あなたは香川県民ですか?
あなたはは香川県民ですか――
声を掛けられた少年が目を覚ましてみると、その風景に驚いた。
地平線に向かって何もない世界なのだ。
その色は白――
まるでトンネルを抜けるとそこは雪国だったレベルの衝撃である。
その世界はまるでVRのログイン画面のようでもある。
そんな何ない空間には、しかし、少年以外にも少女が一人、正面に立っていた。
だが、その姿は少女と言って良いのだろうか。
長い銀髪に赤い目の少女は、身長は低く少年の旨の高さくらいしかない。胸の大きさは極めて慎ましい。
絶世の美女であるのだろうが、狐耳のカチューシャらしきものと、七尾の狐の尾が付いている巫女服であると、語尾は「――のじゃ」であるロリババアにしか見えないのであった。
それ以外でいうのであれば、営業の女か?
貴方は香川県民ですか――
まだ目が覚めていないと勘違いしたのだろう。
その少女が少年の肩を叩き続けて、香川県民であるか否かについて確認を取り続けている。
なぜ香川県民かどうかに彼女はそんな感心を持っているのだろうか?
何か香川県民か、それ以外かで重要な違いでもあるのだろうか。
「香川県民だと、どうなるのですか?」
聞いてみた。
「あ、起きていたのね。貴方がトラックに轢かれたことに対応して、お詫びに異世界に転移させてあげようと思ったのだけれど、ほら、香川県民だとそれに適法化することが必要になってくるじゃない?」
「適法化?」
少年は気づく。
確か、香川県では最近、ネット・ゲーム依存症対策条例などという条例が施行されたはずだ。
「あの、1日一時間以上ゲームをしてはいけないという……」
「そう、それよ! 理解が高くていいわねッ」
「もしかして、異世界転移したあと、異世界でも香川県ネット・ゲーム依存症対策条例が適用されるってこと」
香川県民はそのせいでRTAなどのゲーム業界では#お前それ香川でも言えるの (Can you say that in Kagawa?)などと煽らているらしい。
そして、それはフィクションであるらしいのだが、現実にVTuberなどがディスっているのは聞いたことがある。
今後、彼らも香川県から収益化のはく奪対象にするとか圧力が掛けられるのではないかと心配になるほどの勢いだ。
「えぇそうよ、だってコンプライアンスは守らないといけないもの。そうしないと、中国や韓国といった世界中の市民の方からコンプライアンス違反だってお叱りを受けてしまうのだから――」
「――それは怖いね」
そして安心する。
少年は香川県民ではないからだ。
「だが、僕は山梨県民だから問題ないね」
「証拠は?」
少女が聞いてくる。
だが少年は冷静だった。
「いまどきのスマホなんだからGPS機能くらい付いているでしょう?」
「それもそうかな。承認依頼だすね――」
少女が目の前の何かをクリックする。
すると少年の目の前にウィンドウが現れた。
システム:この危機の位置情報へのアクセスを、雷精霊達の中核基盤機構 に許可しますか?
許可しない/許可
もちろんだとも。少年は許可にクリックを押した。
「OK。よしよし、確かに香川県にはいないのは確認できたかな」
「で――、今更だけど、ここはどこなの?」
「それは当然の質問ね。貴方はこの度トラックに轢かれて死んでしまいました。勇敢にも少女が引かれるのを助けてね。だからお礼の記しに私の保有しているサーバから異世界に転移させてあげようと思って――」
「へー。テンプレですねー」
「えぇそうよ。喜んで欲しいな。その世界は、ステータスオープンって言うとステータスが出てくるゲームの世界で剣と魔法が主体のRPG風な世界よ」
少年にとって、それはまるで小説家になろうのテンプレかと言いたくなるような展開だった。
確かにテンプレそのままである。
ということはここでチートなスキルなどが貰えるに違いない。
少年の期待は嫌がおうにも高まるのであった。
「でー、異世界に行くにしたとして、どのようなスキルが貰えるのでしょう?」
「やっぱりキミもチートなスキルが欲しいんだ。男の子なのね」
「そりゃぁ、もちろん!」
「じゃぁ、まずは勇者系か、魔術師系のどちらかの選択かな?」
「えーっと、勇者は分かるけど、魔術師って?」
「ほら、勇者といえばこの俺の右手が光って唸るとか、魔術師といてば左の邪眼が轟き叫んじゃうとか!」
「あ、そういうのいいんで――」
少年の心は揺らいだが、あまりにも中二すぎるのは引いてしまうのだった。
「じゃぁ、オーソドックで普通の魔剣士を選択っと。剣の方が主体でいいよね。魔法も全て使えると」
「うんうん。いいね!」
「それから――、レベルの高い剣とかも渡しておこうか。剣はアイテムボックスの中に入れておくから、異世界転移後に開けてみれば良いわ」
「ありがとうございます。アイテムボックスを開くには?」
「アイテムボックス・オープンって叫べばOKよ」
「叫ぶって――、何かそれ辛いんだけど」
「訓練すれば無詠唱で開くこともできるから、そのくらいは訓練してよ」
「なるほど、分かった」
(多少は性徴要素もないと面白くはないからな)
おそらくそんな理由であろうと少年はあたりを付けた。
「それとも、ヒノキの棒とかの方が良かった?」
「いやいやいや、勇者の剣で! 勇者の剣でお願いします」
あまりにもテンプレすぎるだろうと、勇者は笑うのだった。
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そうこうして、一人の勇者を送り出した後、営業の少女Yは愉悦にふやけたドヤ顔で、にやにやと赤い笑みを浮かべていた。
「実は――、うちのサーバって、香川県に設置してあるんだよねー」
今となってはネットゲームを公開するにあたり、オンプレミス環境なサーバ環境を用意することは特殊な事情が無い限りありえないことになっている。
通常はA社のクラウドサーバーを使うことが多い。
なぜクラウドを使うかと言うと、スモールスタートがしたいからである。
一発当てた後でない限り、下手にサーバーを購入するよりは、増設や撤退の行いやすいクラウド環境でネットゲームを構築する方が、自身でハードのメンテナンスをする必要が無い分だけやりやすいのだ。
失敗したときに安価ですむ。これは重要なことである。
以前A社のクラウドサーバーが故障したとき、さまざまなアプリゲームが停止しまくり、阿鼻叫喚が発生したことは記憶に新しい。だが、そのような故障は自身でハードを用意した場合でも普通にありえることである。そしてその故障修理の大変さは、ハードウェアを専業とする業者の比ではない。
だが、それも「特殊な事情が無い限り」という条件が付く。
例えば、自社が既に大きなサーバを持っている場合。
そんなときはわざわざクラウドなどは使わない。
そして例えば、異世界転移システムなどのハードウェアガジェットをサーバに接続する必要がある場合――
汎用品であればクラウドに接続することも容易であるが、特注品であるならばそうもいかないだろう。
今回は後者の場合が発生した。
つまり異世界転移を行う場合、彼女の香川県にあるサーバにデータが行ってから、行われることになる。
そう、異世界転移者は全員、名誉ある香川県民となることができるのだ。
香川県ネット・ゲーム依存症条例の対象とされて、喜ばない子どもや保護者はいない。
なにしろ県民が選んだ議員の賛成多数で可決・成立したのだ。香川県民の大半がそれに喜んでいる。
異世界転移者は世界に誇れ、栄えある香川県民となれることに感動し、感謝の涙に染まることになるだろう――




