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バイオレント・ピーク  作者: 夏人
第一章 餌食の本懐
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十六歳 秋


 十六歳 秋


「本戦出場、よくやったじゃん」

 三島の笑顔にあずさは力強く頷いた。

 県総体当日。団体戦が終わった昼休み。あずさたちは昼休憩用の提供された会場で昼食を食べていた。あずさと三島は部の皆と少しだけ離れた自動販売機の側のベンチに座っていた。

「一年でメンバー入り。しかも大活躍。言うことなしだな。よくがんばった」

 三島の賞賛にあずさは照れ笑いしながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

 五人で一人四射。その合計得点で競う団体戦。あずさはここまで全て皆中を決めた。おかげでなんとか予選を通過することは出来たが、残念ながら本戦では他のメンバーの結果が芳しくなく、ベスト8には入れなかった。しかし、強豪校でも何でもないあずさたちにとって、本戦に出場できただけでもちょっとした快挙だった。お昼休憩をとる部員の皆もテンションが高い。どれくらい盛り上がっているかというと、団体戦終わりにメンバーの一人に「おつかれ」と声をかけられたぐらいだ。特に感情が乗っているわけでもなく、おそらくは反射的に出た言葉だったのだろうが、それでも、かたくなに無視されていた昨日までのことを考えると、奇跡のような出来事だった。

 ちなみに男子は予選敗退だ。三島は皆中を決めていたし、他のメンバーもよく頑張っていたが、他校が強すぎた。こればかりは仕方がない。男子も特に気落ちした様子はなかった。

「次は個人戦だな」

 ピザパンを頬張った三島が言った。アルミホイルで包んだおにぎりを握りしめたあずさは自分の表情が引き締まるのを感じた。

 先ほどの団体戦は個人戦の予選も兼ねていて、四射のうち、三中した者は個人戦決勝に進むことが出来る。この部から出場するのはあずさと三島だけだ。

 部の全員が見学に来るだろう。流石に他の学校や教師たちの手前、応援されないと言うことはないだろうけれど、少し不安だった。それに、もう一つ。

 あずさはちらりと昼食会場の奥に視線をやった。

 一人の美少女が立っていた。

 二人をいくつものカメラが囲み、シャッターを切っている。ポーズをとる彼女は顔が驚くほど小さく、手足が長く、モデルのようだった。袴姿も様になっていた。

 あずさの視線の先を追った三島は「ああ」と呟いた。

「三ツ矢葉月、弓道界の期待の星、だったか。なんかテレビの取材も来てるんだろ」

 三ツ矢葉月。あずさはそこまで詳しくないが、強豪校2年の彼女は高校弓道界のスターらしい。公式試合では今日まで負けなし。ルックスも相まって、アイドルのような扱いになっているようだ。弓道の冊子の表紙になっているのを見たことがある。もう芸能人であると言ってもいい。あずさの部でも男女問わず、熱心なファンが何人もいるらしい。

「すごいですよね。あんなにかっこよくてかわいいのに、弓道も上手いなんて」

 三島は鼻で笑った。

「別に見た目は関係ねえだろ。弓道に」

 あずさはカメラの前で弓を構える彼女を見つめた。高そうな弓だった。竹製だろうか。

「・・・・・・やっぱり、個人戦の様子も撮られるんですかね」

「あいつが、だろ。俺たちには関係ねえよ」

「そう、ですね」

 しばらくあずさは黙っておにぎりを囓った。

 ふと、心の声が漏れた。

「でも、取材の人たちは、あの人だけを撮りに来たんですよね。きっと、優勝間違いなしだから」

「ん? ああ。そうだろうな」

「私が優勝とかしたら、絶対気まずいですよね・・・・・・」

 ふと出た言葉に自分でびっくりした。なんと思い上がった発言をしているんだ、私は。一年の私なんかが逆立ちしたって敵うはずないだろう。

 焦って三島を見ると、三島はぽかんと口を開き、そして、その口角が徐々に上がっていき、にやあとした表情になった。

「そっかそっか。あずささんは三ツ矢葉月に余裕で勝てる自信がおありと」

「いや、ちが・・・・・・」

「なんなら、テレビの取材のために手加減してやろうと。なんとお優しい」

「やめてください!」

 三島はよくあずさをからかう。特に今日は三島自身、気持ちが高ぶっているのだろう。あずさもそれは同じだ。だからいつもの冗談のかけ合いの声がいつもより少しだけ大きくなっていた。

 だから、近くを通った彼女に聞こえてしまうのも無理はなかった。

「へえ。そんなに自信あるんだ」

 三ツ矢葉月にそう声をかけられて、あずさは固まった。明るく染められた髪がポニーテールにくくられ、頭の後ろで揺れている。近くで見れば見るほど美人だった。

 え? なんで? いつの間に?

 三ツ矢葉月はジュースのペットボトルを小脇に抱えたまま半笑いであずさのことを見下ろしていた。どうやら自販機に飲み物を買いに来たらしい。

「あ、ちがくて、その、冗談です。冗談」

 あずさはどうしていいかわからず、へにゃりと作り笑いを浮かべた。

「なに笑ってんの。気持ち悪い」

 あずさは作り笑いを顔に貼り付けたまま固まった。カメラの前ではスポーツ飲料のCMばりの爽やかな笑顔だった葉月は、今や虫ケラを見るような目で葉月を見ていた。見下していた。

「冗談でも言っていいこととわるいことあるでしょ。調子のらないでくれる?」

 あずさはスーと顔から血の気が引いていくのがわかった。そうだ。この人はテレビカメラが自分に向いた状態で弓を引くんだ。緊張していて当たり前だ。神経質になって当たり前だ。攻撃的になって当然だ。

 謝らないと。

「あ、あの、ご、ごめんなさ・・・・・・」

「いや。別に言っていいことだろ」

 三島が立ち上がった。あずさはぎょっとして三島を見上げる。そして顔を見てわかった。

 あ、やばい。正論モードだ。

「確かに、俺がいじるようなこと言ったのは悪かったよ。それは謝る。だけどよ、あずさは別に優勝したいって言っただけだろうが。それがなんで言っちゃいけないことなんだよ」

 葉月は突然の反論に面食らったようだが、すぐに馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「いや、あんたたちみたいな弱小校が・・・・・・」

「ああ。自信がないんだな。わかるよ」

 三島の一言に葉月は目を剥いた。

「はあ? 何言って・・・・・・」

「団体戦でのあずさの射、めちゃくちゃ安定してたからな。そりゃあ、気になるよな」

 葉月は口をつぐむ。

「弓道界のアイドルがあんだけ取材陣引き連れて大会出て、それでぽっと出の一年に負けたら立場ないもんな。不安にもなるよな。わかる。でも、俺たちも悪かったとは言え、やっぱり言い方は考えないと。他校でも先輩は先輩なんだし、指導する立場として・・・・・・」

「はあ? 何言ってんの。キモいんだけど」

 葉月は舌打ちをすると、踵を返して自分の場所に戻っていった。

 三島は「なんだかなあ」と頭をかきながら、ベンチに座る。そして、あずさに言った。

「あずさ。お前もすぐに作り笑いして謝る癖直せ。ああいうやつはすぐつけあがってくるからな」

「あ、は、はい」

「やさしいのはあずさの取り柄だとは思うけど」

 三島はきりっとした顔を作って言った。

「誰しも、戦わなきゃいけないときは、あるんだ」

 また適当な名言が出た。

 あずさは頷きながらも、それができれば苦労しないよと心の中で呟いた。



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