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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第19話:泥だらけの勝利

(間に合え……!)


 俺の魂の叫びと、リリアの祈りが一つになる。


同調率(シンクロ・レート)、30%……!》


 その、刹那。

ブレスが着弾する寸前、ノイズだらけだった鉄の鎧の瞳……

その奥で、かろうじて、弱々しくも確かな意志の光が再び灯った。


 絶望の淵から、俺たちの反撃が今、始まろうとしていた。


「グルォォォォォォォォッ!!」


 ロックリザードが放った灼熱のブレスが、全てを飲み込む奔流となって俺たちに襲いかかる。

だが、その一瞬前。


(うるさいッ!)


 俺は、魂の奥底で俺を縛り付けようとする父の幻影を怒りと共に振り払った。


(俺はもう、あんたの言うことだけを聞く「失敗作」じゃないんだ!)


《警告:精神コマンドに強い拒絶反応。システム不安定》

同調率(シンクロ・レート)、32%……29%……35%……安定せず》


 システムが不安定な警告を吐き出す。

上等だ。こっちの魂だって、今にも張り裂けそうなんだからな!


 完璧じゃなくてもいい。不完全でもいい。

それでも、俺は……俺たちは、前に進むんだ!


「アルマッ!」


 リリアの魂の絶叫が、不完全に再接続された神経回路を無理やり動かす。

それは、以前のような神がかり的な操縦じゃない。

まるで断線しかけたケーブルで繋がったロボットのような、ぎこちなく火花を散らす無様な動きだった。


ガッ、ガガガッ!


 関節部が悲鳴を上げ、俺の身体がもんどりうつように横へ転がる。


ゴオオオオオッ!


 ブレスの奔流が、俺の背中を掠めていった。

背部装甲の一部が高熱で融解し、魂に直接焼きごてを当てられたような激痛(のような感覚)が走る。


(ぐっ……ぁあああ!)


「まだです、アルマ!

まだ……!」


 致命傷は、避けた。

だが代償は大きい。鎧の損傷はさらに深まり、もはやスクラップ寸前だ。


 しかし、俺の魂はもう折れてはいなかった。

トラウマの牢獄の扉はまだ完全に開いたわけじゃない。

それでも、リリアがこじ開けてくれたその隙間から、俺は確かに現実(ここ)に戻ってきていた。


(理屈じゃねえ! 計画でもねえ!)


 システムが示した完璧な「解法」は、一度失敗した。

もう、あんな綺麗な戦い方はできない。

だったら!


(ただ、あいつを、ぶん殴るッ!)


 整備士としての冷静な分析じゃない。

ただ、目の前の少女を守りたいという、一つの本能的な衝動が俺を突き動かしていた。


「グルル……?」


 ブレスを放ち、俺たちが黒焦げになっていると確信していたロックリザードが、煙の中からよろよろと立ち上がる俺の姿を見て初めて困惑の色を見せた。


 その一瞬の隙を、俺たちは見逃さない。


「行きます、アルマ!」


(おうッ!)


 俺は、折れかかった足のフレームを軋ませ大地を蹴った。

それは突進と呼ぶにはあまりにも不格好で、泥臭いものだった。

右足を引きずり、左半身はひしゃげたまま。

まっすぐ走ることすらできず蛇行しながら、それでもただひたすらに前へ。


 ロックリザードの、あの忌々しい弱点だけを目指して。


《警告:機体損傷率、限界値。これ以上の稼働は完全な機能停止を招きます》

同調率(シンクロ・レート)、41%。低位安定。高負荷の戦闘機動は推奨されません》


(うるせえ!

推奨されなくても、やるんだよ!)


 俺はシステムの警告を魂の叫びで黙らせる。


「ギシャァァァァッ!」


 我に返ったロックリザードが、その巨大な尻尾を再び横薙ぎに振るってきた。

以前の俺たちなら、リリアの完璧なナビゲートで回避できたかもしれない。

だが、今の俺たちにそんな芸当は不可能だ。


「アルマ、伏せて!」


 リリアの叫びに、俺は前のめりに倒れ込む。


ゴウンッ!


 死の振り子が、頭上を通り過ぎていく。

風圧だけで、地面に押さえつけられそうになる。


(まだだ!)


 俺は泥にまみれたまま、這うようにして前進する。

騎士? とんでもない。

今の俺は、泥濘を這いずるただの鉄屑だ。


 だが、その鉄屑の中には決して諦めない二つの魂が燃えている。


「グルルッ!」


 ロックリザードが、俺の無様な姿に苛立ちを覚えたのか今度はその巨大な前脚を振り上げた。

単純極まりない、しかし圧倒的な質量の暴力。

踏み潰されれば、今度こそ終わりだ。


(リリア!)


「ええ!」


 俺たちは、もう言葉を交わす必要もなかった。

不完全な同調率でも、魂の奥底でやるべきことは完全に一致していた。


 俺は、地面に突き立てていた半壊の左腕を最後の力で跳ね上げる。

狙いは、ロックリザードの眼球。

そんなものでダメージを与えられるはずがない。


 これは、ただの陽動。

コンマ数秒の時間を稼ぐための、捨て身の牽制だ。


「ギィッ!?」


 ロックリザードが、鬱陶しそうに顔を背ける。

生まれた、一瞬の隙。

それこそが、俺たちが命を賭して作り出した最後の勝機だった。


「今です、アルマ!

全霊素を、右腕に!」


 リリアの魂が、最後の輝きを振り絞る。

俺もまた、トラウマを振り払った魂のその全てを右腕に注ぎ込んだ。


《警告:霊素出力不安定。《共振撃》の最適化(オプティマイズ)中断。

強制実行(フォース・アクティベーション)に移行します》


 システムが、悲鳴のような警告を発する。

最適化されていない、ただの霊素の塊。

スライム相手に放った、あの暴走寸前の未完成な技。

だが、今の俺たちにはこれしかない!


 俺は泥を跳ね上げながらその巨体の懐に滑り込み、システムが示し続けていたただ一点の急所……

右前脚の付け根、第三装甲プレートの下部めがけて、最後の力を振り絞った右腕を突き出した!


 それは、もはや拳の形すら留めていない、ただの鉄の塊。

だが、その先端には俺とリリアの魂の全てが、黄金の光となって宿っていた。


――ゴッ!


 鈍い、嫌な音がした。

甲高い共振音はない。

ただ、分厚い岩盤に鉄の杭を無理やりねじ込むような、凄まじい抵抗。


「ぐ……ぅ……おおおおおおおおっ!」


 俺の魂が、リリアの魂が、最後の霊素を燃やし尽くす。

黄金の光が、甲殻の表面で激しく火花を散らした。


 あと一歩。

あと数センチが、届かない。

王者の甲殻は、俺たちの不完全な一撃をその圧倒的な防御力で受け止めきろうとしていた。


(ここまで、か……!)


 俺の魂が、再び絶望の色に染まろうとした、その刹那。


「諦めないで、アルマ!」


 リリアが叫んだ。

そして、彼女は最後の手段に出た。

俺の右腕の霊素回路に、彼女自身の魂の一部を直接流し込んだのだ。


(リリア!?

やめろ、無茶だ!)


 それは、ガソリンエンジンにニトロを無理やり噴射するような、無謀極まりない荒業だった。

鎧の内部で、彼女の魂が激しく削られていくのが分かる。

だが、その代償は絶望的な状況を覆すだけの、最後の「一押し」を生み出した。


搭乗者(ライダー)の魂を直接触媒として、霊素の強制共振を開始》


――キィィィン!


 一瞬だけ、あの甲高い共振音が響いた。

そして。


―――ピシッ!


 ロックリザードの装甲に、たった一本の、しかし致命的な亀裂が走った。


「ギ……?」


 何が起きたのか分からない、というようにロックリザードが動きを止める。

その亀裂から、まるでダムの決壊のように無数の亀裂が連鎖的に広がっていく。


ピシピシピシピシッ!

ミシミシミシミシッ!


「ギ……ギギ……ギ……ア……?」


 複合装甲がその内部構造を維持できなくなり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

もはや、それは鉄壁の城ではなかった。

ただの、脆い石の塊だ。


「グル……ォ……」


 ロックリザードが、最後の力を振り絞って俺を睨みつける。

その瞳に宿っていたのは、もはや怒りでも憎しみでもない。

ただ、己の敗北を信じられないという純粋な驚愕の色だった。


 そして、小山のような巨体はゆっくりと、ゆっくりと横に傾き……。


ズウウウウウウウウウウウウウウンンンン!!!


 凄まじい地響きと共に、ダンジョンの主は完全にその活動を停止した。


「…………」


「…………」


 静寂。

残されたのは、ボロボロになった俺の鎧と巨獣の亡骸。

そして、二つの疲れ果てた魂だけだった。


(か……勝った……のか……?)


「ええ……。勝ち、ました……わ……」


 リリアの声は、今にも消え入りそうだ。

俺は彼女の魂の状態を確認しようとして、それすらできないほど自分も消耗しきっていることに気づいた。

視界が、明滅を繰り返す。

システムの警告音が、耳鳴りのように遠くで響いている。


 ああ、ダメだ。

意識が……。


 俺の魂が、完全にシャットダウンするその寸前。

脳内に、いつもの無機質な声が、しかしどこか誇らしげに響き渡った。


《戦闘データ取得。対・重装甲生物用の戦闘パターンを構築》


 その声を最後に、俺の意識は深く、静かな闇の中へと沈んでいった。

泥だらけで不格好で、満身創痍の、しかし確かな勝利の余韻だけを魂に残して。

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