第五十七話 ヴィルサラーゼ火山へ
お待たせしました。
本日から九日間連続で連載を再開します。
アルケア八大都市の一つ、サンヒートジェルマンへと向かう道中には、大きな火山がある。
同一箇所の火口から噴火を繰り返し、その周囲に溶岩と火山砕屑岩が積み重なったことで誕生した、成層火山の麓には、小さな村があった。
ヴィルサラーゼ村と呼ばれる比較的小さな村で、狭い土地にレンガ造りの家が建ち並ぶ。
猛暑という言葉が似合う気候だが、子供たちは元気よく鬼ごっこで遊んでいる。
それから一分後、子供の母親らしき人物が、子供たちの遊び場に姿を現した。
「錬金術の勉強は終わったの? 」
子供は母親と視線を合わそうとしない。
「勉強なんてしたって意味ないじゃん」
子供が開き直ると、母親は無理矢理子供を自宅に連れ戻すため、子供の体を持ち上げる。
「そんなことないわよ。五大錬金術師のティンク・トゥラさんだって、錬金術の才能がなかったのに、努力して五大錬金術師になったんだから。彼みたいに錬金術の研究者になれとは言わないけど、一般常識程度の錬金術はマスターしてもらわないと、生活に困るよ」
日常茶判事な親子の会話を聞きながら、二人の女が村を歩く。
腰より少し上くらいまで長く伸ばされた漆黒の髪に、男たちが目を奪われそうなほどの巨乳にスレンダーな体型が特徴的な女の名前は、クルス・ホームである。
一方彼女の隣を歩くのは幼い少女。腰の高さまで伸びている銀色の髪に、切れ長の青い瞳。少女の年齢は五歳くらいに見え、身長は年相応だ。
彼女の名前はアルケミナ・エリクシナ。先程の親子の会話にもでた、五大錬金術師の一人である。
クルスはアルケミナの助手だ。そのように言えば、アルケミナが五歳という年齢で五大錬金術師になった天才少女であると、普通の人々は思うだろう。しかしそれは間違いである。
なぜなら二人は、EMETHシステムと呼ばれる錬金術を超越したシステムに隠された、欠如によって突然変異した存在なのだから。
このシステムによって、十万人もの実験の被験者たちは、幼児化を始め、性転換、獣化など様々な存在へと体が変貌した。
成り行きでシステムを作った五大錬金術師の一人、アルケミナは責任を仲間たちに押し付けられた。そして彼女は、EMETHシステムを解除する方法と、自分に責任を押し付けた残り四人の五大錬金術師たちを探す旅に、助手のクルスと共に出たのだった。
二人は今、サンヒートジェルマンへと向かった五大錬金術師の一人、ブラフマ・ヴィシュヴァを追っている。
その都市に向かうため、アルケミナたちは火山にふもとにあるヴィルサラーゼ村を訪れた。
クルスが空を見上げると、火山が夕日に照らされるといった絶景が見えた。
二人が村に到着してから初めて聞いた会話から、聞こえたのは五大錬金術師の一人、ティンク・トゥラの名前。
その通りすがりの親子の会話を聞きながら、クルスは隣を歩くアルケミナの顔へと視線を移す。
「こんな場所でティンク・トゥラさんの名前が聞けるなんて、思いませんでした」
クルスが率直な感想を述べると、アルケミナは相変わらず無表情で、クルスと視線を合わせる。
「あの親子の会話は普通の話。錬金術の勉強をしない子供に対して母親は、必ずと言っていいほどティンク・トゥラの名前を出し、勉強するよう促す。彼の逸話はアルケアでは有名な話だから。運動馬鹿だったにも関わらず、血が滲むような努力で錬金術師としての才能を開花させた天才。子供たちに努力の大切さを伝えるためには、最適な教材と言える」
アルケミナの話を聞いている最中、クルスの額から汗が落ちた。
「それにしても、僕には理解できません。熱血漢のティンクさんが、なぜ五大錬金術師の一人になれたのか」
クルスが疑問を口にする。だが、アルケミナはその問いの答えを知っている。
「彼には錬金術師に必要な物を持っているから。私は彼の才能を評価している」
「先生。それは何なのですか? 」
「その疑問の答えは、自分で考えなければならない。ということで、今日は遅いから宿に泊まる」
「珍しいですね。先生が宿に泊まるって言うのは。いつもは野宿なのに」
クルスは物珍しそうにアルケミナの顔を見つめる。
「ヴィルサラーゼ火山を登るための所要時間は十二時間。夜の火山は危険だから今日は登らず、明日の早朝から動く。場合によっては、別の道を通ってサンヒートジェルマンに向かうかもしれない。ということで、明日の早朝に備えて、今日は宿に泊まる」
アルケミナの説明を聞きながら、クルスは目を丸くして尋ねる。
「先生。宿も同じ部屋ですか? 」
「もちろん。幼い女の子とお姉ちゃんが一緒に寝るのは普通のこと」
「ですよね」
クルスは目を点にしながら、これまでの夜を回想してみる。
EMETHプロジェクトによって絶対的能力を与えられたが、体が突然変異してから一か月ほどが経過した。
これまでの夜。クルスはアルケミナと同じテントの中で寝た。元々男だったクルスは密に感じる。
アルケミナと同じ屋根の下での生活に慣れていることに。
その慣れとは裏腹にクルスは早く元の姿に戻り、この生活を終わらせたいとも考えていた。
クルスは矛盾する思いを抱え、アルケミナの幼い手を握り、宿へと歩き始めた。




