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Side異世界:少女は魔法使いになりたかった――

「私を魔法使いにしてください――」



 冒険者ギルドの前で、魔法使いと思われるローブ姿の冒険者の男たちに対して次々と声をかけていく少女がいた。


 その少女はボロボロの服をまとっており、やせ細っている。目にはクマがあり、ずっとその場所で声をかけ続けていたのであろうことが分かる。それは立ちんぼ――道端で男を誘い金銭を得る女のようでもある。



 その少女は2、3日前からその場所にいた。



 普通であれば荒くれものの冒険者たちにどこかに連れていかれ、ボロ雑巾にように少女として使われるであろう彼女は、しかしその場所で声をかけ続けることができていた。


 なんといっても冒険者ギルドの前である。


 誰かが連れて行けば明らかに分かる。


 そんなところで危険なリスクを負うこともないだろう。

 もっと繁華街でやれば良いだろうに、このような場所では地雷にしか見えない。


 だからといって、その少女の願いが叶えられることはない。


 声をかけられた魔法使いはめんどくさそうにそんな少女を一瞥すると、そのまま去っていく。


 彼女に魔法使いとしての技量がないことは魔力を見れば明らかだ。


 一般に魔法使いとは、魔力の強いものがなる。当然だろう。


 その魔力の強いものは、大抵において貴族だ。


 魔力の強い貴族同士が結婚を繰り返すことで、より魔力の強いものは貴族に集中することになる。


 もしも、強い魔力を有する平民がいたとしてもそれは長くは続かない。


 そんな平民がいれば貴族にすぐに見初められて結婚したり、貴族として叙勲されたりするからだ。もしくは、暗殺か。


 それにこの国では魔法学園もある。


 貴族たちの婚活の場とも揶揄される魔法学園だが、魔力さえあれば平民であってもそこに通うことができる。


 だから、このような場所で魔法使いになりたいという願いを言うくらいであれば、魔法学園の門を叩くのが速い。


 それをしないということは――、すでに断られたか。何らかの理由がある。


 だから、そんな少女に目を止めるような魔術師など存在しないのだ。


 冒険者ギルド前で魔法使いに声をかける少女は、いつのまにか有名になっていた。


 なにしろ冒険者ギルドはこの世界では情報の発信源なのだ。

 冒険者ギルド前での出来事について、冒険者が噂を立てない方がおかしい。


 いったい、誰が彼女を最初に引っかけるのか――、そういう賭けが行われるくらいだ。


 そんな少女に声をかける男がいた。


 その姿はどうにも一般人で、中肉中背の普通の人間だ。


 おっさんだろう。


 攫う気なのだろうか?


 冒険者ギルド民が色めき立つ。


 冒険者ギルドからあわてて剣士がでてくる。


 人の好さそうな、いかにもイケメンといった風の剣士ギークである。


 小奇麗にしたその恰好からはいかにもモテそうだ。


 男が少女を連れ去り、暴行でも働くことでも危惧したのだろうが。


「おぃ、そこの男! 何をする気だ?」


「この少女が魔法使いになりたがっていると聞いた。ならば答えは一つ。魔法使いにしてやるべきだろう?」


「お前――、何者だ――」


 剣士ギークは威嚇する。

 だが、威嚇された男の方はどこ吹く風といった様相で、それに動じた風にはみえない。


「人が誰かを尋ねるにはまず自ら名乗るべきだと思うが――、まぁいいだろう。俺のことは名前よりも通り名の方が知られているかな?」


「だから誰だよ――」


都市鉱山(コーフシティ)――といえば分かるだろうか?」


都市鉱山(コーフシティ)! まさかお前は錬金術士コーフなのか!?」


「いかにもその通り。我は≪都市鉱山(コーフシティ)≫コーフである」


 男は頷いた。


 目立たない男であるが、知る人ぞ知るこの城下町の有力者の一人だ。

 国王の懐刀の一人であり、錬金術によりあらゆる危険物を精錬できる高位魔術師――


 平民から錬金術士を育成し、近代錬金術の母と呼ばれし≪乙女鉱山(バージンロード)≫シーナを育てた稀代の存在――


 中でも近々改設される鉄道と呼ばれる交通手段で、燃料となるガソリンや、レールとなる鉄を供給することで知られている。


 つまり、高位の魔術師であり、そして金持ちでもある。


 王国の重要人物として囲われているのであれば、通常冒険者ギルドになど現れない。だからこそ剣士ギークは名前を知りこそすれ、顔を知ることもなかったのだ。


 錬金術士コーフは特に着飾ったようすもなく、魔術師のような服装でもないことから、普通の平民のように見えることも仕方がないだろう。


 おぉぉ。


 剣士ギークのすぐそばで女性とは思えない声が聞こえる。


 魔術師になりたいと願う少女の声だ。


 彼女は長時間の立ち待ちにより、疲れ果てていたのだ。


 その声は既に枯れている。


「錬金術士になりたいのであれば我のもとに来なさい。まぁ普通の魔術と呼ばれるものとは毛色が違うだろうが。世間一般に言われている闇炎系(ミドルセカンド)であっても、錬金術士は低レベルであれば覚えることもできるからな――」


「ありがとうございます」


 歓喜に少女は震えた。


「ではまずは適正を調べよう――、このガーゼの臭いを思い切り嗅いでみてくれ――」


 錬金術士コーフはガーゼのようなものを空間から取り出す。


(あれは! アイテム・ボックス―)


 剣士ギークの目が見開かれる。


 アイテムボックスは勇者などの上級クラスの者でないと扱えないものだ。


(であるならば、この者はやはりホンモノ――本当に錬金術士コーフなのか……)


「これ、ですか?」


 少女はそのガーゼを口にあて、思い切り息を吸う。


 するとどうだろう。緊張の糸が切れたように少女はその場に倒れた。


「おい、何をした!」


 剣士ギークが叫ぶ。


「クロロホルム。医療用麻酔に用いられているジエチルエーテルの前身として、導入が速いが有害性が問題視されている吸入麻酔薬だな」


「おぃ! なんてものを――」


「大丈夫濃度は薄くしてある。科学火傷を負わせるようなへまはしないさ。それに、このまま立たせておくのも問題だろう。まずは寝かせるのが一番だ」


「それはそうだが――、無理やりに眠らせるなど――」


「この娘――この程度で倒れるなんて体力がほとんどなくなっているじゃないか。冒険者ギルドの前で、なぜここまで放置しておく――」


 強い口調で男は言った。

 それは叱責だ。


「そ、それは―」


 剣士ギークとしてもそんな少女は助けたいとは思ってはいた。


 だが、そうすればめんどうなことになることも分かっていた。

 地雷原に巻き込まれるのは御免被るのだ。


 だから助けることはできなかったのだ。



 そこに、噂を聞きつけた錬金術士がやってくる。

 彼女を助けるために――



 そんな彼に何を言えばよいのだろうか。


 剣士ギークが葛藤している間に、うむを言わさず錬金術士は倒れた少女を抱きかかえていた。


 このまま自宅へと持ち運ぶのだろう。


 それを剣士ギークはただ見ていることしかできない。


「彼女は――、魔法使いになれるのか?」


「さてな……」


「さてな、って――、自身もなく助けたのか? それはさすがに無責任すぎるだろう」


「≪都市鉱山≫の名に懸けて出来うることならばなんでもするが――、結局は彼女次第だな。彼女がなんでもするのであれば、できるのであろうが……」


「俺の名前はギークだ。剣士のギーク」


「? それが?」


「何か助けが必要だったら冒険者ギルドで俺を呼んでくれ。手伝ってやる。例え彼女が魔術師になれなかったとしても――」


 その言葉に初めて、錬金術士は剣士に目を向ける。


「ほぅ。では1年後には彼女を引き渡してやろう――、そのころには魔術師どころではない、最強の魔法の使い手になっているかもしれんがな――」


 そんな錬金術士の男の胸では、少女が小さな寝息を立てて眠っていた――

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