第三十話 酒場
パラキルススドライの怪人との激闘から数日後、アルケミナ・エリクシナとクルス・ホームはエクトプラズムの洞窟に隣接する小さな町リーシェにやってくる。
アルケミナは地図に記された、エクトプラズムの洞窟を指さしながら、クルスに説明する。
「今からエクトプラズムの洞窟を探検するのは自殺行為。夜はエクトプラズムの洞窟を住処にするモンスターが凶暴化する。もうすぐ日が暮れるから、宿で情報収集を行う。一応エクトプラズムの洞窟の地図も入手しておきたい」
その意見にクルスは反対しなかった。クルスはアルケミナの口から宿という言葉が聞けて嬉しかった。これまでクルスとアルケミナは宿に泊まらなかった。野宿が殆どで、たまに助けた人が御礼として自宅へ招待することもあった。
錬金術の材料や旅に必要な備品の購入に資金を使えば、宿泊費がなくなるのも納得できる。
クルスは笑顔を見せながら宿へ向かう。
その宿はレンガ造りの四階建て。どうやらリーシェで一番高級な宿らしく、看板には高額の宿泊費が書かれている。
「先生。本当に大丈夫ですか。この宿の宿泊費は、かなり高いですよ」
クルスが心配して声をかけると、アルケミナは淡々と答える。
「大丈夫。この宿には泊まらない」
クルスは宿の回りを見渡す。高級な宿の隣に古ぼけた宿があるというオチではないかとクルスは思った。だが、隣には宿らしき建物がない。
一方アルケミナは自身の言葉と矛盾するように、高級な宿の中に入っていく。クルスはそんな彼女の後姿を追う。
アルケミナは、宿の内部にある地下へ向かう階段を降りる。
「先生。どこに行くのですか」
「情報収集。この宿の地下には酒場がある。その酒場は宿泊客のみならず一般の旅人も利用可能。おまけに旅に必要な道具も販売している。今日はそこで情報収集をしながら、夕食を楽しむ」
「えっと。それからどうするのですか」
「いつものように野宿する」
クルスは期待を裏切られた気分になった。久しぶりに宿に宿泊できると思っていたら、いつものように野宿。
やがて階段を降りている二人の前に、ドアが見えた。その木製のドアの先に旅人のための酒場がある。
アルケミナが背伸びしてドアノブを握ろうとする。それを見たクルスは、咄嗟にドアを開ける。
ドアの先には、木製の机が並べられた酒場があった。酒場にいる旅人の殆どは黒いひげを生やした男性。
旅人たちは長髪の女性と五歳くらいの女の子が酒場に入ってきたことに驚きを隠せない。
酒場で酒を飲み顔を赤くした、黒ひげの男は二人に声をかける。
「珍しいな。女がこんなところに来るなんて。しかも子連れときたもんだ。ところで子連れの姉ちゃん。これからどこに行く。もしエクトプラズムの洞窟に行くのなら止めたほうがいい。あそこは子連れで行くようなところじゃない。俺みたいな男がいれば楽だぜ」
男が笑いながら二人に声をかけると、アルケミナが男の顔を見る。
「足手まとい。あなたが仲間に加わったところで何も変わらない。むしろ足手まとい」
初対面の男にここまで言うのかとクルスは思った。黒ひげの男が舌打ちすると、クルスとアルケミナの二人はカウンター席に座る。




