第16話:妖精騎士システム、覚醒
――絶望的な状況だった。
ロックリザードの一撃で両腕は砕かれ、鎧は半壊。
俺の魂は、再び「失敗」という名の分厚い氷に閉じ込められかけていた。
だが、リリアの気高い覚悟がその氷に亀裂を入れる。
(そうだ……俺は整備士だ。
壊れたのなら、その原因を分析し、理解し、そして、直す!)
俺は全ての意識を魂の奥底へと沈めていく。
目の前の巨体、迫りくる死の気配、砕かれた腕の痛み(のような魂の叫び)すらも遮断する。
ただ一点、あの天然の複合装甲の「設計ミス」を見つけ出すためだけに集中する。
「グルルルルル……」
ロックリザードが、ゆっくりとこちらへ向き直る。
その瞳にはもはや何の感情も映っていない。
ただ、獲物にとどめを刺す冷徹な殺意だけが宿っていた。
俺という名の鬱陶しい虫けらを、今度こそ完全に踏み潰す。
その絶対的な意志が、霊素の圧となって俺たちに襲いかかる。
「アルマ、来ます!
全力で回避を!」
リリアが最後の力を振り絞り、俺の身体を動かす。
ガコンッ!と悲鳴を上げる関節を無理やり動かし、ロックリザードの突進を紙一重で回避した。
巨体が通り過ぎた風圧だけで、俺のボロボロの身体がよろめく。
鎧の中から、彼女の魂の光がエンジンの回転数を無理やり引き上げるブーストのように、激しく明滅しているのが伝わってきた。
彼女の魂が、俺の代わりにこの絶望的な状況を支えてくれているのだ。
すまない、リリア。
そして、ありがとう。
(待ってろリリア……
必ず、見つけ出す!)
俺の精神世界では、《機構造解析》がフルドライブで稼働していた。
脳内にロックリザードの完璧な装甲設計図が、青白い光の線となって展開される。
物理攻撃も振動攻撃も通じない、鉄壁の多層構造。
表面の黒曜石層、中間の衝撃吸収層、内部の放熱層……。
なんてことだ、まるで最新鋭の複合装甲じゃないか。
自然界でこんなものが生まれるなんて、設計思想がイカれてる。
(ダメだ……
物理的な構造だけ見ていても、弱点なんて見つからない……!)
焦りが、再び俺の心を蝕もうとする。
完璧な設計図だ。どこにも隙がない。
どんな機械にも必ずあるはずの、応力集中の逃げ道やメンテナンス用のハッチのような構造的な「甘え」が、こいつには一切ない。
これじゃ、まるで……。
「お前は、失敗作だ」
(くそっ! こんな時に!)
父の幻影が、また俺の思考を縛ろうとする。
その瞬間だった。
「アルマ!
わたくしの眼を、あなたの力に!」
リリアの魂が、最後の輝きを振り絞るように叫んだ。
そして、俺の魂と完全に溶け合うような、今まで経験したことのない一体感が俺を包み込む。
彼女のスキル《霊素視》が捉えた情報……
ロックリザードの体内を流れる膨大な霊素の「回路図」が、俺の「設計図」の上に、赤い光の奔流となって重ね合わせられた。
――そして、俺の魂の中で、何かが再起動する。
《警告:搭乗者の生命維持低下。危険領域に突入》
《魂の波形、強制同調を開始……》
(な……なんだ、この声は……!?)
これまで感じていた曖瞥な感覚ではない。
明確で感情のない、無機質なシステムメッセージが俺の脳内に直接響き渡る。
まるで、工場の自動制御システムのアナウンスのように。
《同調率、48%……65%……89%……》
《スキル《機構造解析》とスキル《霊素視》の連携を確認。個体管理システムを再構築……》
俺の意思とは関係なく、俺とリリアの魂がより高次元のシステムへと強制的に統合されていく。
そして。
《――システム名『妖精騎士』、起動します》
その声と共に、俺の世界は一変した。
脳内に展開されていた二つの図面が、一つの完璧な三次元ホログラムへと統合される。
物理的な構造を示す青い設計図と、そこを流れるエネルギーの経路を示す赤い回路図が、寸分の狂いもなく完全に一致したのだ。
そして、視える。
今まで霞がかっていたように見えなかった、最後の0.1%が。
《構造的脆弱点をスキャン中……特定》
《目標:ロックリザード。右前脚付け根、第三装甲プレート下部。霊素循環の淀みによる、結晶構造の微細な歪みを検出》
そこだ!
完璧に見えた複合装甲の、たった一点。
製造過程で生じた、コンマミリ単位の「不良品」。
まるで鋳造の際に僅かな気泡が混じってしまったかのような、微細な結晶構造の乱れ。
リリアの《霊素視》だけでは「淀み」としか分からなかったそれが、俺の《機構造解析》と統合され、明確な「破壊可能な弱点」として精神世界のホログラム上で警告を示す赤い光で点滅している!
(リリア、聞こえるか!
あの右前脚の付け根だ! あそこを狙う!)
「ええ、視えていますわ、アルマ!
あなたの設計図が、わたくしの視界に……!」
俺たちの魂は、もはや別々の存在ではなかった。
『妖精騎士システム』という一つのOSの下で稼働する、CPUとGPUのように完全に連携していた。
俺が構造を分析し、彼女がエネルギーの流れを読む。
そしてシステムが、その二つの情報から唯一の正解を導き出す。
「ですが、どうやって……!
こちらの攻撃は……!」
リリアの悲痛な声が響く。
そうだ。弱点が分かっても、こちらの攻撃が通じなければ意味がない。
砕かれたこの腕で、どうやってあの分厚い装甲を貫く?
その問いに答えたのは、俺でもリリアでもなかった。
俺たちの魂を統合した、無機質な「システム」の声だった。
《攻撃ソリューションを算出中……》
《解法提示:機体に残存する全霊素を、搭乗者の魂を触媒として調和・増幅。一点に収束させ、対象の固有振動数と共振させることで、内部から構造を破壊する》
《技名:《共振撃》の出力を最適化します》
(これだ……!)
スライムの核を砕いた、あの技。
あの時は、ただがむしゃらに俺とリリアの霊素をぶつけただけの、言わば「偶然の産物」だった。
だが、システムはあの時の戦闘データを元に、あの現象を再現可能な「必殺技」として再構築してくれたのだ。
失敗は、終わりじゃない。
次の成功のための、最高のデータだ。
リリアが教えてくれた、俺の整備士としての誇りそのものじゃないか。
「アルマ、あなたと同じ答えが……わたくしの心にも視えます!」
俺たちは、もう迷わない。
ロックリザードが、最後のとどめを刺すべく巨大な顎を大きく開き、その喉の奥に灼熱のマグマのような光を収束させ始めていた。
あれはダメなやつだ。
喰らったら、鉄の鎧だろうが一瞬で蒸発する。
(リリア、俺の身体を、魂を、お前に預ける!)
「はい、わたくしの騎士様!」
俺は全ての思考を放棄し、身体の制御を完全にリリアに委ねた。
彼女は、俺の魂が生み出した、たった一つの勝機を掴むために。
砕かれた鎧を、最後の力を振り絞って動かす。
ガコン、と音を立てて俺は右膝をついた。
まるで、祈りを捧げるかのように。
半壊した左腕を地面に突き立てて支えとする。
そして、かろうじて動く右腕の、砕け散った籠手の先……もはや指の形も留めていない鉄の塊を、システムが示した弱点……ロックリザードの右前脚の付け根に、ゆっくりと向けた。
それは、絶望的な状況で生まれた不格好で、しかし完璧に計算され尽くした、俺たちの最初の共同作業だった。
俺が最高の設計図を描き、リリアが最高の操縦桿を握る。
そして妖精騎士システムが、俺たちの魂を一つの弾丸として撃ち出すのだ。
(いくぞ、リリア!)
「ええ、いつでも!」
俺たちの魂が、黄金の光となって輝き始めた。
ロックリザードが灼熱のブレスを放つのと、俺たちが最後の反撃を叩き込むのは、果たしてどちらが早いか。
絶望の淵で、俺たちの本当の戦いが、今、始まろうとしていた。




