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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第4話:あなたの声が、わたくしの言葉に

(よし、行くぞ)


 俺は、アルマは、決意と共に再びその一歩を踏み出した。


 ガコン、という無骨な金属音が、薄暗いダンジョンに響き渡る。

さっきまでの絶望に満ちた音とは違う。そこには、不格好でも前に進むという、確かな意志が込められていた。


 鎧の中から、リリアの安堵したような気配が伝わってくる。

彼女の魂の温もりが、まるで高性能な潤滑油のように、錆びついた俺の関節を満たしていく。


(しかし、まあ、なんだ)


 一歩、また一歩と、ぎこちなく歩みを進めながら、俺は早速、新たな問題に直面していた。


(……静かすぎないか?)


 いや、静かなのはいいことだ。

魔物に遭遇するよりはずっといい。

問題はそこじゃない。

俺たちの間に、会話というものが一切ないのだ。


 さっきはあれだけドラマチックに心が通じ合った(気がする)のに、いざ歩き出してみると、シーン……である。


(気まずい!

めちゃくちゃ気まずいぞこれ!)


 前世だったら、こういう時どうしてただろう。

天気の話でもするか?


「いやー、今日もいい天気ですねー」って、ダンジョンの中で?

アホか。


 そもそも俺には口がないし、リリアは俺の思考を一方的に感じ取れるわけでもないらしい。

さっきのやり取りは、あくまで感情の昂りによる特殊なケースだったのだろう。


 俺の魂と彼女の魂は、いわば同じPCケースに収まったCPUとグラフィックボードみたいなものか。

連携して動くことはできるが、直接おしゃべりする機能はない、と。

なんてこった。致命的な設計ミスだ。


「アルマ、その……先ほどは、ありがとうございます。

あなたの勇気に、わたくしは救われました」


 不意に、鎧の中からリリアの澄んだ声が響いた。

その声は、まるで精密機械が奏でる音色のように、俺の魂に直接届く。


(いやいや、俺の方こそありがとうだ。

君がいなけりゃ、俺は今もただの鉄クズだった)


 そう、心の底から思った。


 めちゃくちゃ感謝している。

なんなら五体投地……は無理だから、とりあえず片膝ついて騎士っぽく礼をしたいレベルで。


 だが、その感謝を伝える術がない。

俺にできるのは、とりあえずコクコクと兜(にあたる部分)を上下に動かすことだけ。


「……!」


 リリアが息を呑む気配がした。

どうやら、俺の意図は伝わったらしい。


 よかった。

完全にコミュニケーション不能というわけではなさそうだ。


(でも、これじゃラチがあかないよな……。

イエス・ノーで答えられる質問ならともかく、複雑な話は一切できないぞ)


 例えば、目の前に分かれ道が現れたらどうする?


 整備士の勘で「(右の通路は空気が淀んでいる。換気構造に問題があるか、行き止まりの可能性が高い。左だ!)」と判断したとして、それをどうやってリリアに伝える?


 鉄の腕で左を指し示す?

残念ながら、まだそんな器用な真似はできそうにない。

せいぜい、左に体重をかけて身体ごと傾くくらいか。

完全に不審者、いや不審鎧だ。


 そんなことを考えていると、まさにその通りの状況がやってきた。


 目の前に、二つの通路が黒い口を開けている。


 右と、左。


 俺は即座に、両方の通路の入口付近の壁や床の構造、空気の流れを分析しようと試みた。

これはもう前世からの癖みたいなものだ。

車の異音を聞き分けたり、オイルの滲みから故障箇所を特定したりするのと同じ感覚。


(右の通路は、床の石畳の摩耗が少ない。

壁の苔の生え方も均一じゃない。

こっちはあまり使われていない通路か、あるいは罠があるか……。

それに比べて左は、床がすり減っていて、壁には何かを引きずったような跡がある。

こっちが正規ルートの可能性が高い)


 完璧だ。

俺の分析眼、錆びついてないぜ。


 問題は、この完璧な分析結果をどうやってリリアにプレゼンするかだ。


(左! 左だって! レフト! Lの方! 分かる!?)


 俺は必死に、左に行きたいという念を送りながら、身体をぐいーっと左に傾けた。


 ミシミシ、と鎧が悲鳴を上げる。


「アルマ?

どうかされましたの?

なんだか……左に傾いて……。

もしかして、どこかお身体の具合が……?」


(違う! そうじゃない!)


 伝わらない。全然伝わらない。


 むしろ、ポンコツ鎧のバランスが崩れてぶっ倒れそうになっている、みたいに思われている!


 なんてこった。

これじゃ、ただの酔っ払いだ。


(ああもう、もどかしい!

テレパシー! なんでファンタジーの定番、テレパシーが使えないんだよ!

せめてモールス信号みたいに、指をカチカチ鳴らせるとか……って指も動かないんだった!)


 俺が内心で盛大にパニックを起こしていると、鎧の中からリリアの困惑したような、それでいて何かを探るような気配が伝わってきた。


「アルマ……。

あなたの心の中から、強い『想い』のようなものが……奔流となってわたくしの中に流れ込んでくるのを感じます……。

『ひだり』……?『ぶんせき』……?」


(え?)

 思わず、俺の思考が停止する。


 リリアが、俺の内心の言葉を断片的に拾っている?


「とても、もどかしいのですね……。

何かを伝えたいのに、言葉にできない……。

その焦りが、わたくしの魂を揺さぶります」


 リリアの声は真剣だった。

彼女は、俺の混乱を必死に理解しようとしてくれている。


 そうだ。

俺たちが動けるのは、魂が共鳴しているからだ。

だったら、俺の強い意志や思考が、彼女に伝わってもおかしくないんじゃないか?


(そうだ、リリア! 聞こえるか!?

俺の心の声が!

左の通路が正解だと思うんだ! 根拠は……)


 俺は、先ほどの分析結果を、できるだけ具体的に、順序立てて、強く、強く念じた。


 それはもう、祈りに近かった。


 すると、リリアはしばらく沈黙した後、驚きに満ちた声で言った。


「……『右の通路は構造的に不自然で、左の通路には生物が頻繁に通った形跡がある』……。

アルマ、今、あなたの思考が、まるで設計図のように鮮明にわたくしの心に映し出されました……!」


(通じた!

マジか! 通じたぞ!)


 俺は感動のあまり、鉄の身体が震えるのを感じた。


 まるで、何年も繋がらなかったWi-Fiが、突如として爆速で開通した時のような感動だ!


 これで意思が通じる!


「すごい……。

あなたの思考は、とても論理的で、精密なのですね。

まるで、熟練の職人が物の理を見抜くように……」


 リリアが感心したように呟く。


(それほどでも、ある!

なんたって元自動車整備士だからな!

機械のことなら任せとけ!)


 俺は調子に乗って、胸を張るようなイメージを送った。

もちろん、物理的に胸を張ることはできないが。


「ふふっ。伝わりましたわ。

とても誇らしげな気持ちが。

……素晴らしいです、アルマ。

これなら、わたくしたちはもっと深く、心を通わせることができますね」


 リリアの魂から、花が咲くような喜びの感情が伝わってくる。

そして彼女は、確信に満ちた声で、こう提案した。


「アルマ。

わたくしに、あなたの『声』になることを、正式にお許しいただけますか?

あなたが考えたことを、わたくしが言葉としてこの世界に紡ぎます。

わたくしたち二人で、一つの『騎士』となるために」


(……許すも何も、こっちからお願いしたいくらいだ!)


 俺は、力強く、何度も頷いた。

 ガコン、ガコン、と兜が揺れる。


「ありがとうございます。

わたくしの、たった一人の騎士様」


 リリアの言葉が、温かい光となって俺の魂を満たす。


 こうして、俺たち……アルマとリリアの、真のコミュニケーション方法が確立された瞬間だった。


 俺が思考し、分析する「頭脳」。

そして、リリアがその思考を読み取り、世界と対話する「声」。


 一人では不完全な俺たちが、初めて二人で一つの存在になったのだ。


「では、改めて。

アルマ、あなたの分析通り、左の通路へ進みましょう」


(ああ、頼んだぜ、相棒!)


 リリアが俺の思考を読み取り、ふふっと優しく微笑む気配がした。


「はい、お任せください、相棒様」


 そのやり取りだけで、俺たちの間の気まずい沈黙は完全に消え去っていた。


 意思の疎通ができる。

ただそれだけのことが、これほどまでに嬉しいなんて。

俺たちは、軽やかな足取りで左の通路へと進んでいった。


 もう、迷うことはない。 

たとえどんな困難が待ち受けていようと、二人でなら乗り越えられる。そんな根拠のない自信が湧いてくる。


 しばらく進むと、通路の先に、今までとは違う気配が漂っているのを感じた。

ひんやりとした空気。

そして、微かに響く機械音のようなもの。

通路の突き当たり、壁の一部が崩れた場所があった。


 その瓦礫の隙間から、奇妙なものが覗いている。


(なんだ……あれは?)


 それは、石や土くれではなかった。

鈍い金属の光沢。規則正しく並んだリベット。そして、複雑に絡み合った、まるで配線のようなもの。


 どう見ても、自然物じゃない。人工物だ。

それも、俺が前世で扱っていたどんな機械とも違う、未知の構造をしている。


 俺の魂が、ざわめくのを感じた。

恐怖じゃない。これは、好奇心だ。

整備士としての、職人としての、どうしようもない探求心。


(もっと近くで見たい。

あの構造はどうなっているんだ? 動力源は?

何のために作られたんだ?)


 次から次へと疑問が湧き上がってくる。

俺の思考が、目の前の未知の機械に集中していく。

その構造を、分解して、理解して、自分の知識として吸収したい。


 そんな強烈な欲求が、魂の奥底から突き上げてくるのを感じた。


「アルマ……?

あなたの魂が、あの瓦礫の奥にあるものを、まるで解き明かしたいと……そう、叫んでいるようです。

あれは一体……?」


 リリアの戸惑った声が、俺を我に返らせた。


 俺は、自分が無意識のうちに、未知の機械に対して何か特殊なアプローチをしようとしていたことに、その時初めて気づいたのだった。

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