第29話:設計図と回路図のシナジー
(悪いな、トカゲ野郎。
これも、俺たちがこの先、生き残るために必要なことなんだ)
俺は内心でそう呟きながら、静かに構えた。
これは、ただの戦闘じゃない。
俺の鎧を、俺たち自身を次なるステージへと進化させるための、神聖な「部品調達」なのだから。
ヒレの腱を断ち切られた水棲リザードは、もはや陸の上ではただの的だった。
憎悪に満ちた瞳でこちらを睨みつけ槍をがむしゃらに突き出してくるが、その動きにはもはや群れで行動していた時の洗練された連携はない。
(終わりだ!)
俺は、その大振りな一撃を冷静にかいくぐり懐に飛び込む。
そして、ロックリザードの甲殻で強化された鉄の拳を奴の鱗に覆われた胸部へと叩き込んだ。
ゴッ!という鈍い音と共にリザードの身体がくの字に折れ曲がり、泉の中へと吹き飛んでいった。
水しぶきが上がり、やがて静寂が戻る。
《敵性存在の生命反応、消失を確認》
(……部品調達、完了だ)
俺は短く息をつき、リザードの亡骸が浮かぶ泉へと歩みを進めた。
安全な岩陰まで亡骸を引きずり、俺は早速今回の魔改造のメインディッシュである「ヒレ」と「鱗」の切り出し作業にかかった。
(ふむ……。
このヒレ、ただの皮膜じゃないな。
《機構造解析》で視ると、内部には軟骨のような極細のフレームが張り巡らされていて、水の流れを完璧に捉えるための構造になっている。
こいつは上物だぜ)
俺は整備士としての目で獲物を吟味し、その完璧な機能美に感嘆の声を漏らす。
リリアもまた、俺の思考を読み取りながら彼女の《霊素視》で最適なパーツ選定を手伝ってくれていた。
「アルマ、背びれの部分にあるこの一枚だけ、他よりも霊素の循環が活発な鱗があります。
おそらく、これが身体全体のバランスを司る重要なパーツに違いありません」
(なるほど、スタビライザーの基幹部品か!
さすがだな、リリア!)
俺たちは、熟練の職人コンビのように阿吽の呼吸で最高の素材を切り出していく。
やがて、俺たちの前には水中での機動力を飛躍的に向上させるであろう、流麗なヒレと美しい鱗のパーツが並べられた。
さあ、いよいよ魔改造の時間だ。
俺の魂が、これ以上ないほどに高揚する。
しかし、その高揚感と同時に俺の整備士としての冷静な部分が、今回の改造の途方もない難しさを警告していた。
(なあ、リリア。
今回の改造、正直言って今までで一番ヤバいかもしれん)
「……と、申しますと?」
(車の改造でもな、異なるメーカーのパーツを組み合わせるのはめちゃくちゃ難しいんだ。
ホンダのエンジンに、トヨタのトランスミッションを無理やり繋げようとするようなもんだ。
規格が根本的に違うからどこかに必ず歪みが出る。
最悪の場合、走行中に空中分解する大事故に繋がるんだぜ)
俺のその言葉に、リリアもまた真剣な光を魂に宿した。
「ええ、わたくしの《霊素視》にも視えます。
あなたが取り込んだロックリザードの霊素は『重く』『硬く』、まるで揺るぎない岩のようです。
対して、この水棲リザードの霊素は『軽く』『しなやか』で、絶えず形を変える水のようですわ。
この、正反対の性質を持つ二つの力を一つの鎧の上で調和させるなんて……)
(ああ。水と油だ。
普通に混ぜ合わせようとしたら、前の俺の腕みたいに激しい拒絶反応を起こして自爆するのがオチだ)
これが、今回の魔改造の最大の難関。
複数の異なる魔物素材……すなわち、複数の異なる霊素を一つのシステムとして統合する前代未聞の挑戦だった。
(だが……)
俺の魂に、不敵な笑みが浮かぶ。
(……だからこそ、燃えるんだろうが!)
不可能を可能にする。それが、整備士の仕事だ。
(リリア、お前の眼を貸せ!
俺の《機構造解析》と、お前の《霊素視》。
設計図と回路図を完全にシンクロさせて、最高の複合設計図を描き出すぞ!)
「はい、アルマ!
あなたの最高の設計図に、わたくしの魂の全てを書き込んでみせます!」
俺たちは、魂を一つにした。
俺の脳内に、再び青白い光で構成された鎧の設計図が展開される。
そこに、ロックリザードの重厚な甲殻のデータと水棲リザードのしなやかなヒレのデータが重ね合わされた。
(ダメだ……。
単純にヒレを脚部に接着しただけじゃ、ロックリザードの甲殻の重さにヒレのフレームが耐えきれずに折れる。
かといって、ヒレの強度を上げるために甲殻を削れば今度は全体の防御力が低下する……)
俺の思考が、何度も壁にぶつかる。
ハードウェアの設計が、矛盾をきたしているのだ。
すると、その俺の設計図の上にリリアが視る赤い霊素の回路図が、まるで修正液のように上書きされていった。
「アルマ、ここです!
甲殻とヒレの接合部にあなたの魂の霊素を緩衝材として流し込み、二つの霊素が直接触れ合わないようにすれば……!」
(なるほど! 絶縁体を入れるのか!
それなら、拒絶反応を最小限に抑えられる!)
俺の設計図に、リリアの回路図が書き込まれていく。
俺が物理的な構造の最適解を探し、リリアが霊素エネルギーの流れの最適解を示す。
ハードウェアとソフトウェア。
静的な構造と、動的なエネルギーの流れ。
二つの全く異なる視点が互いの弱点を補い合い、一つの完璧な答えへと収束していく。
これだ。
これこそが、俺たち『妖精騎士』の戦い方だ!
数時間にも感じられる濃密な設計作業の末、ついに俺たちの脳内に奇跡のような一枚の設計図が完成した。
ロックリザードの防御力と、水棲リザードの機動力。
その両方の長所を殺すことなく、一つの鎧の上で共存させる究極の魔改造プラン。
(……できた。
できたぞ、リリア!)
「ええ……!
これが、わたくしたちの力……!」
俺たちが、完成した設計図の美しさに魂を震わせた、その瞬間だった。
脳内に、あの無機質なシステムメッセージが響き渡る。
《――システム名『妖精騎士』、起動します》
《警告:複数の異種素材を用いた複合融合を実行します。
予測不能な拒絶反応が発生する可能性があります》
そして、俺たちの覚悟を試すかのようにシステムは冷酷な事実を突きつけてきた。
《複合素材融合の適合率を算出中……。
対象1:ロックリザードの甲殻。対象2:水棲リザードのヒレ。
……算出完了。初期適合率、31%。極めて不安定です》
(さんじゅう……いち……!?)
俺の魂が、絶望的な数値に凍りつく。
31%。
前世の自動車整備士の感覚で言えば、そんな低い適合率のパーツを組み込んだらエンジンをかけた瞬間に爆発四散してもおかしくないレベルだ。
(ダメだ……無茶だ!
こんな低い確率で、うまくいくわけ……!)
失敗への恐怖が、再び俺の魂に鎌首をもたげる。
あの、腕が砕け散った時の悪夢が蘇る。
今度失敗すれば、鎧の全損どころかリリアの魂まで……!
俺の魂が揺らぎ、完成したはずの設計図にノイズが走り始めた、その時だった。
「アルマッ!!」
リリアの、魂を振り絞るような叫び声が俺の弱さを一喝した。
「確率が、ゼロではないのでしょう!?」
(……!)
「ならば、残りの69%は!
わたくしたちの絆で、埋めてみせますわ!!」
その言葉には、一点の曇りもなかった。
彼女は、俺が描き出した設計図を、そして俺という不完全な整備士の魂を心の底から信じてくれていた。
(……ああ。
そうだったな)
俺は、自分の弱さを恥じた。
この最高の相棒の覚悟を、俺が疑ってどうする。
(悪かった、リリア。
……いくぜ)
「はいっ!」
俺たちは、覚悟を決めた。
《魂装融合》、開始!
俺は、切り出しておいたリザードのヒレと鱗にゆっくりと鉄の掌をかざす。
そして、脳内に描き出した完璧な設計図通りに俺とリリアの霊素を流し込み始めた。
――ギシッ……!
鎧のフレームが、悲鳴を上げる。
やはり、無理があるのか!
ロックリザードの「重い」霊素と水棲リザードの「軽い」霊素が、俺の鎧の中で激しく反発し合い、まるで嵐のように渦を巻き始めた。
(くそっ、抑えきれねえ!)
「アルマ、回路図通りに!
霊素の流れを、もっと滑らかに!」
リリアのナビゲートを頼りに、俺は必死に霊素の流れをコントロールしようとする。
それは、暴れ馬を乗りこなすようなギリギリの作業だった。
《適合率、上昇中……45%……62%……88%……》
システムのカウントアップが、俺たちの魂に最後の力を与えてくれる。
あと少し。あと少しで、この嵐は収まるはずだ!
そして、ついに。
全ての霊素があるべき場所に収まり、ぴたりと調和した瞬間が訪れた。
嵐は過ぎ去り、そこには静寂だけが残った。
《……融合完了。
換装プラン『アクア・ダイバー』フェーズ1、完了しました。
新機能『水中機動モード』を獲得》
その声と共に、俺の鎧の姿が確かな変化を遂げていた。
ロックリザードの赤黒く重厚な甲殻はそのままに、両脚の側面と背中の中央に水棲リザードのそれと同じ、流線形で美しい緑色のヒレが新たに追加されていた。
(すげぇ……見た目はちぐはぐなキメラだけど、機能美としては完璧だ……!)
俺は、生まれ変わった自分の身体に魂の奥底から歓喜の声を上げた。
俺たちは、やったのだ。
誰も成し遂げたことのない、初めての複合素材融合に成功したのだ!
「素晴らしいです、アルマ!
早速、試してみましょう!」
リリアも、興奮を隠しきれない様子だ。
俺たちは、先ほどのはぐれリザードがいた泉へと向かった。
そして覚悟を決めて、水の中へと足を踏み入れる。
今までは、水に入った瞬間に鉛の塊と化していたこの身体。
だが、今度は違った。
水が、まとわりついてこない。
むしろ、身体に増設されたヒレと鱗が水の流れを味方につけているかのように、俺の身体を優しく支えている。
俺は試しに、脚部のヒレを動かしてみた。
すると、どうだ。
スッ、と。
俺の身体が、何の抵抗もなく水中を滑るように進んだのだ。
(うおおおおおっ!
動く! 水中で、俺の身体が自在に動くぞ!)
「きゃっ!
すごいですわ、アルマ! まるで、本物の水棲リザードのようです!」
俺たちは、子供のようにはしゃいだ。
この第二階層における最大の弱点だった水中機動力。
それを、俺たちは自らの力で最高の形で克服したのだ。
新たな力を手に入れた俺たちは、意気揚々と地下水脈の探索を再開した。
もう、この階層に怖いものはない。
そんな万能感にも似た高揚感が、俺たちの魂を満たしていた。
しばらく進むと、これまでの湿った洞窟とは明らかに質の違う乾いた空気が流れてくるのを感じた。
そして、通路を抜けた先。
そこに広がっていたのは、発光苔も水脈もない、ただ乾いた岩と砂だけが広がる広大な洞窟地帯だった。
(なんだ……?
ここは、また環境が違うのか)
せっかく手に入れた水中用装備が、全く役に立たないであろう新たなフィールド。
その、あまりにも間の悪い展開に俺の魂が若干のツッコミを入れた、まさにその時だった。
―――ヒュンッ!
目の前を、何か黒い影が風のような音を立てて横切った。
(なっ!?)
俺の《共振探知》が何かを捉えるよりも速く。
リリアの《霊素視》がその正体を認識するよりも速く。
その影は、洞窟の反対側の壁に突き刺さり、そして消えた。
あまりの速度に、何が起きたのかすら理解できない。
「……速い……!」
リリアが、絶句したように呟いた。
「今までの、どの魔物よりも……速いですわ……!」
俺たちの魂に、新たな脅威の出現を告げる乾いた風だけが吹き抜けていった。




