第6話 買った奴隷は、獣人族の少女
騒ぎで衛兵を呼ばれる前に、俺は買った奴隷の手を引いてその場を後にした。
逃げた先は、飯屋。
ちょうど腹が減っていたので食事をとることにした。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「……ルナです」
「ルナか、いい名前じゃねぇか。俺はシオン、よろしくな」
獣人族の奴隷は、狼族だった。
銀色のロングヘアーで、瞳が月のように金色、痩せているけど可愛い。
「助けてくれて、ありがとうございます……」
ルナはそう言って頭を下げてきた。
「いいって気にすんなよ。それより腹減ってんだろ? 遠慮せず、食いたいもんを注文して食え」
膝の上に手を置いて俯いているルナの緊張をほぐすため、フレンドリーに笑顔を浮かべる。
それでも、やはりルナは遠慮しがちにメニューの中で一番安い料理を選ぶ。
「それでいいのかよ? 酒のつまみ程度だぞ、ソレ? こっちのローストチキンの方が美味いし、満足できると思うけど……」
「いえ……私は、大丈夫なので」
「そ、そうか?」
とりあえず料理を注文して、席に運ばれるまで待つ。
その間、ルナは一言も発することなく俯いたままだった。
ちょっとだけ気まずい。
奴隷になったことがないので、どれだけ辛いのか知らないけど、人として扱われなかった人間が、そう簡単に他人に心を開いたりしないよな。
しかも俺とルナは初対面であり、お互いのことを一ミリも知らない。
助けたいという気持ちが先走って、思わず買っちまった。
この先、何年も食うのに困らないよう貯めていた貯金を半分も使って……まあいいや。
「お待たせしましたー」
店員が料理を運んできてくれた。
でっかいローストチキンを二人前だ。
「え……? あの……」
ルナは驚いた顔でこっちを見ていた。
自分の前に置かれた料理が遠慮して頼んだ安いやつじゃなく、店で一番高い料理だったからだ。
「飯ってのは明日を生きる為に生物に欠かせねぇモンなんだよ。他は遠慮していいが、飯ぐらいは遠慮するなよ」
「っ! でも、私……今まで……」
ルナは何かを言いかけたが、我慢できなかったのかローストチキンに食べ始めた。
食器を使わず素手でだ。
「あ、おい。フォークぐらい……」
「んっ……おいしいよぉ……」
涙を浮かべて食べるルナ。
あまりにも美味しそうに感動して食べるので、注意するのは止めておくことにした。
食器の使い方は、また今度教えてやるか。
(ロクなモン食わせてもらえなかったんだろうな……それに首元の痣……まだ幼いのに、ひどい扱いを受けてきたのは確かだ)
奴隷には人権はない。
特にルナのような獣人族が奴隷になり易いとガーベラに聞いたことがある。
人族よりも力が強くて、肉体労働に打って付けだからだ。
宿に連れて帰って、風呂場でルナの体を洗う。
獣人族って体のそころに毛が生えていると思っていたけど、子供だからなのか全身ツルツルだ。
「水がすぐに茶色になるな、いつから水浴びしてねぇんだ?」
「……うぅ」
ゴシゴシと洗っても汚れが中々落ちない。
あの奴隷商人、奴隷の管理を怠りすぎるだろ。
買ったんなら、ちゃんと最後まで責任もって面倒をみやがれよ。
「……なんで?」
髪の毛を撫でるようにして洗っていると、ルナが呟くように言った。
「なんで……優しくしてくれるの?」
ルナは不思議そうに聞いてきた。
可愛いけど、ビジュが少しだけ狼ぽっくてカッコいいな。
「俺も、優しくしてもらえたからな」
俺は、魔王の生まれ変わりだ。
そんな俺が暴走しないように勇者ガーベラは管理と言って、大事に育ててくれた。
勇者パーティ時代はそこまで楽しい記憶はないが、ガーベラと二人っきりで家に住んでいた頃が一番幸せだった。
理由がどうあれ、勇者ガーベラは俺を育ててくれた。
「だから、ルナのような奴を放っておけねぇんだ。奴隷を助けるなんざ、キリがないし金が勿体ないとか言う連中もいると思うが。酷い目に合っている人がいたら、俺の目が届く距離だけでもいいから全員助けてやりたいんだ」
安心させるためにニコッと笑ってみせる。
するとルナが、なんか頬を赤くしている。
流石に熱くなってきたか?
逆上せる前に、さっさと体を洗ってやろう。
宿で借りた部屋はシングルベッドなので二人で一緒に寝ようとしたのだが、ルナは床の方で横になってしまう。
奴隷時代の感覚が抜けていないようなので、そんな彼女を叩き起こしてベッドに放った。
「てめぇ、冷たい床だと風邪引いちまうだろうが?」
「で、でも……」
「いいからベッドで寝ろ、そっちの方が温かい!」
「でもシオン様の邪魔に……」
やはり遠慮しだすルナに堪忍袋の緒が切れて、彼女の隣で横になる。
「別に邪魔じゃねぇよ? 二人で寝た方が温かいに決まってんだろ?」
「はうっ!?」
そう言ってルナを抱き寄せる。
抱き枕にしているようで申し訳ないが、正直に言うと人肌が恋しかったのだ。
こうすると安心できる。
「……うっ……うぅ」
「あ、悪ぃ。やっぱ、嫌だったか?」
さすがに気持ち悪かったのかルナから離れようとすると、彼女に腕を掴まれる。
「いや……じゃないっ……いやじゃないから」
ルナは瞳に涙を浮かべながら、俺の胸に顔を押し付ける。
まるで親にすがる子供のように。
人肌が恋しかったのも、この子も同じだったのかもしれない。
奴隷がどのように酷い扱いをされるのかは知らない、知りたくもない。
そんなルナに同情しながら、俺は眠りにつくのだった。




