第27話:水棲リザードの群れ
(マジかよ……!)
「水棲リザード……!
それも、武装した戦士の群れです!」
休む間もない。
アクア・トードとの死闘を終えたばかりの満身創痍の俺たちに、この地下水脈の迷宮は次なる試練を容赦なく突きつけてきた。
(嘘だろおい!
普通、ボス戦の後にはセーブポイントとか回復の泉とか、そういう癒やしイベントがあるのがお約束じゃないのか!?
なんで間髪入れずに次の敵がエンカウントしてくんだよ、このダンジョンは鬼畜仕様か!)
俺の魂が、前世のゲーム知識に基づいた理不尽な現実へのツッコミを絶叫している間にも、状況は刻一刻と悪化していく。
通路の暗がりから現れたのは、ざっと数えて十数体。
人間とトカゲを混ぜ合わせたような緑がかった鱗の身体は、水中での抵抗を極限まで減らすためか滑らかな流線形をしている。
その手には、黒曜石を鋭く磨き上げた槍。
そして何より厄介なのは、その爬虫類特有の冷たい瞳に宿る明確な知性と、統率の取れた殺意だった。
ゴブリンのような、ただの烏合の衆じゃない。
こいつらは、狩りの何たるかを知っている歴戦の戦士の集団だ。
「キシャァァァッ!」
リーダー格と思わしき、一際体格のいい個体が甲高い鳴き声を発した。
それが、開戦の合図だった。
奴らの動きは驚くほど速く、そして合理的だった。
前衛の数体が、まるでスケートでもしているかのようにぬめった岩棚の上を滑り、槍を構えて一気に距離を詰めてくる。
(なるほど、この地形での機動力は俺たちより遥かに上か!
だが……!)
俺は、アクア・トードから手に入れたばかりの新機能を試すべく腰を落として迎え撃つ。
足の裏から粘液を分泌させ、ぬるぬるの岩棚に根を張るようにその重い身体を固定した。
「キッ!?」
先頭を駆けてきたリザードが、俺が滑って転ぶとでも思ったのだろう、その金色の瞳を驚きに見開いた。
(甘いぜ、トカゲ野郎!
こちとら、ついさっき最新のスタッドレスタイヤに履き替えたばかりなんでな!)
俺は体勢を崩すことなく、迫りくる槍の穂先をロックリザードの甲殻で覆われた腕で弾き返した。
ガキンッ!と甲高い音を立てて火花が散る。
黒曜石の槍は、俺の新たな装甲に傷一つ付けることができない。
(よし、いける!
防御力はこっちが上だ!)
俺が勝利を確信しかけたその甘い思考は、リリアの悲鳴のような警告によって打ち砕かれた。
「アルマ、下です!
水の中から!」
(なに!?)
俺が前衛の相手に気を取られていた、まさにその瞬間。
俺たちが立っていた岩棚のすぐ下の地底湖から、ザバァッ!と大きな水しぶきを上げて別のリザードの部隊が槍を構えて飛び出してきたのだ!
しまった、陽動か!
陸上の部隊は、俺たちの注意を引きつけるためのただの囮。
本命は、水中からの奇襲だったのだ!
(くそっ、避けきれねえ!)
水中から突き上げられる無数の槍。
俺は咄嗟に後方へ跳躍しようとするが、時すでに遅し。
数本の槍が、俺の脚部の関節や装甲の継ぎ目に深々と突き刺さった。
《警告:脚部フレームに構造的損傷を確認。機動力が低下します》
(ぐっ……!)
ロックリザードの装甲をもってしても、関節部への的確な一撃は防ぎきれない。
致命傷ではない。だが、足をやられたことで俺の動きは明らかに鈍重になった。
そして、その一瞬の隙を奴らが見逃すはずもなかった。
水中から現れたリザードたちは突き刺した槍をそのままに、凄まじい力で俺を地底湖の中へと引きずり込もうとしてきた。
(こ、の野郎!
またこのパターンかよ!)
アクア・トードとの戦いの悪夢が蘇る。
だが、今度の相手は一体じゃない。
数体のリザードが、まるで蟻が獲物に群がるように俺の身体にまとわりつき容赦なく水の中へと引きずり込んでいく。
俺は必死に抵抗するが、負傷した脚では踏ん張りが効かない。
―――ザブンッ!
ついに俺の身体は、水しぶきと共に地底湖の中へと引きずり込まれてしまった。
ゴボゴボと虚しい気泡が、兜の隙間から漏れ出ていく。
(最悪だ……!)
水中に入った瞬間、ロックリザードの甲殻が持つ圧倒的な質量が俺の身体を鉛の塊に変えた。
アクア・トードとの戦いで嫌というほど味わった、あの絶望的な無力感。
手足を動かそうにも、水が粘度の高いオイルのようにまとわりつき全ての動きを鈍らせる。
「アルマ、囲まれています!
上下左右、全てですわ!」
リリアの切迫した声が響く。
その言葉通り、俺たちの周囲を水を得た魚……いや、水を得たトカゲのようにリザードの群れが縦横無尽に泳ぎ回り、完璧な包囲網を形成していた。
奴らは水中では地上とは比べ物にならないほど、しなやかでそして速い。
まるで、統率の取れた殺人イルカの群れだ。
キィン、と水中で甲高い音が響く。
奴らが槍の石突で互いに合図を送り合っているのだ。
そして、一糸乱れぬ連携攻撃が始まった。
一体が俺の頭上から槍を突き下ろしてくる。
俺がそれをかろうじて腕で防ぐと、今度は死角となる真下から別の個体が腹部の装甲を狙ってくる。
それを回避しようと身体を捻れば、左右から挟み込むように槍の穂先が迫る。
休む間がない。
呼吸をする暇もない。
いや、鎧の俺に呼吸は必要ないが、魂が酸欠を起こしそうだ。
(くそっ、キリがねえ!
こいつら、完全に俺をなぶり殺す気だ!)
俺は、スライムの核を砕いた《共振撃》を放とうとする。
だが、水中でのこの不安定な体勢ではまともに狙いを定めることすらできない。
それに、下手に放てばその隙に別の個体から致命的な一撃を喰らいかねない。
俺の思考が、完全に手詰まりに陥っていた。
《警告:水中環境下における戦闘継続は、鎧の全損を招きます。即時、戦闘領域からの離脱を推奨》
(んなこと、言われなくても分かってるんだよ!)
システムからの無慈悲な警告に、俺は悪態をつく。
このままじゃ、本当にただの鉄屑にされる。
どうする。
どうすれば、この最悪の水中デスマッチから抜け出せる?
(そうだ、陸に……!
陸にさえ戻れれば……!)
俺は、最後の望みをつなぐ地面に向かってもがいた。
だが、その動きを読んでいたかのように数体のリザードが俺の背中に飛びつき、その重みで俺をさらに湖の底へと引きずり込んでいく。
(ダメだ……!
この重さじゃ、浮上することすらできやしねえ!)
ロックリザードの装甲は、地上では最強の盾だったかもしれない。
だが、水中では俺の魂を湖の底に縛り付ける、ただの呪いの鎖でしかなかったのだ。
「アルマ!
このままでは……!」
リリアの魂からも、焦りの色が伝わってくる。
彼女の《霊素視》も、水中での乱反射と敵の素早い動きに翻弄され的確なナビゲートができないでいた。
俺の《共振撃》も、リリアの《霊素視》も、そしてロックリザードの装甲も、この水中という環境の前ではその真価を全く発揮できない。
俺たちが今まで培ってきた戦い方が、完全に封じられている。
(なんてことだ……。
完全に、詰みじゃないか……)
絶望が、冷たい水と一緒に俺の魂に染み込んでくる。
その、刹那。
俺の《共振探知》が、微かな、しかし明確な「違和感」を捉えた。
それは、奴らの完璧な包囲網の中に存在するたった一つの「歪み」。
奴らは、俺の正面……つまり俺の攻撃が届きうる範囲だけを、ほんのわずかに広く開けている。
(……警戒しているのか?
俺の、最後の反撃を)
そうだ。
奴らは、俺たちがあの巨大なアクア・トードを倒したのを見ているはずだ。
だからこそ、これだけ有利な状況でも不用意に正面からの一騎打ちを仕掛けてこない。
(……だったら)
俺の整備士としての魂に、最後の悪あがきの火が灯る。
(その警戒心、利用させてもらうぜ!)
それは、あまりにも無謀で一歩間違えれば自爆しかねない、起死回生の策だった。
(リリア!
今から、俺の鎧に残った霊素を全部使って、ハッタリをかます!)
「ハッタリ……ですって!?」
(ああ!
奴らが警戒している正面……あそこに向かって、最大出力の《共振撃》を『撃つフリ』をする!)
「フリ……!?」
(そうだ! 奴らは俺の一撃を警戒して必ず大きく後退するはずだ。
その一瞬の隙に、俺たちは水面に向かって全力で浮上する!
それしか、この状況を打開する道はねえ!)
それは、もはや戦術ですらない。
ただの、一か八かの大博打だ。
だが、リリアは一瞬の躊躇もなく力強く答えた。
「……承知いたしました!
あなたという最高のイカサマ師に、わたくしの魂を賭けましょう!」
(へへっ、言ってくれるぜ!)
俺たちは、最後の力を振り絞った。
俺は、かろうじて動く右腕を正面に突き出しそこにありったけの霊素を集中させる。
アクア・トードの粘液腺を破壊した時のような、黄金の光が腕の先に集まっていく。
その凄まじい霊素の昂りに、リザードたちが明らかに動揺するのが《共振探知》を通して手に取るように分かった。
(喰らえ!……と言いたいところだが、これはただの脅しだ!)
俺は腕の先に集めた霊素を、攻撃として放つのではなくただの閃光として全方位に拡散させた!
―――閃ッ!!!
水中が、太陽が生まれたかのような眩い光に包まれる。
「「「キシャァァァッ!?」」」
光に目が眩んだリザードたちが、悲鳴を上げて怯んだ。
(今だ、リリア!)
「はいっ!」
俺たちは、奴らが作り出したその一瞬の隙を突き水面に向かって最後の浮上を開始した。
背中にまとわりついていたリザードを振り払い、損傷した脚を無理やり動かす。
だが、やはり重い。
浮上する速度が、絶望的に遅い。
(くそっ、間に合わねえ!)
光から回復したリザードたちが、再び槍を構えて追ってくるのが見えた。
もう、ダメか。
そう、諦めかけた、その時。
《警告:機動力の著しい低下を確認。緊急回避プロトコルを提案。実行しますか? Y/N》
(なんだと!?)
こんな土壇場で、システムが新たな提案をしてきた。
迷っている暇はない!
(Yだ! やれ! 何でもいいから、やってくれ!)
《了解。脚部に融合したアクア・トードの粘液腺を、推進剤として最大出力で噴射します》
(はあ!?)
俺が理解するよりも早く、俺の両足の裏からアクア・トードの粘液が凄まじい勢いで噴射された。
それは、もはや「滑り止め」などという生易しいものではない。
強力な、ジェット噴射だ!
ズゴゴゴゴゴゴッ!
俺の身体は、まるでロケットのように水面に向かって急加速した。
「キシャ!?」
追ってきたリザードたちが、呆気にとられてそれを見送っている。
そして、俺たちはついに。
ザバァァァァァァッッッ!
大きな水しぶきを上げて、水面へと飛び出したのだった。
なんとか、命からがら、地獄の包囲網から脱出することに成功したのだ。
(はぁ……はぁ……。
助かった……のか……?)
「ええ……なんとか……」
俺たちは、近くの岩棚になんとか這い上がりそこで大の字に(魂が)伸びていた。
リザードの群れは、陸まで追ってくることはないらしい。
奴らは水中のハンター。陸の上では、俺たちに分が悪いと判断したのだろう。
だが、勝利感は全くなかった。
あるのは圧倒的な敗北感と、自分の身体への不満だけだ。
(くそっ……!
この身体、水中じゃ全く役に立たねえ! ただの重りだ!)
俺は、悔しさに魂を震わせた。
このままでは、この第二階層を攻略することなど夢のまた夢だ。
この鎧は、根本的に「水中での活動」を想定して設計されていない。
(……改造するしか、ねえ)
俺の魂に、整備士としての決意が再び燃え上がっていた。
(あのリザード共のように、水中を自在に泳ぎ回れるような……
そんな機動力が、今の俺には必要だ!)
その、俺の強い意志に応えるかのように。
脳内に、あの無機質なシステムメッセージが新たな可能性を提示したのだった。
《水中環境における機動力不足を解消するための、新規換装プランを提案します。
表示しますか? Y/N》
俺たちの、次なる挑戦が始まろうとしていた。




