六話 『仮想世界』サーキュラー・コンスタント-7
「『創造主』ですってえ?」
ゼノンと名乗った男の二つ名に、ミケーネは素っ頓狂な声を上げた。
創造主。
それは誰もが知っていながら、実際に会った人間というのは殆ど居ない、という類の存在。
「『神』などと呼ばれることもあるがね。そちらは流石に大仰すぎて、名乗るのには抵抗がある」
つまり、この世界の枠組みそのものを作り上げた存在だ。
「神様が随分小狡い方法で儲けてらしたんですね」
皮肉っぽい口調で、ミケーネがゼノンを睨んだ。
「この世界の維持費用だと思って欲しい。ここまで巨大なシステムを維持するには金がかかる。だが別段、君達から参加費は取っていないだろう? だから、別の手段で回収する必要があるんだ」
「データ変換費用を取ってるでしょう」
「外部変換費か。あれは微少なものだ。これだけの膨大な世界を維持するには到底、足りない」
「じゃあ、神様らしく寄付でも募ればいいじゃない」
「検討しよう」
ミケーネとゼノンは互いに一歩も引かずに睨みあう。
「それでは、もういっていいかな」
先に姿勢を崩したのはゼノンだった。
「ちゃんとチート、直しなさいよ」
「ああ、約束しよう」
そう言いきられてはそれ以上追求することも出来ず、クラフトたちはゼノンたちを見送った。
「神、か……」
その後ろ姿を見つめながら、シグルドは呟く。
シンプルなほど良いとされるCCの二つ名で、これほど単純で、位の高い称号があるだろうか。作ることに関しては職人など比ではない。何せ万物の創造主だ。
「凄いのが出てきたなぁ」
「……あまり簡単に信じない方がいい」
感嘆の息を吐くシグルドに、シルウェスが鋭く釘を刺した。
「あ、そっか。偽者って可能性もあるのか」
あくまで自称だ。証明するものは何もない。
「……その可能性は、少ないと、思う」
しかしミケーネは首を横に振った。
「何でわかる?」
「あたしがあいつに聞いたでしょ。データ変換に金取ってるって。知ってた?」
「いや……俺は初めて聞いた」
「初耳」
「はい! 何のことかもわかりません」
「ええと……右に同じく」
口々に言う一同に、ミケーネは頷いた。
「職人が作ったデータは外部に取りだして、仮想現実データとして売れることは知ってるよね?」
「ああ。職人は大抵、そうして金を稼いでいる。俺もそうだ」
「じゃあ、CCの形式から一般的なデータ形式に変換する際、CCの開発元に手数料を払わなきゃいけないことは?」
銘々が首を横に振った。
「そう。職人は普通、知らないのよ。そんな顧客側の事情なんて。でも、あいつは知ってた」
「何でミケは知ってるんですか?」
素朴な問いを、アゼルが口にする。
「……マスターオブダンジョン。あれ、別にデータ提供しただけってわけじゃないのよね」
「……まさか」
「うん。むしろあたしがメイン、みたいな?」
「マジで?」
シグルドが目を見開いた。
「まあ管理や運営は他に任せちゃってるし、立場としては名義だけみたいなもんだけどね」
「じゃあ、さっきの奴が『創造主』だっていうのは……」
「嘘じゃないと思う」
ミケーネは頷いた。
「勿論、たまたまあたしみたいに外部で職人と取り引きしてる立場の人間だったって可能性もなくはないけど」
そんな人間が、それほど多くいるとは思えない。
単に開発者だから知っているという方がよほど自然だ。
「まあ、ここで疑っても仕方ない。それにある意味で理想的な幕引きではある」
何とか捕らえたものの、いずれにせよ相手にある程度自発的にチートの使用を取りやめて貰うしかなかったのだ。
例え殺したところで解決しない。CCにおいて死は不可逆なものではないからだ。
「……そうね」
シルウェスは頷きつつも、表情を曇らせた。
どうにも事がうまく運び過ぎている。
そんな気がしてならなかった。
ゼノンから連絡があったのは、それから一週間の後だった。
「こんにちはー」
クラフトの工房に、見覚えのある女が姿を現す。
先日は一瞬の攻防だったからあまり気にならなかったが、いざこうしてみてみれば一発で覚えてしまうような、真ピンクの髪を三つ編みにした少女。
壁をすり抜けていた女、ペネロペだ。
「ゼノンさんから、確かに複製品は全部回収して処理したと言伝を受けてきました」
「本人はこないのか?」
「えっと、お忙しい方なので……」
鋭い視線を向けるクラフトに、ペネロペは怯えたように後退りした。
「まあいい。確認するまで少し待って……」
「その必要はない」
「あ、シルじゃん、おかえりー」
菓子を頬張りつつ、ベッドにごろごろと転がりながら出迎えるミケーネに、シルウェスは無言で拳を落とした。
頭を抱えて文句を言うミケーネを無視し、シルウェスはクラフトとペネロペに向き直る。
「確認してきた。世界の崩壊は止まり、果ては再び広がる様になっていた」
「そうか」
クラフトはほっと胸を撫で下ろす。これで、アゼルの命が保たれたのだ。
それがただ嬉しかった。
「では、もうこの腕輪は外しても?」
「ああ。問題ない。今後は勿論……」
「ええ。複製する事もないです。ご迷惑をおかけしました」
折り目正しく頭を下げていくペネロペを見送って、クラフトは大きく息をつく。
「どうなる事かと思ったが、何とか円満に解決したな」
「ええ……」
歯切れ悪く、シルウェスは頷く。
何はともあれ、事態は解決したのだ。
「安心したらどっと疲れが出てきたな」
ゼノンたちが万一腕輪を外して姿を晦ました場合の為に、クラフトたちはずっとCCの中で待っていた。睡眠や食事はCCCの生命維持機能で最低限保持されるが、彼の使っている機種だと本当に最低限だ。どうしても肉体的な疲労は免れない。
「一旦現実に戻って寝てくる」
「ん。じゃああたしも戻るっかなー」
ミケーネがそう言って、シルウェスも頷いた。
栄養が補充され、半永久的にCC内に滞在できると言っても、解決されていない問題はある。その中で最も大きいのは衣服と風呂だ。
誰にも見られる事はないとはいえ、下着も変えずに何日も過ごすというのは、仮にも乙女にとってなかなか由々しき事態だった。
「じゃあ皆さん、また明日ですね」
「ああ」
椅子に座った姿勢でログアウトの準備をするクラフトに、アゼルは胸の前で小さく手を振る。ここ数日のクラフトは不安と疲労からか少しピリピリしていて、それがアゼルにはとても悲しかった。
これで、また彼らと楽しい日々が過ごせる。そう思うだけで自然と笑顔が溢れ出る。
だからアゼルは、笑顔で彼らを見送った。
「また、明日」
――それが、最後の会話となる事も知らずに。




