七話 『創造主』ゼノン-11
「さて、まずはこれを」
キセがピンと人差し指を立てると、小石が虚空に浮かんだ。
アゼルの親指ほどの大きさの、ちいさな石。
「それっ」
彼女は指揮者のように指を振り、それに従って小石がくるりと宙を舞う。
「おっと」
ぐしゃり、と。
小石はテオドロスをバラバラに吹き飛ばすと、その下に巨大なクレーターを形作った。
「ちょっと強くしすぎちゃったか」
現実での死を意味しないとは言え、仲間をバラバラにしておいてキセには悪びれた様子もない。
「で、一緒に裏切り者も追放、と」
軽やかにキセが告げると、カチリ、カチリと二度、何か鍵のかかるような音がした。葵とテオドロスがこの世界から締め出された音だ。
「無駄よ」
襲い掛かるアゼルの行く手から、キセの姿が掻き消えた。
いつの間にか背後に回ったキセがパチリと指を鳴らすと、アゼルの足元から岩が立ち上る。
「逃がさないよ」
素早くそれを躱したその先で、突然地面が消失してアゼルは落下した。
咄嗟に杖を振るい、その先端を壁に突き刺す。手元の部分をを回すと杖はばらりとバラけ、アゼルは多節棍を引っ張りながら壁を蹴って地上へと戻った。
「便利ねえ、それ」
キセはほんの少し感心したように言いながら、手の平を広げる。
「私も貰うわ」
その手の平に、アゼルが持つのと全く同じ杖が生まれた。
『加速』、『創造主』、『追放令』、そして『増殖』……彼女は全てのチートを使えるのだ。
「さて。少しお仕置きをしないとね」
パン、と何かが破裂するような音が鳴った。
それはキセの腕が音の速度を超えた音だ。
百倍速。
おびただしい回数の攻撃が、アゼルを襲う。
その殆どは服によって防ぐことが出来たが、無造作に振り回される杖の打撃のいくらかは、服で守られていない部分も打った。
髪が千切れ飛び、脚や腕の先は赤く腫れ、血が滲む。
しかし、クラフトの作った身体はその攻撃に耐え抜いた。
「なんかこれ、ぐにゃぐにゃ曲がって使いにくい」
気が済むまでアゼルを打擲したあと、キセはそう言ってぽいと杖を投げ捨てた。
当然だ。その杖はアゼルの身体に合わせ、彼女の為にバルクホルンが作った武器。アゼル以外の人間が使ってもその真価は発揮しない。
キセがそうした瞬間、アゼルはぐいと手に持った杖を引いた。
その多節棍は無限とは言わないまでも、かなりの数の節に分ける事が出来た。中に仕込まれたジーナの紐にもある程度の伸縮性があり、限界まで伸ばすとかなりの長さになる。
例えば、部屋の隅をぐるりと回してキセを幾重にも取り囲む事が出来るくらいには。
「あら」
魔術で操られた長い長い棍は、キセの身体を一息に縛り上げる。
なるほど、話している間は加速を解く。そして反応するより早く行動し、捕縛できれば関係ない。
キセ自身が話した『加速』の弱点だ。
しかし縛られてもなお、キセは余裕の表情を崩さない。
「何で……」
アゼルはふら付きながらも、立ち上がる。
「何で、こんなことをするの……」
「何で? いや、それはこっちが聞きたいんだけど?」
キセはとぼける様子ではなく、本心からわからないとでも言いたげに目を瞬かせた。
「何だってあなた達は、私の邪魔をするの?」
「あなたが、この世界を破壊するから……!」
「逆よ、逆。私はこの世界をなるべく長く存在させたい。破壊する気なんて更々無いよ」
嘘だ、とアゼルは思う。
ゼノンのふりをしていたころから、彼女のいう事は嘘ばかりだ。
だからこれも、また嘘に違いない。
「……どういう、事ですか」
そう思うのに、アゼルは気付けばそう尋ねていた。
「言ったでしょう。無限なんてないの。この世界にはもともと限りがあった。私のしたことはそれを早めたかもしれないけど、それの何が困るの?」
聞き分けのない子供を諭すような口調で、キセは言う。
「だって資源なんて『増殖』で幾らでも増やせばいいだけじゃないの」
その内容に、アゼルは衝撃を受けた。
「でも……」
「だいたいこの世界は、既に地球の四倍くらいの面積があるのよ。はっきり言って広げ過ぎ。現実世界より人間の数は少ないし、食べなくたって死んだりしない。工業が発達してないから燃料だって必要ない。増殖なんてなくったって資源で困るのは何百年も先の話よ」
「でも! 勝手に他人の作品を増殖させて売るなんて」
「そうね。確かにそれは犯罪かもね。……で?」
「え?」
事も無げに言って見せるキセに、アゼルは虚を突かれた。
「で、それがどうしたの? 著作権法違反だとか商標権侵害。まあ、訴えられたら負けるだろうけど、慰謝料だか損害賠償だかをして、それで終わり」
縛られたまま、キセは肩を竦めて見せる。
「それでいいなら幾らでも訴えればいい。もっとも、そっちの方がよっぽどこの世界は破滅に近づくけど」
「それは、訴えるならこの世界を壊すという脅しですか?」
「違う。言ったでしょう。お金がないの。サーバの維持、運用、メンテナンス。あなたは食べなくても生きていけるかもしれないけど、あなた達を生かす為にはお金がいるの」
それは、初めてゼノンと会った時に言っていた理屈だ。
「誰かが訴えれば、その話はすぐに伝わる。何でも増殖して簡単に手に入るなんてわかったら、CCの価値は暴落する。そうしたら私だって困るから、そういう情報は流さないようにしてたの。それを、あなた達が台無しにした」
キセは深々と溜め息をついた。
「まあ、元はと言えばこっちの管理が悪かったのもあるけどね。まさか『増殖』自体を増殖させられるなんて思ってもみなかった」
何故そんな遠回りな方法で金を稼ぐのか。
何故それをアゼルに話すのか。
「あなたは……何なんですか?」
何となく予感を抱きながら、アゼルは問うた。
「言ったでしょう。神よ。この世界を作った神そのもの……と、言いたいところだけど」
キセは悪戯っぽく笑い、アゼルを見つめる。
「気付いてるみたいだし、教えてあげる。なんたってあなたはたった一人の同類だから」
どうるい。
心の中で、アゼルはその言葉を繰り返した。
驚きと、やはり、という思いが等しく彼女の胸の内に去来する。
「そう。私もこの世界にだけ存在する意識。仮想自我よ」




