どうしよっかな~っ」

 鮎美ちゃんは、焦らすように言った。


「もうぉ、やめてよー。人をからかうのは。全然覚えていないんだから、そっとしておいてよぉー」

 ここで、家族に彼氏がいるように思われるのは絶対嫌だ。心がそう叫んでいる。俺は全力で回避する。


「でも、ホントかなぁ~。ア・ヤ・シ・イ」

 またしても、悪戯っぽく、鮎美ちゃんが俺の顔を覗き込む。


「ねぇ、鮎美ねぇさん。今のおねぇちゃんイジるの、もうそれぐらいで勘弁してあげて。面白いけど」

「良い妹を持ったわねぇー、真結花。羨ましいな! 私、一人っ子だしぃ」

「鮎美ねぇさん? 麻弥も鮎美ねぇさんの妹みたいなもんだよ。ずっと昔から知っているし、

もう一人のおねぇちゃんだって思っているもん。だから、これからも麻弥のこと、妹だと思っていいよ!」

「そうよ、鮎美ちゃん。鮎美ちゃんは、ママにとっては、もう従姉妹みたいなものよ。

これからも気兼ね無く、家に遊びに来てもらっていいから」

「ありがとう。お母さん、麻弥ちゃん」


 それから暫くの間、お母さん、妹、鮎美ちゃんだけが知っているような、昔の内輪話が続いた。

俺は、ただひたすら聞き役に徹し、場の空気に合わせて相槌を打つだけで、

記憶の無い俺にとっては知らない事ばかり。当然のことながら、三人の会話の中には全然入っていけなかった。

 そして、この場に、ただひとりだけ、ぽつんと取り残された気分で、皆と同じ空間に居ることに苦痛を感じ始めていた。


 そして、たまらず、

「ねぇ、ママ、ちょと疲れたから、席、外してもいい?」

 そう言って俺は、この場から逃げ出したかった。


「ごめんなさいね。真結花。ママ達、全然気付かなくって。つい、ママ達だけでお喋りに夢中になっちゃって」

「麻弥もゴメン。 おねぇちゃんだけ、仲間外れにしちゃった感じで」

「ごめん。私に嫉妬してたのよね? 真結花。さっきまで、母さんと麻弥ちゃんを私が独占しちゃってたから」

「えっ? そんなことないもん!」

 俺は、彼女達からぷぃっと顔を背けた。 


「だから、ゴメンって。今は、凄く不安で寂しいのよね? 真結花は」

 そう言って、テーブルの隣に座っていた鮎美ちゃんは、そっぽを向いた俺の頭を優しく撫でた。

 

 そう、鮎美ちゃんの言うように、なぜだか家族を取られたような気分に陥り、

鮎美ちゃんに嫉妬していたし、今は、誰かに頼らないとむちゃくちゃ不安な気分に襲われる。

しかも、“寂しいよー!”って、この心が訴えかけてくる。

おまけに、無意識のうちに皆の気を引こうと思って、ヘンに強がって拗ねちゃってたし。

 なんでだろう。これは、本当の俺の気持ちなのだろうか? 不思議だ。

でも、この娘の事、こんなにも大切に思ってくれているんだから、

もう少し、彼女達に心を許すべきかなぁ。

今まで、どこか他人行儀に皆との距離を置いて、心の壁を作っていたのは確かだし。


「ごめん。ヘンに拗ねたりして。本音を言うと、今も凄く不安で仕方がないの。

記憶を失ったわたしが、以前と変わらないように、皆とギクシャクせずに生活出来るのかなって」


「だからぁ、私がいるから大丈夫だって、安心して。学校の事ならね、任せてって、言ったじゃないの。

真結花が学校生活で不安に感じる事、嫌な事、困った事、どんな事でも全力でバックアップするつもりよ。だって、真結花と私は親友でしょ! 真結花に以前の記憶が無くても、私は真結花を見捨てたりしないわよ!」


「真結花、そうやって、いつまでも記憶の戻らない、過去の事ばかりに囚われてちゃあダメよ。ネガティブな事ばかり考えて、後ろばかり向いてちゃ。人は、いずれ変わって行くものよ。そのタイミングが今で、今から変わり始めてもいいじゃない。だから… 今は例え迷っていても、とにかく前を向いて進むの。そうすれば、自然と何かが見えてくることもあるかもしれないわ。ママはそう思うの」


「麻弥も、ママも、鮎美ねぇさんも、みーんな、みーんな、おねぇちゃんの味方だよ。

だから、安心して。記憶なんて、これから新しいの、いっぱい、いーっぱい作って行けばいいの。

これからの時間はたっぷりあるんだから。ねっ、おねぇちゃん」


 彼女達の暖かい言葉が心に触れ、感情が込み上げて来たと思ったら、

俺の瞳は瞬く間に潤み出し、頬に涙が伝っていた。

はぁー。ホント、マジで涙腺が弱くなっちゃたのかな? 俺って。

もう、泣いてばっかだよ。


「もぉー、真結花。いきなり泣かないでよー。こっちまで貰い泣きしそうよ」

 鮎美ちゃんの瞳が少し、潤んでいたように見えた。


「ごめん、ごめん。皆の言葉がうれしくって、つい、思わずじーんと来ちゃった」

「おねぇちゃん、うれし泣き?」

「うん」

「だったら、今は感情に任せて思い切り、泣いちゃいなさい。スッキリするから」

 ママはそう言って、何処から取り出したのか? ハイっ、とハンカチを渡してくれた。




 暫くの沈黙の後、鮎美ちゃんが切り出した。

「真結花、もう、気が晴れた?」

「うん」

「じゃあ、私はそろそろ帰ろっかな?」

「えっ? まだ外は少し明るいよ?」

「そうよ、もう少しゆっくりしていってもいいのよ」

 ママも引き留めに掛る。

「麻弥も、もう少し鮎美ねぇさんと一緒に居たいなぁー」

 麻弥も鮎美ちゃんが大好きなようだ。

「んーっ。明日は学校だし、余り遅くなるのもねぇ。私はいいんだけど、親が心配するから。私って、一人っ子だからさぁー、余り帰りが遅くなると、何か親が異常に心配するのよねぇー。ちょっと心配症過ぎるのよ」

「鮎美ちゃん、無理に引きとめて、ごめんなさいね。結城さん宅って、門限が早いのかしら?」

「えっと、絶対何時までに帰りなさいっていうような、きっちりとした門限が決まっているわけじゃないんだけど、最近、この地域の近くでも色々と事件があって物騒でしょ? だから、過敏になっているのかも?」

「確かに、それもそうね。じゃあ、ママが車で家まで送っていくわ」

「えっ! 歩いてたったの10分ぐらいの距離なのに、そんなの悪いし」

「鮎美ちゃん、遠慮なくママに送ってもらって。わたしも心配だし」

「そう、そう、麻弥からもお願い。おねぇちゃんみたいに、何かあってからじゃあ遅いんだからぁー」

「それって、どうゆうこと? 麻弥」

「こうゆうこと!」


 麻弥は、急に俺の顔の前にビシっと指をさして答えた。えっ!それってどうゆう意味なわけ???

俺は、麻弥の言ってる真意が良く分からず、一瞬ボケーっとしてしまった。

 はっ!もっ、もしかして、こやつ、やっぱ俺の中身が男だってこと、薄々気付いていたわけ?

女のカンって鋭いからなぁ。麻弥の思わぬツッコミに、また冷や汗が出そうになった。


「ぷっ、あっははっ」

 何がおかしいのか? 鮎美ちゃんが二人に向かって突然笑った。

「ホント、相変わらず仲がいいわねぇ~。あんた達。見てて、微笑ましくなるわ。

ねぇ? 真結花。麻弥ちゃんを私にちょうだい!」

 鮎美ちゃんのその言葉に一瞬、面を食らった。

「へっ?」

「冗談よ。やっぱ、仲がいい姉妹って、いいなって、そう思っただけ。

それじゃあ、もう帰るわね。明日、朝迎えにくるから。じゃあ、おやすみなさーい」

「うん、また明日ね。 おやすみ、鮎美ちゃん」

「鮎美ねぇさん、またいつでも遊びに来てね。バイバイ~」

 鮎美ちゃん向かって、大げさに両手を振る麻弥。

「二人共、お留守番、頼んだわよ」

「りょうか~い、ママ!」

 今度は、ママに向かってビシっと敬礼のマネをする麻弥。ホント、この子って面白いコ。

鮎美ちゃんが、麻弥が欲しいって言うのもわかるような気がする。

「ママも気を付けてね」

 俺がそう言った後、鮎美ちゃんは、ママに連れられて自宅に帰って行った。




「さっ、鮎美ちゃん。家に着いたわよ」

「こんなに近所なのに車で送ってもらっちゃって、すみません」

「いいのよ。ほんと、最近物騒だし。もし、鮎美ちゃんに何かあったら、ご両親に申し訳ないわ。

ところで、鮎美ちゃん?」

「はい?」

「今日、真結花と接してみた感じ、率直にどう?」


「えっと、やっぱり、以前と雰囲気が随分違うっていうのは感じたんだけど… 今の真結花もいいんじゃないのかなって。以前より少し大人しくなって、女の子らしくなったみたいだし。私は、そうゆう新たな面も真結花として受け入れることが出来たから」


「そう、それを聞いて、少し安心したわ。今の真結花って、以前の記憶が無いから仕方が無いことなんでしょうけど、病院で面会してから、私達家族に対して、どこか余所余所しいっていう感じが凄くしていたの。私達家族と一緒に居ると、なにか居心地が悪いような、落ち着かないような感じかな? でも、今日、鮎美ちゃんに会ってから、少しは打ち解けられたんじゃないかしら」


「ありがとう。お母さんにそう言ってもらうと、うれしいです。お見舞いに行った甲斐がありましたし」

「ただ、真結花のこと、まだ安心は出来ないの。これからも注意深く様子を見ないといけないと思うの」

「どうゆうことです?」


「う~ん。上手くは言えないんだけど、今の真結花って、以前と違って、もの凄く心が傷つき易くて、繊細な感じがするの。記憶が無いことに対して、自分を責めてる様子だし、悩み事もなにか内に秘めて、自分で背負い込んじゃうような。そう、ナイーブな男の子のような感じかな? だから、余計に心配なの。考え過ぎなのかもしれないけど、表面上は何も無いように努めて明るく振舞っていても、心の中では、ネガティブな事ばかり考えたり、深刻な悩みを抱えて、自殺なんて考えてたりする可能性もあるわけ。最近、そうゆう子、多いみたいでしょ? 真結花に限って、そうゆう事は無いと思いたいんだけど、“うちの子に限って”、ていうのは、どの親も思うことよね? だから、冷静に、客観的に真結花を見なきゃいけないって、今はそう思っているの」


「あっ! その感じ、確かに。私も何かスゴク気になって、心に引っかかっていたの」

「そう。鮎美ちゃんにはこれからも迷惑を掛けるかもしれないけど、学校でも真結花のこと、宜しくお願いするわね」

「はい」


この日の夕食後、真結花は家族と、鮎美とも、少しは打ち解けた様子でした。

真結花を暖かく見守る彼女達の存在は、今後、真結花をどう変えていくのでしょうか?


次回につづく。

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