第二十六話 突然変異が起きなかった絶対的能力者
クルスが野次馬たちから離れると、少年が彼の前に右手を差し出す。
「自己紹介がまだだったな。俺はミズカネ・ルーク。色々と聞きたいことがあるから、名前を教えてくれ」
金髪のソフトモヒガンの少年、ミズカネ・ルークが自己紹介すると、クルスは自分の名前を相手に告げる。
「クルス・ホームです。それで、聞きたいことというのは何ですか」
「まさかそいつがお前の探していた友達か。だとしたら何者なんだ。あのパラキルススドライの怪人と戦って生き残ったんだろ」
突然ミズカネがクルスに尋ねる。クルスは人差し指を立てた。
「勘違いしていますね。僕は友達を探していません。探していたのは親戚の子です」
ミズカネが納得する。それからミズカネは質問を続けた。
「もしかしてその子は疲れて眠っているのか。起きていたら教えてほしいことがある。パラキルススドライの怪人についてだ」
「なぜそのことを聞こうとするのですか」
クルスが疑問を口にすると、ミズカネは事情を告白した。
「俺の兄貴が殺されたかもしれないだろう。俺の兄、マエストロ・ルークは三日前から姿を消した。失踪直前の兄貴は変だった。実験の参加資格を手に入れたと言ったり、漆黒の幻想曲発生から右手にグローブを填めるようになったり。突然現れたパラキルススドライの怪人の存在。兄貴の失踪と関係があるかもしれない」
ミズカネの話を聞きクルスはノワールのことを思い出した。
この前出会ったノワール・ロウはEMETHシステムによって体がサーベルキメラに変化した。それを隠すために彼は失踪したという。これも同じ展開ではないかとクルスは疑う。
すると、クルスの背中で眠っているはずのアルケミナがクルスの背中から降り、ミズカネに声をかけた。
「マエストロ・ルークが参加した実験というのは」
「EMETHプロジェクトだった。残念ながら俺は落選したから参加できなかったが」
「次に漆黒の幻想曲直後、マエストロ・ルークに身体的変化はあったのか。例えば、性転換とか」
「あれだろ。世界各地でEMETHプロジェクトに参加した人々の体が突然変異したという話。ニュースで聞いたことがある。だが、兄貴は何ともなかった。漆黒の幻想曲発生から兄貴が失踪する三日前まで一緒に行動したから間違いない」
「興味深い」
アルケミナが顎に手を置くと、ミズカネはアルケミナを急かす。
「いいから教えてくれ。パラキルススドライの怪人の特徴」
「性別は男。髪型は黒色のスポーツ刈り。身長は一八0センチくらい。パラキルススドライの怪人は間違いなくEMETHシステムによって絶対的能力を手に入れた存在。右手の甲にあの文字が刻み込まれてから」
アルケミナの説明を聞き、ミズカネが取り乱したように反論する。
「そうか。そういえばニュースでやっていたな。十万人の対象者の体のどこかに、EMETHという文字が刻まれるっていう話。まさかパラキルススドライの怪人の正体は兄貴なのか。あり得ない。兄貴は優しい性格だった。そんな兄貴が冷酷な殺人鬼になるはずがない。状況証拠しかないじゃないか」
「確かにそう。右手の甲にあの文字が刻み込まれた人は一人ではない。さらに服に隠れる場所に刻み込まれた場合も考えられる。だけど三日前に失踪したマエストロ・ルークとパラキルススドライの怪人の因果関係を考えると同一人物の可能性が高い」




