第7話:《魂装融合》と最初の失敗
(……ああ。そうだな)
リリアの温かい魂が、俺の凍てついた恐怖を優しく溶かしていく。
そうだ。俺はもう、独りじゃない。
失敗したっていい。 完璧じゃなくたっていい。
この、最高の相棒がそばにいてくれるんだから。
(よし、やるぞ!
男の……いや、鎧の初挑戦だ!)
俺は内心で気合を入れ直し、目の前の盾の破片に意識を集中させた。
無骨な鉄の指先が、ゆっくりとその冷たい表面に触れる。 ここからが本番だ。
スキル《魂装融合》。
リリアが名付けてくれた、俺たちの新たな可能性。
まずは、この盾の破片を俺の左腕の装甲に、パッチワークのように貼り付けるイメージでいこう。
いきなり内部構造に組み込むのは、さすがにリスクが高すぎる。
車の修理だって、まずは外装の板金からだ。基本に忠実に、だ。
(まずは対象の分析から……いや、待てよ)
俺は反射的に《機構造解析》を発動させようとして、すんでのところで思いとどまった。
ダメだ。
また99.9%の壁にぶつかって、思考がロックされてしまうかもしれない。
今は完璧な解析は後回しだ。
失敗してもいい。不完全でもいい。
リリアがそう言ってくれたじゃないか。
(そうだ。
今は、感覚を信じよう。
俺の整備士としての勘と……リリアの眼を!)
俺がそう決意すると、鎧の中からリリアの澄んだ声が響いた。まるで俺の心を読んで、その背中を押すように。
「アルマ、あなたの魂の力……霊素の流れが、少し乱れていますわ。
盾の破片が持つ霊素と、あなたの腕の霊素が反発し合っているようです。
もっと、優しく……そう、まるで違う種類のオイルを混ぜ合わせるように、丁寧にかき混ぜて……受け入れるように……」
(違う種類のオイルを混ぜる……なるほど、分かりやすい)
さすがリリア先生。彼女の《霊素視》は、エネルギーの流れを的確に言語化してくれる。
これならいけるかもしれない。
俺は彼女のアドバイスに従い、自分の魂から溢れ出る霊素を、細い糸のように紡ぎ出すイメージをした。
そして、その霊素の糸を、盾の破片にゆっくりと、優しく流し込んでいく。
二つの異なる霊素が触れ合い、混じり合おうとする。
ピリピリとした、静電気のような抵抗を感じる。
だが、悪くない感触だ。
(いける……!
このまま、ゆっくり馴染ませていけば……!)
成功の予感が、俺の魂を高揚させる。
あと少し。
あと少しで、俺は新たな力を手に入れることができる。
失敗作だった俺が、初めて自分の意志で、自分自身を「魔改造」するんだ。
その、あまりにも甘美な誘惑が、俺の心に一瞬の隙を生んだ。
「そんな付け焼き刃で、うまくいくと思っているのか?」
まただ。
脳裏に、あの冷たい声が響く。父の幻影。
「また中途半端なことをして。
どうせ、お前は何をやってもダメなんだ」
(うるさい……!)
「失敗するぞ。お前は、いつだってそうだ」
(黙れ!)
俺は心の中で叫び、父の幻影を振り払うように、無理やり霊素の流れを強めた。
焦りが、恐怖が、せっかく安定しかけていた霊素の糸を、荒れ狂う奔流へと変えていく。
「アルマ、いけません!
力が暴走して――!」
リリアの悲痛な叫びが、鎧の中でこだました。
だが、もう遅かった。
制御を失った霊素が、盾の破片と俺の腕の間で激しく反発し合い、不協和音を奏で始める。
まるで、規格の合わないパーツを無理やりエンジンに押し込んだ時のような、危険な兆候。
――バキッ!
最初に聞こえたのは、甲高い亀裂音だった。
俺の左腕の籠手に、蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
――バキバキバキッ!
ヒビは瞬く間に腕全体に広がり、内部から溢れ出す制御不能な霊素の光が、その亀裂を押し広げていく。
(やばい、まずい、止めないと……!)
思考とは裏腹に、暴走したエネルギーはもはや俺の制御を完全に離れていた。
そして。
―――ガッシャァァァァァァァァン!!!
轟音と共に、俺の左腕が肘から先、木っ端微塵に砕け散った。
金属の破片が、火花を散らしながらダンジョンの壁や床に叩きつけられる。
腕があったはずの場所には、バチバチと音を立てる不安定な霊素の火花が虚しく漂っているだけだった。
「…………あ…………」
俺は、呆然と、自分の失われた腕を見つめていた。
いや、見つめることしかできなかった。
痛みはない。
この鉄の身体には、痛覚という便利な機能は備わっていない。
だが、それ以上に深く、冷たい絶望が、俺の魂の核を直接握り潰すような感覚に襲われた。
(ほら、みろ……)
父の声が、今度は嘲笑うように響く。
(やっぱり、俺は……)
(……失敗作だ……)
最初の挑戦。
リリアが信じてくれた、新たな可能性。
それが、このザマだ。
自分の力を過信し、焦り、恐怖に負け、結果として最悪の事態を引き起こした。
リリアを危険に晒し、なけなしの戦力であった自分自身の身体の一部を失った。
これ以上の失敗が、他にあるだろうか。
(もう、やめだ……)
ポツリと、魂の奥底で何かが切れる音がした。
(俺に、何かを成し遂げることなんて、できるわけがなかったんだ)
希望を持つから、絶望する。
挑戦するから、失敗する。
だったらもう、何もしなければいい。
このまま、ただの鉄の塊に戻ってしまえばいい。
そうすれば、もう誰も傷つけずに済む。
俺自身も、これ以上傷つかずに済む。
(リリア、すまない……。
君まで、巻き込んで……)
俺の魂の光が、急速に弱まっていくのを感じる。
リリアの温かい魂との接続も、まるで回線が切れるかのように、プツリと途絶えそうになる。
鉄の身体から完全に力が抜け、俺はその場にガクンと膝から崩れ落ちた。
再び、動かない鉄の塊へ。 絶望という名の、安らかな眠りへ。
俺が、意識を手放しかけた、その時だった。
「アルマッ!!」
リリアの、魂を振り絞るような叫び声が、俺の心を激しく揺さぶった。
「しっかりしてください!
腕の一本や二本、また直せばよいではありませんか!」
その声には、悲しみや絶望の色はなかった。
あるのは、ただ、俺を諦めさせないという、燃えるような強い意志だけだった。
(無理だ……。
俺には、もう……)
「いいえ、できます!」
俺の弱音を、リリアは即座に、そして断固として否定した。
「あなたは『失敗作』などではありません!
あなたは、失敗から学べる、世界で一番、最高の『整備士』ではありませんか!!」
(……整備士……?)
その言葉が、絶望の闇に閉ざされた俺の魂に、小さな火花を散らした。
そうだ。俺は、整備士だ。 壊れたものを、直すのが仕事だ。
客の車が故障した時、俺は絶望して諦めたりしただろうか?
いや、しない。
なぜ壊れたのか。
どこに問題があったのか。
どうすれば直せるのか。 冷静に、徹底的に、原因を分析し、解決策を探してきたはずだ。
「さあ、アルマ!」
リリアの声が、俺の魂にさらなる光を注ぎ込む。
「あなたのその素晴らしい眼で、その力で、分析してください!
なぜ、わたくしたちは失敗したのかを!
次の成功のために!」
(失敗の……原因分析……?)
そうだ。
失敗したのなら、その原因を究明すればいい。
感情的に落ち込んでいるだけでは、何も解決しない。
それは、俺が前世で、整備士として嫌というほど学んできたことのはずだ。
《機構造解析》は、何も成功のためだけにあるスキルじゃない。
失敗の原因を、誰よりも正確に、誰よりも深く理解するためにこそ、この力は存在するのかもしれない。
(……ああ。そうか)
俺は、まだ終わっちゃいない。
いや、むしろ、ここからが始まりなんだ。
失敗は、終わりじゃない。
次の成功のための、最高のデータだ。
俺は、リリアの言葉に導かれるように、ゆっくりと、震える魂に再び力を込めた。
そして、崩壊した自分の腕の残骸と、床に転がった盾の破片に……俺たちの最初の失敗の証に、再び《機構造解析》の意識を向けた。
今度こそ、本当の意味で、俺たちの挑戦が始まろうとしていた。




