第六十二話 ティンク対マエストロ 後編
ルクシオンとティンクの距離が離れる。数百メートル離れた位置で対峙するルクシオンは、握り拳を作り、空気を殴った。
だがその攻撃がティンクに当たることはない。なぜなら攻撃は、突如として出現した煉瓦造りの壁で塞がれたのだから。
『この程度か』
ルクシオンの攻撃で砕かれた煉瓦造りの壁の隙間から、見えたのは、驚愕の光景である。
スカーレットキメラの尻尾が、錬金術の槌を掴み、それを振り下ろす。
これはあり得ないことであることは、マエストロたちは知っている。人間と一部の種族以外は、錬金術を使えない。それはスカーレットキメラでも同じことである。
テレパシー能力。瞬間的な回避能力。そして長い尻尾で槌を叩くことで得た、錬金術を操る能力。
どれが絶対的能力でもおかしくないとマエストロは思った。
「まさか複数の絶対的能力を使うことができるとでもいうのか」
マエストロが驚愕を露わにすると、ティンクはテレパシーで彼に伝える。
『違うな。俺の能力は一つだ。そもそも一度の複数の絶対的能力を持つ人間は存在しないぜ』
次の瞬間、ティンクの体が白い光に包まれた。その様子をマエストロとルクシオンは茫然としてみることしかできない。
やがて白い光が消え、二人の目の前に巨漢の男が姿を見せた。その男の顔に二人は見覚えがある。
ルクシオンはその男の顔を見て、唇を噛んだ。
「五大錬金術師の一人、ティンク・トゥラね。悪いけど、トールからの命令であなたを見つけ次第殺すよう命令されているの」
「トール。知らない名前だな。茶髪の姉ちゃん。俺は女を殴れない。美男子だから。変態だから」
ティンクがドヤ顔で親指を立てる。その言動に二人は思わず目を点にした。
「それはどういうことよ」
ルクシオンが尋ねると、ティンクは右手で額を触る。
「まあいいや。そういうことだから、姉ちゃんとは戦わない。そっちのスポーツ刈りの兄ちゃんとの一騎打ちで俺が負けたら、二人で俺を殺せよ。俺が負けたら、無抵抗でお前らに殺されてやる」
「だからどういうことよ」
ルクシオンの疑問にティンクは答えない。するとマエストロが突然手刀を作り、岩肌を切断してみせた。
固いはずの岩が簡単に砕かれ、ティンクに襲い掛かる。だがマエストロの攻撃がティンクに当たることはなかった。
その次の瞬間、ティンクはマエストロの目の前に姿を見せた。
「お前の攻撃は全て見切った」
それから数秒後、ティンクのアッパーがマエストロの腹に食い込み、彼の体は空中に飛ばされた。
「たった一発か。これでも手加減したんだが」
ティンクは地面に落下したマエストロからルクシオンに視線を移す。
「もういいだろう。お前らの力では俺を殺すことはできない。もう少し強い奴を連れて来い」
ルクシオンは地面に落下したことで気絶したマエストロの体を担ぎ、ティンクから逃げる。
「次は必ず殺す」
ルクシオンは捨て台詞を残し、彼の視界から消えた。




