恋文への返事は挑戦状を添えて
ジャンル:異世界(恋愛)
あらすじ:
片思い相手からラブレターを送られたアリスはぶるぶると震えた。いや、こんなことある? だって先日、彼が友達に「アリスのことなんて好きじゃねえよ」と言っているのを聞いてしまったのに。
アリス・ウィンスタムへ
単刀直入に言う。
アリス、お前のことが好きだ。
もしお前が同じ気持ちを返してくれるようであれば、来月の舞踏会で俺のパートナーになって欲しい。
返事は要らない。
舞踏会で待っている。
エドガー・ロヴィシュ
アリスは手紙を握りしめたまま、ぶるぶると震えた。
嬉しさ二割、困惑三割、怒り五割。総じて、混乱──。
「なんですの、この手紙……!?」
皆下校して誰もいない教室で、自分の机に差し込まれていた手紙。
一見、ラブレターである。
何も知らない状態であれば、大喜びしていたであろう。
歓喜の悲鳴を上げ、手紙にキスし、急いで屋敷に帰って侍女に抱きついて飛び跳ね、両親に報告するのだ。
子爵家のエドガーと公爵家の姫である自分は身分差があるとはいえ、愛する娘が恋を叶えたことに両親は喜ぶはず。
そして両親に報告した後は、祝宴を宣言し、一番美しく豪華なドレスに着替え、エドガーを迎えに行こう。
宴を上げ、彼の部屋を用意し、そのままずっと我が家にいてもらって──、おっといけない、人権を無視した溺愛軟禁になるところであった。
とにかく、ハッピーエンドである。ちゃんちゃん。
──しかしながら、そうはいかないのが現実であった。
先日の放課後、アリスは、エドガーが男友達に「アリスなんか好きじゃねえよ」と言っているのを立ち聞きしてしまったのだ。
♦︎
アリスは学園の中で目立つ存在だった。
『学問の前で人は皆同じ』という校訓を掲げている学園とはいえ、公爵家の姫ということで、アリスは周りから一線引かれていた。
輝く黄金色の巻毛に、澄んだ空のような青い瞳を持つ見た目と、公爵家の唯一の娘という肩書き。
仕方ないのだとは分かっているけれども、他のクラスメイトから自分だけ敬語を使われて、距離を感じていたのだ。
そんな中、学期途中で編入してきたエドガーは、席が隣になったアリスに初対面で「おい、教科書ないから見せてくれ」とつっけんどんに言ったのである。
他のクラスメイトが目を丸くしてから慌ててエドガーを嗜めたが、彼の顔には疑問符が浮かんでいた。
それからも態度は変わらず、いつのまにか「アリス」と呼び捨てになった。
そしてそれがきっかけとなって、他の生徒も、アリスに気軽に話しかけてくれるようになったのである。
アリスはとても嬉しかった。
真っ黒の短髪に同じ色の瞳、小さな子爵家出身の彼は、育った環境は全然違うのだけれどもとても惹かれた。
エドガーのおかげで、普通の学園生活に近付いたから。
いつか、友人以上の関係になれたらと想っていた中のことである。
放課後、忘れ物をしたアリスが教室の扉を開けようとした時、中で男子たちが話をしているのが聞こえて、アリスは足を止めた。
そして前述の言葉である。
扉の影からその言葉を聞いてしまったアリスは、放心した。
いや、決して彼に好かれていると自惚れていたわけではない。
エドガーは誰に対してもあんな態度だし、自分にだけ特別ではない。
──でも、あんな言い方、酷いんじゃありませんこと?
そんなわけで、アリスは初めての失恋を悲しく受け止めたわけである。
その矢先のこの手紙。
書かれている舞踏会とは、学園主催の年に一回の催しのことだ。
貴族子女のマナーレッスン披露の場でもある舞踏会では、気になる相手をパートナーに誘うということはしばしば行われる。
アリスは毎年、親戚でもある同じ学年の王太子のパートナーを務めていた。
それはアリスが王太子の婚約候補とかそういうわけではなく、王太子の釣り合う相手として自分が一番無難であるというだけだ。
今年もそうなるであろうことは皆だけでなく、エドガーも知っているはず。なのになぜ。
彼の行動とこの手紙の意味をアリスは考えた。
男友達には「好きじゃない」とあっさり言い、手紙の中では単刀直入に「好き」だという。王太子の相手役を奪うくらいには。
「はっ、まさか……」
そして一つの答えに思い至った。
「これはもしかして『嘘告』では……!?」
聞いたことがある。
女子生徒を馬鹿にするために、対象を呼び出し、嘘の告白をするのだ。
その様子を陰から複数人数で盗み見し、嘘の告白に対して女子生徒が喜ぶのを見てからネタバラシをするのである。
卑劣、最低、人の気持ちを弄ぶ犯罪である。
もしこの手紙を信用したら?
着飾った舞踏会の場で、パートナーが誰もいない、ぽつんと佇む自分が想像できた。
エドガーがそんな低劣な男だと思いたくないが、男というのは元来総じて馬鹿であると母から聞いている。その可能性もあるのではないか……?
「もしもそうだとしたら許せませんわ……!!」
返事はいらないという一文を無視し、アリスは昂った気持ちそのままにペンを取った。
♦︎
社交的でたくさんのご学友をお持ちのエドガー・ロヴィシュ子爵令息さま
ご丁寧なお手紙をどうもありがとうございます。
多くのご友人のいらっしゃる中から舞踏会のパートナーにわたくしを選んでくださったこと、光栄に思います。
しかし、毎年家の事情で王太子殿下のお相手を務めておりますし、わたくしが誰かお一人のお相手になるのは色々と差し支えがあると思われませんか?
でも、あなたが手紙の内容そのままに、どうしてもというお気持ちがおありなら、考えて差し上げてもよろしいかという気持ちもあります。
つきましては、勝負をいたしましょう。
次回の期末試験の順位でわたくしに勝ったら、あなたの要望をのみます。
ただし、わたくしが勝ったら、わたくしの言うことをひとつ聞くように。
それでは、結果を楽しみにしております。
アリス・ウィンスタム
──なんか、予想外の返事が来たぞ……?
エドガーは良い香りのする便箋を手にしたまま、眉を寄せた。
舞踏会の誘いの手紙を送ったのはつい先日のこと。
返事はいらないと書いたのに、即返事が来た。その内容がコレである。なぜだ。
エドガーが返事はいらないと書いたのは、振られる可能性の方が高いだろうと思ったからだ。
編入した学園でも特別目立つ存在であるアリスは、身分も高いし、気位も高いし、遠巻きにされているようだった。
しかし話してみると、普通の女の子だった。
同じ年でありながら、周りからどう見られるかを意識し、自分を律して生きているのは大変だろうと想像するが、彼女はそんな様子は外には表さない。
それでも時折見られる、あどけない笑顔が可愛かったのだ。
相手は公爵家の姫。自分など相手にされないだろう。
けれども諦めきれない。
決して嫌われているわけではないと思う。振られるかもしれないけれど、それで何もしないのは性に合わない。だから舞踏会に誘ってみたのだが。
「なんかブチ切れてないか……?」
長ったらしい宛名、上から目線で、譲歩しているような深みのある言葉。それで、つきましては勝負って、一体なんだよ──。
エドガーは虚空を見つめながら思案したが、答えは出ず、結局首を振って諦めた。
よく分からないが、とにかく期末試験で勝てば誘いにのってくれるというのだ。結果を出せばいい。
エドガーは手紙を仕舞い、ノートを机に出した。
ここは学園の自習室。
昨年まで通っていた学園には自習室などなかったが、この学園は設備が整っている。王太子始め、上流階級の貴族が通っているからだろう。
エドガーは勉強が好きなので、父の仕事の関係で王都にやってきてこの学園に入れたことは良いことだった。
すでに試験準備期間が始まっており、授業は無い。
アリスに会えるのも試験が始まってからになる。
アリスとエドガーの学力はほぼ同等で、いつもどちらかが一位。勝率は半々といったところか。
エドガーが勝ったとて、アリスがそれを悔しがったことはない。
同じ試験を受ける同志のような感じで、試験が終わった後に間違えたことを互いに答え合わせするような余裕があった。
しかしこんな勝負を仕掛けてくるということは、実は悔しい気持ちを彼女は持っていたのだろうか?
考えながらノートを広げると、向かいの席に男が座った。
「難しい顔してどうしたの?」
アリスによく似た金髪巻毛の美しい男。
毎年舞踏会でアリスがパートナーになっている王太子である。
「アリスに告白した。舞踏会に誘った。試験で勝ったら誘いを受けてくれることになった」
「えっ、なになに!? 情報が多い!!」
端的にひっくるめて伝えたエドガーに、王太子が前のめりになる。
エドガーはちょっと引いた。目がキラキラしているではないか。育ちがいいくせに、この王子さまはミーハーなのだ。
再度説明すると、王太子は「はわわ」と頬を染めた。
「へえぇ、エドガーってアリスのこと好きだったんだね! はー、意外! なんで? どこが? 親戚にこんなこというのアレだけど、あの子結構気が強いよ!?」
「んなこと、説明する義理ないだろ」
「えー、へー、意外~~」
「うるせえな……」
そう言いながら、気が強いところが好きなのかもなと思った。
誘いに対するこの返事だって、嫌いじゃない。いや、意味は分からないけれども。
「とにかく、俺は今回の試験に本気で臨む。悪いがお前、今年の舞踏会の相手を自分で探せ」
「えっ、あ、そっか! アリスのパートナーがエドガーってことは僕ひとりになるってこと!? やだあ!」
どうしよ~、と慌てる王太子を無視して、エドガーは机に向かった。
時間を無駄には出来ない。何としてもアリスに勝って、舞踏会のパートナーになってもらうのだ。
♦
一週間の試験期間を終えて。
順位の貼り出された紙の前。
アリスはエドガーと並んで順位表の前に立ち、呆然としていた。
試験の結果、アリスとエドガーが同点、ともに二位だったのである。
なんと、単独一位になったのは王太子であった。
「やった~! 初めて一位になった~! やっほー!」
そばで王太子が小躍りしている。
すると、すぐ隣にいたエドガーが、王太子の襟元を掴んで壁ドンした。
「なんっでだよ、お前! こんな上位になったことないじゃねえか! お前も実はアリスのこと好きだったのかよ!」
…………ん? お前も?
アリスは首を捻った。
「違うけど、アリスいなかったら僕、舞踏会で一人になっちゃうし、二人だけで勝負してるのずるいじゃん~~」
「お前、別に誰を誘ったっていいだろ!」
「よくないよ! 知らない女の子に声かけられないよ! 緊張するじゃん!」
「知らねえよ!」
壁ドンしている想い人と、壁ドンされている親戚の様子を見つめて、アリスはまた首を反対側に捻った。
今回、かなり本気に勉強した。嘘告エドガーに負けたくなかったからだ。
それでもエドガーと同点、同順位だったということは、彼もしっかり勉強したということだろう。
そうなると、あの手紙は本当だった……?
アリスがむむむと思案していると、エドガーが壁ドンしていた手を離して、くるりとこちらを向いた。
「おい、アリス」
「えっ、は、はい」
「どうするんだ、決着つかなかったぞ」
「決着って……」
真剣なエドガーの瞳は、とても嘘をついているようには見えない。
ひょっとして、本当に?
「エドガー、あの手紙に書かれてたことって本気でしたの……?」
「ああ??」
エドガーがガラ悪い声を出したので、びくりとした。
「なんだよ、嘘だと思ってたのか!?」
「だ、だって、わたくし……」
「なに」
「わたくし、聞いてしまったの! あなたが他のお友達に、わたくしのことなんか好きじゃないって言っていたのを!」
「…………?」
「放課後、いつもの教室で!」
アリスの言葉に心当たりを思い出したようで、エドガーはハッとして舌打ちした。
それから「あー」とか「うー」とか声を出しながら黒髪をガシガシと乱す。
「あー……、あれ聞いてたのかよ」
「聞いてました、だからわたくし、あのお手紙が嘘だろうって思って」
「あー……」
しばらく逡巡していたエドガーだが、諦めたようにひとつため息をついて、アリスを睨んだ。
「あれは他のやつらに、アリスのこと好きなんだろって茶化されたから咄嗟に否定しただけだ。舞踏会に誘うまで、他のやつらから噂でお前の耳に入ってほしくなかったから」
「え……」
「だから手紙に書いたことは嘘じゃない」
「…………そ、そうなの……」
よかった、嘘告じゃなかった。
張り詰めていた気持ちが緩んで、同時に恥ずかしくなって視線を落とす。
なんて言っていいか分からないけど、あの手紙が本当だったことが嬉しい。
「つったって、アリスに勝てなかったから意味ないな」
「………」
どうしよう、なんて言おう。
実はわたくしも好きだったの、なんて、あまりにも都合よすぎるのではないか?
本当は、勝っても負けてもどちらでもよかったのよって。勝ったら舞踏会にあなたを誘えるし、負けてもあなたの気持ちを確かめられるから。
少しの間、二人で無言で下を見つめていたら、「ねえねえ」という声が横から入ってきた。
「二人、勝負してたんでしょ? でも僕が一位だから、二人とも僕の言うこと聞くってことだよね?」
王太子の飄々とした声に、アリスはエドガーと顔を見合わせた。いや、わたくしたちの勝負に殿下は関係ございませんけど──。
だが、王太子は二人の困惑を無視し、それぞれを指差した。
「じゃ、二人、舞踏会でパートナーね。でもその代わりに僕の相手を選んで」
「「えっ」」
気まずい状況を助ける王太子の采配に、アリスは驚きと同時に正直、喜びを覚えた。
彼の命令なら、エドガーも自分も断れない。へらへらした親戚だと思っていたが、気の利くところもあるじゃないか。
心の中でガッツポーズしたアリスの隣で、エドガーがおずおずと言う。
「俺はいいけど……、アリスはどうなんだよ、舞踏会の相手が俺でいいのか?」
「よっ、よろしくてよ」
「…………じゃあいいか」
ほんわかした空気が流れて、アリスは俯いたまま視線だけエドガーを見上げた。
彼の頬も色付いている。嫌でないならよかった。一気に舞踏会が楽しみになってきた。
二人の様子に、王太子がパンと手を叩く。
「じゃ、そういうことで! 次は僕のお相手探しね!」
「ああ……、そうだった。どういう相手がいいんだ?」
王太子が「えっとねー」と言いながら、指を折っていく。
「まず、つやつやの髪の毛で声の可愛い子がいいな〜、その声でたまに叱ってほしいの。計算が少し苦手で、人当たり良くてー、お友達が多いんだけど僕のことを優先して欲しい。僕が疲れた時によしよししてくれて、『どんな殿下でも好きですよ』って頭撫でてくれるの。どこ行きたいか聞いたら、『殿下の行きたいところにお供します』って笑顔で言って欲しい! あっそうだ、指先が綺麗な子がいいな。それと運動苦手そうに見えて実は走るのが速くて」
「「いや、注文が多い!!」」
《 おしまい 》




