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七話 『創造主』ゼノン-10

「何事だ?」


 凄まじい騒音に、ゼノンはピタリと足を止めた。

 がちゃがちゃという金属音のようなものが、こちらへと近づいてくる。

 振り向いて視界に入ってきたものに、彼は我が目を疑った。


「なんだ、あれは」


 それは、彼が先程作ってアゼルを閉じ込めた檻だった。


 壊す事も抜けだす事も不可能なその檻は、確かに破壊されてもいなければ歪んでもいない。



 だが、手足が生えてこちらへと全力でダッシュしていた。



「何事!?」


 叫ぶキセをよそに、ゼノンは剣を作り出す。

 無から有を作り出すチート、『創造主(クリエイター)』。

 それは想像の及ぶ範囲でありとあらゆるものを虚空から生み出せる。


 作り出された四本の巨大な剣は、檻に生えた手足をすっぱりと容易く切り裂いた。だが、その直後に起こった出来事はゼノンの予想を遙かに超える。


 檻どころか、その剣にまで手足が生えたかと思えば、むっくりと起きあがってゼノンたちに向かって襲いかかってきたのだ。


「テオドロス」


「はい」


 流石に己自身のチートを相手にするのは分が悪い。

 ゼノンの命令に老人が節くれだった杖を向けると、彼らに襲いかかる全てが消えた。


「なるほど」


 たとん、と軽い音を立て。


 消え去った牢獄の中から、アゼルは地面に降り立った。


「消すには『追放令』が必要なのね」


 『創造主』は無から有を生み出せるが、有を無には出来ない。

 その逆に、『追放令』はプレイヤーのログインを防ぐだけでなく、有を無に帰すことが出来るようだった。


「一体どうやった?」


 ゼノンはアゼルに問うた。

 あの檻の中からは、いかなる干渉も受け付けない。

 そう作ったはずだ。手足を作るなどと言うこともまた、出来ないはずだった。


「私が助けてくれました」


 まさか複製していたアゼルが手助けしたのか。

 念の為確認しても、まだ複製どころかアゼルの解析自体終わっていない。


「どういう意味だ?」


 ゼノンの問いにアゼルは無言で杖を手に、じわりと間合いを詰める。

 素直に答えてやるつもりはさらさらなかった。


「……わかった。取引をしよう。お前の望みは、『人形師』たちを取り戻す事だろう? だったら」


 ゼノンの言葉の途中で、アゼルの足元から岩が伸びた。

 円筒形の岩がまるで大地から生える大樹の様に立ち上り、アゼルをそのうろの中に閉じ込める。


 だが完全に捕えられる寸前に、アゼルはそこを抜け出していた。


「同じ手を何度も何度も受けたりしない」


 言いながら、アゼルは杖の端を持って無造作に振った。ばらりと解け、鞭の様に伸びた多節棍の先端が浅くゼノンを掠める。

 致命傷には程遠い、ほんの僅かに傷をつけるだけの攻撃。


 しかしそれはある意味で何よりも致命的な一撃だった。


「ぐっ……!」


 己の瞼を押さえ、ゼノンは呻く。

 アゼルが斬ったのは彼の瞳だった。


 無からどんなものでも作れるチート、『創造主』。しかしその位置指定を視覚で行っているのは、彼の視線の動きから明らかだった。


 であれば、視界を防げば使えない。

 少なくともアゼルだけを檻で囲むなんて芸当は不可能だった。


「待て!」


 テオドロスがアゼルに杖を突きつけて叫ぶ。


 アゼルが使うシンプルな武器としての(ジョウ)ではなく、おとぎ話の魔法使いが持つような節くれだった(ツエ)だ。


「ただの作り物、このプログラム風情が! わかってないのか? お前は、そこにある石と何一つ変わらないんだ。つまり……」


 その杖の先端が、ずるりと斜めに切れ落ちた。


「えっ?」


 その姿に似つかわしくない若々しい表情で、テオドロスは柄だけになった杖を見つめる。その柄を持つ腕もが、一瞬遅れてぼとりと落ちた。


「う、うわあああああ!」


「煩いなあ、腕が落ちたくらいで」


 テオドロスの身体が紐できゅっと締め上げられ、その声も塞がれる。


「その声……葵か?」


「はい、そーですよ」


 ぐるぐる巻きにしたテオドロスを蹴り倒しながら、葵はゼノンにそう返事した。


「本当便利だよねーこの紐。どういう仕組みで切れないのか、何度聞いてもわかんなかったけど」


「裏切ったのか」


「うん。ごめんね」


 ゼノンの問いに、葵は悪びれもせずあっさりと頷く。


「ぶっちゃけ半分くらい、最初っから裏切るつもりで入りました」


 この紐も消せるんじゃないか、と葵は一応警戒しながら答える。しかし、両腕を切り落としたせいか、杖を切り落としたせいか、顔を地面に押し付ける様に踏みつけているせいかはわからないが、それは出来ないようだった。


「いや、クラフトさん達は全然気づいてなかったけど、僕は小鬼を見てすぐ誰かがチートを使ったんだろうって気付いたんだよね。で、GMいなくてリアルマネーでチートって相当危険でしょ? それを、誰も認識してないからびっくりしちゃってさ。それで……」


 言葉の途中で、葵の身体が巨大な岩に押しつぶされる。


「うん。無理だよ、ゼノンさん」


 ゼノンの後ろで、葵は言った。


「あなたのくれた『加速』、マジ無敵だし」


 ゼノンの方は声だけの当てずっぽうでも使えるらしい。

 流石はラスボスってことか、と葵は思った。

 だが、流石にそんな攻撃はアゼルにも葵にも当たらない。


「あ、ごめん、無敵は言い過ぎた。一敵。アゼルには勝てなかったし」


 何か言いたげなアゼルに、葵は肩を竦めた。


「とりあえずこの人何言っても懲りないだろうから、こっちも縛っとくね」


 もぞもぞと蠢こうとするテオドロスに蹴りをくれつつ、葵はゼノンも『仕立て屋』ジーナの紐でぎゅうぎゅうと縛り上げる。何せ百倍速だ、瞬きする間もなく彼女はゼノンを縛り上げた。


「で、キセさんはどうするの?」


「私は、死なないってだけで何にも特殊な力を持ってないのよ。どうしろっていうの」


 『不死身(イモータル)』のキセは降参する様に両手を挙げて苦笑した。


「まあチートと言えばチートだけどね」


 身体中バラバラにされても平気で元通りになる所は、葵もこっそりと覗いていた。しかし自分からバラバラになれるわけでもなし。実体がある分、無力化するのはペネロペよりも楽だ。


「ところで、『幽霊』はどうしたの?」


「彼女なら向こうで全方位無限回廊にはまってるよ。幾ら幽霊でも、瞬間移動は出来ないからね」


「なるほどね」


 葵の説明に、そんな事になってたのかとアゼルはキセとともに頷いた。

 天井の崩落から助け出してくれたのも、ミニアゼルを動かしてくれたのも葵だったのだろうと納得する。


「……え?」


 それは確かに、気の緩みだった。


「会話してる最中だと、加速を解くわよね。だって、百分の一の速度での会話なんて聞いてられないもの」


 気付いた時にはキセの右手が、ゼノンの腹に突き立っていた。


「しまっ……」


 そして赤く血に濡れたその手の平は、葵の背中から突き出ている。

 キセの腕が、ゼノンとそれを縛り上げ抱える葵を纏めて貫通していた。


「させないっ!」


 杖を振るい、腕を切り落とすアゼルの一撃をキセは悠々と受ける。


 考えてみれば当たり前の行動だった。殺してしまえばログアウト防止の魔術も関係なく、すぐさまログアウトできる。逃げる事を考えるなら殺した方が早い。しかし、まさか仲間内で殺し合うとは思ってもみなかった。


 殺させるわけにはいかない。

 キセの腕を引き抜きゼノンの身体を治そうとして、アゼルは絶句した。


「意外とよく出来てるでしょ?」


 からかうように、キセは言った。その手は真っ赤に濡れている。


 血など、出るはずがないのだ。

 プレイヤーの身体というのは、飽くまでこの仮想現実を観測し、干渉する便宜上使っているアバターに過ぎない。


 その身体には血どころか、肉も、骨も、血も、内臓も存在しない。

 義体を使ってる人間ならそう言ったものもあるだろうが、血液まで作る人間などいない。当然だ。血を作るという事は、血管の一本一本まで作らなければいけないという事だ。義肢に苦労してそんなものを作ったって得する事など一つもない。


 作る理由があるとしたらただ一つ。極限まで人間に似せるためだ。


 ――アゼルの様に。


「もっともこっちは作ったわけじゃなくて、現実の身体を『持ってきた』だけだけどね」


「あなたは……何者、ですか」


「名前の通りよ」


 『不死身(イモータル)』キセは微笑んで答える。


ゼノン(XE-NON)は私じゃない。周りの目をくらますための、ただのお人形」


 どさりと、ゼノンと葵の身体が地面に崩れ落ちる。

 そして葵の身体だけが消えた。


「私が本物の創造主。(イモータル)キセ(XE)

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